2011年4月24日日曜日
23年4月24日(日)玄武館道場開き「誕生の蟇目」儀式
・ 大震災があったが3月13日(日)に「武道館竣工式典」だけは予定通りやらせて貰った。これで学校としては一段落したのだがどうも気になることがあった。それは弓道場「玄武館」の「道場開き」についてである。
・ 完成式典で「矢渡しの儀式」までやったのだがやはり弓道場開きには独特なものがあることを知ったのである。教えられて知っていたのが不運と言うか幸運と言うか「小笠原流で誕生の蟇目」というのをした方が良いと教えられていたのだ。
・ これは私の欠点でもあろうが「完全主義」的なところがあって、これを追い求めるのである。中途半端で手を打つことをしない。だからもしこのまま「誕生の儀式」をしなかったら「後世後悔するかも」と思ったら最後、それが頭から離れないのである。
・ だから弓道部顧問の先生に言って「正式なものをやりなさい」とアドバイスしたのである。ただ学校としては正式には済んでいるから弓道部と保護者会でするなら良しと「ゴーサイン」を出したのである。
・ 個別の道場開きを学校主催としてやれば他に空手道、柔道、剣道部をどうするのかと言う問題が出てくる。従って部の主催としたのである。ただ茶道部については超特別なものだから秋の佳日に「茶席開き」は学校主催として行う積りである。
・ それにしても「誕生の蟇目」とは「弓馬術礼法小笠原教場」の「大阪菱友会」というところが仕切って下さるのだがやって良かったと思った。もう死ぬまでこのようなことを見ることもなかろう。「究極の形式美」でもあった。
・ 6人のメンバーが「蟇目射手、手灯り介添え、替え弓持ち、太刀持ち、的立て役、矢拾いと」役割分担して進めるのである。正直その有様に驚いた。その後で本校弓道部員が「祝射」をし、「答射」を顧問の先生が行った。正しい順序があるのである。
・ 私は冒頭の挨拶で簡単にここまでを振り返った内容を話した。しかし幾ら弓道部主催といっても学校も応援しなければならない。考えてお客様と保護者の役員、先輩の方々に出す昼食は学校で負担することとした。
・ 日曜日だったが来賓17名、OB会21名、父母会36名、弓道部員は47名に顧問であるから大きな人数となった。しかし今日の儀式だけでも「弓と神事の関係の深さ」が分かる。弓とは神道そのものではないか。私はそのように思い至ったのある。
・ 蟇目の儀は小笠原流でも歩射の最も重要な儀式という。誕生の蟇目とは懐胎五ヶ月目の15日に帯の祝いの時、また出産の時に射手を定め、蟇目を行い胎児の健康なる成長を祈り行われたと「吾妻鏡」にも記載があるそうだ。
・ 又「祓いの蟇目」というのは独特の所作があって要は「呪文」を唱えながら祈念するのである。地に住む魔性たち、樹に住む魔性たち、変形を変えた魔性たちを呼び集めて「鏑矢」を放って「魔物を退散」させるという。これらは確かに神道のお祓いと似ている。最も重要な儀式で昔は人前で行われることはなかったという。
・ しかし蟇目とは難しい漢字だ。「蟇目」とは引目、曳目、挽目とも書くが射放されて飛ぶ時の矢音が「蟇蛙」(ひきがえる)の泣き声に似ていると言う説や蟇目の形が蟇蛙の目に似ていると言う説などあるらしい。
・ 今昔物語二十五巻には源の頼光が蟇目矢で狐を退治したという話があるなど由緒は古いもので現在でも多くの神事に残されているとのことであった。「正月の破魔矢」、上棟式では屋根裏に弓矢を飾ること、今八百長問題で大揺れに揺れている大相撲でも「弓取り式」がある。
・ 古来我国では確かに武道のことを「弓矢の道」と言い、武家を「弓矢の家」などと言い表してきた。弓取りとは「大将」のことであった。それから「弓矢の冥加」という言葉が出てきたと物の本にはある。
・ 神仏の加護を象徴するもので穏やかな形を持ちながらも弦を張った弓と瞬時に飛びぬく矢、その緊張感は神聖視され邪気を払うものとして尊重されてきたとの事であった。そういう意味から弓矢と「破魔・開運・招運」の歴史は古く今日にその儀式が継承されてきている。
・ 特に私は平家物語のある一節の文章が大好きである。「おごれるもの久しからず」と滅んでいった平家、実は那須の与一が扇を射落とした瞬間から、これを一期として一ヶ月後に壇ノ浦で終わった平家一門を与一の弓矢に託して謳った一文である。日本語は素晴しい。
・ 名文である。この時の矢は「鏑矢」(かぶらや)で先端に「蕪形の笛」が付いていて放てば高く鳴るのである。
「蕪は浦響く長鳴りして誤たず扇の要際1寸ばかりを射て、ひゅふっとぞ射切ったる。・・・」という当に美酒に酔うごとき名文である。 しかしそれにしても弓の持つ故事の多さとそのドラマティックな内容に感嘆せざるを得ないのである。
・ しかし結果的に今日のハイライトは本校社会科専任教諭、弓道部顧問の渡辺健太先生の答射であった。2本の矢全てを的中させ、最初から最後まで品格があって素晴しいものであった。全ての人が感嘆していた。とにかく「格好良い」のだ。
・ 人間的にもすぐれておりこれで教諭経験が進めば間違いなく日本の弓道界の指導者に育っていくだろう。今日はその片鱗を垣間見せた。保護者も生徒もOBも今日で一層の「渡辺ファン」になったことだろう。とにかく今日は「渡辺デー」となった。
・ 立命館大学弓道部の主将であり、紹介を頂いて、直接面接し私が引き抜いたものだ。故郷熊本の銀行に内定していたのを止めて貰って来て貰っただけに私は彼の将来に責任がある。今まで通り大きくそして謙虚に大成して欲しい。
・ しかしこれで部員が更に先生をあこがれ、尊敬し部員数も増えるのではないか。弓道部はもう一人人格的に優れたベテランのY教諭がいる。玄武館と主たる顧問の壮若二人の先生を得て更に大きな部へと成長することは間違いない。今日は良い一日であった。
