・ 武道館の最終完成にむけて最後の詰めの仕事がある。それは正面玄関入ったところの「設え(しつらえ)」をどうするかである。どの家でも玄関は重要な場所である。ましてこのような「複合武道館という教育設備」だけに十分な「意匠性」を高めなければ「建物全体が死んでしまう」との幾分強い私の思い込みがある。
・ この建物は武道館だから真正面に私が精魂込めて「武の一字」を書いたものを南堀江の大阪欄間伝統工芸士の先生にお願いして白木に彫って貰ったことはこのブログでも何回も紹介した。意匠で大切なことはこれを飾る周辺のしつらえなのである。
・ この建物は武道館だから真正面に私が精魂込めて「武の一字」を書いたものを南堀江の大阪欄間伝統工芸士の先生にお願いして白木に彫って貰ったことはこのブログでも何回も紹介した。意匠で大切なことはこれを飾る周辺のしつらえなのである。
・ 又そこに置きたい「花入れ」も必要である。「武と花は極めて密接な関係」があるとは私の哲学でもある。又和室「洗心亭」のお茶室の床に置く花入れも必要である。これらはそんじょそこらの物では武道館を体しないから気を使っているのである。
・ 私は数ヶ月前からこれらを探していたがようやく気に入ったものを見つけた。ウォーキングの途中でふとあるギャラリーの窓越に見えた作品に惹かれて中に入り、この作家の作った作品の持つ「力強さと品の良さ」に一挙に引き込まれたのである。私はこれだと直感したのである。「浪速武道館の花入れ」はこれでなければならないと。
・ この陶芸家の父君は元内閣総理大臣細川護熙氏の焼き物師匠として有名なあの辻村史朗氏である。父に師事して2000年に独立し桜井市の山中に開釜した新進気鋭の若きサラブレッドのような陶芸家である。名前を塊(かい)さんという。
・ 私の指示を受け担当は相当探した後にようやく窯元を探し出したというので早速桜井市まで行った。広大な山中の敷地に若い夫婦二人が必死になって頑張っている姿に私は感動したのである。女子美出身で日本画を専門とされる奥様が又美しい。
・ 無造作にあちこちに投げている作品群の中から、私はこの若い陶芸家辻村塊氏と一緒になって求む2点を探し出したのである。いずれも展覧会などに出品したことのある逸品であった。
・ 抱え込むようにして持ち帰った作品が武道館を一段と輝かすことになろう。満足である。これは私の個人の買い物として武道館に寄贈する。何時かは消えていなくなる私であるが未来永劫浪速武道館がある限り私に代わって一隅で存在感を持って輝いてくれるだろう。
・ 本日は明日の卒業式の予行があった。久しぶりに高校3年生が登校してきた。素晴らしい卒業式にすべく教職員が会場設営してくれてほぼ準備は出来た。何しろ598名だから大変なのである。
・ 一昨年前までは本校では卒業生の名前は最初と最後だけにして「以上何名」と簡略化していたがこの方式はすこぶる保護者の評判が悪かった。生徒の方は「そんなことはどっちゃでもええわ」という感じだったが保護者が収まらなかったのである。
・ 底冷えする体育館に長く生徒を居らす訳には行かないとの考えであったが、遂に昨年から私は全卒業生の名前を読み上げることとした。結果としてそれは大いなる感動を持って迎えられたのである。もう止めるということは出来ない。
・ ところが昨年は443名の数だったが今年は598名の大人数で実に154名も多いのである。これを全員読み上げていたら時間は相当かかるがそれでもやらねばならない。しかし時間の制限もある。
・ まず長いと言われている私の「式辞」を短くし、PTA会長や同窓会長の「祝辞」も「短く、短く」とお願いしたのである。又生徒一人ひとりの名前を読み上げた時に「ハイ」といって起立するのだがこれが案外時間を使っているので今日の予行では生徒は「スクッ」と起立するだけにしたいと学年主任が言っていた。
・ 又担任が自クラスの生徒分を読み上げるのだが担任によって相当差があることが分かって「間を置かない」ように本日も練習していたのである。何とか厳粛にして立派な生徒の前途を祝福する卒業式にしてやりたいと思っている。
・ 管理職朝会で高校教頭が4名の女性教員がすべて着物姿(袴姿)だと聞いて私はとても嬉しくなったのである。全く強制などしていないし出来る話ではない。しかし先生方は自ら和風に身をやつして生徒の前途を飾ってやりたいと言ってくれたのである。
・ 私は当初は「モーニング」と決めていたがこれなら私も「黒紋付」にせざるをえないかなと思い始めたのである。私は意識して着物を着るようにしているがそれは神社神道の学校の校長としての自らへの覚悟と決意なのである。
・ 「古いものを大切にせよ」「日本文化を大切にして欲しい」そのような思いの全てを私は洋服姿ではなくて和服姿に時々変装して思いを自ら実践しているのである。まさに政治も経済も教育の世界も改革、変革の嵐にあるが、そういう時代だけに原点を忘れてはならないという自戒から私は意識して着物を着ているのである。
・ ニュージーランドのクライストチャーチにおける大地震の被害状況が明らかになるにつれ、私は複雑な思いが交錯する。あの語学学校の建物の倒壊の様相は余りにも悲惨である。今はただ一刻も早い被害者の救出を祈念するばかりである。
・ 本校は昨年12月、今からたった2ヶ月前にニュージーランドのハミルトン市に32名もの生徒を語学研修と国際理解の目的で送った。再開した海外語学研修の最初の場所にこのニュージーランドを選択したのである。
・ 私はこの大地震のニュースを聞き日々事態が明らかになるにつれて今年12月に計画している2回目のニュージーランド語学研修をどうすべきか考慮していたが今朝正式に結論を出した。今年の語学研修はニュージーランドではなくて別の国を早速件検討するように指示したのである。
・ しばらくはニュージーランドでも今回の地震被害の跡を引きずるであろうし、わざわざそういう場所に大切な生徒を送り出すわけには行かないと考えたのである。数年して再開は有り得るだろうが当面はアメリカやカナダを対象に行き先を考えることとしたのである。