2011年1月25日火曜日

23年1月25日(火)職員力で学校は変わる!

・ 今、私は去年の5月に亡くなった事務室勤務のOさんを思い出している。昨年1月の終わり頃に「背中が痛くて夜も眠れない」と言っていたのに、どうして早く気づいて措置してやれなかったのか後悔で胸が痛む。2月に入院し5月には帰らぬ人となった。本当に優秀で明るく、素晴らしい女性事務職員であった。
・ このOさんは何時も「理事長先生のおかげで事務職員の地位が上がりました。このことがとても嬉しいです」と私に言ってくれていた。この言葉の背景にあるように学校というところは「教員至上主義」的なところがあって事務職員を一段下に見るようなところがある文化構造の職域である。

事務室窓口
・ 確かに学校というのは「教師が生徒に教えてなんぼの世界」であり、国家免許を有している「教員が主役」であることは間違いないが、さりとて事務職員が一枚下というのはおかしな話である。
・ この文化は公立学校になれば更に強いものがあったように私の経験で感じている。大体多くの事務長となる人々は府庁から出向してくるのであるが、ついつい彼らの視線は府庁本体から離れられず、分かり易く言えば「ノンキャリアや本庁の出世競争に負けた人が学校の事務長に天下ってくる」という嘘かまことか知らないが府立の校長から良く耳にしたものである。この辺にも教職にある者の驕りを感じる。

・ こういう態度は教員にすぐ見えるからますます事務職員の影は薄くなるのではないかと私は思ったものだった。私立において学校事務を統括する事務長がこのような態度では学校はつぶれる。それだけに私立における事務長、事務職員の質は極めて重要である。「単なる儀典長」みたいな事務長ではどうしようもないし、給与明細を配るだけの事務員では駄目である。
 ・ 「職員力で学校は変わる!」が今日のテーマだ。学校改革における事務職員の力は大きいし、そのように理事長や校長は「事務室を使いこなす」ことが重要である。事務職員に求められる資質とはまず「事務処理能力」が求められる。そのためには今日的にはITを使いこなさなければならない。そして「法令知識」が必要である。そのためには勉強しなければならない。勉強や資格を目指さないような事務職員は単なる事務員さんだ。

・ 「数値化して経営状況を分析」する必要がある。少なくとも学校会計基準が分かっていないようでは私学の事務は務まらない。その上で礼儀正しい明るい人が良い。電話応対、来客応対、保護者応対など全ての窓口であるから学校の第一印象に影響を与える。「身なり」も重要なファクターである。
・ 「事務職員の仕事とは一言で言えばお金を扱う」ことである。私は絶対に教員にお金は扱わせないように徹底している。昔は教員が腹巻をしてその中に現金を入れて京都のサマー合宿などに出かけたり、保護者からの講習費などの預かり金も直接管理していたが着任後直ちに改めた。教員がお金を直接扱ってはならない。
・ 特に学校法人経営事務と学校事務とは峻別して管理しなければ「ひっちゃかめっちゃか」になって学校全体がだらしなくなってしまう。私は朝一番に「法人朝会」を短時間行い収入支出、対外事項などを確認する。これに参加できるのは事務長以下法人事務の人間3人だけである。実印は私だけが携帯しているのである。

・ 第1限の授業が始まり校内が落ちついてくる9時に「学校管理職朝会」が始まる。副校長、高校、中学の教頭、入試広報担当教頭それに事務長であるがこのときの事務長は学校事務を取り仕切る立場からの出席であって、法人経営のスタッフとしての立場ではないのである。ここがポイントである。

・ 従来、事務長ならびに事務職員は給料伝票の計算やコピー用紙がなくなったとか、蛍光灯が暗いとかトイレットペーパーが切れているとかそのようなことばかりで毎日を過ごしておれば、教員につかる僕(しもべ)だけの立場で終わってしまうだろう。それでは元気がなくなる。


・ しかし事務職員だけが出来る「会計分析」という業務が「水戸黄門の印籠」みたいな力を有するのである。あのカラーコピーの使い方は異常である。先月水道代が例月を大幅にオーバーしたのは何故か。手元現金からすれば夏のボーナスは銀行融資に頼らずとも支払えますとか極めて重要な情報が辺り一面にあるのである。

・ それらの経営情報をタイムリーに経営者に上げて教員に説明することで教職と事務職の距離は近づくのである。そうすれば学校改革に弾みはつく。学校改革は教員だけでは不可能であり、事務の打ち出す情報で地についたものになるのだ。

・ 事務職員は「少数精鋭」であるべきである。仕事の出来ない中途半端な人がいるとそれは「助けにならなくて、逆に足手まとい」になるだけだからである。出来る人間が少数なら情報の回転は速い。「自分はそれを聞いていなかった」という文句をいう間抜けな人間もいなくなるからである。

・ 10年前の平成12年当時の職員数は派遣パートも含め13名程度であったが22年度では9名でやっている。事務職員一人当たりの生徒数は当時は114名から今日では221名とほぼ倍増しておりこの数値は府下の他の私立学校と比較してもほぼ倍の「生産性を誇っている」のである。生産性という言葉は学校文化にはなかったが私は導入した。


・ 3月末で現事務長が定年退職となるのですでに1年前から56歳の銀行マンを早期退職してもらって育成してきた。このように学校事務職員は計画的に人材育成することが重要である。本校では3代後の事務長まで人事計画に沿ってすでに手配が完了し現実に勤務してくれている。それくらい私は事務長の仕事は重要と考えているからである。

・ 現事務長は元は銀行マン、次の事務長も銀行マン、その次は子飼の人材、その後も銀行マンという具合である。もっともこれらはデッサンだけで実際そのようになるかは彼らの今後の努力次第である。今や事務室に勤務している職員は昔からいる人はたったの3人で3月末には2名になる。ゴロッと人が入れ替わっているのである。

・ 3番手が事務長になる頃は10年以上も先のことであるが今から育成しておくのは前述したようにこの職種の重要性を鑑みたからである。事務長が能天気で一部教員と結託し理事会の方針を無視して好き勝手したら学校はすぐ傾く。

 ・ 教員の仕事が円滑に行くように黒子の役割を果たしてやりながら一方では経営情報をカチッと掴んでおく。仕事が出来て人格誉高い事務長,俊敏な一騎当千の事務職員でなければ理事会や教員の信頼は得られない。

・ 加えて私は今派遣職員もどんどん直接契約に切り替えている。お金を扱っているだけに「直参旗本」が良いと考えたからである。その方が全体としてはコスト安にもなる。この4月からは事務室には派遣職員はいなくなるが、皆さん、大変喜んでくれてまあよく仕事をしてくれている。自分の職場だと思えばこそ責任感と充実感が派遣の時とは全然異なるのであろう。良いことをしたと思っている。これも亡くなったOさんに報いるものだ。