2011年6月6日月曜日

23年6月6日(月)「里道」






・ この年になっても知らないことは多い。当たり前だと言えば当たり前の話で、世の中には実に様々なことがある。人間誰しも死ぬ段になっても、個人が一生かけて得た知識や体験は「ほんの氷山の一角」である。そのように思えば人間は謙虚になれる。

・ 私みたいに「好奇心の塊」で、自分でいうのも何だが「勉強家」と自負していても、得てきた知識など勉強不熱心な人と比べても、大きな差異はない。それくらい世の中の地球上の「まだ知らない事の多さ」はあるのである。違いの差は「五十歩百歩」であり、「目くそ鼻くそを笑う」だから人は謙虚で「一生勉強し続ける」ことが重要だ。

・ 最近「里道(りどう)」という言葉を知った。最初は「田舎の里にある道」くらいにしか思わなかったが、これが結構複雑なのである。最初は千早赤阪村の村長さんからの一本の電話であった。

・ 村長のお話は「理事長、里道を整理せなあきまへんのや」というものであった。本校の多聞尚学館の土地と旧多聞小学校の校舎は平成20年に千早赤阪村当局のご理解で買収できた。現在このブログでも発信しているように「これ以上ないくらいに活用している最重要な本校付属の建物」である。

・ 後日村からご担当が来て詳細な話になるのだが要は我々が「買った土地に里道と水路」が残っているからそれを「買い取るか、土地代を支払え」という申し出であった。ここで私の顔色は変わる。

・ 法的に定義すれば里道とは「道路法の適用のない法廷外公共物である道路」のことである。公図上で赤色で着色されているから「赤線」「赤道」と言うらしい。赤線とは昔の「遊郭」で何か混乱しそうな表現である。

・ 歴史は古く明治9年の太政官布告で道路は国道・県道・里道の3種類に分けられたが歴史的変遷を経てきて2005年1月1日に所有権が国から市町村に無償移譲されたのであるが、多聞尚学館の土地も売買時に、登記上それを放置し当局は我々に売り本校はそれを買ったのである。

・ 小さな路地、あぜ道、山道(林道、けもの道)などであるがグラウンドや校舎の建っている部分に里道と水路道があるのである。購入後3年も経って今頃「何を言うか」という思いであるがどうも「村議会」で議論になってきていると言う。

・ 困惑した当局はおそるおそる、「何とかなりまへんか」と来たものだが我々の立場は「なんともなりまへん」しかない。31日の理事会でもこの話題を出したが「ほっといたらエエ」と言う感じであった。神社の敷地などにも里道が残っているらしい。

・ まあしかし友好関係が続いている千早赤阪村の要望でもあるから過日私は担当を引き連れて村役場に赴き村長に「我々の立場と意向」を正式に文書でお伝えした。こういう場合は必ず「文書」が重要である。

・ 特に行政当局との話し合いは後で「言った、言わない」となっては困るから「何時、誰から誰へ、何のタイトルでどのような内容」の文章を出したかが重要なのである。話はそれるが、それにしても民主党の前総理と現総理との間で交わされた「覚書」なるものが今大騒ぎになっているが、あれは信じられないくらいの無茶苦茶に程度の低い文書である。

・ 恐らく今頃私の出した文書は村の行政当局の担当者に回って検討されているだろう。場合によっては議会の村議会議員にもコピーが回っているかも知れない。私は村長に申し上げた。「何時でも村議会に参考人として出てしゃべりますよ」と。

・ マアそのうちに何らかの動きが出てくるだろう。それにしても「身勝手な話」である。鳩山総理は管総理を「ペテン師」と言っているが私はそのような言葉は使わない。しかし「一件落着」と思っていたら、米粒みたいな小さな土地を残しておいて後で「買え」とはないだろう。我々は村当局の要望を入れてそのまま残しておいたものだ。

・ 「村の人が通るから残しておいて」と頼まれたから残したもので元来は「法的にも無理筋」なものだ。其れを今更何をと思う。村当局の責任で登記変更するのが筋だ。金額は微々たるものだから問題ではないのだが信頼関係にヒビが入る。
・里道に敷地境界などの看板を立てたら、我々は村の住民にすべての施設を開放して使って貰っているグラウンドも校舎も今後は貸し出しを考え直さなければならなくなるだろう。


・ 4日の土曜日に高校3年生の英語特別講座で頑張ってくれていた教師と生徒を激励に多聞尚学館に赴いた。何と行く途中「黒い煙」がもくもくと上がると同時に一挙に立ち上る火炎」を私は見た。

・ 多聞への道はくねくねと上り道なのだがその途中、当に「燃え盛る」感じで、私は思わず車を停めて写真を撮った。3年間通い詰めた道だが初めての経験であった。要は「火事」なのである。何が燃えているのか遠いから分からなかった。

・ 民家ではなかったような気がする。多聞からの帰りにはおさまっていたから大したことはなかったのかも知れない。本校と千早赤阪村当局との間にこのような炎が燃え盛るようなことになってはいけない。最後は「大人の判断」が必要かも知れない。

・ 多聞では二人の教師が頑張ってくれていた。有り難いことである。土曜日の午後と日曜日をつぶしてまで生徒のために頑張ってくれている先生には頭が下がる思いだ。この気持ちは開館以来変わってはいない。だから私は極力多聞で講座が開設されている時は「激励訪問」をする。これは私の日課である。今後とも続ける。

・ そして行った時に「設備を点検」するのも私の役目である。元々極めて少人数の小学校だからトイレなども小さいものであった。それを便器だけは大きいものに変えたが配管などはそのままである。

・ そこに120名もの高校生が大挙していくのだから使用頻度などは小学生とは比べ物にはならない。トイレの臭いは大丈夫かなど「神経質な私」には気になってならないのである。

・ 又風呂は大丈夫かなどと生徒や教員の「使い勝手」も気になるのである。言ってみれば私は「大家さん」である。大家は店子が気持ちよく使えるように設備を万全に保守しておかねばならない。私立学校法が定めるところである。施設設備管理は理事長に責任があるのだ。

・ 今回も女生徒の風呂の脱衣場の天井に「黒かび」が生えているとの報告があった。早速観察したがこれでは女生徒は気持ち悪がるだろう。前にも発生したところで間違いなく「雨漏れ」だろう。

・ 早速帰ってトイレの脱臭対策と雨漏れ対策を徹底するように担当に指示を出したのである。ちょこちょこと補修場所は出てくるが、それは老朽化してきているからだ。仕方がない。自分の家でも古くなってきたらあちこち「ガタ」がくる。多聞尚学館で得ている効果からすればこれらの補修コストは微々たるものだ。

・ 私は今考えている。10年後くらいに「多聞の全面更新」くらい考えても良いのではないか。まず本校の新校舎建設が先、その後多聞の男子宿舎、そして多聞の教室の全面的更新が順番である。多聞の食堂のレイアウトも新しく考えたい。

・ 山々の緑が眼前に広がる最高の場所に食堂を持ってくるのだ。全面ガラスである。美味い料理と素晴らしい環境は生徒の頭も少しは良くするかも知れない。私は思う。健康に留意して「私の手でやってやりたい」と。