・ 6月18日(土)の毎日新聞の朝刊「急接近」というコラム記事に「キーパーソンインタビュー」として東京都の石原慎太郎知事が出ておられた。インタビュアーの問いは「節電対策、政府や社会は何をすべきですか?」であった。
・ 整理してみると知事が言われるのは二点、「まずこういう時だ。法律で縛りをかけるべき」ということと「我欲を抑えよ」と言うことだった。あの3月11日に大震災が起こった日に「天罰が当たった」と発言し物議を醸したが、今回のご意見も流れはその延長線上にある。
・ 記事の内容が面白いので転記してみよう。私なりに「言い約」して書いてみると以下のようになる。ポイントのみである。
* 節電など対象の業種や相手を挙げて具体的に指示しないと徹底しないよ。幾ら目標の数値を掲げてもどうして良いか皆分かるようで分からないのだから。それなのに「やります」と言うばかりで(結局は何も)全然やらないんだね。
* パチンコ業界をいじめているのではないが、朝から傘をさしてパチンコ屋の開店を待っているような国は世界中に無いよ。娯楽なんだからやるなら夜中にすれば良い。
(パチンコ業界の人が25%の節電をするからこれ以上いじめないでくれと知事に頼みに行ったそうだ。)
* どんな先進国でも自販機を置いたら一晩で壊されてしまうが日本は治安が良いから余り人通りの多くない田舎に行っても二つ、三つと並んでいる。こんなにあるのは日本だけだ。
* それに日本の街は余計に明る過ぎる。そういうのを「取り締まる」は言い過ぎだが対処しないとしょうがない。戦争中は灯火管制があって「灯りがついていると爆撃される」と注意しあったものです。
* 「何時から何時まで灯りをつけるな」と政令で徹底したらいいんだ。時によっては行政は憎まれなきゃいけない。
* ソーラーの発電だけで日本社会が動くと思いますか。できっこない。
* 皆、(原発に)戦々恐々としてるが原発は管理が悪い。それに今度は完全に想定外、天災ですよ。ここまで水が来たと昔の津波で記録が残っていてもそれで原発の対策を考えろというのは酷な話だ。今回は後のハンドリングが悪かったと思いますよ。
* こういう災害や電力危機を踏まえて日本人は「我欲」を少し抑制しなきゃ駄目です。皆、野放図でいろんな我欲がまかり通っている。政治もそれにおもねってね。一種のポピュリズムですよ。
* 震災をきっかけに我欲をへらさなきゃ。だから街が暗くったっていい。自販機が無くなっていい。家に帰って飲めばいいんだ。パチンコが限られた時間しか出来なくなって構わない。それで人が死ぬわけじゃない。
* 野放図にやっていれば電気が足りなくなってお年寄りが熱中症で死ぬなんていうことになりかねない。その前に皆で節電したらいいんですよ。でも具体的にどうしたら良いか分からないから(法律で規制せよ)。
* (やれる事は)せいぜい無駄な電気を消すくらい。街には相変わらず自販機が並んでパチンコだってジャラジャラやっているわけだろ。そんなものまかり通らないよ。政府が具体的に国民にお願いして「節制」を説かないならもうメディアが主導するんだな。
* (都庁舎で25%の節電を目標にしていることに対して)やってみなきゃわかんない。やるの、まずやるの。言った限りやらせるんだよ。
・ 今朝も石原知事は登場していた。昨夜の民法テレビではかなり長く放映していたが、内容はJR東日本の清野社長を都知事が叱ったのである。先の大震災でJR東日本はいち早くシャッターを閉めて乗客を寒空に追い出し職員を早く帰宅させ、「都民の帰宅難民」を作り出した責任を問うたものである。
・ 知事はJR東の大社長を立たせたまま応対し、社長が「申し訳ないと思っております」と謝罪したら、険しい顔を崩さず「本当に申し訳ないことだ。」と応じ「駅校内の商業施設の税優遇措置の見直しにも言及したという。「小気味が良いではないか」。
・ 私は石原慎太郎が大好きである。若い頃から好きであった。まず最初は弟の裕次郎が大好きであった。祐ちゃんの映画はすべて見ている。祐ちゃんが亡くなってからは「慎太郎の追っかけ」みたいに本や対談や記事などは殆ど目を通してきた。
・ 一体「この男の魅力」は何か。石原慎太郎の魅力は前述したインタビューでも分かるように、この「小気味の良さ」である。そして「話が分かり易い」。言っていることに「筋が通っている」ことである。
・ 勿論小説家だから使う「字句」にも大きな教養を感じる。時に言葉が踊り、乱暴に思えると言う時もあるがそんなことはどうでも良いことだ。枝葉末節に過ぎない。文章家として選び抜いた言葉を発するから世の中に伝播していくのである。
・ まず背が高い。男前である。ダンディである。ふてぶてしい。存在感があってカリスマ性がある。思想信条には「日本と日本人が全てのバックボーン」であり、「ぶれない」。要は知識も経験も考察力も発信力もある。それらが指導力につながり求心力に繋がっているのである。
・ 先の都知事選でそのまんま東とか外食産業の社長とかの小物が石原知事に勝負したが「大横綱とふんどし担ぎ」くらいの差で吹っ飛ばされた。第一に石原知事に勝てるとでも思ったのだろうか。過去3回圧倒的に都民は慎太郎を支持しているのである。
・ しかしこれほどの人物でも日本の内閣総理大臣をすることは出来なかった。それは何ゆえか?私流に解説すれば「メインストリーム(本流)」ではなかったからである。従来日本の政治の中枢にいる議員諸侯の人々、財務省を中心とする中央省庁霞ヶ丘の人々は殆どすべてが「本家本元の本流」をかぶき、異端を排除していったからである。
・ これらの2世議員、3世議員と東大卒のキャリア官僚は「言葉では勇ましく改革を叫ぶが基本的に改革は敵」なのである。国民の為というが自分たちの為に既得権益を護りたいのである。
・ このような一部の層が「跋扈」し日本を戦後60年好きなようにしてきた。それに気づいた国民はまず民主党に政権を渡したのである。この時点で国民は大いに期待した筈だ。ところが鳩山、管と続いた民主党政権は自民党政権よりも程度が悪かった。
・ 特にあの鳩山と言う男は一体何者か。アメリカの新聞が「間抜け」と書いたが評論に値しない。彼に比べれば今の管総理など「総理の椅子にしつこい」で、ここだけは立派である。
・ 今となっては「管おろし」に負けず頑張れと応援もしたくなる。しかしこの総理も酷い。無茶苦茶である。無茶苦茶ついでに衆議院を解散したらどうか。伝家の宝刀を抜いて「ガラガラポン」で政界を再編しないとどうにもならない。
・ 総理は国民投票で選ぶ時代が来たと思う。永田町の脳死状態の人々にこの国は任せておけない。石原都知事の力は極めて大きい。しかしそれでも地方の首長の一人にしか過ぎない。国を動かす力、即ち国政に関しては内閣を構成し仕事をする総理でなければならない。
・ 78歳の石原慎太郎が健在なうちに日本にも国民が直接選ぶ「大統領型総理大臣」が出来れば良いなとつくづく思っている。その場合、候補者は大阪府の橋下徹知事以外にはなかろう。橋下を総理にしようではないか。「大阪都」など小さな話だ。「日本国」を今どうにかしなければならない。
・ 面白いのは石原都知事、橋下知事に共通しているのは学校の教職員に厳しく対応し、嫌われていることだ。少なくとも好かれてはいなだろう。又言葉が乱暴だ。石原知事は「くそババ」と言い橋下知事は「くそ教育委員会」と言った。
・ 「タブー」に挑戦し既存の文化を破壊していくこのような人々を「真のリーダー」と呼ぶべきである。私はこの二人の酷似した部分に驚くのである。そしてこれ以上無いというべき自信家である。普通の人間ではあそこまで自信は表に出せない。
・ 私は何とか石原知事に追いつきたいと頑張っているが勝てるものは何もない。せめて知事が78歳を過ぎても現役で頑張っておられるからその年までは頑張り、機会があれば現役の年だけは追い抜いて行きたいと思っているのだ。
・ 今はそういうことも無くなったが一時期「理事長は石原知事に似ていますね」と良く言われたものだ。労働基準監督署の係官が立ち入りの時、私の顔をしげしげ見て「石原都知事に似ていると言われませんか」と聞かれたのが最後だった。
・ こう時には「舞い上がって」、出す普通のお茶をコーヒーに替えて出したものだった。あんな「男伊達」ではないが慎太郎に似ていると言われただけでも2週間は機嫌が良かった。私は石原慎太郎信者である。