2011年1月31日月曜日

23年1月31日(月) 痩せ我慢の説

 ・ 以前にこのブログでも東大教授の山内昌之先生のことについて書いたことがあるが、とにかく素晴らしい先生である。私は大ファンである。最近は時々テレビにも出演されるようになったからお顔も知ることができるようになった。

・ 山内教授は今、産経新聞の「オピニオン」欄に「幕末から学ぶ現在」というタイトルで連載寄稿されているのだが、これがとても勉強になる。大学教授というのはやはり大学教授であり、我々とは比べようもないくらいに博学であり思考が深い。思考ではなくて「思索」と表現したほうが良い。

・ 今月1月27日の先生のコラムのタイトルは「変節の士と痩せ我慢の説」というタイトルで「福沢諭吉」を取り上げておられた。福沢諭吉、誰もが知っている歴史上の大人物であり、慶応義塾を開いた大先生である。

・ 福沢諭吉は英語を独習し咸臨丸で渡米する。1864年幕臣となり外国奉行翻訳方を務めるも、維新後は明治新政府への出仕を拒み在野で教育、言論活動に注力した。いわば維新後は「在野の言論人」として「学問のすすめ」など多くの啓蒙書を残した。山内先生はこの諭吉と同じく幕臣であり、江戸城無血開城で知られる勝海舟を取り上げて比較論評されておられるのだ。

・ 山内先生は福沢諭吉著の「痩せ我慢の説」という明治34年元日の時事新報に初めて掲載された論説を取り出され、諭吉はその中で旧幕臣でありながら新政府に出仕した勝海舟と榎本武揚を手厳しく批判されていると書かれている。
・ まず福沢諭吉先生が著された「痩せ我慢の説」など私などの浅学菲才の者には知らないことを山内先生が、そして産経新聞は教えてくれたことが嬉しい。結局新聞や書物を読むということはこういうことなのだろうと思う。斯界の第一級の学者や研究者が分かり易く我々一般人に啓蒙してくれるのである。如何にも効率的に効果的に知らないことを教えてくれるのである。

・ だから新聞や書物を読まねばならない。生徒にも口を酸っぱくして言っているのだが今日的生徒は本を読まない。だから書く文章が稚拙である。漢字も熟語も表現方法もまだまだである。携帯電話やデジタル図書などの影響を本当に心配する。英語どころではなくて若者の国語力が問題である。


・ 話を戻そう。「痩せ我慢の説」において福沢諭吉は以下のように勝海舟を断じている。「徳川が終わりに近づいた時、その家臣の一部がもはや大事が過ぎたことを知って敵に対して抵抗しようともせず、ひたすら講話を結び進んで主君の徳川家を解散せしめたことは確かに戦による日本経済の破滅を避け、一時的に利益を得たかも知れないが数百年、千年も養ってきた日本の武士の気風を傷つけた不利は決して小さくない。」と論評されているのである。

・ この記事は今中央政界で大きな話題となっている与謝野晶氏の経済財政大臣就任を意識しての記事なのだが、「氏には痩せ我慢の心がない」と結論しているのである。自民党の比例で復活当選し、その後「打倒民主党」を叫び、その時の鳩山総理大臣を「平成の脱税王」と叫んだのはまだ記憶に新しい。氏はその後自民党を離党し、「立ち上がれ日本」の共同代表に就任したが、直ぐに、政敵の民主党の閣僚に就任するのだから誰しもその「変節」に目を疑うのは至極最もである。

・ 与謝野大臣は見るからに頭脳明晰で政界きっての政策通であることは誰もが認めているのだが、それでも氏の変節は福沢諭吉流に言えば「痩せ我慢という日本国民特有の大主義を破り、国の士気を緩めた罪は逃れがたい」ということだろう。氏は心の中で自分の思い描く政策を実現するために大臣になりたくとも、ここは一番「痩せ我慢」で管総理の要請を断るべき生き方もあったとの記事内容である。
・ 私も多くの批判的意見に同調し、大臣になるなら、「変節を広言」し、議員辞職をして一人の民間人として入閣されるべきであったと思う。自民党は与謝野氏を「平成の議席泥棒」と叫んでいるが「逃げ出された方」が叫んでもなーと思う。私は変節自体はあって良いではないかと思っているが、問題は「変節への道筋」ではないのか。
・ それには「自身で血を流す犠牲」が必要だ。やくざが小指を切り落として「けじめ」をつけるというのがあるが、人間にはこのけじめが大切である。特に最近は政界でも「けじめのつけ方」が無くなってきた。
・ 変節、痩せ我慢を男女間のジェンダーで考えてみれば意味合いもよく理解できる。女性は変節であり、男性は痩せ我慢というと物議を醸すか、女性からお叱りを受けそうであるが、変節を柔軟と置き換えても良い。しなやかでも良い。変節こそが女性の強さの源であり、痩せ我慢こそ男性の男性たる所以と考えたら幾分気が楽になる。
・ 特に男性に対して自戒して自分にも言っているのだが「痩せ我慢の行き過ぎは失うものがある」ということである。当たり前だが何事もバランスだろう。しかし私は変節よりは痩せ我慢で生きていきたい。
 ・ 昔から日本人は変節とか「転向」などという言葉を使ってこのような言動を取る人を軽蔑し、「痩せ我慢」のほうに身びいきする性向がある。しかしこれも限度があってのことで、痩せ我慢が行き過ぎれば頑固固陋と言われかねない。

 ・ 福沢諭吉先生は現代日本に確かに存在する文明を残してこられ紙幣にも登場されるくらいの偉人となられたが一方の勝海舟はテレビの龍馬伝に出てくる程度で主役にはなれなかった。日本人に大きな影響を与えたとは言いがたいのではないか。

・ それは幕臣からご一新後の新政府の重役に就任した振る舞いに日本人が最も美徳とする「潔さ」を感じなかったことが影響していないかと私は思うのである。「痩せ我慢は潔さ」に通じる。しかし失うものもあるのだ。

・ 山内先生は江戸時代でも各藩が互いに競争し士気を養い、産業を興したのも痩せ我慢であり、又封建制を廃して世界に視野を広げ独立国家の対面を保とうとするなら痩せ我慢で近代日本の基を作ったのだと言われるのである。

 ・ 痩せ我慢の説は中国の故事にも多くあるらしい。確かに日本でも大化の改新以来多くの戦やいさかいがあったが「痩せ我慢で滅んでいった」方に私は惹かれる。そこには「男の美学」がある。この記事を読んで私は仕事でも生き方でも「美学が重要だとの私の思い」はますます強くなったのである。久しぶりに色々と考えさせられる新聞記事に出会ったことが嬉しい。果たして動物にも痩せ我慢はあるのであろうか?

2011年1月30日日曜日

23年1月30日(日) 校長の激励

 ・ 最近校長は武道館についてブログに書かないと思っておられる方がおられると思うが武道館の工事は「極めて順調」で最後の内装工事に入っておりとにかく素晴しいものが完成しつつある。
・ ブログにそれらの写真をアップするのは今は自粛しているのである。「出来上がってのお楽しみ」というところである。関係者の強いアドバイスである。それにしても「複合武道館」だから変化に富んで面白いこと、この上ない。

・ 中でも自慢の種は「お茶室 洗心亭」だろう。侘び寂びの世界を漂わせながら21世紀のお茶室を標榜したまさに斬新なデザインであり内装である。これ以上は書けない。さて工事は2月下旬には検査を受けて最終完成になる。

・ ただすぐ使うことはしないで必要な備品などを完全に整備して「使用おろし」ということになろう。焦る必要は無い。100年は持つ建物である。そして「3月13日の竣工祭」を迎えることになる。現在武道館に至るプロムナードが出来つつある。
・ 大変お世話になっている書家の先生から早速「お祝い金」を戴いた。有難いことである。多聞尚学館でもお祝いをしていただき、又今回もだから恐縮してしまう。是非先生には竣工式にはご招待したいと早速手配した。
・ 武道館は授業とクラブ活動のためである。ここには理事長室など一切無い。全ては生徒の為のコンパートメントである。このことが極めて心地よいのである。学校管理職も教職員も全ての視線が生徒に向いている限り失敗しても許される。私はそのように思う。

・ 生徒にために自分の時間を使う先生は明確に立派な先生である。屁理屈を言っても部活指導もせずに応援にも行かず、休みは家で休んでいるような先生は悪い先生とは言わないがまあ普通の先生である。

・ とにかく「生徒の傍に居る時間の長い先生は立派な教師」である。これが木村流良い先生の定義である。だれが何を言ってきてもこれだけは引かない。分かり易く言えば365日X24時間=8760時間のうち、何時間生徒に直接関わっていたかで定義出来ると言っているのである。


・ 多聞尚学館が出来て3年目、今や多聞は本校の売りの一つになったがこれが機能したのは教員が頑張ってくれたからである。金曜日の放課後から日曜日の夕方まで自己の時間を犠牲にして学習指導に全力を挙げて頑張ってくれている先生が居ればこそである。

・ 週末を潰して、それも夜の24時までですぞ。だれかれ出来ることではない。このような献身的な先生のお陰で生徒も喜び、保護者も喜んでくれるのである。だから私は「週末スペシャルの時は多聞に行って生徒の激励と言っているが内心では先生方に頭を下げに行っているのである。
・ このように校長の出来ることは「顔を出す」ことである。校長が顔を見せることで生徒も先生も元気が出ると思って私は継続している。私学に来たときから「自分には土日はない」と覚悟してきている。だから欠かせない催しなどでは必ず顔を出して激励賞賛するのである。これこそ校長の仕事ではないかと最近ではつくづく思っている。
・ 共学にして5年、まだまだ女生徒比率が少ない。何とかして女生徒に入学して欲しいと着任以来様々な手を打ってきた。まず今日的高校生に受け入れられるには「部活動の多様さ」である。本校は運動クラブは大変盛んで全く問題ないのだが「文化系クラブ」が少なかった。
・ それで私は「特別強化クラブ」という方式で戦略的に資金を投資して生徒を集める作戦を取った。まず「吹奏楽部」である。これは立派に育ってくれた。指導者も大変良かった。今や生徒から「校長先生、男子生徒にも入るように薦めてください」と直訴されるくらい女生徒ばっかりのクラブになってしまった。

・ 次の強化クラブは「雅楽部」である。ここにも高価な楽器を順次揃えていった。衣裳などとても高価であるが神社神道の学校として学校行事にも大変な協力をしてくれており、とにかく形からはいるべく支援した。これが特別強化ということだ。本日ドーンセンターで行われた芸術文化祭日本音楽部門でも極めて格調高い素晴しい演奏をしてくれた。
・ 本当に立派なクラブになってくれた。嬉しい限りだ。これは3人の顧問の先生のお陰である。本当に頑張って頂いた。ここまで育てて頂いたのである。勿論外部の先生方を招聘して技術を指導頂いたからであるが校内の顧問教諭の力と姿勢が大きいのである。
・ 特別強化クラブを作ったからますます週末が忙しくなってきた。外部演奏会があれば必ず応援に出かけるようにしている。そして生徒に「必要なものはないか」と聞いてやるのである。これが大切である。今日の雅楽部も「先生、笙が欲しい」と言われてしまった。
・ さて次の強化クラブが4月からスタートする「茶道部」である。現在のところ高校2年生と1年生で34名の入部希望者がいるという。これに新入学生と中学生を入れればスタートしては大部隊になろう。

・ 促成であるが二人の女性教諭を茶道の先生のところに派遣して特訓をして頂いている。聞けば全く知らないというからこれでは新しい茶道部の顧問にはしんどいと考えたから先生方には申し訳なかったがお願いしたのである。お蔭様で立派な顧問先生が二人も出来つつある。

・ 外部の指導者はすでに決定している。河内長野市にご在住の玉永清枝先生である。表千家で大阪南部では大変有名な先生である。先生も満を持して本校生徒への指導開始を待っておられるのである。

・ 28日、先生から河内長野市で最大のお茶会を行うから来て欲しいとお招きを受けたので出かけた。先生は何時も私に着物を着て来るようにと仰せである。河内長野市の芝田市長や教育長も来られており予てより市長は存じ上げている。市長は私立高校の国語の先生であった関係から私との教育論が何時も弾むのである。しかし趣向の凝ったお茶会であった。このようにして武道館ソフトウエアの整備も着々と進んでいるのである。

2011年1月29日土曜日

23年1月29日(土)連日の国旗国歌問題について

・ 私のブログを読んで下さっている方がたの中には「もう国旗国歌問題はいいわ」と思われている人がおられるだろうから、本当は私も他のテーマを書きたいのだが、やはりどうしても書いておかねばならないとついつい思うのである。

・ 今本校でも団塊世代の教員が退き、教員入れ替わりの時期となっている。20歳代、30歳代の教員が約半数を占めるようになった。当然先生方は戦争のことなど知らないし、彼彼女達が小・中・高で教わった教員がこの国旗国歌騒動の真ん中に居た人たちだからである。
 ・ 今の先生方は君が代が歌えないし、まして生徒に至っては習っていないのである。だから本校でも卒業式は歌入りを流してそれに斉唱している。最も声高く歌っているのが校長の私と今は引退された副校長だけであった。これが現場の実態なのである。


・ 加えてこの国旗国歌問題は戦後の教育問題の真相と深層をえぐるには格好のテーマでありこの問題を理解しないと教育現場における実態が見えなくなると私は思っている。簡単な話ではないのである。

・ 昨日のブログ「国旗国歌問題またまた」に引き続いて連日のテーマになるがボツボツ最終章として字数の許す限り論じてみたい。まず今朝の朝刊各紙は昨日の夕刊に続いて取り上げている。それも「社説」とかでこの問題の重要性を各紙の編集デスクは十分認識していることが分かる。

・ 東京高裁の昨日の判決文の詳細も報道されていた。特に朝日新聞を取り上げ新聞がどのように報道しているか検証してみたい。当然東京地裁での逆転判決だから訴えた教員側は「自由が奪われて、極めて不当」といい、上告する方針を明らかにしている。しかしどこにそのような時間とお金があるのだろうかと思ってしまう。最高裁に行ってもでも同じような判決となるのではないか。
・ 今回の東京高裁の裁判長は判決文は個人的には言い分があるが、まあ「相手のあること」と考えれば納得しなければならないと私は思っている。「起立や斉唱は天皇制をめぐる個人の歴史観や信仰とは密接に結びつかない、通常の行為」だと断じたことはこの裁判の中枢に関するもので特筆すべき事項である。

・ すなわち現在の一般的な社会通念から「日の丸・君が代が国家神道と不可分な関係にあるとは認識されていない」とし、又教職員団体が常に使う「教育は不当な支配に服さない」と定めた教育基本法に反するという訴えも「学習指導要領に沿っており必要性と合理性がある」と教育委員会通達を支持している。

・ 更に判決文は全国の公立高校の式典やスポーツ観戦でも一般的に起立斉唱が行われていることの例を上げ、「出席者にとって通常想定され、期待もされる行為であり、教職員が特定の思想を持つことを外部に表明するような行為ではない」とし「憲法19条にて保障されている思想良心の自由の侵害には当たらない」と判断したのである。


・ まあ今回の高裁判決で「国旗国歌問題は一件落着」ではなかろうか。ぼつぼつこの問題には蓋をすべきである。まず国民の過半数が国旗・国歌を認めているという現実もある。実は一昨日私は私のブログの読者という方からご丁寧なお手紙を戴いた。


・ 内容は私への激励と学校改革に対するお褒めのお言葉なのだがその中には本校が国旗の常時掲揚をしていることにお褒めの言葉が入っている。世間にはこの様な見識高い方がおられるのである。この方は学校現場における国旗国歌問題の重要さをご存知なのである。
・ 国旗日の丸に反対する人たちは「戦争につながる軍国主義の遺物」とか言って日教組や高教祖は気勢を上げているが、世界を見渡してもどの国も戦争経験があって日本に限ったことではない。世界中戦勝国であろうと敗戦国であろうと自由圏であろうと共産圏であろうと「国旗はその国の名誉や誇りを示してその国の歩んできた歴史を背負っている」のである。日本だけ戦争につながるという理由で否定することなど私には考えられない話である。

・ 確かに日の丸の歴史は法的根拠としては明確でなかったことは歴史的事実かもしれない。かもしれないとしたのは専門家でないから断定的なことは私には言えないからである。物の本によればペリーが来航した嘉永七年1854年時の老中阿部正弘が「白地日の丸幟」を使用すると布告したのが最初だという。しかし元々の歴史は古く、天武天皇、戦国時代の武田信玄などの使用例もあり歴史は古いのである。

・ 「明治3年政府は太政官布告で正式に日の丸を国旗」と定めたのだがこの法規が日本の歴史の変転で法的根拠が無いと一部の勢力に口実を与えることになった。不思議なことにこの国の政治家や識者はだらだらと国旗国歌の法制化に慎重姿勢をとり続けてきたのである。

・ それは反対する勢力の強さと関連がある。教職員団体や左翼の運動家はビラの配布や集会、卒業式の妨害を行い「偏向教育」まで展開したのである。平成11年に広島県の公立高校の校長が卒業式における国旗掲揚問題の板ばさみで自殺したことから「国旗国歌法」がようやく成立した。

・ このようにこの問題は政治家の怠慢で法律となるのが極めて遅れたのである。日本の常識は世界の非常識であり、地方議会でも未だに国旗掲揚がなされていないところが多い。元々は「法的根拠がない」と言っていたが法律が出来ると「強制すべきではない」と言い出している始末で本当に議員諸侯の職務怠慢と言わざるを得ないのである。

・ 結局国家観がないのである。あるのは個人主義で国家意識の欠落が戦後長い間繋がったのである。その結果日本はどのような国になったであろうか。国旗や国歌を尊重することは国歌を尊重し誇りにすることに繋がる。自国を愛すれば他国に対して敬意を表することになる。

・ 教育を通じて私は本校の生徒に日本の歴史に誇り持って欲しいのである。だから国旗国歌を大切に扱っているのである。私は今亡くなってはいるが敬愛する国家公務員だった父親に感謝している。小さい頃から「旗日」には父と共に国旗を玄関に掲揚させられた。しかしその経験は幼いながらにも私に国旗国歌、日本という国柄について大切なものを与えてくれたと思っているのである。今はその役目は自分となった。今私が国旗にこだわっているのには幼いころの原体験が影響しているのかも知れないと時々「フッ」と思ったりする。
・ 若い頃アメリカのニューヨークに駐在したことがあるが、その時以来、益々日本という国とその歴史、そして歴史を彩ってきた日本人が大好きになった。私は今の浪速の教職員が大好きである。人間が大好きなのである。同時に私はアメリカ大好き人間になった。日本語と英語の両方を本当に勉強したのである。これらが今の私の血となり肉となっていると思う。だから小さい頃国旗を共に掲揚した父親に感謝し、尊敬してやまないのである。

2011年1月28日金曜日

23年1月28日(金) 国旗・国歌問題またまた

・ 橋下知事は堺市の竹山市長に「怒り心頭」とどこかの記事にあったが、実際そうだろうと思う。全面的に支援して市長選に当選させたは良いが、今度は竹山市長は「大阪都構想」には付いていけないと反旗を翻しているからだ。

・ この竹山市長という人物はどのような人か知らないがメディアなどの写真や発言内容などを観察していると「ウーン」という感じがする。カリスマ性も感じられず所謂影が薄いのである。単なる小役人だった人だろう。平松市長とは全く異なるタイプである。存在感が余りにも無いわ。

・ まあ人間、誰しも自分が可愛いもので自民でもなければ民主でもなく、バックのない市長としては個性強い堺市の市議団を向こうに回して橋下知事と一緒に戦う度胸はないだろう。なにしおう環濠都市、自由都市「堺」である。信長知事の言うとおりに堺市を分割するなど絶対に受け入れるわけが無いことは分かりきった話である。

・ しかしその堺市が味なことをやってのけた。堺市も市立学校において国旗の常時掲揚を4月から始めると市教委の次長が表明したと今朝の産経が報じている。まあ一歩前進であろう。堺には市立の学校が小・中・高・支援学校・幼稚園で151校あるが準備が整い次第取り組むとの姿勢を市教委が表明したということだ。                              

・ 民主党の市議の質問に教育次長が答えたという話だけなのだが、肝心の自民党や竹山市長の考えは一体どうなんだとの疑問が消えない。民主党からの質問というのが組合せとしては面白いではないか。

・ 民主党支援の平松市長率いる大阪市は昨年の4月から実施しており、いずれの政令指定都市は「教育委員会の指示という形」で行うとある。元々社会民主的色合いの強い民主党が影響力を行使して大阪市、堺市の公立学校に国旗を常時掲揚するのだから次は「大阪府はどうなの?」となるのは必然だろう。構図としては大阪市と堺市が府を攻めている感じである。面白い。

・ 解せないのは大阪府である。橋下知事はこの問題に関しては何時もの歯切れの良さが無く、「条例で義務付けなければ困難」という姿勢である。知事は保守でもなくどちらかというとイデオロギー的には希薄な感じなのだが、私はどちらかというと知事こそ社会民主的人間だと考えている。

・ 授業料無償化拡大や中学校の給食整備など知事の打ち出す施策は間違いなく社民的である。それは弁護士という職業がなせる技だったのかも知れない。だから国旗の常時掲揚に「条例が必要」などと言って逃げているのだと私は感じている。

・ それにしても府会の自民党は保守を標榜するなら、一体何をしているのか。条例なら条例で進めたら良いではないか。堺市はやるといっているのだ。知事率いる「「維新の会」も一体国旗問題をどうするのか地方選の争点に挙げて欲しい。大阪都になったらどうするのか。

・ しかし世の中には不思議なことがあるものだ。今日の夕刊のトップページの右側記事は東京都の教員訴訟において東京高裁が教員側の逆転敗訴を報じていた。産経、読売はトップ記事であったが朝日は雇用関連の記事がトップで扱いは左側に記載されていた。すなわち朝日はトップの扱いではなかったのである。                                                

・ このように各紙の扱いを見ていくと面白い。産経は国旗、国歌と表現し、朝日は日の丸、君が代だ。朝日はおかしいのではないか。国旗・国歌だろう。それにこの重要な東京高裁の判決は夕刊だからトップ中のトップに報ずるものだろう。それを殊更避けているように私は感じた。これが勝訴判決だったら朝日はトップに持ってくるのではないか。
・ 入学式や卒業式で国旗に向かって起立や国歌斉唱を求めた東京都教委の通達や校長の職務命令は思想と良心の自由を定めた憲法に違反するとして東京の教員395人が確認や慰謝料を求めた控訴審判決が出たのである。
・ 一審では東京地裁が教員の勝訴としたが高裁は「憲法に違反しない」と明確に退けたのである。私は一審判決が出たときには驚いたが、まあ今回だけでは済まず、最高裁まで行くのだろうと思う。今回で教員側も退きはしないだろうから。


・ しかし悲しい話だ。明日の日本を背負い、国民の血税で運営されている公立学校で戦後65年も経って、まだこの種の裁判や学校に国旗を掲揚することが大きな議論となるような国は世界を探しても何処にもあるまい。

・ 世の中には過去の歴史を否定する思考発想をする人と歴史の未来を見据えて前向きに考えていく人の2グループがあるが、国旗国歌を否定する人々は前者である。「自虐史観」といって、過去の戦争責任ばかりに脳を働かせ、それから前に出て来れないのである。特に教員集団にこの種の人々が多い。

・ 過ちは過ちで反省し未来に向かって自分の住む国柄と国土、そして歴史を正しく見据えることは極めて重要であり、そのアイデンティティの確認に国旗を掲揚することがそんなに悪いことなのか。

・ 厳粛な卒業式に国旗に向かって起立しない、国歌は歌わない、あまつさえ生徒にまで影響を与えようとする一部の教員は本当に悲しい人々である。勿論学校の中には日本民族以外の生徒がいるが、それはそれで良いではないか。

・ 個人的には外国人といえども日本の学校なのだから日本の国旗に敬意を表すべきと思うが焦る必要はない。ただ100%税金で生活している教員が「子どもを戦場に送るな」の合言葉だけで学校という枠組みの中で示威行動をするのは止めて欲しい。

・ 少なくとも本校はそういうことは絶対に許さない。神社神道の精神を建学の基として85年間存続してきた学校であり。60年弱続いている伊勢修養学舎があるように本校の精神は日本の歴史の柱から出てきており、国旗は切っても切れない対象である。

・ 国旗は常時校舎の最も高い位置に翻っている。入学式も卒業式も壇上正面に掲揚し式の中で国歌を斉唱している。本校のお隣さんは建国高校さんがあって校舎には韓国国旗が翻っている。これらが普通の姿である。

 

2011年1月27日木曜日

23年1月27日(木)高校2年生への校長講話

・ 今日は年一回の高校2年生を対象にした「校長講話」の日である。各学年に一回あり、これは私が強く要望して学校行事に入れたものである。一般に校長は年に数回しか直接に生徒に語りかけるような機会しかない。
・ 校長先生とは校長室に歴代の校長の写真を背に威厳高く「ドンッ」と据わっているような人の事を言う。後は教育委員会や校長協会への出張ばかりする人の事を言い、職員会議には出席するが基本的には教員が出してきたものを「追認」する人の事をいう。とにかく学校に居たがらないという性癖を持つ。想像するにその方が気が楽になり休まるのであろう。
・ 府立高校勤務時代では本当に生徒に話す機会が少なかった。始業式と終業式で6回、入学式と卒業式を入れて年に8回が通り相場だから「一年を8日で過ごす良い仕事」との陰口を聞かれたりする。特に超進学校だったりすると授業こま数が減るとか言って校長の要望でもカットされたりする。

・ 大体校長先生とは「理念を語るのは天才」みたいなところがあって「人に優しい人間になりましょう」と言うのは上手いが、実践論は全くゼロだから、時間を使って語った後、何事も一切進まないのである。目的ばかりしゃべって目標を言わないし、目標に到達するための役割分担などを決めないから一切進展しない「しゃべって終わり」となるのである。

・ それは教職員の役割分担など決めようもなら、声の大きい教員から「どこにそんな時間があるのですか」「管理職でやってください」と切り返されるからである。従ってわざわざ「火の粉が飛んでくる実践論」は言えないのである。

・ 私立高校の校長は公立高校の校長のように単なる「従業員的」なところがない。それは「私立学校法」で規定されているように身分が「理事」で、言ってみれば「取締役」である。だから幾分経営者的に振舞えるのが教職員に対して「押さえ」として効いている。

・ 校長講話の話に戻そう。私は校長講話は「校長の授業」だといって着任以来継続してやってきている。高校1年生は入学して1学期の夏休みに入った時の「伊勢修養学舎」で生徒たちにいうのだ。「どうだ、高校生活は?」と問いかけ、中学生時代の甘さからの決別を促して「高校生活の過ごし方」を話すのである。
・ 高校3年生は例年9月頃に実施する。後数ヶ月で大学受験となるが特に社会の厳しさを伝えていく。今日の高校2年生は「高校生真っ盛り」に幾分水をぶっ掛けるのである。昨年11月に修学旅行も終了して、少しは勉強してもらわないといけないからである。「モードを変えろ」と。
・ エンジンを噴かす役割を担うのも校長の仕事と思っている。幾ら生徒の自主性を待つとっても基本的にごくごく一部の生徒しか自分を追い込んでいかないというのが子どもの習性である。教師はそれを「放っておいたら」いけない。強制力を持って追い込んでいくのが教育である。
・ 生徒の自主性を待つとか、個性を尊重するとか、勉強しないのも個性などと寝言を言って憚らない教員がいるとしたらそれは教師ではない。上手く仕組んで「生徒の心に火をつけるのが教師の仕事」である。

・ 私の50分の授業がどのような効果を生むか知れないが私はやる。大体生徒たちは何時も教科書の授業だからマンネリにもなろう。従って私は教師の話すような内容はしゃべらない。民間企業出身の私は教員が出来ない話をするのだ。60年生きてきて明日の日本を支えて欲しい子どもたちに伝えたいことは山ほどある。
・ 生徒たちには夢はあっても志がない。夢と志の違いが分かっていないのである。何時までも漠然とした夢の中で子どもたちは生きているのである。その夢を壊し、確固たる志を持たせ、血の出るような努力を訴えても、時にそれは「浮いてしまう」危険性と隣りあわせだけに生徒への講話は難しい。だから私は生徒の顔色を見ながら進め臨機応変に引き出しは幾つも用意して臨む。重要な事は準備である。

・ 思いつきで話してもそれは直ぐばれる。生徒はアホではない。だから教材研究もせず10年一日のごとき授業をしても生徒は分かっており、そのような教員は尊敬しない。「授業とは教師と生徒の勝負」であろう。50分間の勝負なのである。だから私も今日は勝負に出た。

・ 大体、大の大人が夢ばかり追って、夢と現実の乖離に打ちひしがれて、全ての責任を他に転嫁して「格差反対」と叫んでいる世相は子どもたちに元気を与えない。子は親や近隣のおじさんやおばさんの姿を見ているからでる。とどのつまり格差の解消も教育によってしか解決には結びつかないのではないか。「負の連鎖を断つ」事が出来るのは教育の力である。
・ 政府や行政のばら撒き施策は結局怠惰な日本人、お上に頼る日本人を作っていっているのだという危険性に気づかないといけない。「額に汗して働く」ということをもっと教えていかなければと思う。

 ・ 「君たち、タイタニック号が今の技術で出来ていたらあの船は沈まなかった」「なぜ自動車は錆びないのか」などとその辺の校長や教員が話せないような話から始めて私は授業を進めた。500名の生徒は誰一人おしゃべりすることなく生徒は目を輝かせて聞いてくれ終わった後万雷の拍手であった。今日は生徒に勝ったと、満足して体育館を後にしたのである。


2011年1月26日水曜日

23年1月26日(水)志願書受付

 
  
                 




出願が終わって一安心、揃って中学校に戻ります。
・ 現事務長の功績は多いがこれもその一つである。本校は毎月「月次予算と決算」を行って「収入と支出」「手元資金」の状況を把握して、今後の小さい案件も含めて設備投資のタイミングを少なくとも法人スタッフと確認している。小さな私立高校でここまで徹底して行っているところはそう多くはあるまい。

・ 今月は12月分の月次決算を見て年度末3月末までの大きな収入と支出を考慮し次年度繰越金が対予算でどうなっているのか、その増減の幅と要因をチェックしたのである。面倒であるがこれは継続していきたい。9月の中間決算だけでは心配である。

・ 現時点で3月末には対予算+3000万円で推移していることが確実になり理事長としては喜んでいる。その要因は「入学試験の検定料」が大きく効いている。受験生が2400人も志願してくれているので検定料が2万円だからこれだけで4800万円のキャッシュが入ってくるのである。


・ さて今週から志願書の受付が始まっている。中学生が学校単位に集団で本校に受験番号を取りにくるのである。恐らく中学校から教えられているのだろうが、礼儀正しく素晴らしい。「しっかりやらないと合格しないぞ」くらい言われているのではないか。

・ 入試説明会で校長の顔を見知っているのか私に「笑顔」を返してくれる受験生もいる。可愛いものだ。受験票を手にした生徒は中学校に戻って先生に確認して貰って預かって貰うそうだ。そうしないとどこに行ったか紛失する生徒もいるという。中学校の先生も大変である。

・ 手続きには「写真添付」と検定料の「郵便局振込み証明書用紙」添付した志願書を提出し、その確認と引き換えに「受験番号を打った受験票」を切り離してお渡しするのである。正確には合否結果の郵便通知の切手代360円も含めた20360円の振込み証明書である。

・ 「受付」で重要なことは受験番号の管理である。二度打ちなどが有れば大変なことになるからここは受付を担当する教職員は神経を張り詰めてやってもらわないと困るのである。昨年まで実はシートは5枚もあって受験番号を打つ場所が5箇所もあった。だから受付時間はかかるしそれに二度打ちなどの危険性がなかったわけではない。

・ それで今年から全面的にフォームを改めて受験番号欄は2箇所に削減したのである。本校の広報情報委員長のO先生がすべて取り仕切って開発してくれた。有難い限りである。良い仕事をしてくれている。元々評価の高い先生であるが、もう少し評価を上げねばならない。


・ 一方振り込み証明のコピーが郵便貯金センターから日日単位で送られてくるからこれを累計すれば「正確な志願者の数」が我々に分かるようなシステムになっている。教育相談件数はあくまで相談件数であって全てが本校を受験するとは限らないからである。

・ しかし検定料を2万円も振り込んだらもう諦めて受験してもらわないといけない。ところが100%の受験生が来るかと言えば過去一人二人はこの段階になっても迷っている受験生はいるもので、その場合私は検定料をお返しするようにしている。

・ 例年教育相談件数から実際の志願者はある程度減少するのであるが今年の特徴としてその減り方が極めて少ないのである。授業料無償化の中で腹をくくっている生徒がほとんどということになるのか。

・ 2月2日が一応の願書締め切りということになっているが、どっこい併願から専願に切り替えるとかもあって入試広報室の事務処理は大変なのであるが、私は「嬉しい話だから前向きに対応するように」言っている。

・ 数が多いというのはそれだけ間違いのリスクは高いが前述したように「実入り」の話であり「嬉しい悲鳴」なのである。検定料の数千万円は大いに学校経営に寄与するのである。


・ ところで今まで教職員には「新人事制度」を何回も説明してきた。日本総研とタイアップして成案を既に得ている。「新校舎建設を目標」に我々の手で何としてもやりぬくという「決意と覚悟」のためにもう一段の人件費削減が避けて通れない局面であることを説明してきた。

・ 橋下知事は府の職員の人件費削減を更に3年延長してまで私立高校授業料無償化施策を打ってくれた。府立の教員と基本的に大きな差異があってはならないというのが私の考え方であり、組合もその考えではないか。

・ セイムワーク・セイムペイと言うが私立学校の土曜日勤務は相当きつい。仕事の負荷は公立とは違う。そこで私は一応の目安を考えているのであるが、具体的にはラスパイレス指数何処に持ってくるかという事なのである。

・ 私は来年度の入学者が実際にいくらになるのか最終的に確認して踏み切りたいと考えている。浪速中学校への入学者は昨年より1名増の122名だが結局クラス数は3クラスから4クラスとした。これによる経営費用は3年間で数千万の増となる。これは中学校発展のための過渡期の必要コストと考え決定したが、他で幾分なりとも財源を確保しなければならない。

・ 民主党政権みたいに財源のあてもないのに「ばら撒く」のでは先行きが見えなくなる。新経営計画完遂のためには決断しなければならない。教職員が頑張ってくれているだけに辛い話であるが、ここで1年でも2年でも「新校舎建設を急がねばならない」という思いが日に日に強くなってくる。

・ 又新校舎建設ごと考えていたが多聞尚学館の男子宿舎が老朽化してきた。今のすし詰め状態は「まさに蟹工船」である。浴場も外部にあるので特に冬場は大変である。何時かは新しい男子宿舎が必要になってきた。

・ 平成14年から一旦「踊り場」で停滞していた少子化の流れは又勾配が強くなってくる。後3年で間違いなく生徒数は減少していくだろう。それまでにインフラを整備しておきたいとますます思うようになってきているのである。
・ 新校舎が完成すれば教職員に還元することは考えている。今日の管理職の朝会で方針を示し、又午後には「職員代表」を部屋に来て貰って現時点での考えをお伝えした。最終生徒数が見えてきた段階で新経営計画の数値をシミュレーションして「幾ら溜め込むことが出来るのか」を見て最終決断する積りである。



2011年1月25日火曜日

23年1月25日(火)職員力で学校は変わる!

・ 今、私は去年の5月に亡くなった事務室勤務のOさんを思い出している。昨年1月の終わり頃に「背中が痛くて夜も眠れない」と言っていたのに、どうして早く気づいて措置してやれなかったのか後悔で胸が痛む。2月に入院し5月には帰らぬ人となった。本当に優秀で明るく、素晴らしい女性事務職員であった。
・ このOさんは何時も「理事長先生のおかげで事務職員の地位が上がりました。このことがとても嬉しいです」と私に言ってくれていた。この言葉の背景にあるように学校というところは「教員至上主義」的なところがあって事務職員を一段下に見るようなところがある文化構造の職域である。

事務室窓口
・ 確かに学校というのは「教師が生徒に教えてなんぼの世界」であり、国家免許を有している「教員が主役」であることは間違いないが、さりとて事務職員が一枚下というのはおかしな話である。
・ この文化は公立学校になれば更に強いものがあったように私の経験で感じている。大体多くの事務長となる人々は府庁から出向してくるのであるが、ついつい彼らの視線は府庁本体から離れられず、分かり易く言えば「ノンキャリアや本庁の出世競争に負けた人が学校の事務長に天下ってくる」という嘘かまことか知らないが府立の校長から良く耳にしたものである。この辺にも教職にある者の驕りを感じる。

・ こういう態度は教員にすぐ見えるからますます事務職員の影は薄くなるのではないかと私は思ったものだった。私立において学校事務を統括する事務長がこのような態度では学校はつぶれる。それだけに私立における事務長、事務職員の質は極めて重要である。「単なる儀典長」みたいな事務長ではどうしようもないし、給与明細を配るだけの事務員では駄目である。
 ・ 「職員力で学校は変わる!」が今日のテーマだ。学校改革における事務職員の力は大きいし、そのように理事長や校長は「事務室を使いこなす」ことが重要である。事務職員に求められる資質とはまず「事務処理能力」が求められる。そのためには今日的にはITを使いこなさなければならない。そして「法令知識」が必要である。そのためには勉強しなければならない。勉強や資格を目指さないような事務職員は単なる事務員さんだ。

・ 「数値化して経営状況を分析」する必要がある。少なくとも学校会計基準が分かっていないようでは私学の事務は務まらない。その上で礼儀正しい明るい人が良い。電話応対、来客応対、保護者応対など全ての窓口であるから学校の第一印象に影響を与える。「身なり」も重要なファクターである。
・ 「事務職員の仕事とは一言で言えばお金を扱う」ことである。私は絶対に教員にお金は扱わせないように徹底している。昔は教員が腹巻をしてその中に現金を入れて京都のサマー合宿などに出かけたり、保護者からの講習費などの預かり金も直接管理していたが着任後直ちに改めた。教員がお金を直接扱ってはならない。
・ 特に学校法人経営事務と学校事務とは峻別して管理しなければ「ひっちゃかめっちゃか」になって学校全体がだらしなくなってしまう。私は朝一番に「法人朝会」を短時間行い収入支出、対外事項などを確認する。これに参加できるのは事務長以下法人事務の人間3人だけである。実印は私だけが携帯しているのである。

・ 第1限の授業が始まり校内が落ちついてくる9時に「学校管理職朝会」が始まる。副校長、高校、中学の教頭、入試広報担当教頭それに事務長であるがこのときの事務長は学校事務を取り仕切る立場からの出席であって、法人経営のスタッフとしての立場ではないのである。ここがポイントである。

・ 従来、事務長ならびに事務職員は給料伝票の計算やコピー用紙がなくなったとか、蛍光灯が暗いとかトイレットペーパーが切れているとかそのようなことばかりで毎日を過ごしておれば、教員につかる僕(しもべ)だけの立場で終わってしまうだろう。それでは元気がなくなる。


・ しかし事務職員だけが出来る「会計分析」という業務が「水戸黄門の印籠」みたいな力を有するのである。あのカラーコピーの使い方は異常である。先月水道代が例月を大幅にオーバーしたのは何故か。手元現金からすれば夏のボーナスは銀行融資に頼らずとも支払えますとか極めて重要な情報が辺り一面にあるのである。

・ それらの経営情報をタイムリーに経営者に上げて教員に説明することで教職と事務職の距離は近づくのである。そうすれば学校改革に弾みはつく。学校改革は教員だけでは不可能であり、事務の打ち出す情報で地についたものになるのだ。

・ 事務職員は「少数精鋭」であるべきである。仕事の出来ない中途半端な人がいるとそれは「助けにならなくて、逆に足手まとい」になるだけだからである。出来る人間が少数なら情報の回転は速い。「自分はそれを聞いていなかった」という文句をいう間抜けな人間もいなくなるからである。

・ 10年前の平成12年当時の職員数は派遣パートも含め13名程度であったが22年度では9名でやっている。事務職員一人当たりの生徒数は当時は114名から今日では221名とほぼ倍増しておりこの数値は府下の他の私立学校と比較してもほぼ倍の「生産性を誇っている」のである。生産性という言葉は学校文化にはなかったが私は導入した。


・ 3月末で現事務長が定年退職となるのですでに1年前から56歳の銀行マンを早期退職してもらって育成してきた。このように学校事務職員は計画的に人材育成することが重要である。本校では3代後の事務長まで人事計画に沿ってすでに手配が完了し現実に勤務してくれている。それくらい私は事務長の仕事は重要と考えているからである。

・ 現事務長は元は銀行マン、次の事務長も銀行マン、その次は子飼の人材、その後も銀行マンという具合である。もっともこれらはデッサンだけで実際そのようになるかは彼らの今後の努力次第である。今や事務室に勤務している職員は昔からいる人はたったの3人で3月末には2名になる。ゴロッと人が入れ替わっているのである。

・ 3番手が事務長になる頃は10年以上も先のことであるが今から育成しておくのは前述したようにこの職種の重要性を鑑みたからである。事務長が能天気で一部教員と結託し理事会の方針を無視して好き勝手したら学校はすぐ傾く。

 ・ 教員の仕事が円滑に行くように黒子の役割を果たしてやりながら一方では経営情報をカチッと掴んでおく。仕事が出来て人格誉高い事務長,俊敏な一騎当千の事務職員でなければ理事会や教員の信頼は得られない。

・ 加えて私は今派遣職員もどんどん直接契約に切り替えている。お金を扱っているだけに「直参旗本」が良いと考えたからである。その方が全体としてはコスト安にもなる。この4月からは事務室には派遣職員はいなくなるが、皆さん、大変喜んでくれてまあよく仕事をしてくれている。自分の職場だと思えばこそ責任感と充実感が派遣の時とは全然異なるのであろう。良いことをしたと思っている。これも亡くなったOさんに報いるものだ。

2011年1月24日月曜日

23年1月24日(月)浪速スイングガールズプラス1

 ・ 「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」という。このような表現は誰が考え出したか知らないが、上手いことを言う。本当に年明けの1月は時間の経つ早さは特に学校の関係者は感じているところである。「アッ」いう間に1月最終の週となった。初出以来全教職員はエンジンフル回転という感じである。

・ まず中学入試、高校の教育相談、大学入試センター試験、高校1年生から2年次へのクラス分けなど相当神経を使う行事が次々とあり、又来月の耐寒行事中学校の金剛山登山、高校生の奈良「山の辺の道」トレッキングの準備もある。

・ そして年度末に向けて卒業式の準備や教職員手配、教室の準備なども抜かりなく進めていかねばならない。他の私立高校にはすでに生徒数を予測して教室整備に入ったという情報もある。本校は卒業していく3年生のクラス数が15だから現時点では慌てふためく必要はない。

・ 本当に教職員は役割分担をして頑張ってくれている。有難い限りである。「終わりよければ全て良し!」というが、これが志願者が少なかったりしておれば、元気も出ない。しかし「今年も皆で飯を食っていけそう」の色合いが濃くなってきているので私は一安心しているのである。

・ 先の発表で志願者が少なくなっている学校の管理職や教職員の思いを想像するとそのお気持ちが分かるだけに「我が身の幸せ」を感謝しなければならない。多くの方々のご支援のおかげである。だからこそ入学してくれた生徒に良い教育をサービスしなければならないのである。

・ 入試広報担当の教頭がしみじみと私に言っていたが合格発表の掲示板を見て、嬉しさで歓声を上げている小学校6年生とその保護者を見ていると「責任感で身が引き締まる」というのは、まさにその通りでその感性は重要である。皆がその気持ちにならなければならない。



・ 今日から「高校入試の願書受付」が始まる。教育相談が今朝になってもまだ電話があったりしているのも今年の特徴である。「考えたら専願の方が良いから併願からまだ変更できるでしょうか?」とか「他校の併願にしたが浪速に代えたいのですが今の成績だったらどうでしょうか?」とかの問い合わせなのである。ぎりぎりまで迷っているのである。
・ 高校3年生の学年団が主体となって願書受付を行う。特に今年から願書受付システムをIT技術を導入して根本的に変えているので、心配な面はあるが「事務の合理化」もしなければならない。入試広報室、広報情報委員会がセンターとなってシミュレーションをしてくれているから安心しているが、それでも私は「緊張感を持ってやるように」担当教頭に今朝方念押ししたところである。
・ 受験生は郵便局に受験料を振り込んでその証書を願書に貼って学校に来る。そして受験番号の入った願書を貰って帰る。これで完全に受験校が決まったことになり、2月10日の試験日まで緊張した毎日を過ごすことになる。毎日が受験勉強である。


・ それにしても昨日の「NANIWA SWING GIRLS」の演奏は大変評判が良かった。会場のお客様に対して格好の学校PRになったことは間違いない。これらの皆様が口々にまたご近所なり小学校などで浪速中学、高校学校のお名前を出して頂けるだろう。このようにして徐々に学校の名前を高めていく努力が必要だ。
・ 黙って座っていて生徒が集まる時代は過ぎ去ったと知るべきである。市内の私立高校でも今まで積極的に教育相談を受けたり、塾に対して働きかけをしない学校は徐々に追い込まれていくのではない。勿論「商品宣伝に嘘があってはならない」。まず「商品の品質は保証」し、そしてそれらを「適切に宣伝する」ことは、一生懸命頑張ってくれた生徒のためにもやらねばならない仕事なのである。
・ NPO法人関西ジャズ協会主催の新春JAZZコンサートに本校の吹奏楽部から14名の生徒が出演させて頂いた。お話があったのが昨年の9月だから、ほんの4ヶ月間でまったくのジャズ演奏の素人がここまで上手くなるものかと思ってしまう。中学生、高校生の成長の早さに驚くばかりである。
・ 会場は北区のサンケイホールだから超一流の場所で他の出演者はこれまた超一流のプロのミュージシャンである。その中に入れて頂いたのである。多くの保護者や本校生徒が300人も駆けつけてくれて900名の会場は超満員、浪速は素晴らしいとの声が耳に入ってきて本当に嬉しくなった。
                              

・ 全ては本校の校歌を作曲していただいた関西ジャズ協会会長の大塚善章先生のおかげである。素晴しい校歌を作って頂いたお方である。人とのお付き合いは大切にしておかねばならない。お世話になった人の恩義を忘れてはいけない。
・ 昨年9月に突然先生が学校にお越しになり、「こういう企画を考えているが、先生の学校でどうか」と最初に声をかけて頂き、私は「二つ返事」でお受けした。「気合」である。本校生徒はジャズなど全く知らず、ど素人であったが、申し出をお受けし、それから特訓が始まった。

・ プロの指導者の手にかかるとここまで短時間で上達するのかと私は驚いた。習い事はやはり指導者である。同時に私はその後のプロの演奏には圧倒された。これぞまさしく「本物のミュージシャン」と私は感動したのである。高橋知道さんのテナーサックスと青木美江さんのフルート演奏は特に私の琴線に触れたのである。何事も極めるというのは大変である。
 ・ 本日私は出演した14名の生徒を校長室に呼んで顕彰した。良い経験になったと思うし学校としても新たなクラブ活動事跡に歴史を加えることになった。生徒たちも「やれば出来る」ことを実感したであろう。この自信はこれからのこの生徒たちに人生に素晴らしい影響を与えることは間違いない。
・ 丁度この日の夕方からは大阪日航ホテルで関西私塾教育連盟主催の新年互礼会があって私はこの席でもこの日のジャズコンサートのことを大いにPRしたのである。今大阪の高校でジャズ演奏がここまでやれる生徒はおそらく本校のみであろう。

2011年1月23日日曜日

23年1月23日(日)高2、多聞尚学館で英語の特訓

 ・ 高校2年生のトップ50人とセカンド50人が多聞尚学館で英語特訓に取り組んでくれているので昨日激励に出かけた。金曜日から今日の日曜日夕方まで英語ばっかりの講義、試験、解説のサイクルだから、これは効果ある。

・ 朝早くから夜は24時頃までの連続講義だから生徒には「苦行」に近いだろうが、こういうのが「集中特訓」である。宿泊旅行みたいに「ちんたら ちんたら」した校外合宿なら意味はない。それなら止めた方がエコである。
・ 肝心の生徒が嫌がっているかといえば全く様相は誰一人苦にした顔つきはしていない。しわぶき一つ聞こえずに真剣に取り組んでくれていた。多聞尚学館を開設して3年、本校の「週末スペシャル」は完全に地についたものになってきた。私は極めて満足している。もっと入試広報室はこの週末スペをPRしなければならない。
・ 多聞は通常の教室授業とは違う。従ってこれは校長が決定し、指名した者のうち、希望者のみ参加させ、費用は受益者負担で参加できるものである。戴いている授業料にこれらの多聞代は含まれていない。最も3度の食事とベッドメーキングに少しばかりの講師代だから費用としては微々たるものである。
・ その辺の予備校など及びもつかない低コストで現役最前線の学校の教師が教えるのだからこれは有効だと思っているのである。教師は一人ひとりの生徒の実力を知っているからどこがポイントか分かっていることは大きな利点である。

・ 出かける前に私は今回のセンターの先生を呼んで全生徒の試験成績を張り出すように指示した。その為に本人と保護者の同意を得る段取りをつけたのである。結果として誰一人拒否する生徒は居なかった。今までは成績トップから10人くらいの発表に限っていたのだがこれでは余り効果はないと思ったからである。
・ 全体の中で自分の位置を知り努力をする気持ちになって欲しいからである。昨日私が行ったときは「代ゼミ高2センターチャレンジ模擬試験」の結果が食堂の黒板に張り出されていた。さすがに私はボトム10人は隠すように言っていたのだがそのようにしてくれていたのである。
・ 「生徒の様子はどうだった?」と先生にお聞きすると「なんていうことなく皆関心を持って見てました」と言われていたので、まあ大きな問題はないなと思ったのである。今後この種のやり方も時には入れて行きたいと思う。

・ 多聞に来たから力が付くのではなくて多聞で自分を知ることである。そして自らを知り血の出るような努力をすれば間違いなく実力が付く。生徒にそれを知って欲しいのであり、先生方にはその海図になって欲しいのである。

・ 高校2年生であるからもう後1年で彼らは本番のセンター試験を受けなければならない。時間がもうないのである。この高校2年生は正直言って「のんびり」しており、所謂性格の優しい良い子が多いのだがどうも「やる気」が伝わって来ないのが心配なのである。今の高校3年生に比べて特に感じる。

・ 今回の多聞参加者は117名で校内試験での判断によるトップ50人程度とセカンド50人程度なのであるが中に特別に4人を校長命令による特別参加を含めた。浪速中学校から進学した所謂内部生である。

・ 200点満点の代ゼミセンター模試で3クラスに分類するのだが今回のトップは女生徒で188点を取っていた。前回の多聞特訓でもこの生徒はトップであった。とにかく英語が強い。現在では英語だけで言えば京大、阪大レベルである。
・ 次点者が180点で2名、次いで176点が3名、そして174点が2名でこの中に内部進学生が居る。(特別参加の生徒ではない。)200点満点で60%取っている、すなわち120点以上は力があると考えると、その数は57名となっていた。これらの生徒は今後の努力で国公立大学を含めた難関大学が狙えるポジションに居ると私は思っている。

・ 一昨日のブログ「橋下知事私立公立高校にトーフルで5億円」のブログには50名から100名の選抜とあったから現時点では本校は50人なら参加できるかも知れないと私は計算した。100人となると今回の試験では100番目の生徒はまだ期待するラインまで取れていないから、これはしんどいだろう。まだ層は厚くはないのである。

・ しかし概して高校2年生でセンターチャレンジ試験でこの成績なら「まあよくやっている」と先生方は褒めてくれていたので私は幾分嬉しくなったのである。特別参加4名のうち一人は良い位置につけてくれていた。少しやる気になってくれているのかと安心したのである。内部生の成績は本校にとってあらゆる面で重要である。

・ ところで一昨日のトーフルテスト導入の記事に関して昨日は府教委教育長のコメントが記事になっていたが「慎重姿勢」というものであった。このコメントを歓迎したい。130校以上の公立学校を預かっている教育長だから「府立高校の実態にどうも合致している政策とは思え
ない、隔たりがある」との内容だったと思うがその通りだろう。                             



・ これから1年間、橋下知事が「バンッ」と打ち出した「トーフルで5億円」は詳細検討されるのであろう。記事には「私立高校優位」とあったがそういうことではない。96校の私立高校の実態にもそぐわないのではないか。

・ これからのリーダーに英語能力は必要という意見に反対はしない。国際政治や経済分野で他国の指導者と英語で直接話せない日本のリーダーはテレビで見ていても残念であるが別に恥ずかしいは思わない。問題は今後なのだから。しかし公立私立トップ50校に絞って5億円を賞金稼ぎみたいにバラまくのは如何なものかという疑念はどうしても消えない。

・ 私は本校で英語教育に力を入れているのは「英語を学ぶことで生徒に自信を持って貰いたい」からである。英語という言語の魅力は実はここにあるのだと思っている。日本語以外にもう一つ外国語に近づくことで更に「自分が日本人であることの誇り」を再確認し英語によって「国際理解に一歩近づく」と思うのである。確かに大学入試に必須であるがこれだけの目的では余りにもせこい話である。もっと広い範囲で英語教育を浪速高校では展開していきたいと思っているのである。

2011年1月22日土曜日

23年1月22日(土)中学校入試を考える


一次A試験合格発表


一次B試験合格発表

二次試験合格発表
・ 高校の浪速志願者状況は大変よく分かったが校長は浪速中学のことをブログに書かないではないかという電話を知人から頂いた。確かに中学募集は戦略性が高いために積極的にはオープンにしていないのだが、別に隠す気はない。

・ 尊敬する某私学の理事長校長先生は大変な教育理論家で高い見識をお持ちのお方であられるのだが、「木村さん、中学校は極端に言えば私学と言えども授業料無償でも良いではありませんか」と言われたことが頭に鮮烈に残っている。すごい発言である。これ以来私はこの先生を尊敬している。

・ 又この先生は特別な中学校ならいざ知らずまず普通の中学からスタートして徐々に高めていく方法しかなく、そのためには「数ではなくて質」ですよとも言われた。私が「当面3クラスが目標」ですと申し上げたら「ウーン、2クラス80人もありますね」と答えられたのである。

・ 今改めて考えてみると本当に有難く親身になった後輩へのアドバイスであったと思う。この通りであった。平成18年暮れも押しせまった12月22日に理事長に就任し、翌1月に着任した。その年4月までの間徹底的に学校を分析したのだが、とにかく当時の浪速中学校の実態に驚愕したのである。平成19年4月中学校校長を兼務し、まず最初に私は中学校改革に着手した。

・ 一刻も停滞することが許されない危機的状況で、即刻名ばかりの「中高一貫」を解体してゼロからの出発を図った。このときの中学1年生が今年浪速高校を卒業する。翌年の平成20年男女共学中学校に移行し、2年待って平成22年には関大グループに入り、関西大学連携浪速中学校とした。毎年毎年大きな変革をしていったのである。

・ 結論から言えば33名、70名、105名、120名、121名と4年連続で新記録となる生徒を確保出来、そして今年23年度入試である。本年4月に入学する中学生の数は122名と実に5年連続で新記録となったのである。たった1名ではないかと言われても記録は記録だし、正直これ以上生徒を増やす気はない。

・ 詳しくは書けないが実は「生徒の中身」が変わって来ており、実に将来が楽しみなのである。間違いなく関西大学の名前が効を奏している。したがって今年は関大コースが60名、特進コースが62名で出発することとなったのである。

・ クラス編成は昨年まで3クラス体制であったが今年は4クラスとし、一クラス30名の「少人数展開の発展別授業」をより徹底することとした。すなわち伸ばす子は伸ばし、遅れつつある子は徹底的に引き上げるということである。

・ 教員手配などコストがかかるが「今が胸突き八丁」と心得、頑張ることとしたのである。高校から教員を回し中高一貫の体制となるようにも配慮したいと考えている。このようにして中学校のレベルが上がってくると間違いなく浪速中学校は難関中学校に育っていくと思う。道のりは決して平坦ではないが必ず可能である。一歩一歩「坂の上の雲」を掴んでいく。

・ そのためには今中学校の規模を誇らないほうが良いという考えに到達したのである。そして浪速中学校の生徒が浪速高校に進学し、良い成績を上げてくれるようになったら波及効果で学校全体に良いムードが漂うだろう。


・ しかしそれにしても5年連続新記録というのは良くやってくれたと思う。一次A、一次B、二次と3回も試験し採点し毎日毎日緊張する日々であったがようやく解放される。募集活動を含めればまさに1年間の長丁場であった。経験した人間でなければこの辺の気持ちはご理解頂けないだろう。まさに胃が痛むのである。

・ 入試広報室は今年の成果と活動結果を分析し、来年度に備えて欲しいと指示したところである。中学入試は高校入試とは異なり、より塾との関係や戦略性が問われる。特に義務教育中の子どもたちであり、対応には規制があるため、勝手に公立小学校に顔を出すというわけにはいかない。

・ 元来公立中学校に行けば無料であるのに、何故高い授業料を出してまで私立中学に行かそうと保護者は考えるのかが分かっていないと中学校の経営をやってはいけない。ここがポイントである。学校のことが分かっていない人は簡単に入学者は何名とか聞かれるが「偏差値輪切り」の中学はそう簡単に経営できるほど生易しいものではない。

・ 又「教育内容の発信」が重要である。やっていることはどこにも負けていないと自負しているが世の中の保護者はそれほど時間に寛容ではない。急いでおられることも事実である。従って「如何に早く情報を入手し先手を打つ」かであろう。

・ 「浪速ふくろう奨学金制度」も理事会の承認を得て整備した。結構大きい金額でファンドも組んだ。これらを有効に活用して一人でも優秀な小学校6年生を如何に集めるかである。それには保護者の信頼を得なければならない。

・ そして一次A試験の専願で満杯になるようにしなければならない。今年は専願だけでは定員満杯にはならなかったが、何と驚異的な粘りを示して一次Bと二次で優秀な生徒が来てくれて結局122名となったのである。入試広報室は大変に頑張ってくれたと高く評価したい。プロの仕事は結果でありあくまで数値である。「頑張りましたけど駄目でした」は世の中には通用しない。しかしまだ数値へのこだわりがない。

・ 私は事務長と入試広報室担当の教頭に指示して入試広報メンバーの体制を強化するように指示した。人事は調子の良いときにこそやって効果があるもので下り坂でやるのは支持率の下がった時の内閣改造くらいだろう。
・ 入試広報業務は高い専門性が要求される「専門職」である。教諭が順番に片手間でやるようなものでもないと予てから考えていた。プロを養成しなければならない。そういう観点から現在人材を募集中である。来週になったら朝日新聞と読売新聞に求人広告も出すことにしている。
・ 相当優秀なお方であればすぐに昇給を考え、正職員に採用しても良いと考えている。さわやかで行動力のある営業マン的人物を求む。女性と書くと男女雇用機会均等法の精神に触れるからそれは規定できない。男性でも女性でも仕事の出来る人が欲しい。まあそうは言っても最後は「お人柄」であることはどの職業でも同じことであるが。