・ 昨日は10月の朝礼の日であった。校長講話の前に表彰伝達があったのだが、中でも圧巻は高校2年生の女生徒のIさんの英語スピーチであった。浪速中学からの内部進学生であるが英語力が素晴らしいのだ。
・ 彼女はこの度、斯界では大きな権威がある姫路独協大学が主催する第24回英語スピーチコンテストの決勝に進出する15名に選ばれた。関西地区英語使いの達人高校生100人以上の応募者から最後の15人に選ばれたのだからすごい。
・ 教員の考案で「朝礼の席で全校生徒の前でスピーチ」をして貰ったのだが私が驚くほどの力であった。中学生の頃から英語が好きで先般高校3年と2年の合同TOEIC試験では3年生を抜いて学校トップの得点であった。
・ 中学生の時には英検2級を軽く取っているから「今後恐るべし」である。このように「本校の教育力は高い」ものがある。才能と努力をするも者に指導と支援を惜しまない。私は素直に本校教師の力を賞賛したいと思う。
・ 今浪速中学の力は「驚愕的な学力の伸長」を示している。過日も某中学校から「どのようにしているのか」との問い合わせがあった。浪速中学は確かに出遅れたが関西大学連携校となって以来「一皮剥けた」感じだ。
・ 正直私立中学を考えている保護者の意識は保守的な部分があるが今や「浪速中学は買い!」だと手前味噌ながら自信を持って言いたい。本校に入学したら間違いなく他校よりは力を伸ばせる自信がある。
・ この週末には大きな節目である「第1回浪速中学校プレテストの日」である。私は今の浪速中学校の実力と将来性を声を大にして叫びたいと思う。府内では私立中学で「募集を停止する学校名がちらほら出て来ている」が何としても関大連携浪速中学校は今の「上昇気流」を右肩上がりの勾配で今後とも高めて行きたいと思うのだ。
・ 今日は「高校3年生への校長講話」の日であった。各学年に一回行っているもので3年前から実施している。言ってみれば「校長の授業」である。「世の中の現実を知る」とのテーマによる特別授業と考えている。もうこれで卒業式まで彼らにはまとまった話は出来ない。
・ 月に一度の一斉参拝や朝礼、時に校内放送を使った臨時校長講話などがあるが年に一度改まって私の話をする機会と言うわけである。昨年までは「レジュメ」を使って説明していた。今日も作っていたが今朝になって今回は資料配布をやめて口頭で「パンチある言い方」にしようと考えた。
・ 又今年は止めようと思ったが昨日の夕方になってやはり用意して置くように学年主任に連絡した。松山千春の歌である「大空と大地の中で」のCDである。この歌詞に私が生徒に伝えたかった心がある。まあ冒頭の「掴みの部分」である。
・ どういうわけかこの歌に行き着く。私が生徒に伝えたかったのは最後の歌詞である「力の限り生きてやれ」というただこの一点だ。「ごちゃごちゃ」「あれこれ」言っても生徒の頭には残らない。
・ 今の子どもは人の話を聞く訓練ができていない。どうも学力レベルと担任の腕による。総じて担任は甘いところがあって「生徒に媚を売っている」と思うような甘さが時に感じられる。トンでもない話である。それでは生徒は本質のところ真剣になれない。
・ 今日は一年に一度の校長講話に日だ。それなりに聞かせる態度というものがあろう。教員には真剣勝負と言う感覚が分かっていない。推薦入学の面接試験だったら本当に生徒は真剣に人の話を聞く。ところが全体が集まったら聞けないクラスが出てくるがそれは担任の指導が現れているのだと思っている。
・ 日頃教員にとっても聞けない校長の社会一般の話である。自分が聞くという姿勢が無いから聞こうとしない問題生徒も出てくる。教員出身の校長からは決して聞けない中身である。
・ 一般の教員であれば英語とか数学とか様々な専門分野がある。しかし校長というのは生徒へ伝える究極の話は「これから先何があってもしっかり生き抜いていけ」という「大人のメッセージ」しかない。「民間出身校長の大切なミッション」だと私は思って真剣に教員と生徒に対峙しているのだ。
・ この学年は私にとって当に共に過ごした生徒たちである最初の学年であり、思い入れの多い生徒ばかりであった。学校改革の進展と共に進んできた学年である。主だったものでもまず「多聞尚学館」「ふくろうスタジアム」「海外修学旅行」「最古の道山の辺の道の踏破」など学校改革の成果をすべて享受した学年だったと思うが・・・。
・ 素直で優しい生徒ばかりであったような気がするが勉強は今一しなかったような気もする。しかし後半年でお別れとなる。私は今彼らの「卒業アルバム」を従来のものと体裁を変える様に進めているがこれについても言及しようと思ったが言うのを忘れてしまった。
・ 今日彼らに話したことは「私の人生」を冒頭軽く述べた。そして理系出身だけに科学技術分野における自分の「技術屋人生」とタイタニック号、および福島原発の事故のついて「考えるべき視点」を話した。視点の広がりの重要さが必要だということを言いたかったのである。
・ 又ぐっと砕けて、昨日ほぼセリーグの優勝を決めた中日の落合監督のことにも触れた。
「人生は実力だけでは上手くいかない部分もある」がそこには「必ず原因がある」ということも言いたかったのである。「なぜ日本人は落合監督が嫌いなのか」というテーマ出しである。
・ しかし逆境の時こそ「人間の真価が問われる」と言いたかった。自分の力だけではどうにもならない局面があるがその時に「どのように身を処するかが人間の価値である」と強調した。校長にも何回もそのような場面があったと話した。
・ 今日的若者に必要なことは「忍耐力」だと思うだけに私は「耐える」ということを強調した。そしてただ耐えるだけでは駄目でそこには「新たな展開を待つ、機会に巡る合う努力が必要」とも説いた。「努力とはやはり学習」だということ。
・ 「人生の痛み」を忘れることなく、「起きた事は全て正しい」と受け留めて自分を戒め、初心や屈辱や忘れず血の出るような努力をせよと述べた。そうすれば必ずチャンスは来ると述べたのである。「臥薪嘗胆」である。
・ 「今に見ていろ」「何時かは・・」と思う心がエネルギーだと話した。心が強くなければならない。「捲土重来」という言葉がある。「七転び八起き」と言う言葉もある。「隠忍自重」「雌伏十年」と言う言葉もある。「勉励刻苦」「神よ、われに艱難辛苦を与え賜え」という言葉もあると続けた。
・ そして最後の決め手はその人の持つ「歴史観」だと言った。歴史観を持つにはやはり勉強であり、書物を読むことだと話した。見るものも記憶には残るが脳細胞に焼き付けることが出来るにはやはり読書である。新聞でも何でも良いから人の書いたものを読めと言った。それが思考力に繋がるのだと話した。
・ そして「最後は人柄」だと言った。正しい歴史観を有した人間は「謙虚」であると話した。「謙虚であるが故に歴史と他人に学ぶことが出来る」のである。こういう人が多くの機会にめぐり合うことが出来ると言って話を終えたのである。