・ 中学校の第一回目のプレテストも無事終了し今月は今週の中間試験と月末のお茶席披きが残った大きな学校行事である。中間試験は慣れていることであるがお茶会など始めてだから正直大変である。
・ 今日は堺市の大茶会の日で「千利休ゆかりの南宋寺」において指導いただいている玉永先生のご社中が一席設けられており顧問の先生3人と3年生の茶道部員がお茶会の雰囲気を勉強に行った。明日報告を受けることになろう。
・ 引き出物の抹茶茶碗の準備が完了した。「桐箱の裏書」を済ませ、最後の検品をした。裏書の評判がそこそこ良いので一安心である。最も身内から褒めて貰っても何にもならないが・・。
・ 桐箱毎、堺の茶商の小森商店さんに持ち込んだ。「包装」をお願いするためである。「洗心茶碗」と「浪速オリジナル志野茶碗」の2種類がすべて揃ったことになる。包装紙は一種類だから包装が済めば中身がどれなのかさっぱり分からなくなる。
・ そのためしっかりと区分する目印を付けたという。置き場所も区分しなければごちゃごちゃになって大変なことになってしまう。何方にどのお茶碗を差し上げるか職務代理と相談しなければならない。
・ 「点心料理」を過日試食をした。仕出先は「堺宿院 かき豊」さんである。昭和13年から営業をしていう日本料理の名店であり、茶懐石を得意としておられる。お家元も使われるというお店である。一応私は試食をして料理の中身を見させて頂いたのである。
・ 「文句なし」最高の味であった。このお店での点心料理の最も安価な物としたから私は少し気にしていたのである。心配は杞憂に終わった。昼食としてボリュームも丁度良い感じで何しろ味が旨かった。これが一番である。
・ 一つ一つの食材は小さいが吟味して選んでおり、品が良かった。私はそこが特に気に入った。「お造り」については鯛の刺身が主体であったが「昆布締め」と2種類用意してくれていたが私はアドバスのとおり昆布締めの方にした。
・ 又お吸い物が旨かった。大体多くのお店では縁から随分と下の方にあるものだが、かき豊のお吸い物は「たっぷり」でこれも感じが良かった。私は引取りに来た料理長に「料理を賞賛」して正式に発注したのである。有難いことに応援を1名出して下さるという。
・ さて今日は日曜日であったが南坊城理事長職務代理の「お能」の発表会ということで午前中「大槻能楽堂」に赴いた。元々こういう日本文化ものは大好きなものだからお誘いがあれば直ぐ出掛ける。
・ ここ3年くらい鑑賞させていただいているが今日の出しものは「道明寺」であった。「道明寺天満宮の宮司が能の道明寺」だから何かおかしいが舞いは巣晴らしものだった。この3ヶ月くらい練習で大変だったといわれていたが成果は十分にあったと思う。
・ 宮司よりのご案内には今回の舞囃子「道明寺」で「舞い納めにしようと決心した」と書かれてあった。理由は段々と難しい舞になっていき限界を感じたとあったが残念なことだ。何とか続けられたら良いと思うが最後は宮司のご判断だ。
・ 「道明寺」と「道成寺」は似ているようであるが全く異なる。道成寺はご存知のように安珍と清姫伝説をベースにした紀州道成寺の釣鐘にまつわる話であるが「道明寺」はまったく違う。
・ 私は昨夜の内に道明寺を調べていた。その結果、これは上演が非常に稀な作品であり、青山能でも昭和30年以降3回の公演だけというから如何に少ないか分かる。それくらい難しい作品なのである。
・ 能「道明寺」は藤井寺にある道明寺が舞台である。昔境内に中に菅原道真を祀る天満宮があった。天神と救世観音世は同一体というのが神仏習合の考え方であり、道真は大乗教を説いた経巻をこの境内に埋めたところ、その跡から「木げん樹」という木が生えたという。
・ そして道明寺天満宮の官人がシテで脇の僧を木げん樹に案内し菅原道真の縁起を語り自分は道真のお供をした白大夫だったと言って消えていく物語である。従ってこの舞囃子は菅原道真の氏寺道明寺の縁起を説いた脇能である。
・ 恐らく現実に道明寺天満宮の宮司である本校理事長職務代理の南坊城氏は最後の舞をこの「道明寺」に選んで、自らが白大夫にイメージを被らせ、自分自身の舞能の最後にしようと決心されたのだと思う。素晴しい選択と覚悟である。
・ 他に何も出来ないくらい練習に打ち込まれたらしい。舞終わられたツーショットを撮って貰ったが、区切りを付けられた後で何時も以上に大変に穏やかな良いお顔をされていた。