2011年1月28日金曜日

23年1月28日(金) 国旗・国歌問題またまた

・ 橋下知事は堺市の竹山市長に「怒り心頭」とどこかの記事にあったが、実際そうだろうと思う。全面的に支援して市長選に当選させたは良いが、今度は竹山市長は「大阪都構想」には付いていけないと反旗を翻しているからだ。

・ この竹山市長という人物はどのような人か知らないがメディアなどの写真や発言内容などを観察していると「ウーン」という感じがする。カリスマ性も感じられず所謂影が薄いのである。単なる小役人だった人だろう。平松市長とは全く異なるタイプである。存在感が余りにも無いわ。

・ まあ人間、誰しも自分が可愛いもので自民でもなければ民主でもなく、バックのない市長としては個性強い堺市の市議団を向こうに回して橋下知事と一緒に戦う度胸はないだろう。なにしおう環濠都市、自由都市「堺」である。信長知事の言うとおりに堺市を分割するなど絶対に受け入れるわけが無いことは分かりきった話である。

・ しかしその堺市が味なことをやってのけた。堺市も市立学校において国旗の常時掲揚を4月から始めると市教委の次長が表明したと今朝の産経が報じている。まあ一歩前進であろう。堺には市立の学校が小・中・高・支援学校・幼稚園で151校あるが準備が整い次第取り組むとの姿勢を市教委が表明したということだ。                              

・ 民主党の市議の質問に教育次長が答えたという話だけなのだが、肝心の自民党や竹山市長の考えは一体どうなんだとの疑問が消えない。民主党からの質問というのが組合せとしては面白いではないか。

・ 民主党支援の平松市長率いる大阪市は昨年の4月から実施しており、いずれの政令指定都市は「教育委員会の指示という形」で行うとある。元々社会民主的色合いの強い民主党が影響力を行使して大阪市、堺市の公立学校に国旗を常時掲揚するのだから次は「大阪府はどうなの?」となるのは必然だろう。構図としては大阪市と堺市が府を攻めている感じである。面白い。

・ 解せないのは大阪府である。橋下知事はこの問題に関しては何時もの歯切れの良さが無く、「条例で義務付けなければ困難」という姿勢である。知事は保守でもなくどちらかというとイデオロギー的には希薄な感じなのだが、私はどちらかというと知事こそ社会民主的人間だと考えている。

・ 授業料無償化拡大や中学校の給食整備など知事の打ち出す施策は間違いなく社民的である。それは弁護士という職業がなせる技だったのかも知れない。だから国旗の常時掲揚に「条例が必要」などと言って逃げているのだと私は感じている。

・ それにしても府会の自民党は保守を標榜するなら、一体何をしているのか。条例なら条例で進めたら良いではないか。堺市はやるといっているのだ。知事率いる「「維新の会」も一体国旗問題をどうするのか地方選の争点に挙げて欲しい。大阪都になったらどうするのか。

・ しかし世の中には不思議なことがあるものだ。今日の夕刊のトップページの右側記事は東京都の教員訴訟において東京高裁が教員側の逆転敗訴を報じていた。産経、読売はトップ記事であったが朝日は雇用関連の記事がトップで扱いは左側に記載されていた。すなわち朝日はトップの扱いではなかったのである。                                                

・ このように各紙の扱いを見ていくと面白い。産経は国旗、国歌と表現し、朝日は日の丸、君が代だ。朝日はおかしいのではないか。国旗・国歌だろう。それにこの重要な東京高裁の判決は夕刊だからトップ中のトップに報ずるものだろう。それを殊更避けているように私は感じた。これが勝訴判決だったら朝日はトップに持ってくるのではないか。
・ 入学式や卒業式で国旗に向かって起立や国歌斉唱を求めた東京都教委の通達や校長の職務命令は思想と良心の自由を定めた憲法に違反するとして東京の教員395人が確認や慰謝料を求めた控訴審判決が出たのである。
・ 一審では東京地裁が教員の勝訴としたが高裁は「憲法に違反しない」と明確に退けたのである。私は一審判決が出たときには驚いたが、まあ今回だけでは済まず、最高裁まで行くのだろうと思う。今回で教員側も退きはしないだろうから。


・ しかし悲しい話だ。明日の日本を背負い、国民の血税で運営されている公立学校で戦後65年も経って、まだこの種の裁判や学校に国旗を掲揚することが大きな議論となるような国は世界を探しても何処にもあるまい。

・ 世の中には過去の歴史を否定する思考発想をする人と歴史の未来を見据えて前向きに考えていく人の2グループがあるが、国旗国歌を否定する人々は前者である。「自虐史観」といって、過去の戦争責任ばかりに脳を働かせ、それから前に出て来れないのである。特に教員集団にこの種の人々が多い。

・ 過ちは過ちで反省し未来に向かって自分の住む国柄と国土、そして歴史を正しく見据えることは極めて重要であり、そのアイデンティティの確認に国旗を掲揚することがそんなに悪いことなのか。

・ 厳粛な卒業式に国旗に向かって起立しない、国歌は歌わない、あまつさえ生徒にまで影響を与えようとする一部の教員は本当に悲しい人々である。勿論学校の中には日本民族以外の生徒がいるが、それはそれで良いではないか。

・ 個人的には外国人といえども日本の学校なのだから日本の国旗に敬意を表すべきと思うが焦る必要はない。ただ100%税金で生活している教員が「子どもを戦場に送るな」の合言葉だけで学校という枠組みの中で示威行動をするのは止めて欲しい。

・ 少なくとも本校はそういうことは絶対に許さない。神社神道の精神を建学の基として85年間存続してきた学校であり。60年弱続いている伊勢修養学舎があるように本校の精神は日本の歴史の柱から出てきており、国旗は切っても切れない対象である。

・ 国旗は常時校舎の最も高い位置に翻っている。入学式も卒業式も壇上正面に掲揚し式の中で国歌を斉唱している。本校のお隣さんは建国高校さんがあって校舎には韓国国旗が翻っている。これらが普通の姿である。