2011年4月4日月曜日

23年4月4日(月)新採用常勤講師



・ 16名の新採用常勤講師の人々からブログ「校長の視点論点」について1月から3月までのもので印象深かったものを3点選びそれについて2000字以内に小論文として纏めたものが欲しいとの要望を副校長を通じて出しておいた。
・ そのうち14名の先生が提出してくれた。有り難いことだった。2名の先生は未提出であったがそれはそれで良い。強制ではないのだから自由に考えてくれればそれで良いのである。
・ 今朝になって御一人が提出してくれたそうだが私はそれは受け取れないと副校長に返却した。周囲を見て「慌てて提出」したものを受け取ったら期日までに出された人に対して公平ではなくなる。震災の被災者だったら別だが・・・。

・ 週末それらについて目を通した。大変に面白かった。私はこれらの新しい先生の物事の受け止め方や考え方に大変に関心がある。ひょっとすれば、この中から浪速丸の正式クルーになって欲しい人も現れるかも知れないからだ。4月以降給料を出すのだからこれらの人々の感性や考え方を私は知る権利があると思っている。知らねばならない義務もある。
・ 物を読ませて感想文を書かせたらその書く内容で「その人物の今まで生きてきた蓄積」が手に取るように分かる。今までの常勤講師の方々にもそのようにしてきた。だから私は知りたいのである。
・ やはり「ウーン」と唸るような物もあった。読解力に疑問符が付く論文もあった。検討違いや勘違いなど様々であった。しかしとにかくスタート台に立ったのだから頑張って欲しいと念願している。

・ 平成23年度の教員体制は専任教諭が養護教諭を含めて59名、常勤講師が39名それに嘱託教諭、非常勤講師が加わる。専任への門は決して狭くはない。しかし常勤講師と私とは専任に比べて距離があるから、少ないチャンスを活かさねばならないだろう。
・ 1年後浪速は自分の職場にあらずとなったら他を探して欲しいし、公立学校の試験はドンドン、チャレンジして欲しいと思う。世間は広い。広い世間を狭くしてはいけない。ただその場合でも浪速での経験を活かすものにして欲しい。

・ 彼らの感想文を少し整理してみよう。私は1月から3月末で総計75件のブログをアップした。丁度毎月25件である。これに対して14名の先生が選択した上位(価値の上下ではないが)3件の合計は44件であった。これ位「ばらけている」のである。
・ 当然複数回上がるブログもあるがそれは人気ブログ(?)と言うよりは多くの先生の関心を呼んだということであろう。まずトップは同列で5件を数えた「1月6日の浪速始動開始」と「3月8日の義理と人情」であった。
・ その次は4件の「2月18日の教員と生徒の距離」、そして3件には「1月19日このような教員は即刻退場すべき」であった。2件は「2月21日のわいせつ教員」「1月29日の国旗と国歌問題」「3月9日の新採用教員研修会」であった。それ以外は1件である

・ 「1月6日の浪速始動開始」ブログが数を得たには二つの理由があると私は踏んでいます。それは採用内定を得たから「ホームページでも見ておこうか」と開いた最初がこれだったから印象深かったのだということ。
・ 加えて感想文を出せと言われたら、それまで読んでいなかった人は慌てて最初と中間と最後付近から選択すると言うのが人間の癖でしょう。私でもそうしかねない。だから1番目のブログが印象深かったのだと思う。
・ 又この浪速始動には「木村語録」と称して教職員への期待の言葉を入れていたから、これが「強烈」だったというのもあったでしょう。その文章とは以下のようなものでした。

* 立派な教師とは立派な社会人から生まれます。社会人として駄目でも教員としては立派というのは120%有り得ない話である。まず学校の先生である前に立派な社会人であることが必要です。
* 社会人としてまず最低限必要な条件は「挨拶のできることと礼節が分かっている」ことである。これは業種を問わない。まず全てはここから出発する。人間の魅力はその人間の持つ品格からにじみ出るものであることは間違いありません。
* 教師であることとは肩書きでも資格でもなんでもない。特に今日では誰でもが教師足りうる時代です。自らに恥ずかしくない教師像を追い求めて欲しい。その為にはまず謙虚さが必要であるし、一生涯勉強し続けないといけない。案外と先生といわれる人の中には教養が深くないし知識経験が少ない人を見かける。これでは立派な教師とはなりえない。単なる教員すなわち教える人の員数でしかないと思います。
* 明るくあること。心の中ではそうではなくとも外見だけでも明るくすること。又生涯身だしなみには気をつけること。そして何事にも感謝を表さねばならない。感謝の表現があるところにはどんな境遇でも陽が射し機会が回ってくる。厳しくされたら期待されていると思った方が良い。期待していない人間には人は厳しくしないものです。まだ成長すると思えばこそ厳しい指導があるものだ。
* 何事も自分でやろうとしなければならない。特に教職員においては部下に仕事を回すということはその業務形態から考えて有り得ない話である。教師とは生涯自分自身を鍛え続け、自ら手を下してやらなければならない職業である。
* 出来ないと諦め自身を袋小路に追い込み、自滅することは結局大いなる損失であり、誰も評価しない。素直にギブアップのシグナルを親しい友人や管理職に伝えねばならない。人の能力にはそれぞれ特徴があり誰もが同じようなアウトプットとなることは無いのである。頑張った人間はそれなりに輝いているものである。
* 若い世代の教員には「自分の仕事があるという幸せ」が本当の意味で分かっていないと思うが人間にとって生涯を通じての仕事があることほど幸せはないのである。仕事があるという喜びは人間としての全ての存在意義の根底である。自分の仕事を大切にして欲しい。そして仕事を通じて自己実現を図って欲しい。仕事のストレスは仕事を通じて以外に解決の方法は無いと思う。

・ トップ2のもう一つに「義理と人情」が来たのは大変に嬉しかった。年齢など関係なく義理と人情の心が理解出来る若者がいると言うということが嬉しかった。しかしそれでも16人中5人である。
・ 概していえることは自分に直接跳ね返るようなテーマに関心をよせていることが分かる。「教員と生徒との距離」「わいせつ教員」「このような教員は即刻退場せよ」「新採用教員研修会」などである。
・ ここに一人の新採常勤講師の感想文を転記する。新卒である。ベストというのではないが新人の心構えを再確認した「素直さ」を良しとしたい。

“私が、平成23年1月から同年3月末までの「校長の論点・視点」において、特に印象が残ったのは以下のとおりである。
① 平成23年1月6日  浪速始動開始
② 平成23年3月13日 浪速武道館竣工式
③ 平成23年3月7日  中西制服店さんのこと
① についての所感などを述べていきたいと思う。

私が、なぜ平成23年1月6日の「浪速始動開始」を一番に選んだのかというと、教職員に送りたい木村語録に衝撃を受けたからである。その中でも、「立派な教師とは立派な社会人から生まれます。社会人として駄目でも教員としては立派というのは120%有り得ない話である。まず学校の先生である前に立派な社会人であることが必要です」という語録がある。よく聞くこと、当たり前のことと言われればそうかもしれませんが、今春、大学院を卒業し目標であった教師としての道を関西大学連携浪速中学・浪速高校で踏み出せることが決まった私にとって、社会人になるというよりも教師になるという気持ちが高く、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれる言葉になったからである。もともと教師になりたいという夢が幼いころからあったこと、これまで多くの素晴らしい先生方に出会ってきたこともあり、私はどういう先生になれるだろうか、こういう先生になりたい、など教師という言葉のイメージだけが先走っていた。

しかし、私はこの木村語録に出会うことで忘れかけていた大切なことを思い出すことができた。教師である前に、一人の社会人であれ、社会人である前に一人の人間であれ、人間の魅力はその人間の持つ品格からにじみ出るものである、ということを教えられ思い出さされ、心にこの言葉が突き刺さった。心に突き刺さると言うことは、心当たりがあるからである。私は、採用通知を頂いた時から、教師になれるということの喜びと教師になったらという、肩書きにとらわれそうになっていた。そんな時に出会ったのが、木村理事長・校長の「教師であることとは肩書きでも資格でもなんでもない。特に今日では誰でもが教師足りうる時代です。自らに恥ずかしくない教師像を追い求めて欲しい。その為にはまず謙虚さが必要であるし、一生涯勉強し続けないといけない。」という言葉である。確かにそうだと納得させられた。しかし、この言葉は私にとって文章以上に意味深い言葉になった。それは、先ほど述べた言葉が重複するが、先生である前によい社会人であれ、教師という肩書きに囚われるな、今日では誰でもが教師足りうる時代だ、という言葉から木村理事長・校長は多くの視点、角度から物事を見ていることに気づかされた。これは、もちろん経験や体験が豊富だから考え言えることかもしれませんが、前からだけ物事を見るのではなく、上下左右あらゆる角度から見るからこそ言えるのではないかと考えさせられ、私の足りない部分を知るよいきっかけになり、また一つ勉強になった。

話は変わるが、一昔前までは企業などのトップダウンの考え方が問題になり今日では改善されてきている。しかし、一つ視点を変えてみるとトップが正しい道を示し、引っ張ってくれること、また一方の意見や考えだけでなく、多種多様な視点(学校を運営するがわの目線、生徒目線、教師目線、地域目線など)から物事を見、考慮し、話をするなどのコミュニケーションをしっかりできれば、最終的に自分の意見が反映されなかったとしても、これはトップダウンではないのではないかと思い出した。なぜ、このような話を入れたかというと前に木村理事長・校長が浪速高校のネットで日記などを書いているのを目にし思い出したことと、先ほどいろいろな角度から物事を見てみるということを学んだので、さっそく自分なりに、これまでの視点とは少し違った角度から見てみた。

最後になるが、私がなぜこの3タイトルを挙げたのかだけ触れておきたい。この3タイトルを挙げた理由は、浪速高校というのは経営者、生徒、教師、地域の方々など、いろいろな繋がりが2次元的な縦横だけではなく、いろいろな角度から重なり3次元のように縦横無尽に綺麗に折り重なっており、今の浪速があるのではないかと思うようになった。なので、この3タイトルを選ばさして貰いました。“