・我々が直面する一刻一刻の時間を我が命と捉え、それを力一杯充実せしめることによって自分の人生の中に生きる価値を見出すという考えこそが神社神道の教えであり本校教育の骨子なのです。
・将来に夢を描いてそこに空想するだけではいけません。「今この時を大切に生きる」ことが結局は最も効果ある後悔のない生き方だと教えてきました。一生懸命に生きると言うことは「努力する」「耐える」ということです。「耐え忍び努力をする」と言うことです。
・人生は順風満帆ではありません。多くの試練が待っているでしょう。これからの皆さんは高校という狭い世界から大学へ、そしてその後は社会ということになります。これらは「広くて複雑」な社会です。実に様々な現象が皆さんの周辺に起きてきます。
・人生は順風満帆ではありません。多くの試練が待っているでしょう。これからの皆さんは高校という狭い世界から大学へ、そしてその後は社会ということになります。これらは「広くて複雑」な社会です。実に様々な現象が皆さんの周辺に起きてきます。
・「自己実現のために切磋琢磨を余儀なくされる社会」と言っても良いでしょう。そこに求められるものは「努力」です。この「目標、希望、志望に対する本人の我慢と努力こそが大切」なものでここに「人間の価値」があるのだと思います。
・自由だ、権利だと叫んでみても世の中は変わらない。「人間として薫り高い尊敬に値する人間」は「失敗をしても七転び八起きで涙ぐましい努力で自分の人生を切り開いた」人であります。「不幸、不運を他人のせいにしても解決にはなりません」。どうか「夢を志に進化」させて「志」実現に向かって「諦めず努力する」ことを忘れないで下さい。一度や二度の失敗でくじけずに「自分は負けないという気概」と「へこたれないという決意」が必要なのです。
・そのために私は昨年10月14日にこの場所で行われた校長講話の席で「堅忍不抜」という言葉を持ち出しその意味するところを皆さんに伝えました。失敗したり競争に負けたりした時にはこの言葉を思い出してください。絶対に来る次の機会までじっと我慢し努力をして実力を磨きながらじっと耐え忍んで待つのです。・そのためには「強い心」を持っていなければいけません。「意思」です。不抜とは固くて抜けない精神です。落ち込んでも回復する精神力を持っていなければなりません。「堅忍不抜」とはこの気持ちのことです。
・自分の人生にとって「何が良くて、何が悪かったのかなど、死ぬ時になってみないと誰にも分からない。ただ自分にとっての真実、それはその時、その時を精一杯に生きることしかありません。(後は略)
・ 以上のように今日は話を絞って「パンチ」あるように話にした積りであったが果たして生徒に届いたであろうか。PTA会長も同窓会長も短いスピーチであったが大変良かった。従って今日は時間の長さなど全く気にならない卒業式となったのである。
・ 服装のほうは結局4人の女性教諭が着物にしてくれるというので私も黒羽二重紋付にしたのである。女性教師が着物姿で登場すると元々インテリジェンスだけに一段と雰囲気が盛り上がるのである。やはり日本女性には着物が良く似合う。
・ それにしても良い天気に恵まれて良かった。生徒が600名、その保護者が600名としても1200名だからほぼ体育館は満杯状態でその熱気もあってまったく寒くないのである。雅楽部や吹奏楽部の演奏場所に困るくらいであった。
・ まず「神前奉告」は何時ものように生徒の打つ「大太鼓」を合図に始まった。これを「鼓報」という。静けさの中に太鼓の音が鳴り響いて場に神妙なものが出来上がるのである。私はこの音が大好きで何時も生徒には「長く打て、長く打て」と言っている。いやがおうにも厳粛な雰囲気を醸し出すのである。
・ 卒業生と学年団やご来賓には「カーネーション一輪」が配られる。どこの花屋さんかしらないがこの日600本を超えてカーネーションの花を手配したのである。これは何時頃から始めたものかは知らないが恐らく「親への感謝」の気持ちを表すものと考えている。これは本当に浪速の卒業式の特徴である。
・ とにかく私はこの学年には特別な思い入れがあった。平成19年に校長に就任し、本格的に学校改革に取り組み丁度1年経った入学生がこの学年であった。600名を超える数となり大きな手ごたえを感じたのである。
・ 浪速改革とは実はこの20年度入学生とともに進捗したのである。経営的にも大きな貢献をしてくれた。残念だったのは本校最初の海外修学旅行はこの学年と決めていたのだが「新型インフルエンザ」で流れたのは可哀想であった。でも国内に切り替えて何とか3月に出来たのは救いであった。
・ 今日のハイライトは598名の生徒の名前を読み上げたことだが一人ひとり聞きながら私は感無量になった。昨日の段階では時間短縮で「ハイッ」の返事は省略することとしていたが朝の時点でやはり「返事があった方が良い」と学年主任の考えが変わってきた。私もその通りだと思う。保護者は自分の子どもの名前が呼ばれ「ハイッ」と元気よく立ち上がる様子に感動したのではないだろうか。
・ 全て終わった後で理事長室に帰ってこられたご来賓の方々は「興奮気味」で「感動した、素晴らしい式であった」と言って頂いたが、嬉しかったのは「時間が長いとは感じなかった」と言って頂いたことである。
・ 多くの保護者に参列していただいた。これらの保護者が最大の浪速の応援団になってくれる方々なのである。中学の後輩やご近所、親戚などに「浪速にし、浪速ええデー」と言っていただいたら何万倍の効果がある。最高の広報なのである。
・ 式終了後PTAからご寄付の目録贈呈そして学年委員長さんから感謝状贈呈、全担任の先生に花束の贈呈があって全てが終了したのである。私は中庭で多くの生徒と保護者との記念撮影に応えなければならない。
・ 保護者の中には「もうこれで校長先生のお話が聞けなくなると思うと・・・」と言って涙ぐむ人も居たり、「予備校に通わせずに良い大学に行かせて頂きました」とか多くの感謝の言葉を頂いた。
・ 全ての終了は全教職員が職員室に揃って3学年の学年団への慰労がなされ、学年主任から挨拶がある。これで今日の公式行事は一段落する。時刻は13時丁度であった。3学年団は今宵難波にて「打ち上げ会」と聞いた。楽しい夕食会となるよう祈念したのである。