・ 「11月10日出発の第2回目海外修学旅行の付き添い教員は都合27名」になる。経費はかかるが私は手厚く体制をとるべく人数を配慮した。配慮と言えばこれらの教員の「海外旅行保険」を経営者としては考えておかねばならない。
・ 勿論個人ではそれぞれの先生が事情に応じて対応されておられると思うが派遣する学校法人として「万が一」のことも考えておかねばならない。それが責任ある態度だろう。私は去年と同じく法人経費で保険を一人一人の先生にかけるようにした。
・ この場合の受取人は学校法人の理事長としての契約である。これが万が一の時に支払いの原資となる。但し先生方に内緒で勝手にやる訳には行かないからご納得いただいて捺印を頂くべく進めている。生徒には包括保険をすでにエージェントを通じてかけている。
・ 「最終の保護者説明会を10月1日」に行った。多くの保護者の参列を頂いて私が冒頭本校の海外修学旅行の目的と内容についてご説明し、担当からはこれからのキャンセル料の発生の仕組みとか海外保険などについて詳細説明申し上げた。
・ 3年前の新型インフルエンザで今の高校3年生は「泣く泣く」旅行を取り止めた。その時に私から言わせれば理不尽なキャンセル料の支払いを余儀なくされた。この時の「恨みは骨髄」まで沁みこんでいる。しかしこの事件で我々は大きく学習した。
・ その後行き先別にグループで分かれ両替などの詳細説明を行った。生徒よりもお母さんが興奮しているような人もおられたと聞いた。これで準備は終わったことになり後は生徒も体調など崩さず旅行先の事前学習など行って今から1ヶ月を待つことになる。何としても無事に終わって成功させたいと決意を新たにしているのだ。
・ 朝の早い段階で大阪府の私学課からご担当が学校に見えられ、先に完成したクラブハウス棟の視察をされた。我々は完成に伴って「校地の変更申請」を行ったがそれが申請書通りの物件であるかご自身の目でチェックされる為である。
・ そのために写真を撮りに来られたのである。写真ならありますからどうぞとこちらのものを差し出すわけには行かない。ご自身のカメラでの一枚が必要なのである。最近このように行政側のチェックが厳しくなっているように感じてはいけない。これが普通なのである。
・ ここ数年全ての分野で「チェック」というか「現状現物の確認」ということが厳しい方向に進んでいるような気がする。昔みたいに「どんぶり勘定」で「まあまあ」と言って済ます訳には行かないのだ。当然である。
・ 学校社会も従来からのルーズな部分がほぼ無くなってきているように思う。少なくとも本校ではもはや有り得ない。「遅く来て早く帰る」などは「遠い昔の話」である。帰っても良いがその場合は「申請して承認を受けてから」ということだ。
・ お隣の公立中学校の校長先生が本校を訪問され、色々とお話しをした。年内に本校の高等学校の教諭がこの中学校を訪問し「授業」をさせて頂くのである。素晴らしいご提案で私は一も二も無くご提案を有り難くお受けした。
・ 「公立中学と私立高校が同じ地域」と言うことで従来より一歩踏み込んで「生徒への視線」を中心に体験的授業をするのだから考えれば画期的なことである。数学と英語の授業をお願いされており今教員を選定中である。
・ 私立高校だから生徒集めの為などではない。そのような「けちな根性」は持ち合わせていない。あくまで今日的中学生に高校の授業とはどのようなものか知って貰えば何らかの学習への意欲など効果が期待できないか。高校への夢が膨らむかも知れない。様々にメリットは大きいと思う。
・ 29日のお茶席披きの準備の為に南坊城ご社中の先生方が学校に見えられた。先にブログにも書いたが立礼席を2階の「洗心亭」から3階の「玄武館」の弓道場に移したからその下見と席のあつらえの検討に見えられたのだ。
・ 先生にはこの場所を大層気に入って頂きホッと一安心したのである。2階の和室とばかり考えていたから3階に持ってくると言う発想に至るのに時間がかかった。このように人間は一つの考えに囚われると視点が固定化される。
・ だから考えや思いは頭や心の中で一挙に消え去るのではなくて、「何時も取り出せる引き出し」にしまっておけば、考えが広がったり深化した場合に柔軟に対応できるのである。これが「柔らか頭」というのだろう。
・ 私には特にこれが多いと自分でも思っている。これが周辺に迷惑を与えていることは十分承知している。それは「やり直し」となるから担当からすれば二重手間となる。「朝令暮改」も多い。しかし大切なことは物事の解決、物事の成功であって間に合うのであれば何回でもやり直し、行ったり来たりすれば良いと言うのが私の基本的な考えだ。
・ 「最初からじっくり考えて指示してください」という「怨嗟の声」が聞こえて来そうだが「そうしたいのは山々」と何時も応えている。しかしそれでも後から入ってきた情報の影響や何より「最大効果を狙っている」ので時々刻々変更は有り得るのだと自己を正当化して開き直っている。しかし本当は無い方が良いに決まっているわな。
・ 茶道部のお茶席披きの為にここまで一生懸命やって頂いている玉永先生と南坊城先生およびご社中の方々に感謝、感謝である。本当に有り難いことである。頭が自然と下がるとはこういう時の感情だろう。
・ 今日もお茶席で使用する茶菓子、「主菓子」というのだがそれを味見させて頂いた。一種独特の食感のある真に持って美味なお味であった。私は初めてであった。お菓子の名前は「清香殿」と言う。「学校茶道の茶席披きに清香という名前が良いと思って」と南坊城先生は私に言ってくださった。
・ 清香殿の由来は学問の神様をお祀りしている太宰府天満宮にある6000本の梅が「東風の到来」と共に「清香の香り」を放ち、春の到来を告げるものと栞に書いてあった。道明寺天満宮も大阪では有名な梅園があり私はこの清香殿をことのほか気に入ったのである。
・ 京都大徳寺での千利休400年忌茶会に大徳寺納豆を「覚味」として九州大宰府の菓子司である藤丸さんが創製されたものである。それを先生はわざわざ九州から取り寄せてくださったみたいである。目面しい茶菓子だからお客様には大変喜んで頂けるものと確信した。
・ 会場の設えは場所が広いだけに何とでもなるから今日粗方の方針を纏め前日に飾りつけすることとなった。高校教頭が今日以降動線を考え具体的な準備に入ることとなる。私は私で時間があれば「引出物のオリジナル志野茶碗の箱裏書き」だ。「洗心」と入れている。