2011年8月23日火曜日

23年8月23日(火)クラブハウス工事竣工











 ・ 「短かった夏休み」と言えば何か短編小説のタイトルみたいな感じがするが、本当にそのような雰囲気だ。遂に8月最終の週となり、昨日から授業である。昨年までは高校3年生だけであったが今年から1年、2年も加えて同時の授業開始である。勿論正式な授業であり、特別講習等ではない。
・ 昨日はまず1限目を使って生徒には夏休み中の出来事や2学期の注意事項などを教務部長,生徒生活指導部長が話をしてその後校長から講話となる。私はクラブ部室の工事が今日で終わり31日の始業式には部室のキーを渡すと話した。

・ 今日は朝から「京都の表千家」に赴き10月29日に予定している武道館お茶室「洗心亭」の席開きのご指導に正式にお願いした。「学校茶道」という言葉があり、浪速高校の茶道部は正式に表千家の同門会に登録されている。

・ 私は29日には何方か「宗匠の派遣」と大阪同門会のご支援をお願いしたのである。京都の表千家会館は京の独特の蒸し暑さの中にあったが静寂に包まれており、「夏茶わんで一服」頂いた。大変に美味であった。出張の目的は達しとんぼ返りで京阪電車に乗り枚方市で途中下車して他の所用を済ませた。


・ 昨日は関西大学から法人幹部が2名来校されこの打ち合わせも順調であった。私は理事長職務代理にも同席をお願いしたのだが何と関大幹部のお一人の兄上は道明寺天満宮で結婚式をあげられ、大変職務代理とご懇意ということでまさしく「世間は狭い」ということを実感した。私は同席していただいて大変良かったと喜んだのである。

・ この関大との話し合いの重要情報を大阪天満宮の宮司に入れるべく私は京都に向かう途中で何度も試みるのだが連絡が付かないのだ。どうしても今日早く入れなければならない事情があった。

・ 宮司は携帯電話を持たない主義なので秘書を通じて連絡を取るのだが生憎秘書も不在で、大変困った。大体昔からここに勤務している女性の勤務員の方々は「ただいま席を外しております」としか言わないからこれでは全く役に立たない。

・ そうこうしていたらようやく宮司から電話があり間に合ったのである。これでようやく一安心となった。電話の応対は難しい。トップの存在場所は機密事項の属するが私など身近な人間には当てはまらない。外部から電話を受けた本人はそのへんの心得を知らねばならない。


・ さて今朝京都に出かける前に武道館から今回竣工したクラブハウスまでの工事請負会社である南海辰村建設さんの社長さん以下幹部の方が竣工のご挨拶に見えられた。私が朝は早いことを知っておられ大体8時前後に見えられるのだ。

・ このクラブ部室の工事に入ったのは3月13日の浪速武道館の竣工以降だから、結構早い進捗の工事であった。しかし「素晴らしい出来栄え」である。多くの外部の人々が感嘆されるくらいだ。私自身も少し「贅沢」だったかなと思わないでもないがやれる時にやっておいた方が良い。

・ 南海辰村建設さんには素晴らしいお仕事をして頂いた。例の骨董鑑定家の中島さんではないが「良い仕事してますねー」だ。浪速武道館、クラブ部室工事と3年間お付き合いしたが真面目な誠実な会社だということが良く分かった。

・ 今日から備品などを入れ始め30日は「清祓祭」を行う。これは内輪の行事として神道科の教諭の手でやってもらう積りである。そして31日に始業式となる。始業式は始めて完成した「遊学の広場」を前にして行う積りである。

・ カフェテラスも最高だ。これで生徒の昼食等は最高の環境で摂れるだろう。これに伴い室内には自販機を入れた。パンの販売機もある。また室外にも3台の自販機を設置した。武道館傍だからクラブの生徒にも助かる筈である。

・ 目玉は「さざれ石」の設置である。大と中の大きさだが高校と中学、男生徒と女生徒を示し「苔のむす」まで末永く発展して欲しいという願いからである。全国の高校で「さざれ石」を校内においている学校は多くはあるまい。

・ 私は精魂込めてさざれ石の字を書いた。しかし見事に彫ってくれたものだ。ここには30日の四方払えの日に「しめなわ」が巻かれる。学院神社に継ぐ「神聖な場所」である。注連縄の作成は道明寺天満宮にお願いした。

・ 私は昨日の最終確認巡視の後で会議室にメンバーを呼び慰労の言葉を口にした。良くぞ今まで「施主の要望」に応えてくれたと思う。彼らからも「理事長と組んで仕事が出来て大変勉強になった」と言って頂いたことが嬉しかった。

・ これでお別れである。昨夜はささやかながら席を移して主だったメンバーに慰労申し上げ一献差し上げたいとのかねてからの私の気持ちを具体化した。食事はイタリアンとして私にしては目面しく食後の2次会を実施した。本当に目面しいことである。

・ 当然カラオケと成るのだが皆さんも「ほっと」したのか早速マイクを取って「陶酔状態」に入っていかれた。しかしゼネコンさんの唄はというよりこの会社の社員さんは唄は決して上手いとは言えない有様であった。
・ ご自覚されているのだろうか。いや恐らくされてはいないと思う。そうでなかったらあれほど次々と唄われないのではないか。微妙に音程が狂うし第一選曲が良くない。大阪の人間の癖に東京賛歌の唄やインドのガンダーラ賛歌とか最近では余り聞かない歌手の唄ばかりであった。

・ まあ気分良く歌われていたので私はニコニコして聞いていたがゼネコン会社の人々は皆さん、このようなものかと不思議だったのである。鉄鋼会社では歌の下手な人間は出世するととされたものだったから、彼らには是非出世して欲しい。

・ 今朝この会社の社長が見えたれた時に「社員の皆さん、どうして唄が上手くないのですか」と思わず聞いてしまった。これに対して社長さんは「こればかりは私に聞かれても・・」とお答えになられた。それはそうである。アホな質問をしてしまったと反省した。
・ 考えてみれば本校の教職員の唄など今まで5年間聞いたことが無かった。これは問題だ。「木村の部下で唄の下手は困る。どうなのかチェックしなければ」と私は思うようになったのである。本校の教職員で誰が最も「歌い手」なのか大変に興味が湧いてきた。
・ 自慢ではないが私は上手いと自負している(?)。その理由は毎日訓練しているからだ。毎朝本物を聞きながら耳を鍛えているからである。レパートリーは演歌であるが美空ひばり、都はるみ、天道よしみ、小林幸子、中村美津子、ちあきなおみ、キムヨンジャ、田端義男、谷村新司、北島三郎、五木ひろし、石原裕次郎、森進一、等々数え上げればきりが無い。懐メロ、「何でも来い」である。最も昨夜は歌わなかったが。