・ 本日は本校の「祖霊社」の「合祀祭」の日であった。例年明日の「春季例祭」の前日に行われる。本校では祖霊社としているが「祖霊舎」の方が多いみたいだ。別に「霊舎」「霊屋(たまや)」霊棚(たまだな)、霊床(たまとこ)などという言い方もあるらしい。
・ 仏教における仏壇に相当するもので神社より小さく拝礼の作法はまず神社が先に来る。祖霊社は本校に関係された方々の「御霊(みたま)」を「ご祭神」として祀っているもので学院神社と共に「本校の守護神」である。
・ 昭和38年に創建され今日まで959柱が祀られているが本日6柱が合祀された。学校法人の役員、教職員、生徒、卒業者、PTA役員が対象でご連絡がありご遺族のご要望があってなされるものである。
・ 今日の2名の中には現職の職員だった人が2名含まれている。女性事務員さんと国語の男性教諭でそれぞれ50歳代と言う若さだった。二人のご葬儀に出席したが仏式であった。しかし例えお家の宗教が仏教でもこのように学院神社にも神道式で御霊をお祭りして欲しいと思われるのである。
・ 特に女性事務職員は「浪速大好き人間」であっただけに、私はお母さんがどのように判断されるかと思っていたら、「合祀」させて欲しいと連絡がった。ご本人も喜ばれているのではないか。「物故」が昨年の5月16日であったから月日の経つのは早いものだ。
・ 更に今日は昭和33年卒業の男性二人が合祀されるがこのお二人とは良く存じ上げていた。中でも一人は有力な卒業生でお寿司屋さんを4店舗も経営されていた。その関係で時々「ばってら寿司」を山のように学校に持参され教職員で頂いたものだった。
・ このようにリストを眺めていると私が直接知り話したことがある人は6名中4名でありこれは例年とは異なる。昨年までの合祀者は直接ご存じなかっただけに何か不思議な感じがしたのである。
・ 祭礼は完全に陽が落ちてから行われる。校長室は神社の真横であるから「夜の19時には校舎など全ての照明が消されて漆黒の中で執り行われるものである」。斎行は大阪府神社庁から正式の神職が派遣される。
・ 今朝の管理職朝会で出席者は管理職、事務室、それに神道科の教員としそれ以外の教員については希望者のみとすることとした。夜も遅くなるし、祖霊社の管理者で十分だと考えたのである。
・ この辺は明確にしておかないと「あの人は出席して、この人は出なかった」となったりしてはまだ着任して間もない常勤講師の先生などに混乱が生じてもいけないからと判断したのである。ただし出席したら「直会(なおらい)」として軽い「お弁当が」が出ることになっている。 しかし今年はまだお若い教員の数人が身近な人間が昨年亡くなったので「出来れば参列したい」と申し出てきたので私は応諾した。「立派な心がけ」と言える。
・ 明日は「春季例祭」である。こちらも「重要な学校行事」であり、これは全校生徒や全教職員が正式に安全健康祈願とこの1年間の努力を見守って欲しいとの「祈り」を込めて行われるものである。これらは宗教性の強いものではない。日本人として至極当たり前のことである。
・ このようにして「入学式」「合祀祭」「春季例祭」と来て本校の春は始まる、いや終わる、どちらでも良いが1年のスタートが始まるのである。学校教育にこのような幾分宗教性のある行事を入れることには特に公立学校において抵抗感があるのだろうが、私立学校においてはそのような事は言ってはいられない。
・ 人間は「何かを畏れる心」「祈りの心」「感謝のこころ」があることで苦難を和らげ困難を克服することが出来る。次の希望が持てるのである。私は未来の日本を背負う若者にこのような素直な感情の発露を有して欲しいのである。
・ 昨日入学した新1年生は「神前奉告」の義で早速神道科の教諭のにわか指導であったが、これを受けて見事に「2拝2拍手1拝」を作法どおりに行ってくれていた。保護者も然りである。素晴しい。下の写真は素晴しいものだ。
・ 神社神道の教えとは一言で言えば「敬神崇祖」の気持ちであり、「生かされていることへの感謝の気落ちと努力の宣誓を明らかにする」ということだと私は理解している。自然の中に生き、我国は特に稲作という米文化の中で五穀豊穣を願い、春祭り、秋祭りを「鎮守の杜」で祝うのである。このような形が現実に学校の中に残って現実に実践遂行している学校を私は我がことながら「誇らしい」ことだと思う。
・ 私は何時かはこの世におさらばするが、ここまで思いを入れて新たな学校作りを推進して来た学校である。私が亡くなった後にはここに合祀して欲しいと今から申し送りをしておく。南坊城理事長職務代理は「私が斎行すると」と言っておられるが、順番と言うものがあろう。まず先に私が職務代理を合祀させて頂く積りである。