・ 午前中、今度のお茶会で点心料理の仕出しを頼んだ堺市の「かき豊」さんの「ご内儀」が学校に見えられて「お祝い」を頂いた。こちらは恐縮するばかりである。たまたま私が土曜日のブログにここの料理を激賞していたから面目は立った。
・ 話はこのかき豊さんの跡取り息子さんが本校の卒業生だと分かったことである。女将さんから本日言われた。私は今更ながら「ご縁」に驚いたのである。8年前の卒業生であるが社長夫人が言われるのは「H先生には大変息子がお世話になり、それは今でも続いています」と言われたのである。
・ 学校長にとって保護者から自校の教員が誉められるほど嬉しい話はない。私は今日一日機嫌よく過ごすことが出来たのである。このH先生は社会科の教諭で教科指導力は高い。そこへ持ってきて「卓球部の顧問」として大変有名である。
・ 当初私は卓球部の指導について正直それほど深い認識はなかった。しかしどうもあちこちで先生のお名前をお聞きするのである。私は徐々に認識を改めて行った。ところで今でもこの先生で忘れられない思い出がある。
・ 先生は「人権研究」でも見識が深く、私が本校に着任した時に誰かアホ教員が私が前の府立高校を辞職した経緯の新聞記事を職員室の机の上にばら撒いていたことがあったのだがH先生はこのことに憤慨して私のところに来て謝罪されたことがあった。「恥ずかしい」とも言われた。
・ 私としてはその辺のところはすでに「織り込み済み」であり、何ていうことはなかったのであるが、この先生の筋を通した対応に「感服」したことがあった。それ一回だけで今日まで何もなかったのはこの学校における人権意識の高さがあったのだと思うが、それも恐らくH先生の指導がベースにあったと私は思っている。
・ しかし先生の良い点はこのようなことではなくて前述したように「生徒の面倒見が大変良い」ことである。例え卒業しても自分と関りのあった生徒の動静には注意しているし、具体的に動かれるのである。つい先日も詳細は書けないが似たようなことがあった。
・ このように生徒と保護者の信頼を得る秘訣は一体何であろうか。今回も奥方は私との会話中に本当にH先生には感謝している、尊敬しているとのお心が私に伝わってきた。素晴らしい。これこそ「教師冥利に尽きる」話だ。
・ おかしなもので、このような先生だとついつい私も財布の紐が弛むのである。この夏には「何か困っていることはないか」と聞くと卓球台がもう古くてガタガタですと言ったので私は一度に6台も新調したのである。
・ 又最近では「卓球のピッチングマシン」を購入した。野球ならピッチングマシンは分かるが卓球にこのようなものがあるとは知らなかったが過日卓球部を激励訪問した時にマシンがあるのでそれに気づいた。それは先生が個人で購入したものだと言う。
・ 学校にお金がなくて何も買って貰えない時代が続いた、業務出張でも制限があった時代である。私は一台では不足だろう、最新鋭をもう一台買おうと言って卓球部にプレゼントしたのである。全て生徒と頑張ってくれているクラブ顧問の教員の為である。
・ 今卓球部は右肩上がりに強くなって呉れており将来が楽しみである。H先生には「生涯現役」を貫いて貰って何時までも本校で頑張って頂きたい。本校歴代最年長の教師、例えば70歳でも教壇に立って社会科を教え、卓球部を指導する先生となられては如何か。
・ 既存校舎の「解体工事が順調」である。今朝現地を少し視察した。しかし驚いたことには案外早いペースで工事が進捗していた。「鉄の爪」でコンクリートの壁を掴み壊していく方法であるがこれなら騒音も大きくなく大丈夫である。
・ しかしついぞ半月前には生徒が出入りしていた校舎であるが今や「パレスチナの戦闘地」みたいな戦場の跡を彷彿とさせる雰囲気である。鉄筋が空中に聳え剥き出しの壁が何ともいえない「今昔の感」を醸しだしているのだ。
・ この地に「新校舎が建つ」のかと思うと感慨一入(ひとしお)である。今我々は最も良い位置にカメラを設置して「日々変化していく学校の定点観察」をしているのだが、これらは貴重なフィルムとなろう。
・ 11月11日を起点として各方面に出発する「第二回目の海外修学旅行」が固まった。高校2年生529名が5方面に分かれて出発する。アメリカ、イタリア、ドイツ、フランス、南西諸島である。
・ 旅行積み立て金の滞納もなく準備はほぼ整った。後は体調管理に注意して成功裏に終わらすことである。私は今日の校務運営委員会でも付き添い教員は特に健康面に気をつけるよう言った。海外ゆえに教員が直近で行けないなどは許されることではない。
・ 家に帰って何時ものようにウォーキングしていたら目抜き通りの心斎橋商店街で英語科のM教諭と理科のY教諭とばったり遭遇した。時刻は6時半前であった。若くて美しい女性が一人居た。慌てた様子でM教諭は私に紹介してくれた。この方が婚約者であったのである。彼女は微笑んで直ぐに礼儀正しく挨拶をしてくれた。
・ 理科のY教諭は目のほうを少し赤くして最後まで「ボーッ」と突っ立ていて挨拶もなかったな。酔っていたのか。確かこのY教諭は最近結婚したと思うがこの3人の組み合わせがよく分からない。街でばったり理事長にあって挨拶が出来ないようでは困る。
・ このM教諭は来年に出雲大社で結婚式をあげる予定で兼ねてから出席を依頼されていたのであるが、若しこの二人の交際が続いているようであれば遠い場所であるが出席させて貰う積りである。この機会に来年は古事記編纂1300年であり神々のつどう出雲大社に参拝をしたい気もある。
・ 過日私が主賓として結婚式に出席した4名の正教諭を夕食に招待して激励したり小言を言ったりして親しく懇談した。私が主賓として結婚式に出席するということは大変なことで私は彼らの将来に責任を有することになったと考えている。帰りには奥様にお土産を託けた。家族を気遣うのである。
・ 私は若い将来のある未婚の教諭に「学校の上司や同僚を結婚式に呼べないような結婚だけはするなよ」と余計なことながら一回だけは言うようにしている。今は「内輪だけで・・」とか「友人だけの友人婚」みたいな結婚式が流行っているみたいだが、長い年月ではそれでは結局人生の幅が広がらないのではないか。
・ 結婚式とは両姓の合意で成立するが披露は別物だろう。特に長い年月これから共に働く職場の上司であり仲間だ。「これが私のパートナーです」と言って紹介して認知して貰うのが長い間の日本の常識である。それが社会の常識だろうと思う。まして学校の先生だ。その辺のお兄ちゃんやお姉ちゃんではない。
・ 大体私学の正教諭にして貰った恩義を忘れては居ないと思うが正教諭になれたからこそお相手のご両親も身分の安定から結婚に同意したと言うこともあるはずだ。本校では専任採用には同僚の意見が案外大きい影響を与える。犬猫の結婚式でもあるまいに、何時の間にか「結婚しました。結婚します」では駄目だろう。
・ 費用の問題ではない。「生きていく人生のスタイルの問題」だ。金が無かったら会費制にすれば良い。しかし自分の結婚式の費用くらい用意していないようでは、これから先も大きな仕事は出来ないだろう。
・ この披露宴のお金がもったいないと言う連中は“けちな小さな小者”だ。こういう人間は私は嫌いである。学校から金を借りてでも披露宴はすべきではないか。それ位の借金は直ぐに返せる。まして本校は私学だ。30年に亘って同じ顔ぶれで仕事をしていく仲間だ。お世話になることもあるのではないか。
