2011年6月4日土曜日

23年6月4日(土)橋下劇場



・ 「橋下旋風吹き荒れる」というと失礼だからこういう表現は使わない方が良い。私なども知事とは比べものにならないが時々「木村旋風」などと言われることがある。不快である。人は自分では何も出来ないクセに周辺に風を巻き起こして物事を改革したり進めていく人を様々に表現する。

・ しかし大体どの言葉も「誉め言葉」とは思えない。そこには「やっかみ」「嫉妬」「半身の評論家風気取り」の感じで「自分はちと違う」と脇において相手を見ている人間がそこにいるのだ。

・ 出来ない奴は「黙って、静かに」とでもいうと又「独裁」だとか「言論封鎖」「言論弾圧」とかすぐ言う。戦後、民主主義の名の下にこのような「口先だけの人間」を増長させ、のさばらせてきたから日本はこのような国になったと言えば又直ぐ猛烈な反論が出て来る。

・ しかし日本は本当に自由な国になった。何でも自由だ。しかし私は自由と言う言葉は使いたくない。だらしない、締りのなくなっったということだ。自国の国旗を軽蔑し国歌を無視するようなことが最も大切な教育現場で放置されて来てもそれは「内心の自由」と許されてきた。
・最近では小学生でも「個人の自由でしょ」と簡単にいう時代である。実は自由と言うことはものすごい責任と他への配慮が必要ということが分かっていないのである。卒業式で据わったままの教員はそのような行為が生徒や保護者にどのような印象を与えるかなどの考えはないのだ。あくまで「個人の自由でしょ」なのである。
・ 橋下さんは「公務員には自由などない」と明言した古今東西初めての首長ではないか。「国旗国歌が嫌いだったら辞職せよ」とはっきり堂々と述べた最初の知事ではないか。極めて論理が通っており明快である。

・ 知事は教育委員会が問題だから現場がこうなってしまった。ここ10年今だに大阪では起立しない教員が居るではないか。そういった奴は首にしろと言っているのである。「教育委員会にはマネージメントがない」とはっきり述べられた。
 ・ 本当に橋下知事はすごいことをやってしまった。今朝の全国紙は管総理の退陣問題など吹っ飛ばして全国紙に一面トップ記事の扱いである。完全に橋下知事は「全国区」になった。私は将来「橋下総理誕生」の機運が大きく出てくると想像している。

・ 今の中央政界の出鱈目さを矯正するにはこのような人物を中央に送り込むしかないのではないか。その場合は間違いなく現在の「議会制民主主義」では駄目だ。内閣の総理大臣は「国民投票」で選出する「大統領的総理」でなければ改革は進まない。

・ 若し知事が議会人であったら絶対にこうはいかない。絶対に「守旧派」からつぶされていただろう。知事の唯一の基盤は「府民の圧倒的な支持」である。常にこれを意識して府政を進めている。そこには既存組織の利害得失などは眼中にないのだ。

・ 橋下さんはそのことを知っており、何時も口癖のように「最後は府民が選挙で決着を付ける」と発言されている。新聞を良く読む人は気づいていると思うが最近盛んに「総理は国民の直接投票」で選ぶべきと叫んでおられる。

・ 恐らく大阪市長選の出馬、将来の国政進出、あらゆる将来の可能性を意識無意識別にして頭に何かが去来しているのではないか。この男の政治的勘とセンスは素晴らしい。日本の戦後65年で現在の政治システムは完全に行き詰った現実がある。

・ 我々は、毎日中央政府の「ふざけた政争ごっこ」を見せられている。自民党から民主党に政権交代したが大きく民主党は期待を裏切りそれは幻滅にちかいものになった。今や中央政界はまるで「脳死状態人間の集まり」みたいに機能不全に陥っている。
・ 遂に「卒業式における教職員の国旗国歌斉唱時の起立」が最も身近な法律である「条令」となった。御堂筋を喫煙しながら歩くと1000円の罰金と同じような条例になったのである。知事は秋の府議会では「罰則条例」も上程すると言われている。ひょっとしたら本当にやるかも知れない。

・ 橋下知事は第一期で府知事を辞めて市長選に出るかもしれないとマスコミには出ているが、いずれにしても「教育問題が今後の日本の最重要課題」と捉えている「センスと勘」はすごい。新聞記事も「教育で主導権」を握ろうとしていると良い点を突いていた。

・ その教育問題の底流に流れる腐臭を放っているへどろみたいな問題がこの国旗国歌問題だ。そこを「ぱちん」と掴みとっている感覚がすごいのである。知事が戦後60年教育現場で続いてきた「子どもを戦場にやるな」とのスローガンの影にある「腐臭を放つ教員」の実態をそれほどご存知とは思えないが、それでも短期間でここまでやる実行力の源は政治的勘である。

・ 知事は元々「くそ教育委員会」と言い放ったように元々教育現場を信頼はしていない。それは今でもだ。こう言うタイプは一度受けたイメージは簡単には変えない。「しつこい」のである。私も同様にしつこい。しつこくなかったら政治や改革など出来るはずがない。

・ そこに教育公務員として甘えた公立学校の教員が現場で好きなように振る舞い校長の存在を意識せず、又それに対して適切な「マネージメント」の取れない教員委員会を知事は批判してきたのである。そして府議会の多数を握った。そして進軍マーチの「ファンファーレ」を国旗国歌問題としたのである。

・ 知事の使ったマネージメントと言う言葉が大切だ。もともと学校現場には「マネージメント」という概念はない。どちらかというとマネージメントに敵対する概念で運営されてきた。「全員が民主的に一票を行使して学校の意思を決める」と言うものである。

・ この概念は間違いなく「赤信号皆で渡れば怖くない」現象を生み出す。校長などは「鍋蓋のつまみ」で居ても居なくても学校は回っていたのである。「校長の職務命令」などの言葉は「ついぞ最近出てきた言葉」でこういう言葉を使うことさえはばかられるのが教育現場の実態であった。

・ 教育委員会は「行政系」と「指導系」の二つの機軸があるが最近では行政系が圧倒的にその存在意義と政治的パワーを有している。指導系、即ち教員系は現場の実態を知ってはいるが「そこは身内意識」もあって教育現場をかばいたい性向は少なからずある。

・ 行政系のトップは「回転椅子」に座っている様なものでキャリアパスの椅子の一つだから「騒ぎなし、平穏無事」を願うことになる。それに指令は指導系を通じ成されるから指導系職員の顔も考えてやらねばならない。

・ 社会の人は教育委員会と一まとめにして言うが実態は行政系のキャリア、行政系のテクノクラート、指導系と3部門があるのである。知事の目には「言うことを聞かない府教委」と写っているのだろうが、そう簡単に知事の意向に従うような甘い構造ではない。

・ そこに教職員団体と人権団体、それに政令都市の教育委員会、衛星都市の教育委員会が絡んでくるから私に言わせれば一種「伏魔殿」みたいなもので知事が一声「ゴー!」と号令を出しても「イエス、サー」とはいかないのが今の教育システムである。

・ だから今回の大阪府の条例化の動きが「全国に波及」していくかとなれば絶対にそうはならないであろう。まず他の都道府県知事は「2番煎じ」を嫌がると言う人間的な理由がそこにある。

・ 又教育委員会と教職員団体のパワーバランスが大きく効いてくる。それに最大の問題は「バッチ組」と言われる議員先生である。「まあ、そこまでしなくともいいんじゃないか」と大体鷹揚に構えて「寛大な幅の広いところ」を示すのが大好きなのが議員の先生である。

・ 今回は橋下と言う類稀なる勘と資質を有するリーダーが率いる「大阪維新の会」という政党があったからこそ出来た条例化である。これが他府県に広がるはずもない。ただ今回の一連の報道で未だに学校現場には未だにこのような「しょうもない騒動」があるということと「一向に直らない原理主義者みたない教員」が幅を利かせている現実を再認識させたことだけは間違いなさそうである。そういう意味で橋下知事の成功であった。
・ しかし驚いたのは夕刊である。各紙詳細報じているが何と深夜の議会で他会派欠席で府議会定数を109から一挙に88まで落としたのである。さすがにこれには驚いた。過去例がない「大量の議員の首切り」であった。「議会改革」に手を入れ始めたのである。

・ こういうことが出来るのがこの男の力なのである。府会の議員の首を取って怒る府民はいない。むしろ「拍手喝采」だと思う。大阪市議会議員、堺市議会議員、恐れおののいて震えているかも知れない。橋下徹、遂に大阪市をとりに行ったのである。中央政界の政治ドラマも面白いが大阪の橋下劇場も目が離せなくなってきた。