2011年1月11日火曜日

23年1月11日(火)武の一字

3連休の関係で府内公立中学校の始業式が大阪市を中心として今日11日になったから本格的な教育相談が本日より始まった。仕事始めの6日からは事前に受け付けてはいるのだが今日からがぐっと相談件数が増えることになる。各私立高校も同じである。

既に本校は69校の相談を受け付けているのだが最終的には230校程度になるから今後の伸びを大いに期待している。昨年に比べて府内の中学校を卒業する中学3年生の数は2400人程度減少しているから府内全私立高校96校で単純に割ると1校あたり24名近くも減少する。まあ大体昨年対比1クラス減と観ておいた方が良いと私は言っている。


人事を担当している副校長は教員配置が1クラス変動すると大変大変と言っていたのだがもう本校は1クラス分は変動範囲として「織り込み済」だから問題ない。しかし2クラス変動するとちょっとしんどいことになる。慌てて教員を探さないといけないからだが、はっきりいって年度末に教員を探しても良い先生に当たる確立は我々の統計学的分析からは低いという結果が出ている。特に確保が難しい国語、数学、理科となると正直大変なのである。まあ申し訳ないが英語や社会科は世間に溢れかえっていると見えて結構押し迫っても採用が可能であるが特に国語はしんどい。どうしてこのような傾向になったのか、じっくり分析してみたい気もする。

教育相談では専願者数の実態で私立高校も年収基準が610万円までは完全無償化となったから「それなら私学へ」という層が増えないとおかしいことになるというのが現在の一般的見方であるが果たして具体的にどのような数値を示すのか。授業料が無償化になっても専願者が増えないというのは「ちょっと辛い局面」になる。だって「ただでもあそこには行きたくない学校」と烙印を押されるのと同じことと考えられなくもないからである。

まあしかし1月9日のブログに書いたようにすでに結果は出ており今からその結果を徐々に知らされていく訳だからいわゆる「真綿で首を絞められていく」1週間が今日から始まるのである。そういうわけで一喜一憂しても始まらないので武道館の看板の字を書くことにした。

武道館玄関入った真正面に大きな木彫りで「武の字」を掲げることにした。この武の字を書くのである。事務室の担当に手伝ってもらって書いたのだがさすがにこのような大きな書は疲れることを知った。気合が要るのである。果たしてどのようなものなるのか。



合わせて「定礎の字」も書いた。ご存知建物の土台となる礎石を定めることで最近ではあまり見かけないが関係者が勧めるので書いたものだ。地震による倒壊や焼失した場合でも礎石だけは残るというのものだが仮に50年後にこの武道館を作り直したとしてもその時には誰一人関係者いない。書いた本人も間違いなくあの世である。
面白いのは皇紀2671年と紀元を使ったことである。最近の生徒たちは勿論知らないがあえて私はこの皇紀を使った。神社神道の学校として又武道館にはふさわしいと感じたからである。皇紀とは皇暦、神武暦などとも言われるもので日本書紀編纂以来国家の紀元を神武天皇のご即位にしたものである。ご即位の紀元はキリスト紀元(西暦)より660年大きな数値となるので計算は簡単で今年の2011年は皇紀2671年となる。だから定礎には皇紀2671年と書いたのである。

私は国粋主義者でもないし右翼でもない。ただこのような日本の歴史と文化を大切にしたいと強く思っているだけである。キリスト誕生に始まる西暦と匹敵するわが国独特の紀元・元号があるということを日本人は忘れてはいけないと考えているのである。平成二十三年という言い方は今でも政府の公文書には用いられている。まあそう言っても「そんなことを言うなら英語は止めて日本語にせよ」という声も出てくるかもしれないが・・・。

第二次世界大戦中の日本の海軍戦闘機「ゼロ戦」というのは皇紀2600年(1940年)に採用されたことに因んだ名称であり、「一式戦闘機(隼)」は皇紀2601年に陸軍に採用されるなど皇紀の持つ軍国的イメージがマイナス要素としてあるから、学校の先生には皇紀などトンでもないと言われるグループは当然ある。しかしこのような歴史的事実を教えることなく時代が変わっていくことにも私は言いようもない危機感を持つのである。

日本は武の国である。「武士道精神の国」である。当然武の前には文が来る。だから文武というのであって武文とは言わない。文武両道の学校を目指し私は堺に「浪速ふくろうスタジアム」を作り今又「武道館」を作っている。柔道場・空手道場の「錬武館」、剣道場の「尚武館」、弓道場の「玄武館」を擁する武道館の正面玄関にこの「武」の木彫りの板は私の目指す学校のイメージを未来永劫伝えて行ってくれるだろう。早速彫師さんのところを持って行ってお願いしたのである。
決してうまくはないが小さい頃に書道を習わせてくれた両親や中学、高校の書道科の先生に私は今感謝している。書が大好きである。墨の匂いを嗅ぐと心が落ち着く。生徒たちにも書について何とか基礎でも教えてやりたい気持ちが募ってきて仕方がない。本校には芸術科目に書道がない。ないどころか昨年まで芸術と言えば美術だけでそれをやっとこさ音楽科目を入れたのは私だ。新校舎には是非「書道教室」を作り外部講師で良いから書の指導を生徒にしてもらうことも私の目標である。

芸術は美術、音楽、書道から生徒は選択させなければならない。神社神道の学校として書道がないのは恥ずかしくてならない。この一事をもってしても如何に本校は遅れていたか分かる。年を取ってくるとこのように思うだけで腹が立ってくるのであるが、これも悪い性格であることは知っているのだがこればかりは仕方がない。