2011年4月18日月曜日
23年4月18日(月)「花外楼」
・ 16日(土)北浜の「花外楼」という料亭に招待されて大阪天満宮宮司や道明寺天満宮、茨木神社宮司と4人で食事をした。いずれの方々も本校の理事である。名目は1月以来の大きな学校行事が無事終わったので理事長の慰労と言うことでの会合で、この日のホストは本校名誉理事長である大阪天満宮宮司であった。
・ この場所は私が特に望んだものある。前から一度是非行きたいと思っていたが機会が無くて是非今回はと期待していたのである。要求したと言っても良い。ここは大阪で最も古い格式高い料亭である。創業したのは天保年間というから180年前である。
・ 当時の名前は現在の花外楼とは言わずに別の名前であったという。しかしこの料亭を一躍有名にした日本史を飾る出来事がこの料亭であったのである。言ってみれば「歴史の舞台になった料亭」である。
・ 明治8年、維新の元勲たちが大阪のこの料亭に集まって「立憲政体」の樹立を約した。西郷隆盛の征韓論の紛議など明治新政府の土台がゆらゆらしていたこの時に大久保利通、木戸考允、板垣退助、伊藤博文、井上馨らの錚々たる顔ぶれが集まっていわゆる維新政府の「政治改革」の合意を見たのである。
・ 後世この会議は「大阪会議」と言われ、歴史に名を残すことになった。この時に会議の成功を祝って木戸考允より贈られた「屋号」が「花外楼」である。それ以来今日までこの花外楼は政界財界の大立者が続々と出入りする格式高い料亭となったのである。
・ このような歴史上のいわれのあるところを極端に好むクセのある私は、ここが今年の7月に建物の建て替えの為に壊され3年程度休業されると言うので、身分不相応であるが、是非その前に行きたかったのである。それに木戸考允が書いたという「扁額」も見たかったのである。
・ 前書きが長くなったが今日のブログで書きたかったことはこの料亭の料理のことではない。実は「部屋の照明」が適当な明るさというか適当な暗さというか、かんかんの明るさでなかったのである。これが4人の話題に上った。
・ その明るさが丁度適当で私にはこういう場所にはこのような照度が相応しいような気がした。4人ともこのように感じたということは、現代の日本人はいずれもメチャ明るい日常生活の中に生きていると言うことであろう。確かに我々日本人は何時頃からか夜でもどこでも「ピカピカの明るさ」の中で生活してきているのである。
・ 日本2600年の歴史でこの電気による照明は明治維新後高々150年間弱のことでありそれまでは蝋燭による照明の中で暮らしてきた。言い方を変えれば太陽光を最大限に活用してきたと言うことである。
・ 陽が上れば動き、陽が落ちれば「暖炉の火とろうそくの灯火」をベースに貴重な油を使って照明を取り、大切にして生きてきたのである。それが維新後150年で「電力化率」は伸びに伸び今や40%を超えて先進国の中でも最も高い国になった。
・ 電力化率が高ければ高いほど「文明的」だと思われ最近では厨房設備もガスから電力化されてきた。そして今度は電気自動車である。
・ 確かに生活は大変便利になった。しかしそれは極めて危ういもの、脆いものだということが今回の大地震で突きつけられたのである。電力不足から計画停電もあり、夏場の電力需要が大きな話題になっているが我々は丁度良い天の啓示を頂いたと言うことかも知れない。
・ 偉そうに言うわけではないが「3.11」以来私はつくづくと何かが変わっていくような、変わらなければならないような気がするのである。「節電」という考え方も含めて「生活スタイルのチェンジ」が必要なのかも知れないと思うのである。
・ 今から20年位前私は住金の大阪本社勤務であった。この時教育関係の業務でロンドンに出張したことがあったが、訪問先での議論が長引き冬のロンドンは早く陽が傾くが訪問先の大学の教授は一向に部屋の照明をつけてくれないのである。
・ 我々メーカーの人間が海外出張すると大体現地の商社マンが付き添いに付いてくれるのだが私はその人に聞いたのである。「この暗さで良いの?暗いなー」と。そうすると日本人と目の構造が違うのか本当に暗くなってから電気をつけるのがこちらの習慣であるというのである。この話に驚いた記憶が今でもある。
・ そのように土曜日、日曜日に感じていたらタイミングよく今朝の産経新聞に「暗さ、陰影を歓迎するムードへ」「東京の夜は明るすぎた」との記事が出ていた。真に以って「我が意を得たり」と感じた。
・ 記事には「日本人は日没の1時間前に照明をつけるがヨーロッパでは日没の頃明るさの余韻を惜しむかのように照明を中々つけない」と書いてあるではないか。私が体験したとおりのことが記事にあった。
・ 東工大の乾先生は日本の夜の明るさや派手なライトアップに長年疑問を投げかけてこられた人であるが、先生は記事の中で更に言われる。「過度に明るい夜間の環境が人に常に動き回ることばかりを強いてじっと考える能力を喪失させたことは疑いようもない」とまで書かれているのである。
・ 石原都知事は「自動販売機とパチンコ屋」の電気だけで1000万キロワットでてくる。道のあらゆるところに自販機があるような国は日本だけであり、家の冷蔵庫で冷やしたものを飲めと言われたがこれも生活スタイルの変更だろう。
・ 前の東大の学長は家電を省エネ型に変えれば相当節電になるとテレビ番組で強調されていた。特に冷蔵庫が問題だと言われていた。ビートたけし氏は「回転寿司」ではお寿司が回るのではなくて人間が回れと書いていた。又サマータイム議論もまたぞろ復活してきそうな雰囲気である。
・ 日曜日の夜、道頓堀橋のグリコのイルミネーションはテカテカと輝き心斎橋筋商店街は人出でごったかえしており店という店は照明120%という感じであった。数百メートルピッチに光の洩れる24時間コンビニがあって何でも揃っている。
・ しかしこれらに使っている電気は全て「地方で作っている電気」である。地方の人が土地を差し出し原発を建てさせて、その上発電した電気は全て都会に配電し都会の人々が享楽と生活の便利さの為に消費しているのである。
・ そして相対的に地方の人は早く電気を消して床についているのだ。一方都会ではメチャメチャ明るい「不夜城」の明るさの中で生活をエンジョイしている。何かバランスが取れていないような気がする。「これって、何かおかしい?!」と思わざるを得ない。
・ 色々と思索を巡らせるが浅学菲才の身、又テーマが大きくて重すぎる。答えを有していないところが辛い。
