2011年4月26日火曜日

23年4月26日(火)一つのリーダー論




・ 今日は中学校の朝礼がありました。本当に中学生は可愛い。360名の集団になってきました。大切に育てていかねばなりません。高校生と中学生は違います。まったく別の思想が必要ですね。ところで校長講話の最中に今日のブログは「リーダー論」にしようとふと思いました。気持ちのマグマが湧き出て来たのでしょうか。

・ もう「無茶苦茶」に近い感じです。一国の総理をここまで批判するような国は世界を見渡してもないですね。批判は良いとしても使う言葉や表現方法が酷いと思います。品がありません。何時からマスコミはこのようになったのでしょうか。片手落ちではないですかと思わず聞きたくもなります。総理の頑張っている良いところもあるでしょうに、そのような報道はありません。
・ 管直人総理大臣を批判、非難する声の如何に多いことでしょうか。毎日ですよ。遂に「後ろからも鉄砲の弾が飛んでくる」ように身内からも公然と退陣を求める声が上がってきています。しかし総理も「中々やるな」と言う感じで、「絶対辞めない」と言張っていますが、もう「目はうつろ」で時間の問題かも知れませんね。

・ 元々政治家など「人を食って生きている人々」ですから、少々のことでは平気なのでしょうが、それにしてもここまで内外から批判されて「持っている神経の太さ」は驚嘆に値します。私なら「やっとられるか!辞めてやる。」と言うかも知れません。

・ 総理も「スパッ」と辞めたら、それこそ「次は誰ッ?」となって中央政治は大混乱するからこれを避けて辞めないと言っているのだとは考えにくいのです。そういうことではなくて「自己保身」だと見透かされているのだと思います。だから管攻撃は止まりません。

・ 東北には未だに13000人以上の行方不明者がおられるのですよ。残念だが生きてはおられないだろうと思います。しかし死亡が確認されるまでは行方不明者ですし、避難場所で不自由な生活を余儀なくされている人は13万人を超えているという事態です。にも関らず中央の政治では「この体たらく」ですからこの国の政治は完全に「脳死状態」に陥っていると私は断言します。

・ 確かに管総理のリーダーシップには問題が多いかも知れません。トップだから怒鳴りつけたり激高したりはあって良いというのが私の意見です。私も時にあります。それよりも「言うことを聞かない」「指示してもすぐ動かない」「間違ったやり方をする」等の連中には特に危機に際しては厳しい声も上がりますよ。それは「時間との勝負」だからです。非常事態は「ワンボイス」が必要なのです。

・ しかし菅首相の問題はそういうことではなくて「政治主導」の名の下に「今ある官僚組織を使わない」で「何でも自分が表でやる」と言った間違ったリーダーシップにありますね。完全にリーダシップを履き違えているのではないでしょうか。

・ 「時間が勝負の時の緊急事態」に会議などやっている暇はありません。今回の大震災でこの内閣はまず「復興構想会議」なるものを作って首相の私的諮問機関を立ち上げました。その他作られた震災対応の会議や機関は20を超えると言います。まさしく「会議の乱造」です。

・ 復興構想会議で集まった識者といわれる人々は「財源はどうするのか」とアホみたいな話から会議に入っていったというじゃありませんか。私にはこういう人物が英知を有した日本の一流の人物とはとても思えません。昨日のブログ「学歴インフレ」に書いた通りに、大学偏差値だけは高いが「船頭多くして舟山に登る」ですよ。

・ リーダーシップを考える上で格好の記事が今日の新聞にありました。産経新聞に「村を救った二人のリーダー」との見出しでした。今回の大震災で死者ゼロの岩手県普代村の水門と防潮堤の話ですが、この記事には組織のトップリーダーは学ぶものがあると思います。
・ 今から27年前にこの村の元村長和村幸得氏は周囲を説得し15メートルの水門と防潮堤を作ったのです。和村氏は昭和22年戦後から10期40年にわたり普代村の村長を務めたお人でした。

・ 昭和8年の三陸大津波を経験し137名の死亡被災者をこの村は出しました。又その前の明治29年の三陸大津波の302名の犠牲者を出しています。村長は「悲劇を繰りかえしてはならない」と不退転の決意で二つの工事を完成させたと記事にはありました。

・ 人口3000人の村で総工費36億円は巨額な出費で、周囲には「高さを抑えよう」という意見もあったようですが、和村村長は15.5メートルにこだわったといいます。それは明治三陸の大津波の高さが15メートルだったからです。歴史に正直に答えたのです。ここが立派でした。「想定外」などの言葉はここにはありません。

・ 当時反対したのは岩手県、県会議員、村会議員、一部村民もいたそうですが村長は粘り強く説得したといいます。「説明責任」ですね。40年村長を務め上げ退任時の挨拶は「確信を持って始めた仕事は反対があっても説得してやり遂げてください」と語ったとありました。

・ その結果今回の大震災でこの水門は機能し20メートルの津波は「バキバキ」と異様な音を立てて水門に激突し、一部は超えていきましたが程なく止まり、近くの小学校や集落には浸水被害はまったくありませんでした。これが死者ゼロに繋がったのです。

・ ここがポイントです。リーダーシップの意味を誤解している人が多いのですが「真のリーダーシップとは一旦事ある時にあれこれ仕切ることではありません。」経験と学習に裏づけされた見識で「先を見通して何かをなすことがリーダーシップ」であると私は考えています。

・ 更に私は思うのですが、この村長の経歴です。10期40年の長きにわたって村民の支持を得てきた人だから,この人は「私心」の全くない人格者だったのだと思います。だから膨大な予算を遣うと言っても、村民は「村長の言っていることに間違いはない」と信頼していたのだと思います。
・ ここに古きよき時代の日本の集落と政治の良さがありませんか。村長は村民の安全を家族のように深く思い、私心を捨ててこの村の将来のために「万が一大津波が来ても一人も死なせない」と決意したのです。そのためにはあって当然の反対者を粘り強く説得したのです。希望を語ったのですね。「もう津波は大丈夫だ」とね。

・ 説得を受け入れた方も偉いと思います。昔の政治家と国民の関係は基本的にこのような関係でありました。封建時代の江戸時代も実態はこのようはものであったのではないでしょうか。殿様はお米を作ってくれるお百姓さんを守るために武士と言う兵を養っていたのです。武士は農民を守るために存在したのです。


・ 「有事」になってリーダーが力を発揮するとは普通は有り得ません。ちょっと考えたら分かることです。肝心なことは「平常時にどのようなリーダーであったか」が問われるのですよ。危機の時にこそ「日頃のリーダーの有り様」が現れるということです。

・ 現場の状況など東京の官邸にいて分かるはずはありません。状況が分からないのに指揮など出来るはずがないのです。従って問題となるのが「現地力」なのです。現場力と言っても良いです。危機が起きたときに自らのイニシアティブで問題を解決する現場での現地力こそ最重要なものなのだと思います。

・ 今回の大震災でも地方の自治体の首長や地方公務員、消防隊、自衛隊、警察組織など現場力は証明されているではありませんか。日頃からこれらの現場を鍛えておくことがリーダーシップなのだと私は考えています。良い表現が見つかりませんが敢えて言えば「平時に兵を養う」ということです。

・ 一旦有事にしゃしゃり出て防災服に身を固め、深刻そうな顔をしてまなじりを吊り上げて「ギャーギャー」いうことがリーダーシップではありません。大体現場に目が行っていないから「会議を乱造」するのです。

・ 有事に会議は不要であるし役に立ちません。逆に「邪魔」になります。有事には会議などぶっ潰して「現場に任せる。好きなようにやれ。責任は俺が取る」と一言いうことがリーダーなのですよ。日本の中央政界にはリーダーがいなくなって久しい。それが日本の最大の悲劇ですね。

・ ところで話はとたんに小さく、狭くなりますが、昨日私立中高連校長部会の総会と懇親会があって本校は第二部懇親会の司会の役回りが回ってきました。私の名代で副校長先生が出席したのですが、今回は会費の徴収など受付業務があって二人の女性職員を応援に出て貰いました。
・ ところがこの二人の事務職員の動きというか働きが素晴らしいと大評判で副校長は大いに気を良くしたと今朝報告がありました。私は大変嬉しくなりました。最近まで「派遣職員」でありましたが私はじっとこの二人を観察していました。この間相当厳しく今日まで指導し訓練し、そして最近「頃合良し」と判断し二人とも準正規職員に採用しました。相当年収がアップしますよ。
・ この二人は並外れた事務能力と人間対応能力があります。体も大きいから迫力があります。時々有り過ぎて困るくらいです。モチベーションを高め、服装を指導し、態度を指導し、何処に出しても負けないような事務能力の高い女性として育ててきた積りです。リーダーの仕事とは平時からこのような教職員を如何に育てているかということなのです。

・ 本校の管理職は知っていますが、私は外部に出かけず、学校の「黒子」に徹して「教職員の指導」に全精力を投じています。教職員からすれば時に厳しいとは思っているでしょうが「本校有事の際に教職員の現場力で切り抜ける」ためです。即ち私は平時に「兵を養って」おり、危急存亡の時に備えているのです。しかし「親の子子知らず」となっていないでしょうかね。