・ 今日は「第二回高校入試説明会」であった。雨の心配があったが朝から上がっていた。11月、12月と説明会が連続してあるから受験者は「今日は雨だから次にしよう」となりかねない。従って我々は当日の天気にどうしても神経質になる。
・ 21年度から始めた大型モニターを使い開始前の短い時間を使っての事前広報をする。受験生と保護者が開始を待っている間に今回は「浪速武道館への道のり」のDVDを流した。このことも今では手馴れたものになってきた。
・ 当時180インチのモニター画面は高価であったが今年で3年目になる。この3年間の入学者数を見ると十分効果はあったと見ている。分かり易く言えば「元は取っている」のである。それよりも放映する材料が次々とあるのが嬉しい。
・ 今年は6月に第一回目の説明会を試験的に行ったが、これが中学校の中間試験とかち合って参加者は多くはなかった。従って今日が回数で言えば二回目なのであるが実質的には第一回目となる。
・ 何回の説明会を打つか、どのタイミングで予定するかは各私立高校にとって極めて重要である。ところが、大体偏差値レベルが近いような学校同士が同じ日にやれば生徒はまた裂き状態となってしまう。従って複数回の説明会を実施するのである。
・ 私学同士決して調整して日にち決定しているわけではないが、受験生からすれば困った話だが今はどうしようもない。各学校それぞれが単独で決めざるを得ない状況だ。進路指導をする公立中学校と塾が今日は何処何処に行きなさいとアドバイスしているのだろう。
・ また当日のプレゼンテーションもその学校独自に工夫しており、私は他校の説明会を見たことはないが、どうも本校のプレゼンが他校の関係者に知られているのではないかと思う現象が最近もあった。「スパイ」もどきの話であるが私は入試広報室には絶対に身分を偽って他校の説明会に参加するなどの「品のないこと」はしてはならないと厳命している。
・ 本日は保護者同伴で参加者が予想以上に多かったが第一回目に参加する生徒はどのような受験生たちであろうか。最初に説明会に参加すると言うことは「浪速専願決め打ち」なら嬉しい話しだが事はそう上手くはいかない。
・ 本校は11月19日、12月10日と合計3回実施するがやはり12月が「本番に近い感じ」となって参加者が多くなる。ここ最近右肩上がりで志願者が増えてきたが、今年の入試で私学比率が上がったがどうも今年は「公立回帰」の空気が微妙に漂っている。これが気になるポイントである。
・ 入試説明会は基本的に教職員総出での対応となる。電車の駅3箇所には「立ち番」がおり「道案内」を置いたりする「心配り」が結構人気の的になったりする。「私学」とはそういうところだ。この日に休むような教職員では私学の教職員として他の教職員に受け入れては貰えないのではないか。
・ 昨日から大阪府の橋下知事の辞職と市長戦出馬の話でマスコミは持ちきりであるが教育界への影響は一体どうなるのか、今日の私の話も冒頭はここから入っていった。個人的には教育基本条例などどうでも良い話だが新知事が「私学助成」をどのように考えるかが気になる。
・ 私学においてはとにかく「生徒数」は命運を決める数値である。もう絶対的に全てを決する数値が生徒数である。色々理屈を言っても生徒が来ない学校では空念仏となる。これ以上ない重要な数値は生徒数だ。経営が安定してこそ教育環境の整備も可能となる。
・ 生徒数で教員の数も決まる。生徒数で私学の助成金も決まる。生徒数で経費も決まる。生徒数でPTA予算も決まる。生徒数でエネルギーコストも決まる。何と言っても生徒数だ。私学においてこのことがなおざりになれたらその学校は終わりに向かうだろう。
・ この構図は民間企業の顧客対応と合いつながるものがある。民間企業は「お客様は神様」と言ってはばからない。顧客の為にはあらゆるサービスを怠らない。これが民間企業のフィロソフィーである。
・ 最近では医者の世界でも「患者様は神様」みたいな風潮が出てきた感じで大変結構である。ところが学校の教職員、教職員とは教員と職員のことだがこのことが分かっていない比率が依然として高いのが問題である。
・ 「気位」だけが高くて「生徒が命」と考えられない、一応口先ではそのように言っていても行動は全く正反対という教職員を時々見かける。こういう連中を見ると私は腹が立つのだ。「君の給料の原資は何処から出ているのか」と叫ぶのである。
・ 結局私は思う。「学校という社会の公器への畏敬の念が足りない」と言うことだ。単に学校は生活の糧を得る場所だと言われたらそういう教職員には転職して貰いたい。それはちょっと違うと思う。
・ 本校は私立学校であり長い年月の風雪の中で生き延びて来た学校である。しかし本校も一度は「地獄を見た」学校であるが、どの私学も過去血の出るような努力をして生徒に来てもらう努力をした学校はあるが、全ての学校が揺るがずしてきたとは一概には言えないのではないか。
・ 「カルテル」に守られ、生徒数がある程度潤沢に居た時代はそれほど生徒数に心配するようなことはなかった。何とかやっていけたのである。ところが下限を割って中学の卒業生が減少してくると、目に見えて生徒が来なくなったのである。
・ クラス編成がキープできなくなって顔色が変り始めてからでは遅いのであるが人間は悲しいもので「何とかなる」と楽観的に思うものだ。ところが何ともならなくなったのである。結局「集める学校と集められない学校」との境界が明確になってきたことだ。
・ この傾向は拍車がかかるから始末におえないのである。「アッ、あそこの学校は志願者が少ないからあそこへ行こう」とはならず、「誰も行きたがらない学校へは行きたくない」「あそこは多くの受験生が行くから私も行きたい」となるのである。逆スパイラル現象である。
・ こうなって慌てても遅い。教育界は極めて保守的である。急進的なことは疑ってかかる性向がある。これが公立のトップ校みたいに長い伝統と実績のあるところだと「文理科を作るぞ」となればスパイラル的に志願者が増えるのだ。
・ 本当に特色のない学校は難しい。特色と言っても日本全国教科内容にそれほど大きな差異はないわけで結局のところ「新しい価値観を生み出し、提供している学校が強い」学校だということだ。
・ 「それは家庭の役目だなどと嘯いていては私学の私学たる所以はない」。私学の私学たるところは「親に変って面倒を見ましょう」と言うことだと私は思っている。これがここ最近の私の哲学である。「親に代わって面倒を見てあげましょう」が本校のキャッチコピーである。
・ 私は新校舎完成の暁には「学校開放の時間を長くする」ことを決めている。朝は7時にはオープンし学校で朝食を摂れる様に体制をとる。夜は7時30分まで学校を開いておく。軽いスナック程度は食べられるようにする。
・ そのためにITを駆使した自習室を食堂周りに配備する積りだ。お父さん、お母さんにはしっかりと外で働いて貰って経済基盤をしっかりとして欲しいのだ。お父さん、お母さんに代わって学校が、先生が面倒見ましょうと言うのが本校のスタイルなのである。
・ 多聞尚学館などはその先駆的な学習施設なのである。学校が第二の家庭であると言ったら誤解を招きそうであるがこれからの私立はそうでなければ特色の違いはない。英語を教えクラブを教えている学校はどの学校もやっている学校だ。プラスアルファが求められるのである。
・私は最後に大阪には90校以上もの素晴しい私立高校がある。高校選択は極めて重要である。じっくりと他校も研究して選択されたい。どの学校がわが子に相応しいか、親の見得などではなくここで学ばせたいという高校を是非選択して欲しい。本校を選んで頂ければ面倒見の良い教職員集団で責任を持って預かりますと述べて冒頭の挨拶を締めたのである。