2010年12月24日金曜日

12月24日(金)校長の仕事納め

理事長・校長の仕事納めは今日であった。ゆっくりと部屋の整理というわけにも行かず次から次とご来客であった。年の最後ということもありこの日を狙って来られる人々も居られる。学校は講習等の生徒だけで深閑としているが業務のある教職員は勿論仕事である。入試広報室などは次から次と塾の先生方のご来校で忙しく走り回っていた。
本校は正規には27日が最終日であるが校長は副校長に極力有給取得を教職員に勧めるよう指示されていた。ほぼ今日で本校の業務は終えたと言える。

旅行会社の方々  今年は3月と11月海外と年2回も修学旅行があっただけに大変だったと思うが見事に遣って頂いたのである
大手シャッター会社の大阪支店長さん、理事長がその昔民間会社務めていた時以来の関係でこのようにご挨拶に来られるのである。礼節を重んじる会社であるがこれなど真骨頂である。

神社界と関係深い物品販売会社のオーナー会長とそのご子息の社長さん。色々と面白い話で1時間以上も話が弾んだのである。

 
又本日は萩原民主党衆議院議員の秘書をされている堀川ゆうみさんが校長への表敬訪問に来校された。萩原代議士は浪速高校の卒業で又父君も又浪速OBで現在河内長野市の市会議員を務められている。縁は不思議なものでゆうみさんのお母さんは本校の職員である。このように本校とは縁深いお方でこの度来年4月の統一地方選で大阪府議会議員に最年少で立候補する決意を固められたとのこと。理事長は若者がこの国を変えていかねばならないと激励されたのである。


急遽理事長職務代理が学校の見えられ理事長に花瓶と抹茶茶碗をプレゼントされた。両方ともいわれのある素晴らしいものである。特にお茶碗は先ごろ亡くなられた表千家久田宗匠の手書きの文言の入った記念のお品である

昨夜の武道館正門付近のしつらえが気になっていた校長は連日現場で打ち合わせとなった。丁度冬休み期間を狙って武道館につながるプロムナードの工事が開始されたところである。遂に正門の門塀が遂に設置された。雰囲気のあるアーチ型の門塀はこの武道館を一層引き立てるのではないか。




2010年12月23日木曜日

12月23日(木)京都に行く

思い立って朝早くから京都に行った。伏見稲荷神社と霊山護国神社に参拝してきたのである。尊崇している伏見稲荷は今年大いなるご加護を戴いたお礼である。東山にある霊山護国神社はご存知のように維新で倒れた坂本龍馬、中岡慎太郎、高杉晋作、木戸考允などが祀られている。明治元年の一年前に明治天皇のお力で創建された招魂社である。
伏見稲荷能舞台
その後お茶の聖地とも言うべき大徳寺に参拝した。利休がその像を山門に置いたといって秀吉から勘気を蒙り切腹を命じられたあの大徳寺山門である。その後有名な「鉄鉢料理」を有名な料理屋さんで戴いた。今年1年頑張った自分へのご褒美にしてはそれほど豪華版ではなかった。


その後西陣に回って武道館お茶室開きに着る着物の物色に織元を訪ねたのである。七代菱屋菊衛門さんは大変立派な織元でギャラリーまで作って着物の歴史を外部に開放されている。このお方とお話しすると面白いのである。
このように大阪を本拠にして時々京都、奈良を探索するのが今や唯一のストレス発散になっている。今日は車がなくて電車で行ったのだが、演歌をイヤフォンで聴きながら電車で行くのも悪くはないと思った。


2010年12月22日水曜日

12月22日(水)2学期終業式

2学期の終業式の日であった。今日は午前中2こまの授業をしてその後に終業式とした。これで良い。本校は私学である。少しでも授業のこま数を稼がねばいけない。公立とは根本的に違い、他の私学との差別化の為に、単に式だけして生徒を帰すなどは20世紀の学校スタイルではないか。校長の本心は午前中4こまの授業をしても良いと思っているくらいだ。ただ成績不振者の講習などがあるから2こまで良い。徐々にあるべき姿に近づけていく必要がある。

さて学校年度としては来年3月末まであるが日本文化はやはり1年の締めくくりは12月である。年が改まり干支はウサギに変わる。来年もぴょんぴょん跳ねる元気ある年としたいものだ。今日は「冬至」でありこの意味も含めて校長はあいさつをした。そして生徒全員にとって来年も良い年であることを学院神社の大神にお願いしたと話されたのである。

居並ぶ全校生徒1991名


校長講話

表彰伝達
 本年最後の武道館建設状況視察を行った。徐々に完成イメージが容易に察せられる状況になってきている。校長は年が明けたら毎日打ち合わせする旨言っておられた。最後の造作仕事が出来上がりを決めるだけに今後が重要である。
牢獄、監獄、トーチカ、赤軍派のアジトを作っているのではない。開放的で明るい緑に囲まれた武道館でなければならない。今日も正門付近の状況を観察して、理事長の指摘は以上のようなものであった。わざと鉄条網で取り囲み、見えなくなるように高さ3.5メートルの塀を付けると言っていたゼネコンに駄目出しをされたのである。又和室付近ではこの部屋を誰が使うか、考えよ、1年に一回来るか、来ないかのような人の為に作っているのではない。毎日使う生徒の為に如何にあるべきか考えよとも指摘されました。



又本日は年末最後の職員会議の日であった。理事長は12月10日に行われた理事会の資料を使って経営状況や課題を報告された。そして最後に今年1年の教職員の頑張りに対して最大級の賛辞を送り諸先生がたにとって来年も健康で良いお年になるよう祈願され年末最後の職員会議は終了したのである。

2010年12月21日火曜日

12月21日(火)高校耐寒訓練トレッキングルート決定

昨日の校務運営委員会で正式に高校生徒の耐寒行事が決定した。昨年は生駒山踏破であったが若干距離的には不満が残るものであった。それを今年は大幅に塗り替えるような本格的なトレッキングコースとなったのである。既に体育科の担当の先生がルートを実際に歩いて確認してくれたという。ルートは奈良県「山の辺の道」である。時期は年明け2月17日(木)距離は16キロ、平均6時間はかかる本格的なコースである。同日開催で中学校は金剛山っ登山となる。
「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山籠もれる 大和し うるわし」と倭建命(やまとたけるのみこと)が詠った青垣山の山すそを三輪神社から天理の石上神宮までの日本最古の古道である。ここには日本という国の原風景が広がっている。校長はこの9月に一人で踏破し、是非この古道を生徒たちに歩かせたいと思っていたのである。ここには古事記の世界があるのである。本校は神社神道を建学の精神に持つ学校である。この地が本校の原点でもあるのである。

古事記・日本書記にあるように日本最古の神社、ただし三輪山全体を神体山として原初の形態を持つ三輪神社を出発する。桜井市にあるこの神社は本当に素晴らしい。大好きな信仰対象である。


三輪山から奈良盆地を望む。香具山他を眺望する 


邪馬台国卑弥呼の墓とも言われる箸墓古墳を抜けて1000個はあるという古墳群を抜けて道は続きます。

穴師兵主神社参道の脇に日本最古の相撲場があります。野見宿禰が当麻蹴速と対戦して勝ったといわれる場所です。近くには巻向遺跡もあります。

終点は武門の棟梁であった物部氏の氏神として知られている石上神宮です。1500人の高校生をバスで連れてきてバスで学校に戻るという大きな実験的試みとなりますが校長は是非この山の辺の道を歩くことで何かを掴んで欲しいと考えています。高校、中学と教員が2班に分かれての対応となりますが是非成功させたいと念願しているのです。 

2010年12月20日月曜日

12月20日(月)本年最後の週

いよいよ本年最後の週が始まった。校長は関西大学に年末のご挨拶に出かけた。当然の事ながら単なる挨拶だけでは済まさないところが校長である。第2回ベネッセの外部模試の成績が出て本校の中学1年生関大コースの生徒は府下私立中学校の中で上位に位置するところまで伸びている。校長はそれを分かり易く表にして関西大学トップに説明すべく赴いたのでもある。
午後、今年最後の校務運営委員会があった。校長は今年1年を振り返り、成果と課題を総括し来年度の大きな新しい企画などについて方針を述べたのである。そして学校という職場で校務運営委員会のメンバーの責務が極めて大きいということを力説され今年1年の素晴らしい働きについて謝意が表され「年末年始、短い間だがゆっくり静養され良いお年をお迎えください」と締められたのである。


 校務運営委員会の後、国体に出場することが決まった生徒とその保護者が校長に挨拶に見えられた。スケート部を創部してまだ1年でこのような快挙を成し遂げてくれた生徒に対して校長は金一封を渡され祝われたのである。何とこの選手、大阪代表団の「旗手」を務めることにもなった。校長は正門に大きな垂れ幕を出してPRしているのである。校長は浪速高校の名前の入ったジャージーも高島屋で特別あつらえするように顧問の先生に指示していた

向かって右から二人目がお母さん、右はスケート部の顧問で本校の教頭先生

2010年12月19日日曜日

12月19日(日)ゆったりとした日曜日

昨日は第5回中学校入試説明会であった。多くの保護者に参加していただき5回目となっても大きな関心を本校にお寄せ戴いているのだから有難い限りである。校長は一生懸命に本校のPRをした。又今回は冒頭中学校の吹奏楽部が歓迎の演奏をしてくれて大いに盛り上がったのである。「共学にして4年間でここまでの吹奏楽部になった」と続いた校長挨拶の冒頭の話に繋がったのである。
これで春以来続いてきた高校、中学の入試説明会は終了した。年が明ければ具体的な数値となって現れてくる。まだまだ気が抜けない。特に昨年に対して2400人程度の公立中学校の卒業生が減少する少子化だから情勢は厳しいのである。




又本日は予定が何もないので校長は多聞尚学館に行き3泊4日の高校3年生のセンター対策の特別講座の激励をした。丁度英語のリスニング特訓の真っ最中で教室にはぴんとした空気が張り詰めていたのである。校長は大いに満足した。成績を張り出しているトップの男子生徒は現役で京都大学を目指している。

時間に余裕のあった校長は講義中の先生を除いて3人の先生としばらく懇談したのである。仕事とは「成果があって初めて仕事と言えるのであって、成果のないものは単なる作業に過ぎない。多聞特訓はツールの一つでここに来ることが目的ではなく生徒の力をつけてやることが目的である。勘違いしてはならない。50才台前後にもなれば最早、朝来て夜帰るというような単純な農耕的作業では評価には繋がらないだろう。成果を見せ付けて初めてプロの仕事師である。教師はプロの仕事師でなければならない。特に私学は教師が売りであり、売れないような教師では私学の教師とは言えない。「学校のブランド力とは実は教師のブランド力なのである。」 
向かって右が理数科兼Ⅰ類長で数学の達人教師
向かって左側が進路指導部長で国語の達人教師
下の写真の先生は英語の先生、TOEICが900点を軽く超えている若き英語の達人教師 
校長が専任教諭に採用した先生の1人である。

2010年12月18日土曜日

12月18日(土)雅楽部が香芝市より招待演奏

香芝市主催の第10回「冬彩」という町興し的な催しものに本校の雅楽部が招待されて本日演奏会があった。市役所横にある今池親水公園というところにある屋外特設会場おいて桑名正博スペシャルライブと同等のポジションで出演するのだからもう本校の雅楽部も一流である。校長は出演した13名の生徒を激励する為に赴いたのである。

学校を出発。校長は出陣前の生徒を激励。


控え室を2部屋も貰って着替えに入る。この雅楽の正式装束は安くないが少しずつ生徒分を揃えて来ている。これを着るといやがおうにも雰囲気が出るのである。



特設ステージの脇にて出番を待つ。テレビ局の有名なアナウンサーが司会。

夜空には花火が舞う。特に冬の夜空にも花火は悪くはない。夏よりも何か美しく見える。


実にもって見事な演奏であった。客席からも今日の雅な雰囲気に酔った感じが伝わってきたのである。特別クラブに指定して4年目、お金も使ったがよくもここまで来たものだと思ったのである先には千早赤阪村の棚田祭りでの演奏会と雅楽部は外部演奏会が増えてきた。認知され始めてきた証明だろう。今後とも更に実力を挙げて頑張って欲しい。