2011年10月19日水曜日

23年10月19日(水)「落合の眼力」





・ 今朝の朝刊各紙は「落合賛歌」と言っても良い感じの記事内容であった。何と読売など2面ぶち抜きでの扱いだからこれは異例ではないか。ライバル巨人軍の親新聞だから普通はそこまでしないと考えるのが一般的だろう。

・ 先にはプロ野球界のドンこと、渡辺読売新聞社主が「落合が阪神に行ったら強くなるだろう」とコメントしたとあったが、これは渡辺と言う「男の大きさとずるさ」を示す発言だと私は注目している。彼はやはり実力を評価する男だ。この発言は陰ながらの落合への応援である。最も落合に対して冷たい態度を取った今までの懺悔の気持ちも有るのだろうが。

・ 私の想像とおり落合もここに来て「復活」しそうな雰囲気だ。来年度になるかどうかは別として何処かの球団が放っては置かないだろう。真弓監督などとは比較にならない。落合が阪神に行けば面白くなる。

・ 手許に中日新聞はないから分からないが本家本元の地元新聞はどのような扱いか、大変興味がある。2年連続でセリーグの優勝を決めたこの名監督をシーズン途中に「首」にしたのだからそのセンスを厳しく私は指弾し落合の態度を激賞した。落合の名言「契約書通り、ただそれだけの話」は今でも思い出す。

・ 楽天の星野も全く精彩がない。鳴り物入りで入団し、ブービーに終わって今頃は首筋が寒いのではないか。まったくマスコミにも登場しなくなった。星野と言う男は何処へ行くにも側近をつれて行く。田淵など典型的だ。

・ 男は戦場へはたった一人で乗り込むのが正しい。側近をつれて行くと言うことはそれだけで勝負に負けている。間違いなくそれは自分を守る「盾」なのだ。いやらしい話しではないか。

・ これは学校にも当てはまることで、よく校長は自分が初めて赴任する学校に今まで付き合いのあった教員を連れて行きたがる。私は何回もこのような話を目にして耳にした。学校改革を進めるのに連れて行った、呼んだ教員を核にして進めるというのだが、それは盾でもあるのだ。もうこの時点で勝負に負けている。

・ 男は何時の時点でも単身で乗り込まなければならない。今は昔高倉健さん主演の唐獅子牡丹である。私も理事会から専務理事とか連れて行くように勧められたが断った。私一人で浪速に乗り込むと覚悟を示したのである。その代わり「梯子は外さないで欲しい」とそれだけが条件だった。今でも思い出す。

・ 毎日新聞などは「涙の花道」と書いていたが読売の見出しは「正念場の眼力 選手も脱帽」と書いていたがこの表現が素晴らしい。「眼力である。」眼力だ。ここが、落合の力有るところだ。「選手個人、試合の流れ、人事配置等々」を読む力である。

・ 眼力のないリーダーなどは混迷の中では役に立たない。エリート臭だけ振りまいて何も作戦が取れない連中が今やエリートと称する。少なくとも落合はエリートではないが、一軍を率いていく「大将」だということは良く分かった。今や「名将」である。

・ 自分のことをいうと恥ずかしいが本校でも私の眼力について時々管理職が言及してくれる。「見通し」というのか言った通りに事態が動いていくといってくれるのである。私は落合ほど眼力はないし根本的に落合と違うところは落合みたいに「寡黙」ではない。

・ 又落合は感情を表に出さないが私は徹底的に表に出す。そして自分の言葉と文章で徹底的に戦うなど好戦性は強い。その分私は落合にくらべて「脇が甘い」ところがあるのだと思う。しかし私は今更落合にはなれない。

・ その分私の人的ネットワークは広い。落合は実力勝負で高校以来過ごしてきた男であり筋金入りの叩き上げである。孤独に耐えてきた男だからこそ、口数は少なく自分の眼力だけを頼りに生きてきた勝負師である。すごい男だ。

・ しかし日本人はこの落合博光という男を嫌う。同じく寡黙で感情を表に出さない男でも高倉健さんは今や神様みたいな人だ。私など健さんの映画は100%観ているくらい大好きだ。健さんと落合の違いは何か?健さんも落合も私も「昭和の男」である。



・ 今朝の朝会で私は「土曜日だけでも自由服」にしたらどうだと水を向けた。実はこの考えは前から有しており、口に出したのも既に数回はある。私の考えは「制服はしっかりと守らせるが一日くらい自由服」にさせても良いのではないかということである。

・ 生徒に自由服と言うものを考えさせるのである。発端は昨日のPTA社会見学会で保護者から特に男子生徒のズボンを洗うタイミングがない」ということであった。休みの部活の時も通学は制服としているものだから確かに洗濯する時間が取れないと言うことがあるだろう。

・ それよりも生徒に自由服の制度導入で「自らのスタイルを考える」契機とならないかを問うているのだ。案の定二人の教頭は反対であった。入試広報の担当教頭は賛成の意見であった。私は生指や学年で議論するように指示したのである。

・ 「ガチンコ生指」を特色とする学校も悪くはないが週末の土曜日は自由服でも良いとしたら生徒は声を上げて喜ぶのではないか。生徒に媚を売ってするのではない。友人の自由服を見て、自らの服装について考えさせるのである。両教頭の意見は「生徒の幅が広いから指導が大変」だというのである。


・ もう一つ今朝の話である。副校長が他校の管理職から聞いた話でとして「グランドを人工芝にしたら生徒が増える」というのである。本校はどうする積りかと聞かれたという。これはもう前から私が言及している話でブログでも何回も書いてきた。

・ 私は新校舎よりも校庭の芝生化を急ぐべきだとも考えにこの半年前から思うようになっている。これは「学校の差別化」にも繋がると考えたからである。これが眼力である。今ようやく私立でも本格的にグランドの芝生化が表舞台に堂々と出てきたということではないか。

・ 私は住吉の本校のグランドを何時の時点で踏み切るか考慮中である。どちらかと言えば急ぎたいと思っている。新校舎は「一足制」とすることは既に決めており教室の床保護の為にも遅かれ早かれ人口芝生化は避けられないのである。然らばイッソ急いだらどうかというのが私の考えである。

・ 起点となったのは堺のサッカーコートを見たことだった。素晴らしかった。学校が美しく見えるし生徒の健康の為にも良いことは間違いない。砂埃を吸わせてはならない。しかし問題は予算だ。頭が痛い。


・ 今日から高校は中間試験が始まった。今日の試験終了後3年生は「卒業アルバム用に写真撮影」を行った。校長と担任とクラス全員である。生徒は大喜びであった。担任も校長の横でかしこまって写って、雰囲気がとにかく良かった。卒業アルバムで今までこのような写真は撮って来なかったというから驚きだ。

・ 私は今年年初から「卒業アルバムの改革」に取り組んでいるのだがその一環である。これも私の眼力の一つだ。今までの本校のアルバムを一新するものになるだろう。写真屋さんも大変喜んで呉れていた。写真らしい写真を撮れるのである。分かるような気がする。一々中味は書かないが従来とは一味も二味も異なるアルバムの完成が楽しみである。