・ 「三役」とは「響きの良い言い方」ではないか。三役とはある組織を代表する三つの主要な役職、その任にある人を指す。この学校の経営陣で言えば「法人三役」といえば理事長、理事長職務代理、名誉理事長と私は言っている。
・ 「学校三役」とは校長、教頭、事務長だろう。今騒動の大相撲で言えば「横綱・大関・小結」で「三役そろい踏み」と言うし、能狂言で言えば「シテ方・ワキ方・囃子方」である。茶道では「亭主・正客・お詰め」を言い、自民党で言えば「党三役」とは幹事長・政調会長・総務会長のことである。
・ 労働組合でも「組合長・副組合長・書記長」を組合三役と言う。このように三役と言うのは組織にとっては大変重要なもので自民党時代では三役を経験しないと「総裁」即ち「総理大臣」にはなれなかった極めて重要なキャリアパスであった。
・ 学校の「分掌の三役」とはあるのか。少なくとも私は今まで聞いた事がない。三役とは特別な職位を称するものだから「平等を絶対視」する学校文化とは相容れない概念だから「分掌三役」などの言葉はなかったと私は考えている。
・ そうであれば今このブログで私が日本で初めて「分掌三役」を公言しよう。私の定義で言えば分掌三役とは「教務部長・進路指導部長・生徒生活部長」の職位である。理由は簡単明瞭、これらの職位が絶対的にも相対的にも重要だからである。最も誰でも容易に考えられることであるが。
・ それでは他の分掌,例えば本校で言えば保健体育部や図書研修部は重要ではないのかと言われそうだが、勿論重要だが分掌三役ほど生徒本人や対外的に影響度が大きいとは言えない。
・ 分掌業務は「学校教育法施行規則」という法律においてその責務が明確に規定されている。中でも進路指導部は「学校教育の目標そのもの」であり、学校全体の教育活動を通じて行われる重要なものとまで書かれている。
・ 歴史もあって昭和4年に「職業指導のための専任者の設置」要望を受けて我国で初めて昭和28年に「職業指導主事」の職位が法制化された。その後紆余曲折はあったが昭和46年に現在の「進路指導」という名称になったのである。
・ 次に重要な職位は「生徒生活指導主事」である。学習指導と生徒生活指導とは車の両輪であり、昭和50年までは明確な基準などが無かったが文部省は中学校、高等学校にそれぞれ生徒生活指導主事を置くように法制化したのである。
・ 「学校の形」は「教務部」が決めるもので、私の考えでは「学校の中枢神経」であり「学校長と一体の組織」そのものである。教務が重要だとか重要でないとか全くピントを外した議論だ。
・ 「編成・遂行・評価」が大きく分けて教務の仕事である。その学校の教育の目標を達成するために教育の中身や単位認定、進級、卒業などの規定を整備していく組織と職位である。
・ 従って教務部は進路指導部や生活指導部門と密接に連絡調整を図りながら「コーディネイト」していくのが仕事である。従って教務部は言ってみれば「内閣官房」であり、進路指導部は経済産業省、農林省か。生徒生活指導部は法務省や警察庁だろう。
・ 上記3部門とも業務遂行には「法令知識」「経験とノウハウ」など「頭と技」が必要であるし細部は「学年主任」におろして「実行してもらわない」と「絵に描いた餅」よりも酷い状態の学校になってしまう。
・ それだから私の言う分掌三役の職位は重要なのである。この三役が「てんでばらばら」に動いたら学校は迷走しその学校の教育目標を達成することは出来ない。従ってこれら三役の経験者がどうも「管理職への登竜門」みたいなところがあって公立高校時代にはそのように感じた。
・ 昔は「教務や進路の出身者」が多く管理職に登用されていたみたいだ。ところが学校の仕事も社会の動きと連動しているのか最近では「生指出身者」がより多くなっているようにも感じた。勿論学年主任をキャリアパスとして経験しておれば「鬼に金棒」であるが。
・ 本校の三役が管理職への登竜門とは言わないがどうかこれら三役が仲良く助け合って、この学校をより良くするために頑張って欲しいと思っている。その為職員室の席の配置も高校教頭を挟んで教務、進路、生指の3部長が「ひな壇」のそろい踏みとしているのだ。
・ この前このようなことが有った。6月6日の校務運営委員会で進路指導部長が「日々の学習」「目的意識を持った生活習慣の確立の為に」と20ページもの日々の日記風の冊子を高校1700人に渡して生徒の意識改革を促したい旨始めたいと提案したのである。
・ まさしく本校教育の目標達成にはその理念は大変立派である。その点は高く評価している。しかしそれは余程考えたものでないとすぐ「底が割れる」。私ももうこの年になると見えてくるものがあるのだ。私は可哀想にと思ったが、提案してきた「案」について疑問があって私なりの所感を述べた。
・ 進路指導部長の提案を決して全否定してはいけない。ただ校長が妥協し、一人の先生の理念実現と面子を守るために全軍を迷路に迷わす訳には行かない。その点私は厳しい。
・ 折角一生懸命に考えてくれた案だから何とか「日の目を見せて」上げたいと思ったが今日の案では絶対に失敗すると読めたのである。前にもこれに似たことがあった。案の定会議が終わった後主任や分掌長と議論したのだろうが、部屋に入ってきて「ものの見事に没になりました」と言って来た。私は「さもありなん」と頷いた。
・ この先生の良い点は理念がしっかりしていることだが「現場は理念だけでは動かない」。まず「実践できるものかどうか」が大切だ。確かに実践論だけでは現状を変革できず得てしてハードルを低く設定することになるが、理念を実現するためにどのような実践をするかという検討が徹底してなされていなければならない。
・ 要は「バランス感覚」である。この進路指導部長は前の分掌長の時も「理念先行」で「大きな失敗」をしている。この時の教訓が生かされていない。これが問題である。アイデアはあるだけに後は「判断力」である。
・ それにやるなら相当の覚悟がいる。味方を増やさないといけない。孤軍奮闘と自滅とは違う。孤軍奮闘とはやり切った時の言葉だ。齢52歳、働き盛りである。頑張って欲しい。良いところは「めげない」ところだが、全くめげないのも私にすれば不可思議な現象なのである。



