2011年10月27日木曜日

23年10月27日(木)ブログ休筆宣言

只今、平成23年10月27日(木)0時27分です。
「外的要因による身辺騒乱に対応する為」、当面の間ブログ「校長の視点・論点」を休筆致します。
平成10年7月に再開して以来今日まで合計390件のアップ数となっています。
拙い文章と中身にも関わらずお読み頂いた方々に心から感謝申し上げます。

2011年10月26日水曜日

23年10月26日(水)中学生クリーンアップ作戦




・ 今日は中学生のクリーンアップ作戦の日であった。分かり易く言えば「中学生の清掃奉仕」である。大阪マラソンクリーンアップと名付けて中学校奉仕委員会と生徒会主催の活動である。

・ 高校生の部は24日の、まさに某新聞社と断続的に話している状態だったから申し訳なかったが私は参加出来なかった。しかし今日は参加出来た。昨日の多聞尚学館の中学校1年生特進コースの2クラスの宿泊合宿も短い時間であったが往復した。このように中学生の活動には極力顔を出すようにしている。

・ 2年位前までは中学生の保護者の一人から「先生は高校ばかり」と言われたことがあた。特に朝礼などの時の話は高校生ばかりで中学生のことに言及することは殆ど無い場合もあったのである。
・ 中々良い意見を頂いたと思って翌月から「一斉参拝」は中高同時に行うが「朝礼」は中学を別立てとしたことがある。これ以来中学生には中学生のテーマを選択して話せるようになって大変に良かった。
・ 今日の奉仕活動に参加する生徒は約70名で安全確保の為に付き添い教員が17名だから一人の教諭に生徒が4名見当となる。放課後16時30分の7限終了後だから少し遅いが中学生も勉強が忙しくて大体この時間帯にならざるを得ない状況である。

・ 過日中学校の生徒指導部に週の土曜日のみ「自由服」とするとした場合の「意見具申」お願いしたら本日「答申案」が戻ってきた。中々「説得力のある内容」で私はありがたく受領し答申どおりとすることとしたのである。
               自由服登校に関するレポート
                          関西大学連携浪速中学校生徒生活指導部

 関西大学連携浪速中学校生徒生活指導部では、10月20日に、「自由服登校」に関する検討を行うため勉強会を実施しました。その勉強会に於ける議事録は以下の通りです。個々の事象例なども挙がりましたので、順不同で列挙してあります。
 「結論と致しまして、関西大学連携浪速中学校では、以下の根拠に基づいて今後とも制服での登校を継続させたいと思います。」
根拠
『生徒の身分を明らかにし、その安全を守ること』
『中学校時代に服装の基本を学び、規律・節度のある生活を送ってもらうこと。』
『高校とルールを異にしていること。』

議事録
◆私服登校は通常、「自由服」と言われる。「自由服」とは、小学校・中学校や高等学校で、制服とは別途に、一応の服の選び方の基準は示された上で、各生徒それぞれに個人の判断によって、登校の際に着用される服のことである。
◆自由服は私服にお金がかけられる生徒とそうでない生徒の間での、在学生同士での経済的な格差を感じさせるようになる可能性があり、場合によってはいじめやからかいの標的にされるおそれがある。また、私服登校が喫煙や夜遊びなどの非行の温床になるおそれがある。
◆幼い頃からTPOを教えないと、ミニスカートを履いて来る者、上下スウェット、夏は短パン・サンダルで登校する者が出てきてしまう。◆教育の場であり、確固とした教育方針に則り生徒を指導している。服装のみ例外とするのは矛盾。集団教育の場ではふさわしい服装があり、各家庭・個人の美的判断価値基準の多様性が混乱を招く。
◆近畿地方で自由服の高等学校    省略(41校)
他校での実例
・ 体育の授業が終わってみると服が消えたか、似たデザインの安い服にすりかわったかで、盗難事件発生。その後たまたま同じ服を着ている奴がいると、盗んだ、盗まないとイザコザの原因になる。・ 制服でなく、私服で通う生徒もおり、自由な校風ということもあり、年度当初は他校生等がまぎれて校内に立ち入ることもあったので、安全面で一部問題があった。◆中学校では2校のみの実例から
・ 中学校の時期に服装の基本を学び、起立ある学校生活を送ってもらうため、また安全上の観点から、中学校では『生徒を育て、守るための服装』として制服を定めています。」

・ 土曜日のみ、それぞれのクラブ指定のジャージ等のみ認める案もあるが、中学校でジャージやポロシャツを統一しているクラブはなく、統一は練習着のみである。もし今後クラブ毎の統一ジャージができても、ジャージ・スウェットで登校させるのはだらしない。






2011年10月23日日曜日

23年10月23日(日)第4回中学校体育大会










・ 今日は関西大学連携浪速中学校の第4回体育大会の日であった。ここ1週間程度お天気を気にしていたが何とか最後まで実施することが出来た。しかし閉幕間じかにまた雨が降ってきたのである。雨に祟られる体育祭が毎年の恒例行事になった感じがする。

・ ここ数日の朝会では「若し朝から降った場合は・・・、午後から降った場合は・・・」と危険予知して対応を考えていたのであるが、全てのプログラムを終えたら丁度パラパラ降ってきたので昨年からすればまだ益しである。

・ 連続して3年、この天気の話しばかりで私は何時も中学の教頭に「時期を5月とかにずらせないのか」と言って攻めるのである。修学旅行があるというのでそれなら修学旅行を8月に持っていけばというと屋久島の夏は「ヒル」が出て大変だと言う。

・ 確かに学校行事はどれもこれも意味があってそのタイミングに持ってきており簡単に変えることは出来ないことは分かっているが3年も「天候にやきもき」するこの季節はもう勘弁して欲しいと思うが結局仕方がないのだろう。

・ 学力強化対策が本校の第一の教育目標であることは間違いないが、中学生にとっては学校行事が極めて大きな効果を生む教育ツールであることは間違いない。だから私は学校行事を重要視している。行事は「教育そのもの」なのだ。

・ 学校改革の過程で行事も大きく見直した。その一つがこの体育大会である。本校の中学校には所謂「運動会と言うか体育祭」はなかった。高校との合同での陸上競技大会というのがあっただけであった。

・ 私はこれを観察し、確かに高校生には体育祭と違って自分の有している運動能力を数値で確認する競技会の意味は十分あると評価した。しかし中学生にはまだそれよりも伝統的な運動会の方が良いのではないかと考えたのである。

・ 全国にごまんとある私立、公立中学校で体育祭のない学校はあるまい。必ずあるはずである。浪速中学だけがないのも生徒が不憫と思って再開した経緯がある。それがもう4年目だから本当に月日の経つのは早い。

・ PTA組織の広報委員会の委員長さんが腕章をつけて写真撮影に来ておられたがこのお子さんは中学から高校に進みもう高校3年生である。このお方がしみじみと言われた。「感無量」だと。この子らの学年の時に体育大会を始めたのである。

・ 当時はまだ生徒数も少なくプログラムを見様、見真似とは言わないが完成度は今に比べ相当低かった。しかしそれでも皆さんに大変喜ばれた運動会であった。それが4年でグンと完成度が高まったのである。


・ 8時過ぎにはお日様が照り始めた。一時期は逆に熱中症を心配するほどであった。そして15時にはぱらぱらだから秋の天気は本当に始末に負えない。「一転にわかに掻き曇り」だ。しかし全てやり通せたから生徒は大喜びであった。彼らは雨の中でもやりたいのだ。

・ 本校らしいやり方で教職員は黄色の揃いのTシャツを着て順調に進むように全員が手分けして走り回る。本当に頭が下がるくらい、中学の教員は分担して見事にやってくれた。これで高校の陸上競技大会も中学校の体育大会も恒常状態化したと思う。高校は高校、中学は中学ではほぼ完全に固まった感じがする。この4年間の体育科を中心とする関係の教員全てを高く評価したいと思う。

・ 生徒は「海」「大地」「太陽」と縦に三つのグループにわけてそれぞれが揃いのTシャツを着る。すべて中学校教育後援会からの寄贈である。これは当初からのやり方で自然との調和を重視する神社神道の学校らしいアイデアだと思っている。

・ 競技種目は本格的でラジオ体操から徒競争が最初の種目である。50メートル、75メートル、100メートル走と学年別に設けている。全部で19もの種目だから多い。今騒動になっている綱引きとか伝統的な種目の騎馬戦などもある。

・ 順調に進み、昼食休憩が11時過ぎになった。極めて順調なプログラムの進行である。放送、スタートの号砲打ちなど全て生徒の手で進められる。今年は例年になく手際が良くなった。これも「ノウハウ」の蓄積が進んだ成果だろうと思う。
・ 私は昼食休憩の時にPTA会長と中学1年と2年の関大コースの学級委員さんに校長室に来て貰ってある大切なお話しをした。昼食を摂る間もなく午後の部の開始である。話し込んでいた為教務部長が呼びに来てくれた。


・ 午後の部は「クラブ員がユニフォームを着て勢ぞろい」である。歌舞伎の「お練り」みたいなものだ。この行進が素晴らしかった。その後クラブ対抗リレーとなった。本当にクラブの加入率が高い。私はクラブ支援を重点的に行ってきたがこの行進を見て「応援すれば生徒は応えてくれる」ことを確信した。

・ 圧巻は最後の「全生徒による集団演技」である。女子はダンス、男子は空手の形である。これが素晴らしく「中学校体育大会の目玉」となった。この2種目はとにかく保護者にも大きな感動を与えたと思う。

・ 雨は空手の演舞の最後付近で降り始めたのであるが予定通り閉会式も出来た。生徒と教員と保護者が一体となった光景は恐らく体育祭とか体育大会とかしかないのではないか。「本当にグラウンドに一体感が漂う」のを実感する。

・ それは個別ではなくて全体の参加であることと、順位をつけるからではないか。生徒も教員も保護者も「競争状態をエンジョイ」しているのである。これらを見れば競走と言うのは必ずしも悪いことではないと言うことが分かる。

・ 走るプログラムが多いが本校はしっかりと到着順で順位をつける。遅い生徒も一生懸命に走りそれをクラスの仲間が声を絞って応援している。皆で手を繋いでゴールするなどの馬鹿げたシーンは本校にはない。

・ 私は今日も多くの保護者から感謝の言葉を言われた。「本当に素晴らしい中学校に行けて幸せ」とはっきり言って下さるのである。まだまだであるが浪速中学は右肩上がりで中味が充実してきているのは分かる。

・ それは間違いなく先生方への評価である。面倒見が良いのである。私立中学で有りお預かりした生徒は親と同じく「親身になって面倒を見る」ということが私の哲学であり方針なのだが教員はそれを実践してくれている。

・ 昨日の高校入試説明会ブログにも書いたが保護者から信頼されている学校と言うのが今後生きていく私立にとって最重要なことなのである。武道館とクラブの部室が完成して初めての大会であったが運動場はコンパクトであるがまとまりがあってよい雰囲気の会場となった。


2011年10月22日土曜日

23年10月22日(土)第2回高校入試説明会





・ 今日は「第二回高校入試説明会」であった。雨の心配があったが朝から上がっていた。11月、12月と説明会が連続してあるから受験者は「今日は雨だから次にしよう」となりかねない。従って我々は当日の天気にどうしても神経質になる。

・ 21年度から始めた大型モニターを使い開始前の短い時間を使っての事前広報をする。受験生と保護者が開始を待っている間に今回は「浪速武道館への道のり」のDVDを流した。このことも今では手馴れたものになってきた。

・ 当時180インチのモニター画面は高価であったが今年で3年目になる。この3年間の入学者数を見ると十分効果はあったと見ている。分かり易く言えば「元は取っている」のである。それよりも放映する材料が次々とあるのが嬉しい。

・ 今年は6月に第一回目の説明会を試験的に行ったが、これが中学校の中間試験とかち合って参加者は多くはなかった。従って今日が回数で言えば二回目なのであるが実質的には第一回目となる。

・ 何回の説明会を打つか、どのタイミングで予定するかは各私立高校にとって極めて重要である。ところが、大体偏差値レベルが近いような学校同士が同じ日にやれば生徒はまた裂き状態となってしまう。従って複数回の説明会を実施するのである。

・ 私学同士決して調整して日にち決定しているわけではないが、受験生からすれば困った話だが今はどうしようもない。各学校それぞれが単独で決めざるを得ない状況だ。進路指導をする公立中学校と塾が今日は何処何処に行きなさいとアドバイスしているのだろう。

・ また当日のプレゼンテーションもその学校独自に工夫しており、私は他校の説明会を見たことはないが、どうも本校のプレゼンが他校の関係者に知られているのではないかと思う現象が最近もあった。「スパイ」もどきの話であるが私は入試広報室には絶対に身分を偽って他校の説明会に参加するなどの「品のないこと」はしてはならないと厳命している。

・ 本日は保護者同伴で参加者が予想以上に多かったが第一回目に参加する生徒はどのような受験生たちであろうか。最初に説明会に参加すると言うことは「浪速専願決め打ち」なら嬉しい話しだが事はそう上手くはいかない。

・ 本校は11月19日、12月10日と合計3回実施するがやはり12月が「本番に近い感じ」となって参加者が多くなる。ここ最近右肩上がりで志願者が増えてきたが、今年の入試で私学比率が上がったがどうも今年は「公立回帰」の空気が微妙に漂っている。これが気になるポイントである。

・ 入試説明会は基本的に教職員総出での対応となる。電車の駅3箇所には「立ち番」がおり「道案内」を置いたりする「心配り」が結構人気の的になったりする。「私学」とはそういうところだ。この日に休むような教職員では私学の教職員として他の教職員に受け入れては貰えないのではないか。

・ 昨日から大阪府の橋下知事の辞職と市長戦出馬の話でマスコミは持ちきりであるが教育界への影響は一体どうなるのか、今日の私の話も冒頭はここから入っていった。個人的には教育基本条例などどうでも良い話だが新知事が「私学助成」をどのように考えるかが気になる。

・ 私学においてはとにかく「生徒数」は命運を決める数値である。もう絶対的に全てを決する数値が生徒数である。色々理屈を言っても生徒が来ない学校では空念仏となる。これ以上ない重要な数値は生徒数だ。経営が安定してこそ教育環境の整備も可能となる。


・ 生徒数で教員の数も決まる。生徒数で私学の助成金も決まる。生徒数で経費も決まる。生徒数でPTA予算も決まる。生徒数でエネルギーコストも決まる。何と言っても生徒数だ。私学においてこのことがなおざりになれたらその学校は終わりに向かうだろう。

・ この構図は民間企業の顧客対応と合いつながるものがある。民間企業は「お客様は神様」と言ってはばからない。顧客の為にはあらゆるサービスを怠らない。これが民間企業のフィロソフィーである。

・ 最近では医者の世界でも「患者様は神様」みたいな風潮が出てきた感じで大変結構である。ところが学校の教職員、教職員とは教員と職員のことだがこのことが分かっていない比率が依然として高いのが問題である。

・ 「気位」だけが高くて「生徒が命」と考えられない、一応口先ではそのように言っていても行動は全く正反対という教職員を時々見かける。こういう連中を見ると私は腹が立つのだ。「君の給料の原資は何処から出ているのか」と叫ぶのである。

・ 結局私は思う。「学校という社会の公器への畏敬の念が足りない」と言うことだ。単に学校は生活の糧を得る場所だと言われたらそういう教職員には転職して貰いたい。それはちょっと違うと思う。

・ 本校は私立学校であり長い年月の風雪の中で生き延びて来た学校である。しかし本校も一度は「地獄を見た」学校であるが、どの私学も過去血の出るような努力をして生徒に来てもらう努力をした学校はあるが、全ての学校が揺るがずしてきたとは一概には言えないのではないか。

・ 「カルテル」に守られ、生徒数がある程度潤沢に居た時代はそれほど生徒数に心配するようなことはなかった。何とかやっていけたのである。ところが下限を割って中学の卒業生が減少してくると、目に見えて生徒が来なくなったのである。

・ クラス編成がキープできなくなって顔色が変り始めてからでは遅いのであるが人間は悲しいもので「何とかなる」と楽観的に思うものだ。ところが何ともならなくなったのである。結局「集める学校と集められない学校」との境界が明確になってきたことだ。

・ この傾向は拍車がかかるから始末におえないのである。「アッ、あそこの学校は志願者が少ないからあそこへ行こう」とはならず、「誰も行きたがらない学校へは行きたくない」「あそこは多くの受験生が行くから私も行きたい」となるのである。逆スパイラル現象である。

・ こうなって慌てても遅い。教育界は極めて保守的である。急進的なことは疑ってかかる性向がある。これが公立のトップ校みたいに長い伝統と実績のあるところだと「文理科を作るぞ」となればスパイラル的に志願者が増えるのだ。

・ 本当に特色のない学校は難しい。特色と言っても日本全国教科内容にそれほど大きな差異はないわけで結局のところ「新しい価値観を生み出し、提供している学校が強い」学校だということだ。
・ 「それは家庭の役目だなどと嘯いていては私学の私学たる所以はない」。私学の私学たるところは「親に変って面倒を見ましょう」と言うことだと私は思っている。これがここ最近の私の哲学である。「親に代わって面倒を見てあげましょう」が本校のキャッチコピーである。

・ 私は新校舎完成の暁には「学校開放の時間を長くする」ことを決めている。朝は7時にはオープンし学校で朝食を摂れる様に体制をとる。夜は7時30分まで学校を開いておく。軽いスナック程度は食べられるようにする。

・ そのためにITを駆使した自習室を食堂周りに配備する積りだ。お父さん、お母さんにはしっかりと外で働いて貰って経済基盤をしっかりとして欲しいのだ。お父さん、お母さんに代わって学校が、先生が面倒見ましょうと言うのが本校のスタイルなのである。

・ 多聞尚学館などはその先駆的な学習施設なのである。学校が第二の家庭であると言ったら誤解を招きそうであるがこれからの私立はそうでなければ特色の違いはない。英語を教えクラブを教えている学校はどの学校もやっている学校だ。プラスアルファが求められるのである。
・私は最後に大阪には90校以上もの素晴しい私立高校がある。高校選択は極めて重要である。じっくりと他校も研究して選択されたい。どの学校がわが子に相応しいか、親の見得などではなくここで学ばせたいという高校を是非選択して欲しい。本校を選んで頂ければ面倒見の良い教職員集団で責任を持って預かりますと述べて冒頭の挨拶を締めたのである。

2011年10月21日金曜日

23年10月21日(金)他に学ぶ




常翔学園の多目的食堂




・ やはり「他を観なければならない」ことを痛感した。「見学」とは見て学ぶことだ。その上で「考える」のである。結局「考える視点の数はその人間の幅そのもの」であり、唯我独尊に陥らないようにする為にも自分たちのワークフィールドを外れ、仲間内だけの議論から離れて他人の意見や見方、経験を如何に自分のものに出来るかが「良い仕事」の条件である。

・ 昨日は「常翔学園中学校・高等学校の新校舎」を見学させて頂いた。普通は余りにも多人数で訪問するのは良くないのだがどうしても新校舎建設チーム員に現実の「高層校舎」を見せてやりたく校長先生に事前にお電話してご了解を頂いた。私を含めて8人もお邪魔したのである。

・ 受け入れて頂いた校長先生には感謝・感激である。懇切丁寧にあらゆる部署を見させて頂いた。ただそれだけではなくて「そこに至る経緯」までご説明して頂いたことは有り難かった。これが我々の問いかけに対する答えに繋がった。

・ それにしても素晴らしい校舎群であった。多くは語るまい。ただ今回の訪問で我々は初めて「高層校舎」の「使い勝手」みたいなものを感じることが出来た。これが大きくチーム員に身についたことが最大の幸せである。

・ 校舎といえば大体3階建てとかせいぜい4階建てが普通であるが12階もあるような校舎は言ってみれば一つの「航空母艦みたい」なものでありとあらゆる動線が繋がっている最新兵器のような感じがした。

・ 学校は製造業ではないが敢えて言えば「教育を生み出す最新設備であり装置」である。校舎を設備であり、装置と表現するのはまさしく木村流かも知れないが今回の訪問で私は確信した。今後このフレーズを使って行きたい。

・ 「有効資産倍率」と言う言葉があるが学校の校舎は1年を通してフル回転している設備である。資産倍率は最も高いものではないか。このように考えたら立派なもの、機能的なもの、情緒的なもの、「あらゆる価値観が包含したような校舎」を作りたいと私は今更ながら決意したのである。

・ 今回の訪問で学習した点の一つを上げれば、私で言えばこれからの学校の校舎には「食堂という捉え方」が重要になるなと強く思った。単なる「食育」と言うことだけではなくて「食堂こそ生徒の集う空間の考え方」である。従って食堂周辺の設備配置もポイントとなろう。

・ 出すメニューも所謂「定食とうどんとカレーだけ」では意味がない。スパゲッティ、おにぎり、サンドイッチ、スープ等々今日的若者に合致した豊富なものにしなければならない。それに私は食堂のオープン時間もキーポイントになると感じた。

・ 明るさと風の入る教室、エントランス、駐輪場、自習室が職員室に隣接、情報室、英語のコールシステムの部屋など多くの示唆を頂いた。聞けば多くの私立が「常翔訪問」をされているらしい。「さもありなん」と私は感じ入ったのである。

・ 私は今朝報告に来たチーム長に対して「大いに参考にして良い校舎を作ろう」と激励した。「百聞は一見に如かず」というが目で見て考える効果の大きいことを感じた。結局「感性」を磨いておかねばならないと言うことだろう。見ただけで何も反応も示さず、行動も伴わないことでは駄目だ。

・ 今回の見学で一つでも二つでも「これは常翔さんの見学のお陰でした」と言える様にならなければ多忙中お時間を取っていただいた常翔さんに申し訳が立たない。しかし夢の有る楽しい話であるがこれから先、「一歩一歩険しい山道」を登っていかねばならない。


・ 今日は目面しいお客様が見えられた。「大相撲の尾車親方」である。本校出入りの会社の会長さんのご紹介で既に前から存じ上げていたが久方ぶりに大阪に来たので学校訪問をしてくれたのである。

・ 現役時代は大関琴風の四股名で鳴らした名大関である。大変立派なお方であり、懇談の中で「相撲部」を作って貰えないかと言うお話が飛び出したのである。本校は神社神道の学校であり相撲は野見宿禰と言う人が創始したもので神社界とは関係が深い。宿禰を祀った神社がある。

・ 大阪場所では必ず大阪天満宮で横綱の奉納土俵入りがあり、伊勢神宮の奉納も大変有名である。大阪の中学・高校に相撲部があれば相撲界は全力で支援するとまで言って頂いた。

・ 実は前から新しい運動クラブは「駅伝にするか相撲にするか」考えていたのであるが真剣に考えてみたいと思う。しかし新校舎完成後になるだろう。20年近く前には土俵も有って相撲部はあったのだがそれの復活物語である。


・ 着々と29日お茶席披きの準備が進んでいる。参加者が遂に220名となった。今日の情報では東京の湯島天神(湯島天満宮)の宮司が参加すると連絡があったそうだ。極めて有名な神社であり本校の卒業生でもある。久し振りにお会い出来るのが楽しみである。

・ 武道館玄関に入ったところの白壁に飾り物を設置することを決めようやく準備が出来たのでその配置を決めた。まず入って右側は多聞尚学館から「青葉茂れる」の扁額を持ってきた。武人の鑑「楠木正成公」を詠うこの書は武道館が相応しいと考えたからの移設である。

・ 入って左側には和室「洗心亭」の板絵である「松の板戸絵」と「古事記の世界の日本画」の写しの入った額を設置することにした。これで益々玄関の風格が上がったと思っている。一般の家も校舎も会社のビルもまず玄関が大切である。


・ 今日は3年生の卒業アルバムの「教職員一同撮影の日」であった。138人も勢ぞろいして一同に写る写真も初めてである。私は管理職の隣の椅子席には3年生の担任を据わって貰うよう学年主任に言ったのである。しかしこのような日に有休を取る人間の神経が分からない。

・ 生徒のアルバムであり教職員一人ひとりの写真などは不要だ、まとめて写れば良いと私が判断したのである。これが「A4サイズ見開き」になるので結構お顔を大きくなる。そしてそれに姓のみを勿論つける。空いたスペースは生徒の写真を一枚でも多くしてやりたいのである。


2011年10月19日水曜日

23年10月19日(水)「落合の眼力」





・ 今朝の朝刊各紙は「落合賛歌」と言っても良い感じの記事内容であった。何と読売など2面ぶち抜きでの扱いだからこれは異例ではないか。ライバル巨人軍の親新聞だから普通はそこまでしないと考えるのが一般的だろう。

・ 先にはプロ野球界のドンこと、渡辺読売新聞社主が「落合が阪神に行ったら強くなるだろう」とコメントしたとあったが、これは渡辺と言う「男の大きさとずるさ」を示す発言だと私は注目している。彼はやはり実力を評価する男だ。この発言は陰ながらの落合への応援である。最も落合に対して冷たい態度を取った今までの懺悔の気持ちも有るのだろうが。

・ 私の想像とおり落合もここに来て「復活」しそうな雰囲気だ。来年度になるかどうかは別として何処かの球団が放っては置かないだろう。真弓監督などとは比較にならない。落合が阪神に行けば面白くなる。

・ 手許に中日新聞はないから分からないが本家本元の地元新聞はどのような扱いか、大変興味がある。2年連続でセリーグの優勝を決めたこの名監督をシーズン途中に「首」にしたのだからそのセンスを厳しく私は指弾し落合の態度を激賞した。落合の名言「契約書通り、ただそれだけの話」は今でも思い出す。

・ 楽天の星野も全く精彩がない。鳴り物入りで入団し、ブービーに終わって今頃は首筋が寒いのではないか。まったくマスコミにも登場しなくなった。星野と言う男は何処へ行くにも側近をつれて行く。田淵など典型的だ。

・ 男は戦場へはたった一人で乗り込むのが正しい。側近をつれて行くと言うことはそれだけで勝負に負けている。間違いなくそれは自分を守る「盾」なのだ。いやらしい話しではないか。

・ これは学校にも当てはまることで、よく校長は自分が初めて赴任する学校に今まで付き合いのあった教員を連れて行きたがる。私は何回もこのような話を目にして耳にした。学校改革を進めるのに連れて行った、呼んだ教員を核にして進めるというのだが、それは盾でもあるのだ。もうこの時点で勝負に負けている。

・ 男は何時の時点でも単身で乗り込まなければならない。今は昔高倉健さん主演の唐獅子牡丹である。私も理事会から専務理事とか連れて行くように勧められたが断った。私一人で浪速に乗り込むと覚悟を示したのである。その代わり「梯子は外さないで欲しい」とそれだけが条件だった。今でも思い出す。

・ 毎日新聞などは「涙の花道」と書いていたが読売の見出しは「正念場の眼力 選手も脱帽」と書いていたがこの表現が素晴らしい。「眼力である。」眼力だ。ここが、落合の力有るところだ。「選手個人、試合の流れ、人事配置等々」を読む力である。

・ 眼力のないリーダーなどは混迷の中では役に立たない。エリート臭だけ振りまいて何も作戦が取れない連中が今やエリートと称する。少なくとも落合はエリートではないが、一軍を率いていく「大将」だということは良く分かった。今や「名将」である。

・ 自分のことをいうと恥ずかしいが本校でも私の眼力について時々管理職が言及してくれる。「見通し」というのか言った通りに事態が動いていくといってくれるのである。私は落合ほど眼力はないし根本的に落合と違うところは落合みたいに「寡黙」ではない。

・ 又落合は感情を表に出さないが私は徹底的に表に出す。そして自分の言葉と文章で徹底的に戦うなど好戦性は強い。その分私は落合にくらべて「脇が甘い」ところがあるのだと思う。しかし私は今更落合にはなれない。

・ その分私の人的ネットワークは広い。落合は実力勝負で高校以来過ごしてきた男であり筋金入りの叩き上げである。孤独に耐えてきた男だからこそ、口数は少なく自分の眼力だけを頼りに生きてきた勝負師である。すごい男だ。

・ しかし日本人はこの落合博光という男を嫌う。同じく寡黙で感情を表に出さない男でも高倉健さんは今や神様みたいな人だ。私など健さんの映画は100%観ているくらい大好きだ。健さんと落合の違いは何か?健さんも落合も私も「昭和の男」である。



・ 今朝の朝会で私は「土曜日だけでも自由服」にしたらどうだと水を向けた。実はこの考えは前から有しており、口に出したのも既に数回はある。私の考えは「制服はしっかりと守らせるが一日くらい自由服」にさせても良いのではないかということである。

・ 生徒に自由服と言うものを考えさせるのである。発端は昨日のPTA社会見学会で保護者から特に男子生徒のズボンを洗うタイミングがない」ということであった。休みの部活の時も通学は制服としているものだから確かに洗濯する時間が取れないと言うことがあるだろう。

・ それよりも生徒に自由服の制度導入で「自らのスタイルを考える」契機とならないかを問うているのだ。案の定二人の教頭は反対であった。入試広報の担当教頭は賛成の意見であった。私は生指や学年で議論するように指示したのである。

・ 「ガチンコ生指」を特色とする学校も悪くはないが週末の土曜日は自由服でも良いとしたら生徒は声を上げて喜ぶのではないか。生徒に媚を売ってするのではない。友人の自由服を見て、自らの服装について考えさせるのである。両教頭の意見は「生徒の幅が広いから指導が大変」だというのである。


・ もう一つ今朝の話である。副校長が他校の管理職から聞いた話でとして「グランドを人工芝にしたら生徒が増える」というのである。本校はどうする積りかと聞かれたという。これはもう前から私が言及している話でブログでも何回も書いてきた。

・ 私は新校舎よりも校庭の芝生化を急ぐべきだとも考えにこの半年前から思うようになっている。これは「学校の差別化」にも繋がると考えたからである。これが眼力である。今ようやく私立でも本格的にグランドの芝生化が表舞台に堂々と出てきたということではないか。

・ 私は住吉の本校のグランドを何時の時点で踏み切るか考慮中である。どちらかと言えば急ぎたいと思っている。新校舎は「一足制」とすることは既に決めており教室の床保護の為にも遅かれ早かれ人口芝生化は避けられないのである。然らばイッソ急いだらどうかというのが私の考えである。

・ 起点となったのは堺のサッカーコートを見たことだった。素晴らしかった。学校が美しく見えるし生徒の健康の為にも良いことは間違いない。砂埃を吸わせてはならない。しかし問題は予算だ。頭が痛い。


・ 今日から高校は中間試験が始まった。今日の試験終了後3年生は「卒業アルバム用に写真撮影」を行った。校長と担任とクラス全員である。生徒は大喜びであった。担任も校長の横でかしこまって写って、雰囲気がとにかく良かった。卒業アルバムで今までこのような写真は撮って来なかったというから驚きだ。

・ 私は今年年初から「卒業アルバムの改革」に取り組んでいるのだがその一環である。これも私の眼力の一つだ。今までの本校のアルバムを一新するものになるだろう。写真屋さんも大変喜んで呉れていた。写真らしい写真を撮れるのである。分かるような気がする。一々中味は書かないが従来とは一味も二味も異なるアルバムの完成が楽しみである。






2011年10月17日月曜日

23年10月17日(月)卓球部顧問H先生

 






・ 午前中、今度のお茶会で点心料理の仕出しを頼んだ堺市の「かき豊」さんの「ご内儀」が学校に見えられて「お祝い」を頂いた。こちらは恐縮するばかりである。たまたま私が土曜日のブログにここの料理を激賞していたから面目は立った。

・ 話はこのかき豊さんの跡取り息子さんが本校の卒業生だと分かったことである。女将さんから本日言われた。私は今更ながら「ご縁」に驚いたのである。8年前の卒業生であるが社長夫人が言われるのは「H先生には大変息子がお世話になり、それは今でも続いています」と言われたのである。

・ 学校長にとって保護者から自校の教員が誉められるほど嬉しい話はない。私は今日一日機嫌よく過ごすことが出来たのである。このH先生は社会科の教諭で教科指導力は高い。そこへ持ってきて「卓球部の顧問」として大変有名である。

・ 当初私は卓球部の指導について正直それほど深い認識はなかった。しかしどうもあちこちで先生のお名前をお聞きするのである。私は徐々に認識を改めて行った。ところで今でもこの先生で忘れられない思い出がある。

・ 先生は「人権研究」でも見識が深く、私が本校に着任した時に誰かアホ教員が私が前の府立高校を辞職した経緯の新聞記事を職員室の机の上にばら撒いていたことがあったのだがH先生はこのことに憤慨して私のところに来て謝罪されたことがあった。「恥ずかしい」とも言われた。

・ 私としてはその辺のところはすでに「織り込み済み」であり、何ていうことはなかったのであるが、この先生の筋を通した対応に「感服」したことがあった。それ一回だけで今日まで何もなかったのはこの学校における人権意識の高さがあったのだと思うが、それも恐らくH先生の指導がベースにあったと私は思っている。

・ しかし先生の良い点はこのようなことではなくて前述したように「生徒の面倒見が大変良い」ことである。例え卒業しても自分と関りのあった生徒の動静には注意しているし、具体的に動かれるのである。つい先日も詳細は書けないが似たようなことがあった。

・ このように生徒と保護者の信頼を得る秘訣は一体何であろうか。今回も奥方は私との会話中に本当にH先生には感謝している、尊敬しているとのお心が私に伝わってきた。素晴らしい。これこそ「教師冥利に尽きる」話だ。

・ おかしなもので、このような先生だとついつい私も財布の紐が弛むのである。この夏には「何か困っていることはないか」と聞くと卓球台がもう古くてガタガタですと言ったので私は一度に6台も新調したのである。

・ 又最近では「卓球のピッチングマシン」を購入した。野球ならピッチングマシンは分かるが卓球にこのようなものがあるとは知らなかったが過日卓球部を激励訪問した時にマシンがあるのでそれに気づいた。それは先生が個人で購入したものだと言う。

・ 学校にお金がなくて何も買って貰えない時代が続いた、業務出張でも制限があった時代である。私は一台では不足だろう、最新鋭をもう一台買おうと言って卓球部にプレゼントしたのである。全て生徒と頑張ってくれているクラブ顧問の教員の為である。

・ 今卓球部は右肩上がりに強くなって呉れており将来が楽しみである。H先生には「生涯現役」を貫いて貰って何時までも本校で頑張って頂きたい。本校歴代最年長の教師、例えば70歳でも教壇に立って社会科を教え、卓球部を指導する先生となられては如何か。 


・ 既存校舎の「解体工事が順調」である。今朝現地を少し視察した。しかし驚いたことには案外早いペースで工事が進捗していた。「鉄の爪」でコンクリートの壁を掴み壊していく方法であるがこれなら騒音も大きくなく大丈夫である。

・ しかしついぞ半月前には生徒が出入りしていた校舎であるが今や「パレスチナの戦闘地」みたいな戦場の跡を彷彿とさせる雰囲気である。鉄筋が空中に聳え剥き出しの壁が何ともいえない「今昔の感」を醸しだしているのだ。

・ この地に「新校舎が建つ」のかと思うと感慨一入(ひとしお)である。今我々は最も良い位置にカメラを設置して「日々変化していく学校の定点観察」をしているのだが、これらは貴重なフィルムとなろう。


・ 11月11日を起点として各方面に出発する「第二回目の海外修学旅行」が固まった。高校2年生529名が5方面に分かれて出発する。アメリカ、イタリア、ドイツ、フランス、南西諸島である。

・ 旅行積み立て金の滞納もなく準備はほぼ整った。後は体調管理に注意して成功裏に終わらすことである。私は今日の校務運営委員会でも付き添い教員は特に健康面に気をつけるよう言った。海外ゆえに教員が直近で行けないなどは許されることではない。


・ 家に帰って何時ものようにウォーキングしていたら目抜き通りの心斎橋商店街で英語科のM教諭と理科のY教諭とばったり遭遇した。時刻は6時半前であった。若くて美しい女性が一人居た。慌てた様子でM教諭は私に紹介してくれた。この方が婚約者であったのである。彼女は微笑んで直ぐに礼儀正しく挨拶をしてくれた。
・ 理科のY教諭は目のほうを少し赤くして最後まで「ボーッ」と突っ立ていて挨拶もなかったな。酔っていたのか。確かこのY教諭は最近結婚したと思うがこの3人の組み合わせがよく分からない。街でばったり理事長にあって挨拶が出来ないようでは困る。
・ このM教諭は来年に出雲大社で結婚式をあげる予定で兼ねてから出席を依頼されていたのであるが、若しこの二人の交際が続いているようであれば遠い場所であるが出席させて貰う積りである。この機会に来年は古事記編纂1300年であり神々のつどう出雲大社に参拝をしたい気もある。

・ 過日私が主賓として結婚式に出席した4名の正教諭を夕食に招待して激励したり小言を言ったりして親しく懇談した。私が主賓として結婚式に出席するということは大変なことで私は彼らの将来に責任を有することになったと考えている。帰りには奥様にお土産を託けた。家族を気遣うのである。

・ 私は若い将来のある未婚の教諭に「学校の上司や同僚を結婚式に呼べないような結婚だけはするなよ」と余計なことながら一回だけは言うようにしている。今は「内輪だけで・・」とか「友人だけの友人婚」みたいな結婚式が流行っているみたいだが、長い年月ではそれでは結局人生の幅が広がらないのではないか。

・ 結婚式とは両姓の合意で成立するが披露は別物だろう。特に長い年月これから共に働く職場の上司であり仲間だ。「これが私のパートナーです」と言って紹介して認知して貰うのが長い間の日本の常識である。それが社会の常識だろうと思う。まして学校の先生だ。その辺のお兄ちゃんやお姉ちゃんではない。

・ 大体私学の正教諭にして貰った恩義を忘れては居ないと思うが正教諭になれたからこそお相手のご両親も身分の安定から結婚に同意したと言うこともあるはずだ。本校では専任採用には同僚の意見が案外大きい影響を与える。犬猫の結婚式でもあるまいに、何時の間にか「結婚しました。結婚します」では駄目だろう。

・ 費用の問題ではない。「生きていく人生のスタイルの問題」だ。金が無かったら会費制にすれば良い。しかし自分の結婚式の費用くらい用意していないようでは、これから先も大きな仕事は出来ないだろう。

・ この披露宴のお金がもったいないと言う連中は“けちな小さな小者”だ。こういう人間は私は嫌いである。学校から金を借りてでも披露宴はすべきではないか。それ位の借金は直ぐに返せる。まして本校は私学だ。30年に亘って同じ顔ぶれで仕事をしていく仲間だ。お世話になることもあるのではないか。


2011年10月16日日曜日

23年10月16日(日)道明寺天満宮宮司が能の道明寺を舞う









・ 中学校の第一回目のプレテストも無事終了し今月は今週の中間試験と月末のお茶席披きが残った大きな学校行事である。中間試験は慣れていることであるがお茶会など始めてだから正直大変である。

・ 今日は堺市の大茶会の日で「千利休ゆかりの南宋寺」において指導いただいている玉永先生のご社中が一席設けられており顧問の先生3人と3年生の茶道部員がお茶会の雰囲気を勉強に行った。明日報告を受けることになろう。

・ 引き出物の抹茶茶碗の準備が完了した。「桐箱の裏書」を済ませ、最後の検品をした。裏書の評判がそこそこ良いので一安心である。最も身内から褒めて貰っても何にもならないが・・。

・ 桐箱毎、堺の茶商の小森商店さんに持ち込んだ。「包装」をお願いするためである。「洗心茶碗」と「浪速オリジナル志野茶碗」の2種類がすべて揃ったことになる。包装紙は一種類だから包装が済めば中身がどれなのかさっぱり分からなくなる。

・ そのためしっかりと区分する目印を付けたという。置き場所も区分しなければごちゃごちゃになって大変なことになってしまう。何方にどのお茶碗を差し上げるか職務代理と相談しなければならない。


・ 「点心料理」を過日試食をした。仕出先は「堺宿院 かき豊」さんである。昭和13年から営業をしていう日本料理の名店であり、茶懐石を得意としておられる。お家元も使われるというお店である。一応私は試食をして料理の中身を見させて頂いたのである。

・ 「文句なし」最高の味であった。このお店での点心料理の最も安価な物としたから私は少し気にしていたのである。心配は杞憂に終わった。昼食としてボリュームも丁度良い感じで何しろ味が旨かった。これが一番である。

・ 一つ一つの食材は小さいが吟味して選んでおり、品が良かった。私はそこが特に気に入った。「お造り」については鯛の刺身が主体であったが「昆布締め」と2種類用意してくれていたが私はアドバスのとおり昆布締めの方にした。

・ 又お吸い物が旨かった。大体多くのお店では縁から随分と下の方にあるものだが、かき豊のお吸い物は「たっぷり」でこれも感じが良かった。私は引取りに来た料理長に「料理を賞賛」して正式に発注したのである。有難いことに応援を1名出して下さるという。



・ さて今日は日曜日であったが南坊城理事長職務代理の「お能」の発表会ということで午前中「大槻能楽堂」に赴いた。元々こういう日本文化ものは大好きなものだからお誘いがあれば直ぐ出掛ける。

・ ここ3年くらい鑑賞させていただいているが今日の出しものは「道明寺」であった。「道明寺天満宮の宮司が能の道明寺」だから何かおかしいが舞いは巣晴らしものだった。この3ヶ月くらい練習で大変だったといわれていたが成果は十分にあったと思う。

・ 宮司よりのご案内には今回の舞囃子「道明寺」で「舞い納めにしようと決心した」と書かれてあった。理由は段々と難しい舞になっていき限界を感じたとあったが残念なことだ。何とか続けられたら良いと思うが最後は宮司のご判断だ。

・ 「道明寺」と「道成寺」は似ているようであるが全く異なる。道成寺はご存知のように安珍と清姫伝説をベースにした紀州道成寺の釣鐘にまつわる話であるが「道明寺」はまったく違う。

・ 私は昨夜の内に道明寺を調べていた。その結果、これは上演が非常に稀な作品であり、青山能でも昭和30年以降3回の公演だけというから如何に少ないか分かる。それくらい難しい作品なのである。

・ 能「道明寺」は藤井寺にある道明寺が舞台である。昔境内に中に菅原道真を祀る天満宮があった。天神と救世観音世は同一体というのが神仏習合の考え方であり、道真は大乗教を説いた経巻をこの境内に埋めたところ、その跡から「木げん樹」という木が生えたという。

・ そして道明寺天満宮の官人がシテで脇の僧を木げん樹に案内し菅原道真の縁起を語り自分は道真のお供をした白大夫だったと言って消えていく物語である。従ってこの舞囃子は菅原道真の氏寺道明寺の縁起を説いた脇能である。

・ 恐らく現実に道明寺天満宮の宮司である本校理事長職務代理の南坊城氏は最後の舞をこの「道明寺」に選んで、自らが白大夫にイメージを被らせ、自分自身の舞能の最後にしようと決心されたのだと思う。素晴しい選択と覚悟である。

・ 他に何も出来ないくらい練習に打ち込まれたらしい。舞終わられたツーショットを撮って貰ったが、区切りを付けられた後で何時も以上に大変に穏やかな良いお顔をされていた。


2011年10月15日土曜日

23年10月15日(土)第一回中学入試プレテストの日






・ 今日は「平成23年度中学入試の第1回プレテストの日」であった。中学の入試説明会としては今年3回目である。私は「赤の勝負ネクタイ」締めて臨んだ。それほど今日のプレテストは重要なものである。

・ 受験生心理として本命の学校には一回目からプレテストを受ける傾向がある。従って一回目の受験生の数で傾向が読めると考えているからである。今日を皮切りに来年2月まで浪速高校、浪速中学の正式入学試験までほぼ週末の土曜日が予定で一杯になる。別に土曜日だろうと日曜日だろうと構わないが「神経の張り詰めた日々」が続くことになる。

・ しかしこの「緊張感」はやったものでなければ分からないだろう。頭で考えても駄目だ。皮膚から入ってくる感覚である。全国に学校の先生と言われる人は100万人程度はいるとしてそのうち私立学校勤務の30%程度しかこの感覚は分からないと思う。

・ 30%の中でも近隣で言えば、兵庫県の灘中学高校や、東大寺学園中学高校などは「放っておいても生徒が集まる進学主体の私立」だからこのような「ブランド私立」を除いた私立が別の意味で緊張感溢れるのである。その緊張感がない私立学校はまず「落ち目の三度傘」で学校は敗退に向かう。

・ 世の中は橋下代表率いる大阪維新の会の進める「教育基本条例の話で一杯」であるが、私学はそんなことに気を奪われている暇はない。時間があれば弛まぬ生徒募集に走り回っているのが私立中学であり、私立高校である。元より教育の中味が最も重要と言うのは「言わずもがな」で当然である。

・ 中学入試で言えば「プレテストへ参加してくれる小学校6年生の数」と高校入試で言えば「入試説明会に参加してくれる中学3年生の数」である。多ければ嬉しいし、少なければ少し落ち込むだけの話である。だから私は落ち込まないように常に「何かを提供する」ように入試広報には口癖のように言っている。

・ 「付加価値」だろう。去年と同じで「代わり映えしませんが、今年も来てください」では駄目だ。新たなメニューを追加するとか新たな教育施設を作ったとか新たな奨学制度を整備したとか私立は常に中味を「棚卸し」して埃を払い、また新商品を陳列する努力こそが求められる。

・ 最終的には「入学試験を受験する生徒の数で決まる」から最後の最後まで分からないのであるが、今までの「データの蓄積から傾向は読める」。しかし中学校が関西大学の連携中学となった一昨年、即ち22年度入試から「じわじわ」と変化しつつある。それは現在も進行中である。難しいのは数のみならず質のレベルも変化しつつある。

・ とにかく受験生を徹底的に研究精査しなければならない。学校に段々と力が付いてくると「お試し受験」といって「小手試し」に受験してくる層がある。しかしこれは「嬉しい話」で「あのような優秀な生徒が浪中のプレテストを受けた」という噂はすぐに広まる。

・ 最後は本命の中学に逃げられたとしても浪中はそのような中学になったという塾の先生方の評価は高まる。お験し受験層を本校に引き繋ぐことがテーマであるがこれまたしんどいテーマなのである。そう簡単ではないのだ。

・ 我々は「浪速の教育力に自信がある。」これだけは本校の教員の為にしっかりと書いておきたい。私は本校教員の指導力を信頼している。彼らはやる。これだけは間違いない。しかしそうだからと言って社会はそう簡単に浪速の力を全面的に受け止めてくれるわけではない。

・ 学校とその学校の教育は長い、長い時間をかけて生き続けてきた「生き物」である。数世代の評価がそこにはあるのだ。今の世代が「それは昔のことです」と言っても意思を決定する保護者や親戚や知人はそう簡単には信じてくれるわけではない。

・ 地道な当に地道な努力が求められるのである。「起死回生の一発技」などない。「打出の小槌」などは何処を探してもない。当に血の出るような地道な弛まぬ努力があって初めて話を聞いて貰える、顔を向けて貰えるのである。

・ この部分が私学の辛さであり逆に言えば「教育者としての腕の見せ所」となる。放っておいても生徒が自動的に集まる公立中学とは根本的に違うところだ。特に私立中学は高校に比べて「厳しい」のは間違いない。

・ 何時も感じるのであるが私立中学は「急勾配で右肩上がり」というのはない。高校は義務教育でない分、公立高校、近隣の私立高校との比較で案外「優位に立てる」ケースはある。本校がそうだった。しかしその分「急激に生徒を減らす」学校があるのである。高校は本当に怖いものがある。「一瞬にして地獄行き」となるからだ。今から数年前に本校は「地獄を見た」のである。

・ 違った意味で私立中学は本当に厳しい。「じわっじわっ」という感じだ。しかし私はこの感覚が時に快感に感じる。手ごたえを感じるからだ。様々なことをしてきたが私立中学は高校以上に「勝ち組、負け組み」がはっきりしてきた。本校のポジションは今負け組から勝ち組みにじわっじわっと移動しつつあるのである。しかし時間がかかる。

・ 今日のプレの受験者数を見て正直「一安心」である。間違いなく関西大学との連携効果はある。関大コースの志望者が多くなってきた。しかし1回目のプレだけでは何も分からない。中学で言えば「11月12日(土)の第2回プレテスト、12月17日(土)の最終説明会、そして1月14日(土)の本番試験A,翌日15日(日)の本番試験B」となり、最後のふたを空けるまでは分からない。

・ 学校全体の「勢い」と「入試広報室のメンバーの誠意と努力」が結実したもので私は彼らに感謝している。彼らは彼らの仕事をする。私は私の仕事をする。私が出来ることは大きく分けて以下の三つだ。

・ まず「教育の中味のチェック」「教育環境の整備」「優秀な人材の確保と投入」だ。教育の中味、施設管理権、人事権、全ての権限を理事長・校長は有している。絶対権限で有る。従ってすべての結果責任は私にある。

・ 「教員の評価権限」も私にある。公立教員への教育基本条例などの議論は甘い話である。私学ではそんな悠長なことなど言っておられない。一人のいい加減な教員のために船が沈没するようなことがあってはならないからだ。彼らも分かっている話だ。

・ 公立の教員が校長の職務命令に3回違反したら免職だと維新の会は言っているが大体校長命令に反するような教員が居ることは「想定外の話」である。少なくとも本校ではまったくない。例えあったとしても「痛くも痒くもない」。

・ 今日の冒頭挨拶で私は昨年より二つの点で強調したことがある。一つは本校は「生徒の力を引き伸ばす」ということ。これは関西大学からも評価されている。正直偏差値がそこそこの状態で入学しても本校はそれを引き伸ばしているからである。

・ 中学の中にはかなり高い偏差値で入学した割には中学3年間で伸ばしきっていない例もあるが本校は間違いなく伸ばしている。それは一つには「授業時数の多さと教員の指導力」それに「多聞尚学館という武器」があるからだと思っている。「上げ潮ムード」もあって第一「生徒が燃えている」。

・ 今日私は「新校舎建設宣言」を行った。まだ殆ど決まっていないが「勝負の時」と考え急遽昨夕に追加した。大きなレイアウトと「イメージ図」しかなかったがこれを使って浪速中学に入学したら高校の卒業までに間違いなく新校舎に入れると私は説明したのである。