2011年8月31日水曜日

23年8月31日(水)2学期始業式







・ 正直言って最近の子どもたちは暑さに弱いと思う。こういうと何か物議を醸しそうだがどう考ええもそのように思う。確かに地球温暖化だから私が中学生の頃の気温とは2,3度は上がっているだろうが、それにしても弱いと思わざるを得ない。
・ 自分の部屋にはエアコンがあり、通学の電車にも空調がなされ、太陽の陽をまともの浴びるような場面は生徒にとって本当に少なくなってきていることは間違いない。環境の良さが実は「耐力」を落としているのである。

・ 勿論個人差がある。しかし弱い生徒に「弱いなー」と言ってはならない。学校と言うのは最大公約数的配慮ではいけないと私は思っている。生徒を集団として眺めると大きな失敗をしでかす。

・ 学校は集団ではなくて「個の集まり」と考えることが大切であり、特に私立学校の要諦だと思う。保護者は自分の子しか頭にはない。あくまで個であり、集団の1人とは思っていない。この考え方が出来る教師は保護者と上手くやっている。

・ それが「お宅のお子さんは・・・」などと言えば「私立に行かせている意味はない。」と思われるだろう。個に目をやり手段を構成するということだ。集団の為に個があってはならない。この考え方は学習指導にも当てはまる。2学期から中学校では完全に「習熟度別授業」を展開する。これも個を考えた上でのことである。


・ そういう訳で数日前から我々は始業式での熱中症対策を考え、ピリピリだった。しかし運悪く(?)今日も朝からじりじり焼け付くような陽射しであり、雲ひとつ無い快晴、予報気温も最高34度とテレビで放送していたので、出勤途中から「ウーン」と私はうなっていた。

・ 朝一番に教頭先生に場合によっては教室での始業式でも良いと言った。無理して決行して又生徒がバタバタ倒れるようではいけないと思い直したのである。生徒は誰か1人気分が悪くなるとそれは伝播していく。「連鎖反応」である。これが怖いのである。

・ 3年前の9月中旬、「秋季例祭」の真っ最中に生徒がバタバタと倒れて救急車は来るわ、取材のためかヘリコプターが学校の上空をぐるぐる回る、テレビ局は来るわ、取材記者は押しかけるわで学校は大混乱に陥った。今でも忘れることは出来ない。

・ 朝8時20分頃グラウンドを見に行った教頭は「風があるので予定通り運動場で」と報告に着たので私は決行することにしたのである。当に数年ぶりの運動場での始業式となった。

・ 私が拘ったのは昨日清祓祭を行った「クラブハウスのキーの授与式」をハウス棟の前で行いたかったからである。そして武道館、クラブハウス棟、大型クラブの更衣室などを実物を見せながら話したかったからである。

・ 学校と言うのは、特に本校の教職員はこのような場合色々と考えて熱中症予防や式の時間が短くなるように知恵を絞ってくれる。例えば比較的体力の弱い中学生は最も最後に並ばせるように教室に待機させてグラウンドに出すのだ。

・ こうすれば照り返しの強いグランドに立っている時間は短いと言うわけである。細かい心遣いである。始業式前の「神前奉告の儀」も何時もは「学院神社」と「祖霊社」の2箇所を参拝するのだが今日は一回だけにした。

・ 学院神社の方を向いて「遥拝」というスタイルにする。本校の生徒はさすが神社神道の学校の生徒だなと思うのは教師が「遥拝」と声をかけると見事にそれをやってのけた。素晴らしいと思った。遥拝と言うことを知っているのだ。
・ 又クラブのキーの授与式も代表クラブに渡すことで時間を節約したのである。クラブ単位に手渡すとなると時間は相当長くなるからだ。大きな模型のキーを用意してくれていた。面白い。

・ キーの授与の後生徒代表が感謝の言葉を述べてくれた。しみじみとしたもので生徒も大変喜んでくれていることが分かった。「校長先生に心から感謝しております」とまで言われ私は目頭が熱くなったのである。自治会の諸君も真新しい自治会部屋を与えられて丁重にお礼を言われた。

・ 私は校長講話で2学期の開始につき様々なことを話した。こればかりはしっかりと言わねばならない。熱い中であったが生徒は立ったまま真剣に聞いてくれていた。このクラブハウス棟完成で一連の工事は完了した。

・ 9月末には既存校舎の解体に入り遂に新校舎建設に向かって新たなステージに入るとしゃべったがこれらについては生徒には現実のもとしてまだ受けとめた様子ではなかった。それはそうだろうと思った。その時は自分たちは卒業しているかも分からないのだから。

・ 特に3年生へは後数ヶ月で進路が決まる。最後まで頑張れと激励した。2学期は重要行事が目白押しで、一つ一つしっかりと対応して学校生活を有意義なものにするように述べたのである。

・ 高校で4名、中学で2名の転入生が居る。心では不安を感じているだろうから皆で歓迎し優しく早く仲間になれるようにと話した。そして最語に私は高校音楽の授業の為に「クラッシクギター」を40台揃えたのでしっかりと学び器楽演奏から学び取るように話したのである。

・ 決して安い買い物ではなかったが音楽の先生の要望に応えて生徒が音楽の授業に興味関心を高めるよう支援したのである。確かに「歌うばかり」では仕方があるまいと悟ったのである。

・ 予定時間より短く式は終了し誰一人気分が悪くなるような生徒もおらずホッと安心した。しばらくはグラウンドでの式などはない。しかし私は考えたのである。始業式、終業式は全校生徒が集まって校長の話を聞くと昔から決まっているがもう夏場では教室での式が基本だと言う考え方もあるのかなと思うようになってきたのである。

・ どうも校長の権威主義的な感じがしてきた。生徒のことを考えたら涼しい教室で校長の話は校内放送で聞かせるという形もあって良いと言う考え方である。しかし学校において校長の権威が無くなったらお仕舞いである。校長は最後の砦でもある。一度管理職と議論することとした。






2011年8月30日火曜日

23年8月30日(火)クラブハウス清祓蔡








・ 着任して5年、大きな「神事」を次から次と実施してきたような気がする。「多聞尚学館」も盛大だった。「ふくろうスタジアム」も大きなお祭りとなった。特に「浪速武道館」は「地鎮祭」「上棟祭」「竣工安全祈願祭」と本格的なものだった。
・ 神社神道の学校だから当たり前と言ったら当たり前であるが、私自身がこのような「祭事」を重要視していることも大きいと思う。ゲンを担ぐとかそういうことではなくて古来日本の国はこのような「神事」を大切にしてきた。

・ 世界でも日本の宗教観は幅が広い。外国人の目には無節操に映るかも知れないが、クリスマスケーキを食べ、除夜の鐘で年を送り、明けると神社に初詣をする国民である。誰もそれを不思議だとは思わない。

・ 世界には様々な宗教や信仰があるが我々日本人の中には「何か自分を超越したものに敬意」を払うというDNAがある。神道は字の如く「神の道」であって教えではない。経典や戒律など仏教の方が複雑で難しい。神道にはこのようなものは無い。

・ 神道の世界観は木、川、森などの「大自然の中に神々」を認めており、だから「八百万の神々」という表現をする。神道の道とは「道徳」であり、「倫理」であり、「人間が人間として生きていくために必要な心構え」であると言える。
・ 神道がこのように幅が広かったからこそ、日本では仏教と神道が共存する世界が出来あがってきた。「神仏習合」である。代々、私の家は「曹洞宗」の家で亡くなった両親は永平寺にも納骨した。でも自分は神道の世界観も大好きである。神社もお寺さんも大切にしている。

・ 私は毎日朝出勤したらまず「学院神社」に参拝する。神社前に進んで傾頭し簡単な「拝詞」を唱える。「略拝詞」と言って拝詞の中では最も短いものである。「祓えたまえ 清めたまえ 守りたまえ 幸へたまえ」という言葉と口に出して唱える。

・ この前段の部分「祓え給え 清め給え」と言う部分だけ抜き出して言う場合は「略祓詞(りゃくはらえことば)」と言って「祓詞」のエッセンスなのである。これらは「神拝詞」と言って正式な神道の世界で根本儀を表す言葉であると勉強した。

・ 神社の神職の方々は「略なし」の正式の拝詞を奉唱されるが私などは今だ完全には覚えられず又朝の忙しいとき故に「簡略版」で過ごしていただいているのである。しかしそれでも神社前で「祓えたまへ 清めたまへ 守りたまへ 幸へたまへ」と唱えると心が落ち着いて今日も一日頑張ろうと言う気になる。

・ 休みの日に何処かの神社に行ったときもこの言葉を唱える。覚えておけば応用の効く大変役に立つ言葉だから本校の教職員も生徒も覚えておいて欲しいものだ。最も必ず唱えなければならないと言ったものではないのだろうと思う。それぞれのスタイルがあって良い。

・ そういうわけで今日は「クラブハウスの清祓祭(きよめはらえさい)」の日であった。普通の言い方は清祓式というのだろうが神社界では「祭(さい)」と表現するのが一般的である。竣工式といわず竣工祭という。
・ 神社神道の世界ではとにかく「祓(はらい)」と言うことを重要視する。生活の過程で過ちを犯したりするのが人間だというのである。私などは特に多い。生きていく過程で身や心についた罪や穢れを取り除き身心を清らかにしてはじめて神に近づき神の加護を得る事が出来るという考え方である。
・ 人間は何時も健康で幸福な生活を送るためには身心を常に清らかにしておかねばならないのである。そのために「祓」と「禊」が必要だと言うのが神道の根本である。「祓え」には特別な浄化力を持つとされる「水」と「幣」と「火」と「塩」が使われる。

・ 古来より日本人が最も重視したのが水を用いて行う方法でこれを「禊ぎ」と言ってきた。本校の「伊勢修養学舎の禊ぎ」はこれである。神社の手水舎で手を洗い口をすすぐのも禊ぎであり、いまでこそ見なくなった光景であるが子どもの病気平癒を祈って母親が井戸水を被って神にお願いするのも禊ぎである。

・ 本校にはこのようなことを教える「神道科の授業」があり実際に禊ぎを体験させ又始業式や終業式には「神前奉告の儀」があって本当のお祭りの体験をさせている。卒業までに何回も行うから生徒もその内に体で覚えてくれる。

・ 前述したように着任以来次から次と建物を作って来たから「神事」も多く経験した。多聞尚学館、ふくろうスタジアム、そして浪速武道館である。そして今日が「クラブハウスの竣工祭」であった。これでしばらく間が空く。

・ 私は大きく派手にすることは止めて今回は内輪で行うことを決め、斎主は神道科の教諭2名にお願いした。今後このクラブハウスを生徒が使っていくが生徒にクラブ中の事故などないようにお願いしたのである。

・ 従って出席者はPTA副会長、クラブの顧問の先生とクラブ員代表者である。四方祓いと言って「清め祓って」安全を祈願したのである。これで明日の始業式で生徒にハウスのキーを渡して明日から生徒は使用開始となる段取りである。

・ このクラブハウスにはPTAから500万円もご寄付頂いた。有り難いことで大いに助かった。生徒に還元する投資はPTAも評価して頂いている。力強いPTAを持って本校は幸せである。

・ 今年になって生徒が校長を見る視線が変ってきたような気がする。生徒も口に出しては言わないが心の中では喜んでくれているのだ。今日女生徒二人から「校長先生、今度はセブンイレブンを校内に作ってください」と言われた。

・ 私は「その内になー」と応えると「やったー」と喜んでいた。これからの私立学校は様々な形で生徒が楽しいと思える学校、誇りを持てる学校が生き延びていくのだろうと思う。素晴らしい新校舎を建てねばならない。
・ 暫く神事は遠のくがそれで良い。新校舎完成の暁はびっくりするような「竣工祭と創立90周年のお祝い」を一流ホテルで披くのが夢だ。一連の工事が終了し本校は新たな段階に入った。第二ステージである。明日は始業式であり明日がキックオフと成る。


2011年8月29日月曜日

23年8月29日(月)お茶席披き打ち合わせ





  

・ 「女子力」と言う言葉があるが今日はしみじみとそのような女子力のすごさを感じた。女子と言っても女性の子どものことではない。ちゃんとした大人の女性のことを女子と言うらしい。「女子会」とかとにかく最近は女子論ばかりである。
・ 焼肉女子、ホルモン女子などの言葉もある。神社やお寺めぐりも女性が多い。とにかく今日本の女性が元気である。これに対して男は草食男子とか余り良い表現は無い。私なども今日の女子に比べればまだまだ「小僧」である。

・ 本日は10月29日に実施予定の「浪速武道館」のお茶室「洗心亭のお茶席披き」の為に二人の女子のお茶人を学校にお迎えした。下見である。女性だからお年は書けないが私の歳を入れて合計234歳となるから想像出来よう。

・ とにかくお元気そのものである。それにオシャレである。私は尊敬する。お一人は河内長野市の玉永先生ともうお1人は藤井寺市の南坊城先生である。お二人とも表千家では大変良く知られた「お茶人」で社中を構えられている。
・ 玉永先生は本校茶道部の指導者であり今回の席披きでは本席を御担当して頂き、その先生のご依頼で立礼席は南坊城社中が担当して頂けることになった。南坊城先生は本校理事長職務代理に母上である。

・ まず我々は指摘された。それまではお茶席開きと書いていたのだがお茶席では「披き」と書くそうである。万事このようにこの世界では我々は知らないことが多すぎる。従って何事もお伺いを立てて相談して進めなければ成らない。

・ こればかりは木村流で思うように進めることが出来ない。教職員相手とえらい違いに自らが驚いている。一方的に買う側の立場でも茶道具屋さんの言うことも聞かねばならないのだ。

・ このように私としたことが「ハイハイ」と頭を垂れて言われるままにするのもその圧倒的な存在感である。女性も長く生きてくると益々求心力が高まっている。良い先生を知り得たと大変喜んでいるのである。

・ 茶道クラブが出来たのが4月で生徒は一生懸命頑張って練習している。又顧問の先生二人も上記二つのご社中でそれぞれの教室で約1年間勉強してもらった。元来は5月の連休明けにでも思ったが東北大震災の事もあり延期をしていたのである。

・ 丁度半年を経過し、「新校舎建設」の火蓋も切ったため。ぼつぼつこの辺で実施させてもらいたいと考え踏みきることにしたのである。ただ生徒のお手前はまだ自信もないためそれぞれの社中にお願いし、「お運び」などを生徒が担当することとした。

・ 「席主」「席亭」は私であるが何とも心もとないので代行として理事長職務代理にお願いするのであるがとにかく「自慢のお茶室」を広くご披露申し上げたいと今日から具体的な準備に入ったのである。
・ 丁度午前中引出物の「お茶碗」の設計を出入りの茶道具屋さんと行った。お茶室は表千家のお家元である千宗左お家元から揮毫していただいた扁額「洗心亭」から「洗心」の文字と「花押」を焼き付けたものである。

・ これは大変貴重なものになり皆さんお喜びになるだろう。勿論全ての人に差し上げるほど多くはない。今ご案内先について詳細検討中である。そのため過日京都の「表千家」にまでご挨拶に伺った。
・ 我々は表千家認定の「学校茶道」について勉強するもので別にお茶人になるとか大げさなものではない。お茶の心「和敬静寂」の精神を学ぶためである。共学して5年目女生徒の興味あるクラブと言う視点も当然考えた。

・ だから創部したら早速50名を超える生徒が入部してくれた。時々見に行っているが皆真剣に取り組んでくれている。私はお茶室を作り茶道クラブを作って良かったとつくづく思ったのである。

・ 何事も初めてと言うのは大変である。特に茶道のような伝統あるものは形式美や段取りなど勝手に私が考えてもいとも簡単に先生方から拒否されるそれくらい「昔からのやり方」に拘られる。

・ 私はもう二度と本校ではない「お茶室披き」だから後で後悔しないように準備を進めて見事遣り通すことを決意し、本日の校務運営委員会でも話した。武道館以来教職員には具体的なお祝いをしてないのでいささか豪華な「点心」のお弁当も用意し先生方もご招待することを決めたのである。

・ ご案内先はPTA実行委員、茶道部員の保護者、理事者、評議員、本校の関係先は当然として現在検討中のものは大阪市のお茶の先生方と学校茶道を行っている学校の顧問の先生である。

・ 9月2日に表千家から今後の進め方について連絡が入ることになっているのでその後具体的に決定することになる。今のところ200名近い来客で果たして「動線」は上手く流れるのか心配な点はあるがやって見なければ分からない。

・ 2学期は9月が浪速祭、10月は茶席披き、11月修学旅行、12月語学研修、併行して中3と高3の進路決定がある。これが最も重要であり9月末には指定校推薦が決定していく。緊張するがこの緊張感が何とも言えない。

・ 一つ一つしっかりと進めていくことが重要で明日は竣工したカフェテラス、部室の「清跋式」がある。自分ながらこの5年間、ひとつひとつ着実に進めてきたことに我ながら驚く。

・ お茶の南坊城先生がお帰りになる時私に言われた。「三代に亘ってこの学校の役員をして来ました南坊城家ですが今日武道館の表門の看板を見て感無量となりました」と耳打ちして頂いた。私は感激した。10月の茶室披きは何としても大成功を収めたいと決意を新たにしたのである。


2011年8月28日日曜日

23年8月28日(日)橋下知事,逃げるな





・ 私は学校を休んだ場合、一日、二日なら新聞を保管しておいて貰う。それ以上長くなると教育に関する部分の「切り抜き」を事務室員にお願いしている。今のような教育を巡る状況が大きく変動する時代は情報整理が欠かせない。ネットとか様々な方法はあるがやはり新聞記事が信頼性から見て私には有難い。
・ 26日には各紙が報道していたが前日の25日に橋下知事は府の幹部職員に「別れの言葉」を口にされたと言う。更に以下のようにも述べたと記事にあった。「僕の後にはどのような知事が来るかも知れないが府民感覚を基にした目標を実現できる組織運営を期待する」と説いたという。

・ 朝日新聞は殊更対立を煽るように知事と並んで大阪市の平松市長のコメントを掲げた記事を出していた。その中で市長は教育への政治関与を打ち出した知事率いる大阪維新の会の「教育基本条例」についてこっぴどく批判している。

・ しかし平松市長には何時もながらいささか落胆する。批判、批評の視点がずれている。優しいお人柄なのだろうが、教育の抱える本質の問題がお分かりになっておられるのか。3年もやってこれでは困る。知事も深層の部分では誤解などあるがこの人は天才的に問題点の本質を掴む。それを「パッ」と端的に表現する腕は大したものだ。

・ 市長は「子どもたちに寄り添う教師像という視点が抜けている」「上司の顔色を窺う職員が増える」といっているが、今までそうだったからこそ橋下知事は「条例での縛り」を考えているのである。別に教員いじめではない。子どもに寄り添う教師ばかりだったら、このようなことは誰も考えないだろう。

・ 学校といえども組織体なのだから「上司の顔色を窺う」ことはあって然るべきだ。言葉が悪いというなら言い換えれば良い。「上司が何を考え、何を教職員に求めているか」を窺うことが大切なのであって、少なくとも戦後最近まで日本の公教育の現場は必ずしもこのような状況下にはなかった。校長など無視の対象だったと言ったら言い過ぎか。

・ だから日本の教育は荒廃した部分が目立つのだ。勿論全ての教員ではない。圧倒的に多い教員は一生懸命頑張っている。ただ学校文化は一部勢力の声に押されて必ずしも校長の意向など反映されなかったし、第一に国旗国歌反対など政治イデオロギーを持ち込んだのもこれらの勢力である。

・ 民主党の輿石参議院議員会長は山梨県日教祖のトップから政治に転出した今や政界実力者の一人だが、彼が明確に述べている。「教育が政治とかけ離れていることは有り得ない」と。正直な本心だろう。
・ 「公務員の身分は金科玉条の如く安泰」などとは最早通じない。社会が許さない。このような条例を恐れる必要は無いのであって、「堂々と受けて立てば良い」ではないか。「当然やるべきことをしっかりやれば」、こんな条例など全く気にする必要は無い。知事も教育に政治が100%関与しようとは言っているのではない。彼は中国や北朝鮮のような独裁者ではない。
・ しかし私は橋下知事にも言いたいことはある。大阪市みたいな比較レベルで府よりも小さな行政体に何故移ろうとされるのか。何でそこまで拘るのか、私にはよく分からない。市長は知事より「格下」ですぞ。

・ 今貴方が考えることは国政に出て行くことである。民主党代表戦の茶番劇を見たら、そう思いませんか。そのためには国政転出の時機を窺いながら今はまだ大阪府の知事で居ることだ。市長にジャブを放つのは良いがリングまで乗っ取る必要は無い。

・ 知事を辞めた宮崎県の東国原前知事もパワーを失った。三重県の北川知事もそうだった。貴方は「権威と権力」のないところでは駄目だ。橋下知事ほど権威と権限を駆使できる人も目面しい。世の中には案外というか殆どの人が「手中の権限を行使できない」のである。

・ 大阪市などもうどうでもよいではないか。それよりも貴方が居なくなったら大阪府は元に戻りますよ。それが「人間社会の宿命」です。全く元にとは言わないが必ず「反動」はあります。それを「のこぎりの刃型」と言います。行っては戻り又行っては戻るのです。

・ 「ようやく居なくなった。せいせいした。」とは口には出さないでしょうが役人というのはこの点巧妙です。次の知事にブリーフィヒングしながら微妙に軌道修正を図るでしょう。又肝心の新知事は「橋下さんを意識してことさら“違い”を出したい」と思うものです。

・ 8月27日の新聞に注目すべき記事がありました。今年の入試で定員割れした公立側は何かヒステリックに「私立生徒取りすぎ」と喚き、私立は「公立の努力足りない」と言い争いになったと見出しにありました。

・ この会議は府教委と私立連合との会合である「大阪教育会議」での議論だったらしいが、記事を読んでみて、私は何時かはこうなると想像していた通りの展開となっている。これに対して出席していた知事は「公立に火がついた」とあるがとんでもない話です。火だけつけて逃げ出しては平蔵率いる「火付け盗賊改め方」に責められますよ。

・ 火はつけても良いが落ち着けるところで消火が必要です。この消火作業は知事しか出来ない。府教委はマンモスの組織で例の通産省の組織内にある原子力保安院みたいなものでまだ公立学校に機軸を有しています。少なくとも私立を含めて教育行政を考えるという体系ではない。

・ 第一、公立が定員割れしたというが私立も半分は定員割れしている。今や大阪の高校教育は公立私立交じり合って市場競争の中に突き進んでいる。これは知事が狙ったとおりの展開で私立が望んできた制度ではない。公私7:3の比率撤廃は府が進めたものですよ。

・ 生徒を呼び込んでいるところは「涙ぐましい企業努力」をしているのであって「魔法」を使って呼んでいるのではない。生徒が多いと教育環境が悪くなると批判した教育委員がいるらしいがこんな委員は早速罷免せよ。頭だけで判断するだけで現場を分かっていない連中だ。

・ 高校急増期に受け入れたキャパからすればまだまだ余裕はあるし第一私立の教育成果を見たら良い。運動も文化活動も学力も私立は負けては居ない。同じ27日の新聞では今年6月に実施した「府内の小学校6年、中学校3年生の統一学力調査」の速報が発表されたが私立は全教科で公立を上回っている。

・ 私立は公立が土曜日曜と連休である中で土曜日は実質フルで学習活動を展開している。差別化で生徒も教員も努力しているのである。知事が就任して以来大きく大阪の教育は変わったが、「最も変わったのは私立」であって公立はどうなのと聞きたい。

・ 確かに府立高校の教員が塾など回って現場の実態を勉強しているなど、知り合いの塾の先生からお聞きしているが私立はここ20年こればかりの毎日であった。「私立の生徒集めの努力は涙ぐましいものがある」のである。

・ 府教委の中西教育長は私も存じ上げているが大変公平で公明正大な立派な行政マンである。間違いなく副知事に昇進されるであろうが、この教育長が言っておられる如く「公立も私立に学ぶところは学べは良い」のであって第一私立学校と公立学校の交流会など機能しているのか。

・ 私立の授業料の無償化が拡大されたといってもまだ同じ納税者でありながら私立に通う保護者の「教育費の跳ね返りは公立に比べ何分の一」という具合に低い。私立の経営において耐震強度のある校舎への建替えについては「自己資金を調達」しなければならない。税金が直接投入される公立学校と根本的に異なるところだ。

・ 私が心配するのは橋下さんが進めてきたこの路線が中途半端で終わり結果として「私学潰し」になってしまうということだ。これでは「大阪の教育力」は低下する。公立から私立に転じて5年、巨像のごとき公立学校に立ち向かっているとは言わないが、頑張っている私立に「私立も良くやっている」との評価と「しのびざるの心と惻隠の情」を行政のトップが持てるかどうかだろう。

・ 何か公立教育界に「私学悪者論」みたいなものが風土として今だ残っているならそれは完全な間違いだ。元の竹内という名前の教育長が私学の理事長と高級料亭で会食を繰り返していたというのは昔のことだ。
・ 私立と公立の関係者が同一土俵で虚心坦懐に冷静な議論を重ね、事、教育に関することだけにじっくりとした対応がこれからは必要である。大きな改革のあとでは「熟成する期間」も必要ではないか。

・ 橋下知事は大阪府の知事でもう一期はしなければならない。第一何方が知事の後をやられるのか。幾らそれは府民が選ぶと言ってもそれでは無責任だ。火だけつけて真っ先に現場を逃げるようなことは許されない。


2011年8月27日土曜日

23年8月27日(土)鎮守の杜


 




初めて本格的な伐採作業
すっきりしました
伐採後の鎮守の杜
8月24日理事会評議員会
神社と楠木の移設の話をする

幹周りを測定する
・ 24日に親戚から訃報が入り、25日午後から26日一杯岡山に出向いていた。小さい頃から可愛がって頂いた母方の叔父が亡くなった。享年80歳であった。大手建設会社を定年退職しその後も関係する中小の建設会社で2社奉職し、70歳からは植木剪定の資格と言うか勉強をして今年の4月まで働いてきた叔父さんだった。
・ まさに生涯を働きづめに働いた人で、入院して2ヶ月弱で逝ってしまったが私には「もう十分働いた」と覚悟の死のようにも感じられた。責任感に溢れ、謹厳実直を絵に描いたような素晴しい人間であった。

・ 私とは15歳の歳の差であるから末っ子の弟のような感じで私はこの叔父から人生への影響を大きく受けたと亡くなって初めて確認した。しかし通夜から葬儀にかけて「弔問外交」みたいな様相を見せたが、久しぶりに会うファミリーはいずこの顔も皺は増えているのに気づく。

・ 葬儀でに集まるのは別れでは勿論寂しいことであるが、一方常日頃会えない親戚と会えるのは加齢と共に格別な味わいがある。この歳になってくるとどういうわけかこのような会合に気後れしなくなるのが不思議だ。

・ 弔辞を頼まれその中で故人に約束したことは私も後5年頑張りこの叔父の示した「働く人生」に一歩でも近づきたいということであった。現在65歳となるが、後5年頑張って70歳となるまではと決意したのである。

・ この5年でやりたいことは三つある。まず新校舎の建設、住吉の本校のグラウンドの芝生化、多聞尚学館の男子宿舎の建て替えである。ふくろうスタジアムの芝生化は次の時代に託そう。すべて私がやってしまったら後任の課題が無くなってしまう。


・ そういうわけで8月25日は午後から岡山に出発するため、朝10時にまず「解体業者」さんをお呼びして発注の「内内示」を行った。保健室、校務員室、カフェテラス、クラブ部室、旧の剣道場・柔道場の解体だ。

・ 遂に新校舎建設にむけての私の最初の仕事が始まったのである。10時30分には設計会社さんに来て貰ってこれも内内示を行った。私からこのプロジェクトの意義などお話してお互いに良い仕事をしたい、「生徒と教職員の為に21世紀に燦然と輝く浪速の本丸を設計して欲しい」とお願いしたのである。

・ いずれの会社も素晴らしい会社ではあるが決め手になったのは担当の「お人柄」である。恐らく今後のビジネス展開は会社の規模とか売上高とかトップに誰が居るとかいうよりも重要なファクターはそれを担当する「担当者の人間性」ではないかという気がする。

・ その担当者も卒業した大学名とかは関係ない。「人柄」が重要だ。「人柄とは謙虚であり、素直であり誠実」であることかも知れない。又別の言い方をすれば「感覚であり反応性」である。即ち敏感であることだ。「敏感ということは結局謙虚な人柄」と言うことになるのではないか。

・ ここ数日の新聞に島田紳助氏を表してある評論家は「毒と暴力性を全面に出して売った人間」と表していたが、上手いことをいうものだと思った。しかし私に言わせれば少なくとも「謙虚ではなかった」と言うことだ。結局自己判断、自己評価だけしか彼には判断基準は無かった。自戒しなければならない。


・ 一日休んだだけであるが、理事長の性格からすれば、「学校が気になるだろう」と人は思うかも知れないが、まったく、絶対そう言うことはない。学校から電話もなければ此方かも電話することは無い。
・ トップが居ない時に副校長、教頭、事務長が連帯して学校を守るように教育訓練してきたからだ。即ち「集団指導体制」である。そして肝心なことは教職員がそれぞれの持ち場でしっかりと業務を遂行する風土である。管理職が学校に居ようが居まいが関係ない。

・ この学校文化、風土はこの5年間でほぼ完成した。理事長校長が今日は居ないから、休もう、ゆっくりしようとう管理職や職員は今や一人もいない。これが全てである。「けじめのある職場」になったと思う。「強将の下、弱卒無し」である。


・ 昨日は出来なかったので今朝は念入りに「学院神社」にお参りした。24日の理事会評議員会でも申し上げたのだが、今私が頭を使っているのはこの学院神社が鎮座している本校の「鎮守の杜」をどうするかということである。

・ 昭和28年に鎮座した学院神社と神社の神域である杜には60年間以上にわたって育てて来た大きな「クスノキ」がある。本校の「校木」である。大きなものは幹回りが4メートル近く、3本はある。新校舎建設でこの神社の位置も恐らくレイアウトでは移動する可能性は高い。

・ 工事の為には神社野ご神体そのものも一時假の場所に遷宮しなければならない。場所は弓道場の神棚にお移り願うとか色々と方法があるのだが問題はこのクスの樹である。本校の盛衰を眺めてきたこの「神木」を私は何としても生かしたいのである。

・ 切って枯らすのは簡単だ。又幾分太い幹のクスノキを買って来て新たに植樹するのも簡単な話だ。しかし戦後60年間この地で育ってきた大木を何としても「新時代へ繋ぐたいまつ」として生かしたいと念願している。

・ このため今年の5月には初めて本格的に「枝落とし」を行った。「樹を鍛え始めた」のである。そしてこの真夏にも負けず新葉が生えるようにもなってきた。何時かは「根回し」をして工事期間中は何処かに移さねばならない。現時点ではふくろうスタジアムの何処に仮に植えておくことが最も良いと考えている。

・ しかし根回しには相当の費用もかかるだろうし第一その過程で大木が枯れないか心配でもある。それで頭が痛いのであるが新校舎建設には避けては通れない。そして現在のように本校の「鎮守の杜」を復興させるには又相当長い期間が必要となるだろう。

・ 日本の神社の鎮守の杜はそのようにして長い年月をかけて作られてきた。日本全国、神社と言われるものは8万社あると言われている。これは日本の宗教団体の中では最も多い数値である。仏教の寺は75000と言われている。全国つづ浦々どこの神社にもクスノキや桜などで構成された鎮守の杜はある。

・ 新校舎建設でも本校のスピリッツは鎮守の杜でありそこに鎮座する学院神社である。これをどの位置にもっと来るのか新校舎建設の基本設計の最初に決めなければならないテーマである。出来れば伊勢神宮に一直線で繋がっている場所がよいが果たしてそのようなレイアウトが可能か。


2011年8月24日水曜日

23年8月24日(水)理事会・評議員会




・ 有名芸能人の島田紳助氏が暴力団関係者との親密な付き合いが発覚し、芸能界を引退することとになった。流石大物だけに今朝の新聞では一面トップ扱いで民主党の前原議員の代表戦出馬報道より大きい扱いだから恐れ入る。
・ 何時も使っているタクシーの運転手さんは「何時かこうなると思っていました。あいつはおかしいですよ。後輩ならまだしも客などにも無茶苦茶言うことが芸だなんておかしい。思い上がっていますよ。」と辛辣だった。
・ しかし紳助氏のコメントはおかしい。何が“セーフだと思った”だ。遂この前にアメリカ政府は「やくざ」として正式に暗黒社会の勢力として認定し資産凍結に入るなどと報道されたばかりだ。セーフもアウトもあるまい。絶対に関係を持ってはいけない社会的不正義の相手である。

・ 島田氏は大きな影響力のあるタレントだから社会的制裁が下されるが実は我々私立学校の役員も今年から従来以上のことが求められるようになっている。大阪府私立高等学校経常費補助金交付要綱が今年6月6日に改正された。

・ この内容は「大阪府暴力団排除条例」の一部が改正され暴力団を利することのないように特に補助金の申請時に「暴力団審査情報」の提出が必要となって理事、監事には大阪府を通じて府警本部に照会されることとなった。このため私は理事長として全役員の氏名住所生年月日等を過日提出したところだ。
・ 本校には大物芸能人と言うより俳優や噺家として赤井英和氏とか笑福亭鶴塀氏を卒業生に持っているが彼らは絶対に大丈夫だ。第一この二人はNHKの専属とも言えるほど「お呼び」がある。NHKはこの辺のところは厳しい。

・ 例えば一昨日も赤井さんが久しぶりに母校に戻って来てNHKのテレビの収録があった。校長室に来てくれて話をしたのであるが、久しぶりに会った感じでは以前より幾分太っていた。たまたま見えられていた関西大学の法人幹部は「あっ、赤井だ」と声を出されていた。とにかく人気俳優である。


・ 今日は定例の8月理事会・評議員会の日であった。急遽名誉理事長が東京出張となり出席できる理事が4名となった。本法人の理事者は寄付行為で7名となっており4名の出席だから理事会の決議は有効となったが「ひやひや」ものだ。後日少し杭を打ちたい。

・ 本日の議題は今までで最も軽いというか議題の数が少なくて理事長としては気が休まる理事会・評議員会となった。評議員の出席率は高い。良く理事長職務代理が言われていたものだったが、昔は本当に少なかったという。
・ 本日はまず竣工なったクラブハウス等の巡視をお願いし、その後審議に入った。議題と承認決定事項は以下のようなものである。

1.経営と校務運営状況
(1) 経営並びに校務運営状況は極めて順調である。中高合わせて2050名のマンモス校となったが教職員の頑張りで23年度も順調に離陸できた。

(2) ただ今年の伊勢修養学舎は台風6号のため第一班が中止となり、次年度繰り越し
(3)内外の情勢から「新校舎建設を1年前倒し」で急ぐべく関連する工事を進め、ようやく「新校舎建設の種地を確保」できる状況にまできた。

① 教育環境の整備進捗状況
   3月13日の浪速武道館竣工に続いて生徒用クラブハウス、カフェテリア(食堂)、
   予備教室4部屋分の新築工事が8月22日に竣工。来年度の入学者数対策でもある。
② 新校舎建設の前倒しのための既存建物の移設工事
  保健室、校務員室、門衛さんの仮眠室、清掃担当者休憩室、大型クラブの生徒更衣室の移転工事が8月22日に完了した。不便であるが新校舎までの我慢である。

③ 資金手当て 省略

④ 今後の資金需要  省略
⑤ 以上を入れての23年度決算での手許資金(次年度繰り越し金)の見通し 省略
⑥ 今後の対応  解体工事と設計エンジニアリング会社との契約  本日決定した
2.関西大学との連携問題について  省略
3.近隣土地建物の購入について   決定
  趣旨:クラブの合宿所、不登校生徒の学習場所、海外留学生用の寄宿舎等々の目的で  学校から至近の距離で格好の不動産物件を物色していたがこの度候補が見つかったので詳細な値段交渉に入って行きたい。要は学校の差別化、付加価値の向上の為である。
4.奨学金制度の拡充について  決定
  公立・私立での授業料の無償化、高校転学の完全自由化施策により、公立―公立、公立―私立、私立ー公立、私立―私立間での生徒獲得競争が激烈な一途である。学習能力、運動系能力、文化系能力の高い生徒を確保する為にも魅力ある制度の拡充が必要である。

5.特記事項    報告事項
① 節電対策とスクールサマータイムの導入
② 平成23年度海外修学旅行の実施
③ 平成23年度海外語学研修について
6.その他  *自校保有バスに関する検討状況
        *10月29日武道館「洗心亭」お茶室開きの実施
・ 会議は極めて順調で最短の時間で終了した。早速明日は承認された会社幹部を呼んで内定通知だ。下準備に入り9月末から既存校舎の解体工事に入ることになる。次のステップに入ることになった。「感慨無量」である。


2011年8月23日火曜日

23年8月23日(火)クラブハウス工事竣工











 ・ 「短かった夏休み」と言えば何か短編小説のタイトルみたいな感じがするが、本当にそのような雰囲気だ。遂に8月最終の週となり、昨日から授業である。昨年までは高校3年生だけであったが今年から1年、2年も加えて同時の授業開始である。勿論正式な授業であり、特別講習等ではない。
・ 昨日はまず1限目を使って生徒には夏休み中の出来事や2学期の注意事項などを教務部長,生徒生活指導部長が話をしてその後校長から講話となる。私はクラブ部室の工事が今日で終わり31日の始業式には部室のキーを渡すと話した。

・ 今日は朝から「京都の表千家」に赴き10月29日に予定している武道館お茶室「洗心亭」の席開きのご指導に正式にお願いした。「学校茶道」という言葉があり、浪速高校の茶道部は正式に表千家の同門会に登録されている。

・ 私は29日には何方か「宗匠の派遣」と大阪同門会のご支援をお願いしたのである。京都の表千家会館は京の独特の蒸し暑さの中にあったが静寂に包まれており、「夏茶わんで一服」頂いた。大変に美味であった。出張の目的は達しとんぼ返りで京阪電車に乗り枚方市で途中下車して他の所用を済ませた。


・ 昨日は関西大学から法人幹部が2名来校されこの打ち合わせも順調であった。私は理事長職務代理にも同席をお願いしたのだが何と関大幹部のお一人の兄上は道明寺天満宮で結婚式をあげられ、大変職務代理とご懇意ということでまさしく「世間は狭い」ということを実感した。私は同席していただいて大変良かったと喜んだのである。

・ この関大との話し合いの重要情報を大阪天満宮の宮司に入れるべく私は京都に向かう途中で何度も試みるのだが連絡が付かないのだ。どうしても今日早く入れなければならない事情があった。

・ 宮司は携帯電話を持たない主義なので秘書を通じて連絡を取るのだが生憎秘書も不在で、大変困った。大体昔からここに勤務している女性の勤務員の方々は「ただいま席を外しております」としか言わないからこれでは全く役に立たない。

・ そうこうしていたらようやく宮司から電話があり間に合ったのである。これでようやく一安心となった。電話の応対は難しい。トップの存在場所は機密事項の属するが私など身近な人間には当てはまらない。外部から電話を受けた本人はそのへんの心得を知らねばならない。


・ さて今朝京都に出かける前に武道館から今回竣工したクラブハウスまでの工事請負会社である南海辰村建設さんの社長さん以下幹部の方が竣工のご挨拶に見えられた。私が朝は早いことを知っておられ大体8時前後に見えられるのだ。

・ このクラブ部室の工事に入ったのは3月13日の浪速武道館の竣工以降だから、結構早い進捗の工事であった。しかし「素晴らしい出来栄え」である。多くの外部の人々が感嘆されるくらいだ。私自身も少し「贅沢」だったかなと思わないでもないがやれる時にやっておいた方が良い。

・ 南海辰村建設さんには素晴らしいお仕事をして頂いた。例の骨董鑑定家の中島さんではないが「良い仕事してますねー」だ。浪速武道館、クラブ部室工事と3年間お付き合いしたが真面目な誠実な会社だということが良く分かった。

・ 今日から備品などを入れ始め30日は「清祓祭」を行う。これは内輪の行事として神道科の教諭の手でやってもらう積りである。そして31日に始業式となる。始業式は始めて完成した「遊学の広場」を前にして行う積りである。

・ カフェテラスも最高だ。これで生徒の昼食等は最高の環境で摂れるだろう。これに伴い室内には自販機を入れた。パンの販売機もある。また室外にも3台の自販機を設置した。武道館傍だからクラブの生徒にも助かる筈である。

・ 目玉は「さざれ石」の設置である。大と中の大きさだが高校と中学、男生徒と女生徒を示し「苔のむす」まで末永く発展して欲しいという願いからである。全国の高校で「さざれ石」を校内においている学校は多くはあるまい。

・ 私は精魂込めてさざれ石の字を書いた。しかし見事に彫ってくれたものだ。ここには30日の四方払えの日に「しめなわ」が巻かれる。学院神社に継ぐ「神聖な場所」である。注連縄の作成は道明寺天満宮にお願いした。

・ 私は昨日の最終確認巡視の後で会議室にメンバーを呼び慰労の言葉を口にした。良くぞ今まで「施主の要望」に応えてくれたと思う。彼らからも「理事長と組んで仕事が出来て大変勉強になった」と言って頂いたことが嬉しかった。

・ これでお別れである。昨夜はささやかながら席を移して主だったメンバーに慰労申し上げ一献差し上げたいとのかねてからの私の気持ちを具体化した。食事はイタリアンとして私にしては目面しく食後の2次会を実施した。本当に目面しいことである。

・ 当然カラオケと成るのだが皆さんも「ほっと」したのか早速マイクを取って「陶酔状態」に入っていかれた。しかしゼネコンさんの唄はというよりこの会社の社員さんは唄は決して上手いとは言えない有様であった。
・ ご自覚されているのだろうか。いや恐らくされてはいないと思う。そうでなかったらあれほど次々と唄われないのではないか。微妙に音程が狂うし第一選曲が良くない。大阪の人間の癖に東京賛歌の唄やインドのガンダーラ賛歌とか最近では余り聞かない歌手の唄ばかりであった。

・ まあ気分良く歌われていたので私はニコニコして聞いていたがゼネコン会社の人々は皆さん、このようなものかと不思議だったのである。鉄鋼会社では歌の下手な人間は出世するととされたものだったから、彼らには是非出世して欲しい。

・ 今朝この会社の社長が見えたれた時に「社員の皆さん、どうして唄が上手くないのですか」と思わず聞いてしまった。これに対して社長さんは「こればかりは私に聞かれても・・」とお答えになられた。それはそうである。アホな質問をしてしまったと反省した。
・ 考えてみれば本校の教職員の唄など今まで5年間聞いたことが無かった。これは問題だ。「木村の部下で唄の下手は困る。どうなのかチェックしなければ」と私は思うようになったのである。本校の教職員で誰が最も「歌い手」なのか大変に興味が湧いてきた。
・ 自慢ではないが私は上手いと自負している(?)。その理由は毎日訓練しているからだ。毎朝本物を聞きながら耳を鍛えているからである。レパートリーは演歌であるが美空ひばり、都はるみ、天道よしみ、小林幸子、中村美津子、ちあきなおみ、キムヨンジャ、田端義男、谷村新司、北島三郎、五木ひろし、石原裕次郎、森進一、等々数え上げればきりが無い。懐メロ、「何でも来い」である。最も昨夜は歌わなかったが。


2011年8月21日日曜日

23年8月21日(日)今日は中学生クラブ体験入学の日







・ 私は基本的に「学校は外部に如何に解放、開放していくべきか」が問われていると常々考えている。社会の人々は学校の事を良く知っていると思われているが私に言わせればそれは狭い範囲でしかない。自分の学校時代の経験や自分の子どもの通う、通った「経験側」が見方を支配している。

・ 「学校の塀の中」は見えているようで案外見えていないのである。学校と言うのは極めて複雑怪奇とは言わないが複合化した「人間集団の煮詰まった鍋」みたいなもので学校を理解することはそれほど簡単ではない。
・ テレビなどメディアで学校問題を「さも分かったようにコメントする教育評論家」などの話を、我々は時々話題にするが多くの教員は「ウーン」とか言って深く言及しない。むしろ無視に近い。心の中では「少し、違うなー、言っても仕方が無い」と思っているのだろう。
・ 学校の教員は甲子園の野球監督の先生を除いて「メディアへの露出」を嫌がる。要は目立つことから基本的に我が身を避けようとする性癖がある。これに習って私のスタイルも変化してきた。私も今や学校の教員と同じくメディアへの露出を避けるようにしている。一つは面倒くさくなってきたのである。

・ しかし私立学校の責任者として、この姿勢だけでは駄目なのであって、外部に対して学校の事を「トップ自ら発信」しなければならない。特に私立学校には尚更求められているポイントである。「来る客は拒まず」「学校での入試説明会」は100%参加し「自らの顔を晒し」、自らの言葉で「浪速を語る」ようにしてきた。「校長ブログ」もその目的からである。
・ 何を教育の柱にしているのか、その学校の校長は一体どのような人か分からないようでは保護者はその学校を信頼してくれないだろう。ここ10年「学校改革」が進むにつれて益々その傾向は強くなった。「時代はトップは誰か?」ということなのである。
・ 可哀想なのは公立学校の校長だ。教育委員会は基本的に一校長の言動をまず規制範囲に閉じ込めようとする。「まず横並び」「突出を避ける」というのが行政施策の宿命みたいなものだからである。
・ 最近では少し状況が変りつつあるがそれでも「法的根拠」がそうなのだから仕方が無い面もある。「橋下知事の苛立ち」の原因はそこにある。だから「教育基本条例の制定」などに発想が行くのだ。

・ 私立学校が横並び、内向きであったら誰も入学者は来てくれない。「差別化」「付加価値」を詠い叫び、外部に発信してようやく「勝負土俵に上がれる」のであって公立高校みたいに「規制で持っている」という訳にはいかないからだ。「私立は何でもありの精神で生徒・保護者・教職員一体の連合軍が必要」なのである。

・ 私は何時も職員会議で教職員に強く言っているのはこの点だ。「最も強い宣伝媒体は現実に本校で学んでいる生徒群」である。これらの生徒が浪速教育の実践効果を上げておれば生徒は集まってくる。事務の受付や電話の応対一本で学校の評判は上がる。

・ さて8月も終わりつつある。来週から正式な授業が始まる。そして今日は中学3年生対象の「クラブ活動体験入学の日」である。これは9月から始まる本格的入試説明会の前哨戦と言うべきものであり、学校としては重要なものである。

・ 本校は7月24日と8月21日の2回に分けて実施している。特に人数も多いのは2回目となる今日の体験日であった。今年は「浪速武道館」が完成し昨年には「ふくろうスタジアム」が竣工している。「道具立て」は揃った。

・ 加えて他校には多くはない「人工芝のテニスコートが3面」ある校内第グラウンドがある。そして比較的余裕の出てきた「大きな体育館」がある。体育館と言えばこの夏休みに某大手塾に会場として貸与した。

・ 何と2100名を超える中学生が会場一杯に満々となりその熱気はすごいものだったという。これも開放政策の一環だ。このようにして浪速の関心の火でも灯れば嬉しい話である。
・ 今日のクラブ体験で言えば過去最高の人数が集まってくれた。特記はとにかく「弓道人気」がすごい。7月も人を集め、今日も硬式野球を除けばトップの人気クラブといえる。確かにあの素晴らしい剣道場「玄武館」を見れば中学3年生は惹かれるだろう。

・ 相変わらず硬式野球人気は高いが今年の甲子園予選みたいに一回戦で敗退するようでは人気が落ちる。ふくろうスタジアムを作ったのだ。これを武器に才能ある野球少年を集めねばならない。サッカー部、バスケットもバレーも陸上ももっと頑張って欲しい。

・ 例年なのだが今年もその傾向だ。「卓球部」の人気が底堅い。これは私の認識を改めるものであった。反省だ。間違いなく指導者である社会の教諭のH先生の力量があってものだと確認した。卓球部に支援をしていきたい。
・ 文化系で言えば茶道部の体験入学が2名居たがこれはこれからのクラブだ。入学してくれれば「お道具」を渡して茶道部に入部させる自信は私にはある。現に今や50人を超える大クラブとなっている。雅楽も今の段階では少なくても構わない。問題は入学してからの話だ。

・ 「吹奏楽部」は強化して4年目となった。実力は上がってきているがまだまだらしい。私は大変良いと思っているのだが金賞が取れない。顧問の先生に言っているのだ。府内の実力者や有力者の傘下に入らないと「田舎の方でチョコチョコ」していても駄目なのではないかと。

・ 随分お金を遣ってきているのに難しいものだ。今年から中学校吹奏楽界にも影響力のある外部指導者の指導を仰ぐようにしたが早く効果の出るのを期待しようと思う。顧問の先生は後一歩と言っていたが、まあもう少し気長に待とう。まだ5年目だから焦る必要はないか。
・ 今年の特徴は「軽音楽」の数がある程度まとまったことだ。私は新しく完成した部室に二部屋ぶち抜きの「完全遮音の軽音楽室」を作った。これを見れば喜んで呉れるだろう。私みたいに演歌のおっさんでは今の子どもたちの好きな、分けの分からない音楽は理解出来ない。生徒が好きなのだから仕方が無い。軽音楽もクラブである。
・ 今日は私自ら全ての会場を見て回ることにした。幸い雨は本降りとならず助かった。中学生もその保護者もしっかりと楽しんでおられた。入試広報室やクラブ指導の先生方の献身的業務執行に頭が下がる。9月以降の入試説明会では私も前面に出て頑張らねばならない。「やるぞ!」と徐々に気力を高めているのである。