2011年4月27日水曜日

23年4月27日(水)学びの広場





                                                     

・ 新館と武道館の間に設立する「教室・カフェテラス・クラブの部室」工事が本格化してきた。「建設の槌音の聞こえる学校は良い学校」と勝手に言っているのだが、正しいのではないか。学校経営者の視線が常に生徒・教職員に向かっているということだ。
・ 「教育環境の整備・充実」こそ、これからの私立学校にとってより重要となってくる。「学校資金が教育現場に還元」されていると言うことである。着任時、橋下知事は「北新地に行けば私学の理事長をよく見かける」と言ったが、確かに昔はそういう光景もあっただろう。

・ しかし私立の経営者ばかり責めてもそれは片手落ちだ。前の府教委のTという教育長は上町台地の某私立の理事長から高級料亭で接待を受けて確か処分された筈だ。北の新地に一人では飲みには行かない。だれか「偉いお相手」がいるから行くのである。

・ それに府教委の指導系のトップがこれも30万円もする高価な背広地を受け取ったと逮捕された事件があった。最も全ては橋下知事誕生の前の話しであるが、一方的に「私学の理事長は遊び人」と思っては困る。確かに昔は少なからず双方の「癒着」もあったかもしれないが、今は完全に変わった。

・ 本校にも時々私学・大学課の職員が調査やヒヤリングで来校していただけるが記念品のタオル一枚受け取られない。勿論昼食は外部に自ら出かけられる。せめて「お茶一杯」と言われても固辞される。このような事態になってきている。「民度が上がった」ということだ。

・ 橋下さんの発言以来、私は「北の新地」には行かなくて「ミナミ」にしている。絶対に公務員さんとは行かない。誘っても行かないからだ。その分、教職員や大学関係者と行く。勿論私費と公費は峻別している。当然だ。


・ とにかく私はお金を貯めて、「普通の学校」にすべく、着任以来「多聞尚学館」「ふくろうスタジアム」「浪速武道館」と建設の槌音を響かせてきた。そして「新校舎建設」である。そのために最後の「事前工事」ともいうべきものが今回の「教室・カフェテラス・クラブ部室」工事だ。

・ これが完成すれば「初めて既存の建物の解体工事」という行為に入る。今まで作ってきたが今度は壊す作業だから何か不思議な感じがする。解体した跡地に「第一期の校舎建設」が進む。今それを想像すると嬉しくなるのだ。

・ 今度の工事も私は手を抜かない。「こだわり」で行く。カフェテラスだからと言って、生徒のクラブの部室だからと言って絶対に「安っぽいもの」は作らない。後世「私は名を惜しみたい」。あくまで気持ちを込めた建物にする。

・ この私の気持ちを今や「チーム木村」は南海辰村建設さんから「植木屋さん」まで一心同体である。仕事は速いし、何しろ仕事に取り組む姿勢が誠実だ。今内部コンサルタントとしてやって貰っているUさんと言う人は何時も言っていることがある。

・ 「浪速は面白い。理事長の発想は私には及びも付かず、大変勉強になる」と言われる。建設会社の重役まで務め、経験豊富であり、雇用契約を結んでいる人だ。多聞、ふくろう、武道館とずっと一緒にやってきた。その彼が「面白い」と言うのだから如何に学校というのは変化に富んだ面白いものかということだ。

・ 今チーム木村に関連した人間はおそらく全ての人が同じことを感じているのではないか。「木村の建設好き」は今に始まったことではない。年季が入っているのである。今までに自分の家は3軒建ててきた。お茶室も建てた。こだわりがあるのである。

・ だからイメージと違う工事や建材を使ったりすると私は怒ってやり直させる。武道館でも玄関正面の意匠が違うと言ってやり直して貰った。どうでもよいところは我慢するが「勝負の場所」は譲らないし妥協しない。その結果が今や誰もが「浪速武道館の玄関の創り」に感嘆しているのである。

・ 亡くなった母は「智彦はどうして家がこんなに好きなのかね」と何時も言っていたが、とにかく好きなのである。死ぬまでにもう1軒くらい建てたいくらいだ。だから今でも休みになったら神社仏閣、古い民家、お茶室などを見るのが好きだ。小さいころは大工さんになりたかった。

・ さて今朝チームはほぼ最後となる「部室前広場の設え」について設計打ち合わせを行った。本ブログで初めて外部に公開するが結構立派な建物が出来る。特徴は部室前広場である。この場所を私は今「学びの広場」と名づけることとしたい。

・ ここに至るアクセス通路はPTA寄贈の全天候型で先に「遊学の道」と私はPTAが揃えた4案から選択した。この時から考えていたのである。前が武道館だから「武」この広場は「文」の広場だ。これでこそ「文武両道」となる。

・ そうすればここに植える木は絶対に「階の木」でなければならない。うるし科の落葉樹で美しく紅葉する。黄葉もある。結構大木に成長する樹であるがこの樹は「学問の木」として有名である。

・ 日本では東京の「湯島聖堂の階の木」、岡山県備前市の「閑谷学校」「足利学校」「金沢文庫」などが有名である。この木にはいわれがあって大正4年農林省のお役人が中国の「孔子廟」から種を採取し育苗したもので当時の日本の歴史ある有名な学校に配布されたものである。私の前の勤務先である府立高津高校にも一本立派なものがあった。

・ 私は是非この樹を植えたいと思っているのである。果たして適当な階の樹が入手できるかどうか。この木の下を通り抜けながら生徒がクラブの部室を行き来する光景を想像するだけで嬉しくなってくる。

・ 学びの広場のもう一つの特徴は片隅に「さざれ石」をモニュメントととして設置することだ。さざれ石、ご存知のように我国の国歌「君が代」の歌詞にある石である。細石と漢字で書くように元々は小さな石の意味であるが長い年月で小石の隙間を炭酸カルシュームなどが埋まってきて大きな塊に変化する石である。

・ 岐阜県揖斐川春日には「さざれ石公園」という場所があるようにここの石が君が代の由来となった石で現在は岐阜県の天然記念物に指定されている。平安朝時代に「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」と詠われ「新古今和歌集」に採択され国歌の元歌となった。

・ 私はここにさざれ石を置くことは1年も前に既に決めており、丁度今から一月も前にさざれ石を探すように担当に命じ、ようやく格好の物が見つかったのである。大小2個のさざれ石を置く。一個は高校、一個は中学だ。

・ 未来永劫「浪速学院が永続発展しさざれ石が岩となって苔むすように」にとの願いを込めたものである。費用は大阪天満宮宮司と道明寺天満宮司、それに私の3人で寄付したお金を遣う。公費ではない。