2011年2月1日火曜日

23年2月1日(火)小沢一郎「もう、ここらでよか」

・ 今日は2月1日だから「一斉参拝」の日。高校3年生がいない分、寂しいがそれでも全校生徒の顔を一斉に見ることが出来るのは嬉しい。年を取ってくると本当に「生徒たちが可愛く」なってくる。この国の将来が今混沌としているだけに彼、彼女たちが愛しいのであろう。合わせて「日本の将来を頼むぞ」と期待しているのかもしれない。


・ 「子どもたちが可愛い」という表現は嫌いである。中には自分の学校の生徒のことを「子どもたち」という表現を使う校長や教職員がいるが、やはりここは「生徒だろう」。そう有るべきである。子どもたちとは不遜な表現である。
・ 朝一番に高校1年生の学年主任がニコニコ、良い顔をして部屋に入ってきた。実は昨日放課後私とタイアップして高校1年の今年秋の修学旅行について「校長自ら動いた」行動の成果を持ってきたのである。

・ 現時点での行き先の生徒希望調査によればアメリカ141人、イタリア89人、ドイツ87人、フランス138人、沖縄80人の合計535名となっており、航空機の関係から沖縄組から幾分パリ組に変更を募る必要があり、苦慮していたので「よし校長自ら生徒にお願いするから」とその日の放課後に機会を段取りして貰ったのである。

・ その結果一夜にして沖縄組の15名がパリ組に変更してくれるということになって「万事目出度し目出度し」となったのである。学年主任は何回も私にお礼を言われていた。私は折角の機会なのだからと映像を使って身振り手振りで「パリ市長が喜ぶくらいパリの宣伝」をした効果が早速現れたということなのである。

・ このように校長は「直ぐ行動」することが重要であるし、成果を出さねばならない。「折角校長が説明して頂きましたが希望者ゼロでした」では「顔色なし」だから私も少し嬉しくなったのである。さて今年は一箇所イタリアを増やしたのでこの年度末には誰かをローマ、ミラノに下見に行って貰わねばならない。

・ 年末年始に読もうと思って買った本をようやく昨夜で詠みきった。最近は読みきる時間が長くなってきた。直ぐ寝るからである。その本とは「悪名の棺」という幻冬舎の最新版で実力派ライターの工藤美代子さんのノンフィクションものである。サブタイトルが付いていて「笹川良一伝」とある。
・ そう、あの有名な笹川良一氏の伝記である。一般の人々には、とは言っても相当年を食っていないともう分からないと思うがテレビコマーシャル「世界は一家 人類みな兄弟」で知られた人である。・ 並外れた才覚と精力で金を操り、人を動かし、昭和の激動を東奔西走し「政財界の黒幕」と呼ばれた男の金と女と「国家観」を描ききった本である。久しぶりに面白い興奮する本であった。

・ メザシを愛し、風呂の湯は桶の半分まで。贅沢を嫌い徹底した実利思考と天賦の才で財を成すも福祉事業に邁進して財産は借金ばかり。家庭を顧みず、天下国家、世の為に奔走し、悪口は「有名税」と笑って済ませたと書いている。関係した女の名前を短冊に書いて仏壇に置き、その数は70以上もあり終生色恋に執着したという。

・ 黒幕、フィクサー、日本の首領(ドン)散々陰口どころか表立って批判され「悪名」の鳴り響いた笹川氏の実像が実は作者渾身のペンで現代に浮かび上がっているのである。題の「悪名の棺」とは作者がその棺を開けて実像を世に知らしめた意ということなのであろう。「情に厚く、利に通じた」男の生き様が私には大変勉強になった。

・ しかし同じ悪名でも民主党の小沢一郎氏と笹川良一氏とは「月とすっぽん」「天と地」くらいの差があろう。今朝の新聞一面トップ記事は小沢氏強制起訴の記事一色である。小沢氏は幾分悪相であるがそれが新聞各紙の写真では「影が薄く」なっているのに私は気づいた。
・ 政治献金疑惑が真実かどうかなどは私にはどうでも良い。ただ国民の選良として代議士になり一党の党首までした人の秘書が3人も逮捕されて「知らぬ、存ぜぬ」と国民への説明が出来ないような人物ではどうしようもない。潔くない。
・ 各紙共通して「小沢時代の終焉」を論調としていたがこれから長い裁判があり必然的に影響力は無くなっていくだろう。年も68歳だからボツボツである。本人は未だに子分を養い求心力を維持するのに躍起であるが刑事被告人がどう言っても仕方が無かろう。

・ そういった中で日経新聞が政治部長の囲み記事で「一時代が過ぎ去った」と淡々と報じていたのが印象的であった。宮本氏は小沢元代表が敬愛する西郷隆盛の最後の言葉を引用して「もう、ここらでよか」と言って切腹した故事を持ち出して文章を締めくくっていたがそれは余りにも西郷ドンに失礼ではないか。


・ 今朝の新聞で唯一良かったのは「ザック・ジャパン凱旋帰国」の記事であった。確かにサッカー日本代表ザッケローニ監督は良かった。今後私は「ザッケ現象」「ザッケ流」などが造語されるのではないか。まずこのブログで私が最初に言っておこうと思う。
・ このイタリア人監督は言葉が美しい。そして采配が柔軟である。控えの選手に出番を与える。そして選手を褒め称える。何と成田空港に降り立ち銀色の優勝カップを持って現れたのは出場機会の無かった二選手だった。
・ 又今回のアジアナンバーワンは「ベンチスタートの選手の活躍」でレギュラーメンバーではなかった。監督はこれにも相当驚いたらしく随所に「チーム一丸」と言っていた。この監督は練習でもレギュラーとサブには全く差をつけないそうである。

・ あだ名は「サラミ売りのおじさん」と言われているらしいが、まあその辺の平凡な人でカリスマ性に訴えるではなくて、穏やかで気配り心配り上手という人物である。「バランスと勇気」が合い言葉というからバランスをとにかく崩さず、奇策は取らず、本筋で進める監督で、岡ちゃんという前監督にいささか辟易していた私はようやく良い人材を日本は持てたと喜んでいるのである。

・ しかし良い顔をしているな。男58歳、勝負師であるが顔は穏やかである。こうなりたいものだ。しかしあの本田という選手の金髪は何とかならないのか。日本人だぞ。何で金色に染めるのか。彼だけだった。彼を見るとあの中田という金色選手を私は思い出す。彼にはまだ子どもという表現で良いのかも知れない。