2011年1月31日月曜日

23年1月31日(月) 痩せ我慢の説

 ・ 以前にこのブログでも東大教授の山内昌之先生のことについて書いたことがあるが、とにかく素晴らしい先生である。私は大ファンである。最近は時々テレビにも出演されるようになったからお顔も知ることができるようになった。

・ 山内教授は今、産経新聞の「オピニオン」欄に「幕末から学ぶ現在」というタイトルで連載寄稿されているのだが、これがとても勉強になる。大学教授というのはやはり大学教授であり、我々とは比べようもないくらいに博学であり思考が深い。思考ではなくて「思索」と表現したほうが良い。

・ 今月1月27日の先生のコラムのタイトルは「変節の士と痩せ我慢の説」というタイトルで「福沢諭吉」を取り上げておられた。福沢諭吉、誰もが知っている歴史上の大人物であり、慶応義塾を開いた大先生である。

・ 福沢諭吉は英語を独習し咸臨丸で渡米する。1864年幕臣となり外国奉行翻訳方を務めるも、維新後は明治新政府への出仕を拒み在野で教育、言論活動に注力した。いわば維新後は「在野の言論人」として「学問のすすめ」など多くの啓蒙書を残した。山内先生はこの諭吉と同じく幕臣であり、江戸城無血開城で知られる勝海舟を取り上げて比較論評されておられるのだ。

・ 山内先生は福沢諭吉著の「痩せ我慢の説」という明治34年元日の時事新報に初めて掲載された論説を取り出され、諭吉はその中で旧幕臣でありながら新政府に出仕した勝海舟と榎本武揚を手厳しく批判されていると書かれている。
・ まず福沢諭吉先生が著された「痩せ我慢の説」など私などの浅学菲才の者には知らないことを山内先生が、そして産経新聞は教えてくれたことが嬉しい。結局新聞や書物を読むということはこういうことなのだろうと思う。斯界の第一級の学者や研究者が分かり易く我々一般人に啓蒙してくれるのである。如何にも効率的に効果的に知らないことを教えてくれるのである。

・ だから新聞や書物を読まねばならない。生徒にも口を酸っぱくして言っているのだが今日的生徒は本を読まない。だから書く文章が稚拙である。漢字も熟語も表現方法もまだまだである。携帯電話やデジタル図書などの影響を本当に心配する。英語どころではなくて若者の国語力が問題である。


・ 話を戻そう。「痩せ我慢の説」において福沢諭吉は以下のように勝海舟を断じている。「徳川が終わりに近づいた時、その家臣の一部がもはや大事が過ぎたことを知って敵に対して抵抗しようともせず、ひたすら講話を結び進んで主君の徳川家を解散せしめたことは確かに戦による日本経済の破滅を避け、一時的に利益を得たかも知れないが数百年、千年も養ってきた日本の武士の気風を傷つけた不利は決して小さくない。」と論評されているのである。

・ この記事は今中央政界で大きな話題となっている与謝野晶氏の経済財政大臣就任を意識しての記事なのだが、「氏には痩せ我慢の心がない」と結論しているのである。自民党の比例で復活当選し、その後「打倒民主党」を叫び、その時の鳩山総理大臣を「平成の脱税王」と叫んだのはまだ記憶に新しい。氏はその後自民党を離党し、「立ち上がれ日本」の共同代表に就任したが、直ぐに、政敵の民主党の閣僚に就任するのだから誰しもその「変節」に目を疑うのは至極最もである。

・ 与謝野大臣は見るからに頭脳明晰で政界きっての政策通であることは誰もが認めているのだが、それでも氏の変節は福沢諭吉流に言えば「痩せ我慢という日本国民特有の大主義を破り、国の士気を緩めた罪は逃れがたい」ということだろう。氏は心の中で自分の思い描く政策を実現するために大臣になりたくとも、ここは一番「痩せ我慢」で管総理の要請を断るべき生き方もあったとの記事内容である。
・ 私も多くの批判的意見に同調し、大臣になるなら、「変節を広言」し、議員辞職をして一人の民間人として入閣されるべきであったと思う。自民党は与謝野氏を「平成の議席泥棒」と叫んでいるが「逃げ出された方」が叫んでもなーと思う。私は変節自体はあって良いではないかと思っているが、問題は「変節への道筋」ではないのか。
・ それには「自身で血を流す犠牲」が必要だ。やくざが小指を切り落として「けじめ」をつけるというのがあるが、人間にはこのけじめが大切である。特に最近は政界でも「けじめのつけ方」が無くなってきた。
・ 変節、痩せ我慢を男女間のジェンダーで考えてみれば意味合いもよく理解できる。女性は変節であり、男性は痩せ我慢というと物議を醸すか、女性からお叱りを受けそうであるが、変節を柔軟と置き換えても良い。しなやかでも良い。変節こそが女性の強さの源であり、痩せ我慢こそ男性の男性たる所以と考えたら幾分気が楽になる。
・ 特に男性に対して自戒して自分にも言っているのだが「痩せ我慢の行き過ぎは失うものがある」ということである。当たり前だが何事もバランスだろう。しかし私は変節よりは痩せ我慢で生きていきたい。
 ・ 昔から日本人は変節とか「転向」などという言葉を使ってこのような言動を取る人を軽蔑し、「痩せ我慢」のほうに身びいきする性向がある。しかしこれも限度があってのことで、痩せ我慢が行き過ぎれば頑固固陋と言われかねない。

 ・ 福沢諭吉先生は現代日本に確かに存在する文明を残してこられ紙幣にも登場されるくらいの偉人となられたが一方の勝海舟はテレビの龍馬伝に出てくる程度で主役にはなれなかった。日本人に大きな影響を与えたとは言いがたいのではないか。

・ それは幕臣からご一新後の新政府の重役に就任した振る舞いに日本人が最も美徳とする「潔さ」を感じなかったことが影響していないかと私は思うのである。「痩せ我慢は潔さ」に通じる。しかし失うものもあるのだ。

・ 山内先生は江戸時代でも各藩が互いに競争し士気を養い、産業を興したのも痩せ我慢であり、又封建制を廃して世界に視野を広げ独立国家の対面を保とうとするなら痩せ我慢で近代日本の基を作ったのだと言われるのである。

 ・ 痩せ我慢の説は中国の故事にも多くあるらしい。確かに日本でも大化の改新以来多くの戦やいさかいがあったが「痩せ我慢で滅んでいった」方に私は惹かれる。そこには「男の美学」がある。この記事を読んで私は仕事でも生き方でも「美学が重要だとの私の思い」はますます強くなったのである。久しぶりに色々と考えさせられる新聞記事に出会ったことが嬉しい。果たして動物にも痩せ我慢はあるのであろうか?