2011年2月28日月曜日

23年2月28日(月)男と女に見る脳の違い

ちょっと古いが2月5日の日経新聞に極めてうなづける内容の記事があった。これは久しぶりに面白い新聞記事となった。見出しは「脳にみる男と女」「気配りは女性が得意」「助け合ってこそ能力輝く」と言うものである。
・ 北澤茂さんと言う順天堂大学の教授で神経生理学者とあった。東大で医学博士を取得して主に脳の中での情報統合の研究の第一人者である。男女の脳の使い方の差や自閉症の解明、治療法の開拓に取り組んでおられる先生である。

・ 我々はこのような先生のおかげで病気を治し健康を取り戻しているのであって本当にこのような医学や科学技術の分野で頑張っておられる先生方に感謝しなければならない。もっともっと研究費を差し向けなければならない。

・ 日本の国力はこのような知的分野でこそ世界をリードできるのであって私は今の政治家に最もかけている分野がこの種の見識なんだと思う。だからあの民主党の人寄せパンダみたいな女性政治家が「一番で無ければ駄目なんですか、2番では駄目なのですか」などの寝とぼけたことを言うのである。

・ 橋下知事ももう少し英語教育の熱から醒めてもっともっと理系教育の分野に資源を投入してくれる政策を押し進めば素晴らしい。英語がしゃべれるリーダーだけが居ても「世界をリードする物」がないと駄目だろうにと思う。それでは香具師の寅さんだ。


・ さてこの北澤教授、「男女の脳の使い方の差違」を見つけたという。兼ねてより私は直感的に「女性の脳の働きは男性とは違う」のではないかと思ってきた。世の男性なら口には出さずとも腹の中でそのように思う局面は多々あったのではないか。

・ 分かりやすく言えば世の男どもが言っているように「男は理屈で考える、女性は感情で考える」。ひどいものになれば「男は頭で考える、女性は子宮で考える」なども聞いたことがあった。まさに一歩間違えば女性蔑視ととられる。

・ しかし今回北澤先生のおかげで私は理解したのである。脳の言語機能は「左脳」というのが100年続いた通説であったが「男は確かに左脳だけであったが女性は右脳も使っている」と発見されたのである。

・ その理由は体格の差と同様に「女性の脳は男性に比べてコンパクト」と先生は表現されている。要は小さいから左右の脳で情報を効率よくやり取りできるとの事であった。脳が小さいから両方使わざるを得なかったとの陰口が聞こえてきそうだが・・・。

 ・ 左の脳が小さいだけに右も使わざるを得なかったのかどうかは書いていないがとにかく左右の脳を使って情報統合するのは断然女性有利と先生は断言されている。左脳には文法の機能、右脳には抑揚の判断や連想にからむ機能があるとのことで、この点からも「女性は抑揚とか感情に絡む微妙なニュアンスを感じ取る力が強い」ことが分かっているそうである。

 ・ つまり女性は右脳を使って相手がどんな気持ちでしゃべっているのかも感じ取り左脳の情報と突き合わせて判断していると先生は言われるのである。「本当かなー」と私は幾分首を傾げているのだが・・・。
・ ざっくり言ってしまえば相手の気持ちを読むのが得意なのが女性、一方男性は左脳だけを使い抑揚とか連想とかにとらわれずに言葉通りに受け取って判断する。その場の空気に左右されず冷静で決断力があるとも言えるし「鈍感」と言ってよいかもしれないと男性にとっては辛い言い方をされているのである。
 ・ そして面白いのは次だ。先生は言われる。“今はイクメンが流行っているが人類の長い歴史では育児、こどもの面倒は女性が担ってきた。言語能力が未発達で泣くことや片言の言葉しかしゃべらない幼い子どもの意図を読み取ってコミュニケーションを取るのは女性だといわれるのである。男性のイクメンは効果が少ないと先生は言っておられる。世の男にとってこれは「福音」である。

・ 右脳を使い赤ちゃんに「抑揚豊かに語りかける能力」は女性のみが持つもので女性の集団にいるほうが子どもの言語能力は発達するといわれているのである。男性に比べて女性は腕力にものをいわせるわけには行かないから、「対立を回避」して賢く生きることができるように話し方から相手の心、気持ちをしっかりと読み取る能力を高める方向に女性は行ったといわれている。

・ しかし私の経験では「ほんとかなー」と思う局面は多い。好戦的で人の言うことを聞かず、勝手気ままに物を言っている女性は多い。そして言い出したら決して論を曲げない。絶対に「自分が悪かった」とは言わないのが女性である。(ごめんなさい)

・ 先生のお話で左右の脳で言語処理が出来ると聞けば「女性のおしゃべり好き」の理由が分かったような気もする。先生はさすがに女性のおしゃべりと右脳との関係はまだ分かっていないと言われているが、男女の関係について次のように結論されている。

・ 男女の違いから言えることはお互いの理解が大事ということ、男は時に女は論理的に話をしないと批判するが実のところ全体の状況が見えているのは女性であり左脳だけで言葉通りしか判断することしか出来ない男性の「いらいら」が、そのように言わしめているとおっしゃるのである。

・ 女性も男と言うものは相手の気持ちを読むのが不得意なデリカシーにかける動物だと思えば男性に幾分は鷹揚すなわち優しくなれるのではないかと言って下さっているのだ。喜んで良いのら悲しんでよいのやらと言う感じもするが。

・ とにかく能力発揮と言う点からすれば「交渉ごとなど対話が重要な局面では女性の能力」が生きると言われ、決裂覚悟なら「鈍感な男性」が」向いているとも言えると先生は言われる。要は男女の相互理解が必要で助け合ってこそお互いの能力が輝くと申されているのである。

・ 結論の言葉は「自分たちの脳を知るのは社会を知ること」だと言われている。私はこの記事を読んで大いに勉強になった。今までも漠然とこうではないかなとは思っていたが第一級の学者から断じざれれば頷かざるを得ない。

・ 私は具体的に実践するために以下に示す「二つの大いなる実験」をすることに決めたのである。まず一つは「入試広報室に女性の外交専門広報員」を投入することである。年のころはそれなりの年齢で、顔かたちは言わず、営業経験があって明るく積極的に塾回りなどしてくれ、コミニュケーションの取れる女性人材を投入するのである。

・ 従来、外回りは男性職員の専門であったが今度初めて専門の女性広報ウーマンを入れるのである。「右脳をしっかりと使って」相手の言うことを受け止め本校のサービス内容に影響を与えて欲しいのである。教師もどうも女性の先生の方が強い感じがする。感じだけですぞ。
・ 二つ目は「中学校にカウンセラーの先生を投入」する。ここに詳述できないが素晴らしいキャリアを有しておられる。大学で人間科学部を卒業され大学院にまで進まれた前期博士課程を終了され、すごいのはこの後医療技術学園専門学校に進まれその後二つの病院で臨床経験をされたのである。
・ さらに労働協会で1年間「ニートサポート」について見識を深まれてこの度初めて学校現場に登場されると言うのである。私は飛びついてこの先生を招聘した。この「臨床心理士」の先生が右脳を使ってくださるというのだ。

・ 本校の中学校の教員と生徒の話を聞いてくださると言う。おそらく右脳も並外れて立派なのではないかと私は期待しているのである。今中学校は変革の途中であり変動が大きいがこの先生のお陰で少しでも教職員や生徒にとって逃げ道や癒しの空間があればよい結果を生むと期待しているのである。






2011年2月26日土曜日

23年2月26日(土)22年度卒業式

・(前文略)さて皆さん、卒業式にあたり、「最後の校長講話」としての言葉を以下に伝えます。在校中に幾度となく私はあらゆる機会を通じて皆さんに思いをお伝えして来ました。その要点は一言で言えば「今この時を一生懸命に生きる」ということでした。
・我々が直面する一刻一刻の時間を我が命と捉え、それを力一杯充実せしめることによって自分の人生の中に生きる価値を見出すという考えこそが神社神道の教えであり本校教育の骨子なのです。
・将来に夢を描いてそこに空想するだけではいけません。「今この時を大切に生きる」ことが結局は最も効果ある後悔のない生き方だと教えてきました。一生懸命に生きると言うことは「努力する」「耐える」ということです。「耐え忍び努力をする」と言うことです。
・人生は順風満帆ではありません。多くの試練が待っているでしょう。これからの皆さんは高校という狭い世界から大学へ、そしてその後は社会ということになります。これらは「広くて複雑」な社会です。実に様々な現象が皆さんの周辺に起きてきます。

・「自己実現のために切磋琢磨を余儀なくされる社会」と言っても良いでしょう。そこに求められるものは「努力」です。この「目標、希望、志望に対する本人の我慢と努力こそが大切」なものでここに「人間の価値」があるのだと思います。

・自由だ、権利だと叫んでみても世の中は変わらない。「人間として薫り高い尊敬に値する人間」は「失敗をしても七転び八起きで涙ぐましい努力で自分の人生を切り開いた」人であります。「不幸、不運を他人のせいにしても解決にはなりません」。どうか「夢を志に進化」させて「志」実現に向かって「諦めず努力する」ことを忘れないで下さい。一度や二度の失敗でくじけずに「自分は負けないという気概」と「へこたれないという決意」が必要なのです。

・そのために私は昨年10月14日にこの場所で行われた校長講話の席で「堅忍不抜」という言葉を持ち出しその意味するところを皆さんに伝えました。失敗したり競争に負けたりした時にはこの言葉を思い出してください。絶対に来る次の機会までじっと我慢し努力をして実力を磨きながらじっと耐え忍んで待つのです。・そのためには「強い心」を持っていなければいけません。「意思」です。不抜とは固くて抜けない精神です。落ち込んでも回復する精神力を持っていなければなりません。「堅忍不抜」とはこの気持ちのことです。
・自分の人生にとって「何が良くて、何が悪かったのかなど、死ぬ時になってみないと誰にも分からない。ただ自分にとっての真実、それはその時、その時を精一杯に生きることしかありません。(後は略)

・ 以上のように今日は話を絞って「パンチ」あるように話にした積りであったが果たして生徒に届いたであろうか。PTA会長も同窓会長も短いスピーチであったが大変良かった。従って今日は時間の長さなど全く気にならない卒業式となったのである。
・ 服装のほうは結局4人の女性教諭が着物にしてくれるというので私も黒羽二重紋付にしたのである。女性教師が着物姿で登場すると元々インテリジェンスだけに一段と雰囲気が盛り上がるのである。やはり日本女性には着物が良く似合う。
・ それにしても良い天気に恵まれて良かった。生徒が600名、その保護者が600名としても1200名だからほぼ体育館は満杯状態でその熱気もあってまったく寒くないのである。雅楽部や吹奏楽部の演奏場所に困るくらいであった。
・ まず「神前奉告」は何時ものように生徒の打つ「大太鼓」を合図に始まった。これを「鼓報」という。静けさの中に太鼓の音が鳴り響いて場に神妙なものが出来上がるのである。私はこの音が大好きで何時も生徒には「長く打て、長く打て」と言っている。いやがおうにも厳粛な雰囲気を醸し出すのである。
・ 卒業生と学年団やご来賓には「カーネーション一輪」が配られる。どこの花屋さんかしらないがこの日600本を超えてカーネーションの花を手配したのである。これは何時頃から始めたものかは知らないが恐らく「親への感謝」の気持ちを表すものと考えている。これは本当に浪速の卒業式の特徴である。
・ とにかく私はこの学年には特別な思い入れがあった。平成19年に校長に就任し、本格的に学校改革に取り組み丁度1年経った入学生がこの学年であった。600名を超える数となり大きな手ごたえを感じたのである。

・ 浪速改革とは実はこの20年度入学生とともに進捗したのである。経営的にも大きな貢献をしてくれた。残念だったのは本校最初の海外修学旅行はこの学年と決めていたのだが「新型インフルエンザ」で流れたのは可哀想であった。でも国内に切り替えて何とか3月に出来たのは救いであった。

・ 今日のハイライトは598名の生徒の名前を読み上げたことだが一人ひとり聞きながら私は感無量になった。昨日の段階では時間短縮で「ハイッ」の返事は省略することとしていたが朝の時点でやはり「返事があった方が良い」と学年主任の考えが変わってきた。私もその通りだと思う。保護者は自分の子どもの名前が呼ばれ「ハイッ」と元気よく立ち上がる様子に感動したのではないだろうか。
・ 全て終わった後で理事長室に帰ってこられたご来賓の方々は「興奮気味」で「感動した、素晴らしい式であった」と言って頂いたが、嬉しかったのは「時間が長いとは感じなかった」と言って頂いたことである。
・ 多くの保護者に参列していただいた。これらの保護者が最大の浪速の応援団になってくれる方々なのである。中学の後輩やご近所、親戚などに「浪速にし、浪速ええデー」と言っていただいたら何万倍の効果がある。最高の広報なのである。

・ 式終了後PTAからご寄付の目録贈呈そして学年委員長さんから感謝状贈呈、全担任の先生に花束の贈呈があって全てが終了したのである。私は中庭で多くの生徒と保護者との記念撮影に応えなければならない。


・ 保護者の中には「もうこれで校長先生のお話が聞けなくなると思うと・・・」と言って涙ぐむ人も居たり、「予備校に通わせずに良い大学に行かせて頂きました」とか多くの感謝の言葉を頂いた。
・ 全ての終了は全教職員が職員室に揃って3学年の学年団への慰労がなされ、学年主任から挨拶がある。これで今日の公式行事は一段落する。時刻は13時丁度であった。3学年団は今宵難波にて「打ち上げ会」と聞いた。楽しい夕食会となるよう祈念したのである。

2011年2月25日金曜日

23年2月25日(金) 明日の卒業式の予行

 ・ 武道館の最終完成にむけて最後の詰めの仕事がある。それは正面玄関入ったところの「設え(しつらえ)」をどうするかである。どの家でも玄関は重要な場所である。ましてこのような「複合武道館という教育設備」だけに十分な「意匠性」を高めなければ「建物全体が死んでしまう」との幾分強い私の思い込みがある。

・ この建物は武道館だから真正面に私が精魂込めて「武の一字」を書いたものを南堀江の大阪欄間伝統工芸士の先生にお願いして白木に彫って貰ったことはこのブログでも何回も紹介した。意匠で大切なことはこれを飾る周辺のしつらえなのである。                         


・ 又そこに置きたい「花入れ」も必要である。「武と花は極めて密接な関係」があるとは私の哲学でもある。又和室「洗心亭」のお茶室の床に置く花入れも必要である。これらはそんじょそこらの物では武道館を体しないから気を使っているのである。

・ 私は数ヶ月前からこれらを探していたがようやく気に入ったものを見つけた。ウォーキングの途中でふとあるギャラリーの窓越に見えた作品に惹かれて中に入り、この作家の作った作品の持つ「力強さと品の良さ」に一挙に引き込まれたのである。私はこれだと直感したのである。「浪速武道館の花入れ」はこれでなければならないと。

・ この陶芸家の父君は元内閣総理大臣細川護熙氏の焼き物師匠として有名なあの辻村史朗氏である。父に師事して2000年に独立し桜井市の山中に開釜した新進気鋭の若きサラブレッドのような陶芸家である。名前を塊(かい)さんという。

・ 私の指示を受け担当は相当探した後にようやく窯元を探し出したというので早速桜井市まで行った。広大な山中の敷地に若い夫婦二人が必死になって頑張っている姿に私は感動したのである。女子美出身で日本画を専門とされる奥様が又美しい。

・ 無造作にあちこちに投げている作品群の中から、私はこの若い陶芸家辻村塊氏と一緒になって求む2点を探し出したのである。いずれも展覧会などに出品したことのある逸品であった。



・ 抱え込むようにして持ち帰った作品が武道館を一段と輝かすことになろう。満足である。これは私の個人の買い物として武道館に寄贈する。何時かは消えていなくなる私であるが未来永劫浪速武道館がある限り私に代わって一隅で存在感を持って輝いてくれるだろう。

・ 本日は明日の卒業式の予行があった。久しぶりに高校3年生が登校してきた。素晴らしい卒業式にすべく教職員が会場設営してくれてほぼ準備は出来た。何しろ598名だから大変なのである。


・ 一昨年前までは本校では卒業生の名前は最初と最後だけにして「以上何名」と簡略化していたがこの方式はすこぶる保護者の評判が悪かった。生徒の方は「そんなことはどっちゃでもええわ」という感じだったが保護者が収まらなかったのである。
・ 底冷えする体育館に長く生徒を居らす訳には行かないとの考えであったが、遂に昨年から私は全卒業生の名前を読み上げることとした。結果としてそれは大いなる感動を持って迎えられたのである。もう止めるということは出来ない。
・ ところが昨年は443名の数だったが今年は598名の大人数で実に154名も多いのである。これを全員読み上げていたら時間は相当かかるがそれでもやらねばならない。しかし時間の制限もある。

・ まず長いと言われている私の「式辞」を短くし、PTA会長や同窓会長の「祝辞」も「短く、短く」とお願いしたのである。又生徒一人ひとりの名前を読み上げた時に「ハイ」といって起立するのだがこれが案外時間を使っているので今日の予行では生徒は「スクッ」と起立するだけにしたいと学年主任が言っていた。

・ 又担任が自クラスの生徒分を読み上げるのだが担任によって相当差があることが分かって「間を置かない」ように本日も練習していたのである。何とか厳粛にして立派な生徒の前途を祝福する卒業式にしてやりたいと思っている。

・ 管理職朝会で高校教頭が4名の女性教員がすべて着物姿(袴姿)だと聞いて私はとても嬉しくなったのである。全く強制などしていないし出来る話ではない。しかし先生方は自ら和風に身をやつして生徒の前途を飾ってやりたいと言ってくれたのである。

・ 私は当初は「モーニング」と決めていたがこれなら私も「黒紋付」にせざるをえないかなと思い始めたのである。私は意識して着物を着るようにしているがそれは神社神道の学校の校長としての自らへの覚悟と決意なのである。
・ 「古いものを大切にせよ」「日本文化を大切にして欲しい」そのような思いの全てを私は洋服姿ではなくて和服姿に時々変装して思いを自ら実践しているのである。まさに政治も経済も教育の世界も改革、変革の嵐にあるが、そういう時代だけに原点を忘れてはならないという自戒から私は意識して着物を着ているのである。

・ ニュージーランドのクライストチャーチにおける大地震の被害状況が明らかになるにつれ、私は複雑な思いが交錯する。あの語学学校の建物の倒壊の様相は余りにも悲惨である。今はただ一刻も早い被害者の救出を祈念するばかりである。
・ 本校は昨年12月、今からたった2ヶ月前にニュージーランドのハミルトン市に32名もの生徒を語学研修と国際理解の目的で送った。再開した海外語学研修の最初の場所にこのニュージーランドを選択したのである。

 ・ たまたま北部の島にあるハミルトン市での研修であったからであるが、一つ間違えば大変な事態が本校生徒にも起きていたのである。被害にあっている人々には気の毒で言葉はないが正直本校の生徒でなかったという現実に感謝せざるを得ない。

・ 私はこの大地震のニュースを聞き日々事態が明らかになるにつれて今年12月に計画している2回目のニュージーランド語学研修をどうすべきか考慮していたが今朝正式に結論を出した。今年の語学研修はニュージーランドではなくて別の国を早速件検討するように指示したのである。

・ しばらくはニュージーランドでも今回の地震被害の跡を引きずるであろうし、わざわざそういう場所に大切な生徒を送り出すわけには行かないと考えたのである。数年して再開は有り得るだろうが当面はアメリカやカナダを対象に行き先を考えることとしたのである。 

2011年2月24日木曜日

23年2月24日(木)女生徒の人気校へと

・  昨日「大阪府婦人神職の会:設立30周年記念式典」というのが上六のシェラトン都ホテル大阪であり11時に間に合うように出かけた。このように私は時々大阪府神社庁関連の行事などには来賓として出席するのである。
・ 背景には本校は大阪府神社庁が実質的な経営母体であり、言ってみれば私以下の教職員の雇用者であるとも言える神社庁の行事には関連団体の責任者として出席をするのである。5年目となれば大体皆さんとも顔なじみとなっている。
・ 神社庁の関係者はほぼ全ての人が何らかの形で本校とご縁を有している。今から85年も前に創立された学校の事だから本日の出席者がすべて直接の関係者ではないにしても時代を遡れば関係あるのだ。大体おじいちゃんの時代の話である。

・ 今は理事や評議員ではないがその昔祖父が理事だったとか父も評議員だったとか言うお方が多い。勿論現役の理事や評議員さんは多い。その神社庁の組織の一つが今日の婦人神職の会である。

・ 有り体に言えば「女性の宮司さんや禰宜さんなどの友好団体」である。本校とは深い関係があって高校1年生の「伊勢修養学舎」で女生徒の指導に当たっていただいている女性神職の方だから校長として欠礼するわけにはいかないのである。

・ 今大阪府には女性神職が100人前後居られるそうである。男子を含めて500人と言うから20%を占めている。全国レベルでは20000人の神職に対して女性神職が約3000人だそうだから15%となる。大阪は女性神職の比率は高いのである。
・ この数値は毎年毎年増えているそうで、ここからも人口減、少子化が読み取れる。男子の宮司さんがいないから神社の娘さんが資格を有して自社の宮司となるのである。神社の世界でも女性の活躍と言うか進出がはっきりと分かる。

・ 昨日のパーティは大変豪華で庁長はもとより大阪府の各支部長が来賓として出席していた。すべて女性の手で進められて近隣の都道府県からも女性神職の会からご来賓が見えられていたのである。「清興」といって式典の後の会食前に催しものがあるのも神社界の特徴で本日は米朝門下の桂雀雀さんの落語があった。
・ 来賓代表でご挨拶された大阪府神社庁長の大阪天満宮の寺井宮司はこの女性神職のパワーを具体的実践例を挙げて賞賛され感謝の言葉を連発されていた。確かに並み居る女性神職の存在感は男性神職そこのけの様相であったのである。

・ 最近女性の強さと言うかしたたかさというか大きさと言うか、女性の持つ「底知れぬパワー」みたいなものを感じる。年を取ってくるとますますその思いを強くする。しかし学校社会で女性を語る場合は気をつけなければならない。このことについては別途に言及したいと思っている。

・ 学校内における女性のパワーといえば本校においても女生徒のパワーはすごい。最近では学校行事でもやはり女生徒リードではないか。そのように思う。数は断然男子生徒が多いのだが存在感は女生徒である。
・ 又PTA活動においても実質的に動かしているのは女性副会長さんであり本部役員はずらりと女性実力派役員が並ぶ。会長さんは男性でも他は圧倒的に女性である。そのパワーたるや新しく来ている時期事務長さんの男性をして「すごいですね」と言うばかりである。
・ 理不尽な筋の通らないことでもしたり言ったりしたら、しこたま論理的に攻めて来られ、決していい加減なところでは妥協されない。あくまでも正攻法である。これが分からないとPTAのお相手は務まらない。「総すかん」を食うこと間違いない。

・ ところで本校は平成17年度が共学初年度で23年度入試で共学7年目を迎えた。23年度入試ではまだ最終結果は分からないが私の関心事は「どれくらいの女生徒数になるのだろうか?」ということである。比率は余り意味はなく重要なことは絶対数であると考えている。

・ 共学初年度が女生徒数69人で比率は17%であった。「男くさい男子校が売り」の浪速高校であったから当時の教員は69人の女生徒を見て、「どのように指導しようか」と迷ったと言うが、対応の仕方が分からなかったのである。

・ 共学2年目の平成18年度が128名で、一挙に27%まで上昇した。そして3年目の19年度は139名と数でわずか11名の増加に終わった。比率では僅かに上がって29%である。この19年度入学生からは私が校長として入学を許可した生徒たちであった。私はこれは「やばい」と思った。

・ 一般的に共学にして3年目までは「ご祝儀相場」で女生徒数は上がるが、その後低下するようになれば「危険信号」というのが学校界の常識とされている。従って私は4年目の女生徒数がいくらになるのか相当神経質になったのである。

・ 女生徒が増えなければ共学の意味はないし、活性化しない。様々な取り組みの成果もあって20年度入試は入学者数が618名と突き抜けて尚且つ女生徒数が188名と増えたのである。私は「ホッ」と一安心した。
 ・ しかし21年度からは入学総数も減少し女生徒数で言えば総数が513名で169名、(33%)22年度が総数545名で154名(32%)となってきている。最も総数は500人超えであるから幾分男子生徒数高から経営的には問題ないのだが、それでも女生徒の総数が最低160人は欲しいと思っているのである。

・ 160人というのは高校400人としてその40%が女生徒としての160人である。総数440人とすればその40%が176名と言うのが理想的な数値である。しかし「採らぬ狸の皮算用」で女子高人気もあって浪速だけが有利とはならず「激しい女生徒獲得競争」状態にあるのである。

・ そして今年の23年度であるが想定では女生徒数はさらに落ちることが想定される。ライバルの学校が今年共学に踏み切りこの影響も要因の一つである。特に今年は男子の専願数が対前年100名以上も伸びておりそれに女生徒が追いついていないのである。
・ 「女生徒数を如何に増やすか」これが現在の浪速の最大のテーマである。吹奏楽部に資金を投入し、雅楽部に支援の力を入れた。また今年からは茶道部を作って女生徒のクラブ活動の幅も広げる。

・ しかし最終的には大きな決め手として女生徒の進路指導と教育環境の整備しかないのではないか。女生徒が飛び上がって喜ぶような美しい機能的な校舎があれば浪速は強気になれる筈だ。

2011年2月22日火曜日

23年2月22日(火)大祓詞(おおはらえのことば)

 ・ 「大祓詞」(おおはらえのことば)というものがある。一般の方々にはよくご存知無いかもしれないが、神社に行ったときに神職すなわち神社の宮司様が唱えられているあの「昔風の文章」と言ったらお分かりになるのではないだろうか。

・ 例の「かしこみ、かしこみ もうまおす・・・」というあれである。すなわち神道の祭祀に用いられている祝詞(のりと)の一つであるが最も重要(?)なものを「大祓詞」というのである。
・ 神社神道の学校に来て5年目、元々神道にも興味関心があったからでもあるが、神道行事の様々な場面に出くわすこともあって、徐々に勉強させられてきたのである。しかし「奥が深い」。また難しい。言葉からして難しい。万葉言葉というのか「読み方」も一筋縄ではいかないのである。

・ 大祓詞を仏教で言えば「般若心経」だと私は思っている。このようなことを言うのは古今東西、私だけかも知れないが、要は歴史もあって深い意味があって「普遍的」なのである。般若心経だけはどの宗派もお唱えするくらいに普遍的なお経であるが、この大祓詞も神社神道の世界では普遍的であり重要なものなのである。

・ 特に私は最後の部分「罪と言う罪はあらじと 祓えたまひ、清めたまふと事を 天津神 国つ神 八百萬神達共に 聞こしめせと 白す」というところが大好きである。大祓の言葉の中枢の部分であろう。

・ 今でも神社本庁包括下の全国の神社では毎日宮司によって神前にて唱えられており、私も神社宮司である理事や評議員に電話する時は朝の9時30分以降にするのである。皆さん、この時間帯は本殿の神殿で祝詞を奏上されているから、電話には出られないのである。

・ 元々は毎年6月と12月の末日にお行われる大祓で犯した罪(神道の観念による罪であり犯罪とは異なる概念)・穢れを祓うために唱えられる祝詞であるが、中臣氏が京の朱雀門で奏上していたことから「中臣祓」の称もある。その後も色々な改訂版があるらしいが私は知らない。

・ 成立時期は諸説あるらしいが国学者の賀茂真淵は天智・天武朝説であり、本居宣長は文武朝説を唱えていたと言われるから大祓詞の原点はそれよりも昔ということになる。中世には陰陽道や密教と結びつき、陰陽道の呪言や仏教の経典のように「唱えるだけで功徳が得られる」と考えられるようになった。

・ 今日の神社本庁の大祓詞には「天孫降臨」し天孫が日本の国を治める「日本神話」の内容が語られているが、そのような国の国民が犯す罪の内容を「天つ罪・国つ罪」として列挙し、そのような罪が出た時の罪の祓い方が述べられている。

・ しかし今では今日的に罪名は省略し、「罪・穢れ」がどのように消滅するかが語られるのに力点を置いて「祓戸神(はらえどの神)」によって消え去る様子が主な内容である。私はまだ全文覚えていないが傍に置いている。何時かは頭に入るだろう。

・ 他に「祓詞(はらえことば)」や「略祓詞(りゃくはらえことば)」や「神社拝詞(じんじゃはいし)」というものがあって、要は大祓詞の簡略版みたいなものなのだが、私は「神社拝詞」までは大体記憶している。理由は短いからである。

・ 私は毎朝登校するとまず一直線に学院神社の前に進み出てこの「祓詞」を奏上して学校、生徒、教職員の安全・健康などを祈願している。3年目に定めた「学院神社拝詞」は「神社拝詞」を元に神道科の教諭が考えて作ってくれたものである。この文章も良い。
・ 本校では高校1年生が1学期を終了した直後、2泊3日の伊勢修養学舎でこの大祓詞の意味を教えてこれを書き写す「書写」を義務つけている。その書写したものを一生大事にしておけば「まことに以って有難いお守り」になるだろうが今の生徒にはそれが分からない。
・ 建設中の武道館の和室の奥まったところに「洗心亭」というお茶室を設けているがこの襖には「杉の板戸」としてそこに今「古事記の伝える日本神話」を描いて貰っている。新進気鋭の日本画家に依頼しているのだが半ばまで進んでいる。
・ 天孫降臨、天の岩戸お隠れ、ヤマタのおろち伝説なんどを板戸6枚に描くのだから大変な作業である。実はこの部屋にはもう一方の側に板戸4枚があってこの部分をどうしようかと考えて居たのだがまさに一昨日真夜中に突然目が覚めて思いついたのである。
・ 「そうだ。ここに大祓えの詞を漢字で書いてもらうのだ。」とまさに突然頭に入ってきたのである。その後私はもう眠れることはなかった。目が完全に覚めて頭が冴えてきたのである。このアイデアをどうすべきか、考えを巡り巡らせたのである。「どうしてもっと早く考え付かなかったのだろう。

・ 夜中の3過ぎに依頼する書家について結論が出た。この先生は私と同じ年で府立高校の校長をやり、今はご自宅で書を更に研究されておられる有名な書家である。書道がご専門で校長まで成られるのは余り例が無いのではないか。

・ お人柄は飄々としているが私は書かれた文字を存じ上げており是非この先生にお願いしたいと思ったのである。翌朝早速ご自宅にお電話したら「サンデー毎日」だとおっしゃって私の申し出に感謝され、それで本日学校に来て頂いたのである。

・ 書法研究雪心会会員、日本書芸院評議員、読売書法展理事、日展会友など幅広くご活躍であり、私は大いに期待申し上げている。先生は「やはり神社神道だから楷書体に特徴を持たせた方が良いかも・・・」「紙なら直ぐ書けるが相手が杉戸だから墨の乗りも調べたい」と乗って来て頂いたのである。
・ 「古事記が語る日本神話の世界」を描く日本画とこれまた「大祓詞」の墨痕鮮やかな漢字が並ぶお茶室の板戸は幻想的で日本はおろか世界を探してもこのような空間は無いと思う。是非成功させたいと私は念願しているのである。
















2011年2月21日月曜日

23年2月21日(月) わいせつ教員

・ 私は自分の「勘というか」、「確然性というか」何か目に見えないポイントゲッターみたいな特異な才能を持っているではないかと、時々自分でも思うことがある。職場でも私に近いスタッフはこのことを気づいているに違いない。それは多くの場面でそうのように思わざるを得ない局面が過去多々あったからである。
・ これと同じようなことが又最近起きたのである。3日前に私は「教員と生徒の距離」というタイトルでブログに一文をアップした。その中で私は「教員が特定の生徒と携帯メールのやり取りなどすべきではない」と明確に書いた。

・ そしてブログにアップした翌日の法人朝会と管理職朝会で私は指示した。4年前に「就業規則」を新制定に近い感じで作り直してからほぼ3年が経った。丁度見直す良い機会と考え事務所の担当と高校教頭に「就業規則特に懲戒の部分の見直し」を指示したのである。
・ そして昨日20日の読売朝刊の記事だ。驚くような見出しで「懲りないわいせつ教員」「懲戒免職10年で倍増」「4割勤務先の子狙う」「免職者の手記で警鐘:個別の生徒とメール禁止」「それでも特効薬なし」である。6段抜きだから記事の扱いは日曜日朝刊としては異常なくらい大きい。
・ これを纏めた記者は満を持して記事にしたという感じである。「調査記事」だから他紙には同じようなものが無かった。それだけにこの読売の姿勢が際立っている。私は久方ぶりに読売らしい気概に触れて嬉しかった。
・ 記事の中身は書くのが「おぞましい」くらいで09年度の事例分析では見出しにあるように勤務先の児童生徒へのわいせつ行為が41.1%というから「滅茶苦茶」である。自分が教えている生徒へのわいせつ行為だからもう言葉がない。こういう時に「世も末だ」と言う風に使う。
・ 18歳未満が24.8%で未成年が6割を占めて被害の3割は保健室、生徒指導室、教室などで起きており記事は「校内のチェック体制の甘さ」があると書いている。しかしチェック体制の甘さと言われてもなーと思う。元々教師が自分の学校の児童生徒に教室でわいせつ行為に及ぶなど想定していないからである。
・ 対象行為は「体に触る」が最多で55件の36%、次いで「性交」が33件の22%、「盗撮・のぞき」が18件の12%と出ていた。そして次の記事にも驚いたのである。対象者は中学教員が57人と最多、高校教員46人、小学校教員38人と続く。

・ 年代別では20歳代が26人、30歳代38人、40歳代51人、50歳代38人と全世代に渡っている。若さゆえの過ちではないのである。懲戒処分を受けたものが10年前の1.4倍で懲戒免職は約2倍という。
・ 止まらない不祥事に各教育委員会は対策に頭を痛めているとあったがマニュアルを作ろうが処分を厳しくしようが一向に効果は無く右肩上がりが続いているという。その背景は「モラルの低下」「仕事量の増加によるストレス」が指摘されていると記事には纏めているが「個人の資質面が大きい」と言うのが最後の方にあった。これって言い逃れのような気がする。

・ 「ハインリッヒの法則」というのがある。前にもブログに書いたような記憶がある。労働災害に関するものであるが、この法則は間違いなくこの種の教員の不祥事にも当てはまると私は思っている。1件の重大な事故災害には29件の軽微な事故・災害があるものでその深層には300件のひやりハットがあるというものが元々である。
・ 言い換えれば1件の重大なわいせつ行為の背景には29件ものわいせつ行為がありその又億には300件もの事件にはならない、すなわち表ざたにならないわいせつ行為があるということである。

・ 教え子への強制わいせつ罪で小学校教諭が08年に逮捕された広島県教委は今度こそという訳でもなかろうが検察官や精神科医を入れた「不祥事根絶対策専門家会議」を作り対策を進めており、「個別の生徒とのメールのやり取り禁止」などを進めると記事にはあった。

・ どうして教員にはこのような児童生徒へのわいせつ行為が多いのかという問題を考えてみる。「個人の資質の問題」と切って捨てるのは簡単であるが、それでは物事の解決にはならない。

・ 私は思うのだ。「先生、先生」と言われ「傲岸不遜」「怖いもの知らず」に陥っていった教員である。特に「生徒には絶対的な存在」である。両親は怖くは無いし尊敬もしないが「学校の先生は尊敬し大好き」なのである。そこを狙っているのである。

・ 加えて元々社会とは切り離された「塀の中で生きてきた人間」だから「こらえ性」というか「耐性」がないのである。「弱い」のである。弱いから「弱いものに手をつける」のである。

・ 「手っ取り早く身近に在るものに手をつける」ということなのである。幼稚な子どもなのである。それが自分の学校ということになるのである。絶対に他校の児童生徒に狙いを定めるなどの度胸はない。簡単だから出会い系に行くのである。

・ 「仕事量の多さによるストレス」が要因と言ったら一般のサラリーマンに怒られるのではないか。サラリーマンの方が成績評価など余程苦しく、人間関係や上司との関係などでストレスが溜まっていよう。

・ 何時も教員は原因を他に求める性癖があるが、これも子供である。原因を他に求めても良いが、だからと言って生徒にわいせつ行為をする理由にはならない。こういうところも「耐性」がないのであって要は「育ちきっていない人間性」があるのである。「いびつ」なのである。

・ 「獄門張り付け」「打ち首さらし首」と言って免職になった政治家がいたが、結局は厳しい処分しかないのであろう。北海道教委はある教員の手記を載せた対策書を作って道内の全教職員に配布した。その内容は「児童買春で逮捕されました。きっかけは出会い系サイトです。事件は報道され、妻と子どもは疲れ果てていました。皆さん、どうか私のような教師にならないで下さい」というものだ。笑えない話である。


・ 本校は特定の生徒との個人的なメールのやり取りを禁止する。又学校外で管理職の許可なく特定の生徒と二人で会ったりすることも禁止する。これらは「就業規則」において明確に規定する。出会い系サイトは禁止というには学校が禁止する事項ではないので後は本人の自覚だろう。

・ 私は本日の校務運営委員会で記事のコピーを配布し注意を喚起するよう徹底したのである。しかし迷惑な話だ。圧倒的に多い先生方は真面目で立派な方々ばかりであるが一部の不心得者の為に悲しい、恥ずかしい話を聞かされるのである。そう思えばこのような連中は決して許すことは出来ないのである。


2011年2月20日日曜日

23年2月20日(日)曽野綾子先生の「戒老禄」

・ 2月8日のブログが「老いの坂」で今日が「戒老録」だから年寄りっぽい話ばかりで恐縮である。私には「年寄り好き」みたいなところがあって、話題もついついそのような方向に行くのである。

・ どちらかというと若者よりも年寄りが幾分好きかも知れない。又一時期「年寄りキラー」といわれるほど年配者に気に入られていたようにも感じる。その分同年輩には敬遠されたが。
・ 学校の校長が若者より年寄りが好きだというのはいささか問題であるが、年寄りを尊敬し大事に扱わないような組織は駄目である。生徒たちにもそれだけは伝えていきたいと思っている。「姨捨山」は絶対にいけないのである。
・ 私が勤めた住友金属という会社は実に先輩を大切にする会社であった。この会社で良いことを学んだと思っている。それに対して学校というのは一体どうなんだろうかと考えてしまう。先輩を大切にする学校の気風というのは本当にあるのか。
・ 人は私のことを「若い」といってくれるが本当は体の随所に「老い」を感じている。他人には分からないだけの話である。「どこがどうだ」などといちいち悪いところは書かないが60歳を超えてから急激に体力が落ちてきていることを知る。
・ それで体力が落ちると気力も落ちてくるということが分かった。「気力で頑張れ」と簡単にいう人が居るが、すでに十分気力で頑張っているのだから、それ以上頑張れといわれたら「もうエネルギーはありません。全部使って頑張っています」としか答えようが無い。やはり気力よりも体力だろうと分かってきたのである。

・ 「老害」という言葉がある。肉体的衰えによる害ではなくて、「心の持ち方による害」である。これは人に言われるまでも無く組織の中で生きてきたから先輩や上司を見ていると大変良く分かるのである。一言で言えばいわゆる年寄りが「老害」を撒き散らせてはいけない。
・ 老害こそ最も組織のトップが考えねばならないことである。政治家の世界も経済界も同じである。ましてそのトップが大きな業績を上げて「中興の祖」とか「再生させた神様」などと言われたら注意信号である。

・ ところで教育界においてはこの種の老害という話は余り聞いたことがない。このことは逆に目立つ業績をあげ、それが金字塔として衆目に一致し皆が賞賛するという風土体ではないということを意味している。

・ 教育界ではそういうことはない。皆で公平に均等に分かち合うから、勝利や敗北という観念が元々ないし、大体「勝った、負けた」が無い世界なのである。だから「功なり名を上げて君臨し」しかる後に「徐々に老害現象」が出てくるという構図がないのであろう。

・ それにやはり教育界は公立学校優位の日本だから、まず公立教職員の60歳定年制が大きく効果を上げているという面もあろう。60歳でバイバイだから老害を撒き散らそうにも出来ないのである。あの人は終わった人でお仕舞いである。

・ 要注意は私立学校である。これは公務員で無いから内規はあっても経営者の定年など無いわけでこの道一筋40年などという私立のトップは存在し得るし現実に多い。ここに老害の芽は出てくる可能性がある。老害だけならまだ良いが学校を潰すようなことになったら大変である。

・ 昨年末書店で一つの日めくりカレンダーを目にした。税込み1200円だから安い。曽野綾子さんの「戒老録」という字句に惹かれて求めたのであるが、これも自分自身への自戒の念が合ったのだろうと思う。老害ではなくて今後老害があってはならないというために求めたのである。
・ これが実に様々なことを教えてくれる。尾篭な話で恐縮であるがこのカレンダーは自宅のトイレにかけてあるのだが日々これを読みながら「気をつけよう」と確認しているのである。
・ カレンダーの冒頭には曽野先生が以下のように記されている。少し長いが前文を記載しよう。ネットにはあるから著作権侵害の問題はなかろう。

  一日のはじめに:

  若い方がいいと人は誰でもが言うし、それは単純な真実だ。若い人は美しく強く活力に満ちている。しかし複雑な真実はそうでもない。私たちは私たちが立っている現在の地点と時点を愛し、それをいとおしみ、それを貴重に思って生きる他はないのである。

  私は過程に生きている。だから過程に死ぬだろう。過程に学び、過程に迷い、過程に愛し、過程に見苦しく振る舞うのが人間の生きる自然の姿なのだと思う。

  人間は最後まで不完全である。それでいいのだろう。自分が完全だと思っている人なんて恐ろしくて付き合う気にもならない。しかし自信がないままに生涯を終わるということは本当に自然である。私はその人並みの自由を享受して感謝して死にたいのである。

・ カレンダーの一日目は「他人がして“くれる”こと、“してくれること”を期待してはいけない。」である。五日目には「何事にも感謝をあらわさねばならない。感謝の表現があるところにはどんな境遇でも陽がさしてくる」という具合である。時々「ドキッ」とするところがあるのだ。

・ そうしていたら1月27日の読売夕刊に曽野先生の記事が出ていた。私はこの先生を尊敬している。飛びつくように読んだのである。「老いて得た自由・開放感」「人の評価 気にしない」が表題である。先生のベストセラー「老いの才覚」のインタビュウーものだと思う。
・ とにかく中身が面白いというかすっと心に入ってくるのである。年齢とともに得るものは何かという問いに先生は以下のように答えておられる。「自由です。生きてもせいぜいあと何年と思えば、お金も自由に使える。それから人から良く思われようと悪く思われないようにという開放感です。おかげさまで人の悪口を言うのが上手になりました。「いい人」でいるのは大変です。身動きがとれなくなる。大して良くも悪くも無いんです、人間って。」
・ 更に続く。日本は国家財政が危機的で経済も停滞し皆自信をなくしているように見えます。閉塞感を打ち破るヒントはありますかのお答えは以下の通りであった。「電気や水が絶えることなく使えて、警察や交通機関は責任があって信用できます。こんないい国はありません。日本の悪口を言う人は、どうぞ出て行って下さいと言いたい。途上国では乾いた場所で眠ることが出来ない人がたくさんいる。私は「雨の日も雨漏りしないところで乾いた布団に眠れて幸せ」と何時も思います。

日本人は今あるものを数えず、ないものばかりを数えています。引き算の生き方では幸福にはなれません。」

・ 曽野先生の素晴しい文章である。しかし私は年は取ったが、未だに開放感や自由を満喫しているとはどう考えても思えない。ただ自分の責任としてその職にある限り「言いたいことは自由に言いたい」のである。それは間違いなく老害ではなくて、「次の世代への申し送り」なのである。

2011年2月19日土曜日

23年2月19日(土)「守護・開運包丁」

・ 昨日は高校入試の1.5次試験の日で、今日10時に合格発表を行った。1.5次だから受験生は少ないが、例え少ないと言えども本校の教職員は決して手を抜かず、確実に作業を進めてくれているのが嬉しい。当たり前だが立派なことである。
・ 確かに少人数の受験生のために問題作成、採点など少ない受験生の為に行うのはコスト論では割には合わないとも言えるが、それは違う。あくまで本校を受験したいと願う生徒がいる限り門戸は開いておかねばならない。
・ しかし驚くことに1.5次入試でこのような受験生が集まってくるかというくらいに今年は多かった。これには驚くばかりである。それも専願が多い。本校では今朝確認した数値では遂に「専願数が500人の大台を突破」した。

・ 今朝の合格発表でも専願で合格した受験生の一人が人懐こいのであろうが、私を見つけて「木村校長先生ですねー」と言うのだ。知っているのである。受験番号を指差して二人で記念撮影した。「先生、ブログに載せてね」という。
・ 事務所前ではお母さんが入学金の20万円を支払っていたが生徒は「あっけらかん」としている。部活は自転車サイクリング部に入りたいそうだ。根性ありそうな生徒だった。1.5次入試とは1次で他の私学を受験し惜しくも不合格になった生徒だろうが、中々粒ぞろいで楽しみである。

・ しかし管理職で話題にしているのだがその分、「併願戻りは絶対的に減少」するのではないかというのが今の主流の意見である。今朝では戻り率が3%程度ではないかという声も出てきた。時が進むにつれて8%から遂に3%まで低下してきている。面白い話である。

・ 武道館に至るプロムナード遊歩道というか「全天候型アクセス道路」が完成した。工事用の仕切り壁を取り払うと実に素晴らしいものが眼前に広がる。これは良い仕事をしてくれた。今後武道館は入試説明会など大いに活用されるだろう。
・ とにかく「道」というのは良いものだ。高僧が揮毫する時も「道」などと書いたりする。我々は一昨日「山の辺の道」を歩いた。京都には「哲学の道」もある。さてこのアクセス道の正式な名称は何とつけたら良いのだろう。
・ PTAの寄付金が建設費の50%を占めているのでPTAにつけて頂くのも一案である。例えば「希望の道」とか「慈愛の道」とかだ。「健康の道」というのもある。今日PTA実行委員会があったのでその席で私は感謝の言葉を述べて名前を考えて頂く様にお願いしたのである。
・ 今日は建設チームによる「武道館の施主事前検査の日」であった。チーム員の教諭連が立ち会って進めてくれていた。私は1階、2階部分の音響確認のためにマイクロフォンを使って検査をした。少し気になるところがあるのである。

・ 又「古事記の世界」を杉戸に描いて頂いている日本画の先生を激励に和室「洗心亭」に行ったのである。先生は気合を入れて描かれていた。良いものが完成するだろう。写真を撮ったがブログにアップするのは禁じられた。まだ「秘匿」なのである。
・ 後は何時「最終施主検査」が迎えられるかだ。施主は私でありこの検査が済めばコミッショニングとなり最終完成となる。急いで欲しいものである。その後最終支払いが物事の順序である。施主検査でOKとなれば「建物の引き渡し」となり、「即時残金を支払う」ことになる。

 ・ 3月13日の武道館竣工祭のご来賓への引き出物の品が決まった。あれこれ悩んだが、2月3日の節分の日に決めたのである。縁起を担いで「福は内、鬼は外」である。多聞尚学館の時は「手作りハム」、「堺ふくろうスタジアム」の時は「こんぶ佃煮」であったように思うが今回は武道館であるから「それなりに武道館らしいもの」に気を使って検討したのである。

・ 結果的に「刃物」とした。有り体に言えば「包丁」である。「エー、祝い事に包丁?“切れる”と言って縁起が悪い」などと言われかねないから私は調べたのである。その結果なんら問題ないことが分かった。
・ 「邪を清め幸福な未来を切り開くものとして慶事には付き物」と言う。又「守護・開運」の願いとして尊重されて来ており、今でも「魔除けの神器」として重宝されている。例えば進水式や落成式、道路の通り始め式、結婚式のケーキへの入刀など慶事と刃物の結びつきは強い。

・ 一言で言えば縁起が良いのである。そういう理由から私は刃物・包丁にしたのである。加えて私が力を込めて書いた武道館玄関に飾る「武の一字」をそのまま縮小し」桐箱の表に金文字で押し込むこととした。浪速武道館完成の格好の引き出物にならないだろうか。勝手に私は思い込んでいるのである。
・ 勿論この引き出物は特別なお方が対象で、お祝い金を戴いたお方に限らせて頂く積りである。その「お祝い金を使って充当」する。学校のお金を使うわけには行かないと思っているからである。まあ「内祝い」のお返しである。強くご辞退しているが今日も空手道部保護者会が50万円も持参して戴いたのである。
・ 通常は「記念タオル」がお祝い品である。そのタオルのデザインが完成した。素晴らしい。これで本校の記念タオルは4つ目となった。まず「浪速改革の門」「多聞尚学館」「堺ふくろうスタジアム」に引き続いての記念タオルとなる。
・ これは全校生徒、教職員にも配布する。生徒が来てくれたからこそ出来た武道館であり当たり前である。全員で喜ぶのである。タオルのプレゼントであれば社会通念上許される記念品である。まとめて発注するからコストも安い。


・ 関西大学連携浪速中学校の新1年生の教諭について昨日私のほうから本日内示した。4人の先生に浪速高校から中学に転じて貰うのである。バリバリの先生方であり新しい息吹を中学校に与えてくれるだろう。

・ 4人とも担任である。一人は2年生、3人は新1年生の担任である。特に新1年生は4クラス全て男性教員となるがこれはこれで問題ない。一人は今いる先生を当てはめ、まだ若いが学年主任とした。

・ そして新採用の女性教員を副担任として当てはめる。これらの先生は常勤講師であるが、優秀であれば本校の専任教諭の道も開けるだろう。大いに期待している。今中学校はまさしく変革の時であり、「根性ある教師」を私は求めている。生徒の為に体を張って頑張ってくれる先生を欲しているのだ。

2011年2月18日金曜日

23年2月18日(金)教員と生徒との距離

・ 2月11日の大阪日日に「教員と学生の距離」「関係の築き方に変化」との見出しで私にとって要注意の記事が出ていた。「赤信号の点滅」に近い記事である。近畿大学文芸学部准教授の金井啓子先生の投稿記事なのだが内容を読んで考えさせられるものがあったのである。
・ 記事の内容は先生のゼミでの経験から論考されているものである。先生は学生に春休みの宿題を出されたそうだ。その宿題とは「毎週土曜日に先生宛メールを送ること」というものである。内容も形式も長さも全く自由でパソコンからでも携帯電話からでも自由だというのである。

・ これってパワハラには成らないの?先生は女性だから問題とはならないがこれが男性教授だったらセクハラにならないのか?等々つまらない思いをするのだ。大体休日の土曜日にメールを送れというのは許されるのか。色々と疑問が沸いてくる。

・ 以上がまず冒頭出てくる記事内容である。私は正直言って驚いた。「まじッ?」ってところである。金井先生はいう、このようなことを思いついたのは「深い理由は無い」と。就職活動が忙しくなるから多忙になる学生のことを考え、「彼らの近況を知るためにメールでやりとり」すれば良いと思ったといわれるのである。深い理由はないのだ。

・ そしてこの大学の女性准教授とゼミの学生のメールのやり取りが始まったという。先生は続けて書いておられる。「こんなに面白いならもっと早く始めておれば良かった」と。そこから本題に話は入っていく。

・ メールのやり取りの当初は「言葉使いがかなり砕けていた」らしいが「多くのメールに絵文字や顔文字」などが入っていて戸惑ったと書いておられる。先生に何かの事で謝罪しなければならない時でも学生からのメールには顔文字がズラッと並ぶそうだ。

・ 先生は「なんでこんなに軽いのか」と腹を立てたと書いておられるが、私にすればそのように仕向けられたのは先生ではないのかなという疑問が消えない。記事はまだ続いて今日的大学生は「内と外を使い分ける」事を知っているとし学生にとって教授は今や「内の人」として存在しているのだと分かったといわれているのである。

・ 大学のゼミの教授に対して内の人という扱いでそれは親子関係が友達のようになっている影響があるかも知れないし、メールの誕生がその役割を果たしたと結論されているが私は「ウーン」という感じである。論理の展開にも理解しがたいところがある。

・ 私はもう「古いタイプの人間」になったのかも知れないが、まず大学教授とゼミの学生が絵文字入りのメールでやりとりするという光景そのものが受け入れられない。教授と学生はそういう関係論に立ってはならないというのが私の意見である。

・ 大学教授も高校の教員も同じ教員であり、それを特定の学生・生徒とメールの交換があるような関係は好ましくない。まして絵文字や顔文字でメールを交換するなどあってはならないと私は断言する。

・ 携帯電話のメールは電話機能だけの話し会話と根本的に「質が異なるもの」である。話し言葉は「しゃべって終わればそれでお仕舞い」であるがメールは文字そのものが残存する。「余韻を放つ」のである。

・ 日本は「言霊の国」といって言葉そのものが生き続けていく。メールの交換で単なる情報のやり取りを超えて「感情のやり取り」に発展する危険性がある。特に教員という生業(なりわい)を職業にする人々には気をつけなければならない。

・ 「先生、実は折り入って相談したいことがあります。どこかでお会いできませんか」となったらそれは「危険信号」である。逆に教員の方から「落ちついて話ししよう、忙しいが、来週の日曜日市内の何処かで会おう」となったらもう破滅への道を歩んでいる。お仕舞いである。

・ 一時期、夜の飲食業で働いている女性が「しばらく会っていないわ。今夜にでも来て」などと「ハートマーク」でも付けてメールを寄こせば世の男どもは一目散に駆けつけると言った週刊誌の記事を見かけたことがあるが分かるような気がする。

・ 昨年の秋、近隣の私立高校で教員が生徒と進路のことで揉め、親から金銭を要求されたという記事が新聞に出ていたが、その教員は生徒へのメールにハートマークを付けていたという。これでは勝負にならない。完全に負けである。


・ 「教員と学生の距離」は絶対的なあるべき原則があるのではないか。まず「基本は近寄りすぎてはいけない」という鉄則である。教室、職員室、学校の廊下、運動場、校内のクラブ指導現場などに限るべきで、それ以外で生徒と教師という立ち位置構造が崩れるような形は厳禁である。
・ 従って学外、校外で「相談に乗る」という形で二人だけで生徒と会うというのは許されない行為である。まして「メールは厳禁」である。そのような硬いことを言ったら「生徒は逃げ、不登校になってしまう」「もっと親身になって面倒をみる」ためにもメールは許されるのではないかとは理屈はあるかもしれないが「電話では駄目なのか」と私は切り返す。


・ 今大相撲の八百長事件で大きなキーが携帯電話でのメールのやり取りであるが中には頑として携帯電話の提供を拒んでいるものがいるという。携帯電話はこれ以上ないくらいの文明の利器ではあるが一歩間違えば犯罪の温床になっているのである。

・ それは携帯電話での会話のやり取りやメール交換が全く誰にも分からない「闇から闇の情報や言語のやり取り」だからである。一昔前は家の電話に1時間も2時間も子どもが友達と会話している光景は日常茶飯事であったが親は安心して見ていたのである。

・ ところが今や親も子どもの携帯の中身を知ることさえ困難になってきている。子どもが誰とどのような関係を結び会話しているのかさっぱり分からないのである。家族関係が変質していく理由の一つになっているのかも知れない。

・ とにかく教員と生徒の間のメールは本校では厳禁とする。「生徒の安全を守る為論」が幅を利かせて生徒の携帯電話番号の把握がなされているかも知れないがそれとて私は幾分疑問があるのである。

・ 又管理職の許可なく教員と生徒が二人だけで校外で会うことは厳禁である。これは本校の就業規則からして懲戒対象の行為である。特に部活動を熱心に行っている教員は気を付けなければならない。とにかく教師と学生・生徒の間には渡ってはならない川があるのである。
・ 大学だろうが高校だろうが中学だろうが教員と生徒との関係位置は「或る線から近寄ってはならない」ものがある。実はそのことは教員の教育効果を高める」ということと「教員を守る」という意味合いもあるのである。
・ 私は金井先生のように1週間に一回メールを寄こせなどという考えが理解できないのである。それは教師と学生生徒との関係を自ら破壊する行為だと思うからである。教師にはある面「神秘性」が有ったほうが良い。その神秘性こそ教師を一段高いところに自らを置くことが出来るのである。

・ 教員が学生・生徒と友達感覚であってはならないというのが私の考えである。教員は生徒と友達ではない。教師は教師である。生徒と友達感覚の教員に1円たりとも言えども給料を支払う気にはなれない。当たり前ではないのか?私が間違っているだろうか?

・ 教員が生徒とメールしハートマークはいざ知らず、顔文字やデコメールなどを使っているのを想像しただけで私は「反吐が出る」ような気がするのである。一昔前には携帯電話などなかった。それでも立派な教師は大勢居たのである。コミニュケーションというのは実はツールではなくて先生の気持ちの持ち方なのではないか。