・ 自分は「何時まで現役でおられるのか」という問いかけは私には当たらない。言い方としては「何時まで現役でいるのか」といった方が適切である。即ち今の私は「引退の時期は自分で決められる」という状態にあるのである。
・ しかし私の辞め方は難しい。職位が理事長・校長だから余計に難しい。又理事長と言っても「オーナー系理事長」ではないから自分の子息や親戚縁者にバトンタッチするというスタイルの学校ではないから簡単ではないのだ。
・ もし私がこの学校のオーナーで息子に専務理事や常務理事でもさせており、ボツボツ息子に譲るかとなるのが最も簡単である。このような学校は多い。息子だけではなくて最近では娘も多くなってきた。
・ 大体実質的オーナーというべき大阪府神社庁自体が公益法人であるから本校は「家業としての私立学校ではない」。本法人は代々大阪府神社庁の庁長が理事長に就任していた。しかし実態としては校長以下の学校管理職が校務と経営(?)を仕切っていた学校であった。
・ 多くの理事者や評議員は神社界出身者で占められているがこの人々に対しての報酬はゼロであり創立当初から「無報酬」であることが本校の特色で、このことは今でも続いている。この報酬ゼロというのが実は問題が多い。
・ 神社界以外の最初の理事長が私であり、報酬を得る理事長も私が最初であった。言ってみればプロの仕事師であり「改革請負人」であったのである。大阪府の規制で報酬は減少したが安い給料で仕事をする気にはならない。野球でも何でもプロの仕事と報酬とはそういうものだ。
・ 次の理事長は私の考えとしては絶対に大阪府神社界に「大政奉還」したいと念願しているし、そのように神社界の幹部諸氏にはかねてから申し上げてきている。今「ブログで本校の歴史」を書いているが創立からの神社界のご苦労を思えば、「何処の馬の骨か分からない人」に経営権を渡す気にはならない。
・ 当然のことながら次の理事長は理事会で決定することになるが、現理事長としてはその候補者選定に大きく影響力を有していると思っている。即ち何方を選任するのかと言う大きな命題である。
・ 企業でも行政の首長でも現役の当事者の意見は大きい。実際企業の社長は現在の社長が次を指名してそれを取締役会にかける。大阪府の橋下知事も次の知事選定には大きな影響力を発揮するだろう。
・ しかし私の次の理事長は神社界に大政奉還するのだから、まずステップとして理事に就任して貰わねばならない。理事長は理事から選任すると言うのが本校の「寄付行為」の決まりであり、その人材を予め理事者に就任して貰って「学校経理」「学校経営」「校務運営」「人事諸施策」「教育法令」等について学習して貰わねばならない。
・ 理事長の業務は片手間で出来るようなものではない。順風満帆のときならまだしも現在のように次から次と事態が変っていく教育界であればこそ「感性鋭く」事態を見詰め、「タイムリーに対応策」を打てる人でなければ「やってはいけない。」
・ このやってはいけないというのは「理事長をやっても上手く行くはずがない」ということと「たとえやっても船を沈没せしめかねない」ということである。私が5年かけて「学校を変えた」。このことは神社界全ての人が認めて頂いている。
・ 私が唯一心配していることは変えた学校が「元のもくあみ」になってしまうことである。確かに教職員団体に属する教員は殆ど居なくなり、過激な言動を繰り返す教員も今では居ない。落ち着いた学校になった。
・ しかし経営の舵取りによってはこのようなことは直ぐに復活するものである。こうなってはならないと言う強い思いだけがますます募る。折角苦労して改革を進め、新校舎まで作り、人も建物も変えたのに「あっ」という間に「先祖がえり」して貰っては困るのである。
・ この5年間、継続して共に戦ってきた神社界の同志で理事長候補者は現理事者の中で3名いる。一人は大阪天満宮宮司で名誉理事長の寺井先生だ。しかし寺井先生は私より15歳も年が上で又東京の神社本庁常務理事の重職でもあり、「後をお願いします」と言うわけには行かないし、ご本人もその気はさらさらないと常々おっしゃっている。
・ 次は理事長職務代理の道明寺天満宮宮司である南坊城先生であるがこの先生も私より三つ年上で私があと5年理事長をやったとしたら73歳になってしまう。私としてはこの方に次をお願いしたいのだがご本人は強く敬遠されている。
・ 3人目の同志は茨木神社の宮司さんで改革着手以来共に戦ってきた同志であるし私より4歳年下であるから格好の人材である。処がこの方も敬遠されているというより逃げ回っている感じだ。3人とも人格高潔で素晴しい人々であり、私は尊敬している。
・ しかし現役の宮司さんが理事長と言うのは実は大変なのである。宮司と言うのは実は大変なお忙しいお仕事で社頭の維持保存は当然であり、何しろ「祭祀」を司る仕事と言うのは傍で見ていても神経の使う仕事であって、当然学校業務より優先される事態というのは有り得る。
・ 結局私の強い願望である理事長職を神社界に大政奉還するには「兼務理事長」というスタイルにならざるを得ないのである。即ち神社の宮司さんを務められながら本学院の理事長に就任するのである。
・ これだと私のように朝6時40分には学校に来ているということは出来ないし1年と通じて学校への出勤率が99%ということは無理である。神社の朝のお勤め、例祭など身動きが取れないからである。
・ しかしこのスタイルが全く無いと言うことではない。結構の数で理事長職が他の仕事との兼務職であるという例は多い。しかしだ。私が知る限りにおいてこのような私立学校は経営が順調とは言い難い。学校名を直ぐ挙げることは出来るが止めておこう。対組合のとの関係、暴走する学校管理職との関係など問題は多い。
・ 実はこの点こそ私が思い悩むことなのである。「時々学校に来る」というより「学校に顔を見せる」ということでは責任ある仕事は出来ない。しかし本校のように実質神社界の学校と言うことであればこのスタイルを受け入れざるを得ないのである。
・ そういう観点から私が今思い描いている構図は「卓越した技量のある校長」を招聘するか育成するしか方法は無いのである。この校長と神社界からの理事長とが「一糸乱れぬ結束」で学校を仕切ってくれれば理想的である。
・ しかし言うは易くであってことはそう簡単ではない。時々来る理事長と経営権のない校長がタッグを組んで果たして上手く行くものであろうか。実は本校ではこの形が過去に大きな病理と疲弊をもたらしてきたからである。
・ 今いる教職員がこのことを一番知っているのではないか。教職員にとって現在は私が居るから、幾ら厳しくとも安心して黙ってついて来てくれている。しかし私が居なくなった後の体制は「彼らにとっても人事(ひとごと)ではない話」なのである。
・ それらを思えば私は「見事なバトンタッチ」を教職員の為にもやらねばならないのであり、頭を悩ますのである。内外から校長候補者を早く指名し、私の手で徹底的に鍛えていかねばならない。新校舎建設と同時に私がやらねばならない最重要な仕事かも知れない。素晴しい校長後継者を作ることは私の責務である。