そういう観点からすれば私立高校の宗教性は貴重であり、まさしくその精神性が創立の原点になっている。ここが根本的に公立高校と異なる点である。特に組合は非宗教性にこだわるから自然と生徒の心、教師と生徒の関係も無味乾燥な状態に陥っていくのではないか。国旗国歌大反対などと背景はすべて戦後から流れている今日的学校の現場の実態である。私立高校には真言宗の学校、浄土宗の学校、真宗大谷派の学校、セントアンドリュースのキリスト系のミッションスクールなど様々である。本校は国学をベースにした神道系の学校である。私は理事長・校長としてこの学校の責任者として神社神道の学校を誇りとし、未来永劫この原点を守り抜いていく覚悟である。何といっても神社神道は有史以来の日本の国柄そのものである。日本文化の出発点である。
3年前から単なる意味もない式だけで生徒を学校から追いやる「教員骨休み始業式」を衣替えして「新春拝賀始業式」とした。そしてその後は2こまの授業をするのである。土曜日午前中フルに生徒の為に有効利用するのが私学である。新年の年頭にあたり学校のアイデンティティを確認する為にこのような形を作ったのであるが、3年目で地に着いたものになったと評価し大変私は喜んでいるのである。
拝賀式の斎行は神道科の主任教諭が務める。お二人の先生は実家が神社であり、まさしく本物なのである。全校生徒が打ち揃い教諭神職の手で粛々と進められた。全校生徒が「浪速生活の綱領」を奉唱し、校長に合わせて2礼2拍手1礼で拍手を打つ様子は荘厳である。私は生徒の打つ拍手の音を聞くことほど嬉しいことはない。
今年の圧巻は何と言っても現役の女性教諭が神楽舞を舞ってくれたことである。バリバリの現役教師がですぞ!!このことが殊の外私には嬉しいことであった。数ヶ月に及ぶ神社庁派遣の教導の特訓を受けて見事な舞を全校生徒に披露してくれた。涙が出そうになったのである。公立高校教師には出来る芸当ではあるまい。宗教性など問題にするほうがおかしい。日本人は神道で誕生を喜び、年始には初詣に出かけ死して仏教のお世話になるのが一般的だ。生徒はおじいちゃん、おばあちゃんの死で初めて死を知る。宗教こそ人間の心を揉み解し、いま流行の癒しの原点なのではないか。各私立高校は創業の原点である宗教色を有していることは今後の最大のアドバンテージであると私は信じて疑わない。
校長は全員に「お年玉」をプレゼントした。お年玉と言っても今年の干支であるウサギのお菓子であるが同じものを教職員、生徒がこの日食することによって誇りと決意を確認するのである。私は良い学校で学ぶ喜びに浸り、今年1年自分の目標に向かって努力せよと生徒に話したのである。拝賀式の後の始業式ではこいつは春から縁起が良いワイではないがスケート部の女子生徒が国体選手に選ばれたので、その壮行会を行ったのである。この生徒は将来オリンピック選手になる可能性を秘めていると校長は勝手に思っている。来年度は彼女に続いて更に有力なフュギア選手が高校に入ってくることになっている。
いやー本当に美しく舞ってくれた。ご来賓や保護者に大いなる感動を与えたのである。勿論生徒も日ごろ厳しく指導している体育科や英語科の教諭が自分たちの為に舞ってくれたことを何時か思い出すに違いない。ありがとう,両先生!! ちなみに校長の右側は中学生で幼い頃から修練をしている神社の子どもさんである。
| 教諭二人と生徒 |
すべてが終わった後でカフェテリアにおいてPTA実行委員会の皆さんに新年の挨拶を申し上げたのである。強力な木村親衛隊であり、この人たちのおかげで気持ち良く仕事が出来るのである。有難いことです。皆さんはぜんざいで直会を済まされました。