2010年12月5日日曜日

12月4日(土)京都洛北 岩倉具視幽棲旧宅と対岳文庫

夕刻、京都洛北というか北の外れ、左京区において慶事があり、久しぶりに京都に来たが少し早く着き過ぎたので会場となるホテルから車で10分位のところにあるという幕末の元勲岩倉具視卿が隠棲した旧居というのを校長は訪ねたのである。まず有名な岩倉実相院門跡を訪問した。あたり一体は岩倉という地名である。誠にもって紅葉の美しいところで庭の紅葉が廊下や部屋の板敷きに反射して映る「床もみじ」というのが殊の外印象的であった。

実相院の後歩いて5分くらいのところに幕末の元勲岩倉具視の旧宅があった。岩倉38歳から慶應3年までこの地で5年間隠棲したのである。幕末動乱期公武合体の尽力した岩倉は急進派によって洛中から追い払われこの地に幽棲せざるをえなかったのである


岩倉日記には「実に住居なし難し、とにかく落涙の外なし」とあるように実にもって小さな家で6畳4.5畳、3畳の3間しかなかったがしかしここには大久保利通、中岡慎太郎、坂本龍馬などが訪ねてきている。旧宅は現在補修されていた。


すごいのは岩倉具視文庫であり長女が対岳文庫と名づけて多くの資料が残されておりこれは圧巻であった。教科書に出てくる写真などが保存されている。岩倉と言えば「悪相」で有名であるが其の顔付にはしっかりとした信念が感じられ、5年の幽閉でも来る時を待ち明治維新を成し遂げた実力に校長は惹かれるのである





岩倉使節団:大久保利通、伊藤博文、桂小五郎外

中岡慎太郎の岩倉宛手紙、龍馬と共に暗殺される1年前