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| 旧制浪速中学校の記念帖(卒業アルバム)に添付されている学年史 |
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| 旧制浪速中学校第一期生の記念帖 |
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| 今の卒業アルバム 大きくて重くて仕方が無い |
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| クラス単位の集合写真 |
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| 卒業時の個人写真 |
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| 写真の上にある薄い紙で個人の名前が書かれている |
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| 教職員集合写真 |
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| 昭和3年の第一号を造った山崎写真館 |
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| 昭和5年の第3号から今日まで長い関係の片山写真館 製作のアルバム |
・ 最も卒業アルバムは定期刊行物ではないから手元において常時みるようなものではない。しかし加齢と共にアルバムの重要性は増してくるように感じている。漢方薬みたいなもので後でじわじわ効いてくる薬のようなものだ。
・ それにしても本校の昔のアルバムは大変良く出来ている。今でも燦然と輝いている。特に素晴らしいのは「教育課程」と「学年史」が添付されていることだ。これを何十年後に見ることで卒業生は「昔を生々しく」思い出すことが出来る。
・ アルバムを単に「写真集」に終わらせていないことが立派だと思う。今や殆どの学校では卒業アルバムは写真集で終わっている。卒業生にとって入学から卒業までの主だった「学校行事」や自分が習った「教育課程」があればどれほど役に立つであろうか。
・ 学校行事や教育課程が添付されているということは「学校が大きく関与」しているからである。アルバムを最終的に纏めて製本化するのは「写真館」さんであるが材料は学校が提供しなければ立派なアルバムが出来る筈もない。
・ それにしても「生徒の品格」を感じるのは一人ひとりの卒業時の「顔写真」である。「楕円形」にくりぬいているから、ムードもある。真四角な写真ではない。是非楕円形に戻したいと思っている。確かに昔のアルバムの写真はどれもこれもこのような品格があった写真だった。
・ 私は今のアルバムを取り出して比較してみた。しかし正直言って重たいだけで、昔に比べて必ずしも立派とは言えないと思った。昔はB5番で大きさが適当である。これに対して現在のものはA4サイズより大きい。規格外である。
・ おまけに箱入と来ているから通常の書棚や本棚に納まらないのが辛い。今や「国際標準はA4版」になっているからこれだけは変えなければならない。又紙の厚さも厚すぎる。だから重たい。
・ 私は保健室にある体重計で秘書さんに測ってもらったのだが何と1.95キロもある。昔のものは0.65キロだった。今の高校1年生みたいに生徒数が16クラス670名と増えてくるとますます厚くなってくる。
・ この厚さでは体が熱くなるだけだ。車でも何でも「軽量化の時代」に本校のアルバムは時代に逆行している。それは余りにも多い生徒のピースサインの写真の多さだ。絶対に賢くは見えない。何か「写真週刊誌」か「アイドルのグラビア」みたいに感じる。
・ 「ピースサイン」で笑っているばかりの写真を本紙からは少し減らして、それらは「DVD」に入れたらどうだ。DVDだったら今よりも多くの「動画やピース静止像」が入れられるのではないか。
・ この「DVD添付」については1昨年から私が言い始め昨年度から始めた。良い方向にはなってきているから後一歩の改善である。私は過日アルバム製作委員にお願いした。来年卒業する生徒から「根本的に見直すように」と。まずサイズはA4にし用紙ももう少し「薄手」のものにして「軽くしなさい」と指示したのである。
・ 校長以下の写真はもっと小さくて良い。今みたいに管理職の写真をそれぞれ大きく載せる必要はない。管理職の集合写真で良いのではないか。そしてやはり「教職員の集合写真は必要」と感じる。これがないような写真は卒業アルバムではなかろう。
・ 「クラス単位の集合写真も必須」である。担任を中心に生徒が揃って写るのが卒業アルバムである。重要な点は学年進行で担任が変わって行くから学年単位で欲しいと思う。少なくとも入学時の1年生の時と卒業時の3年生の時は必要である。
・ 「伊勢修養学舎」に行った時にはクラス単位で写真を撮っておりこれを使えばよいではないか。加えて、陸上競技大会が何時あったとか、生駒山に登ったとか、「山之辺の道」を歩いたとか簡単な年表は絶対である。
・ それらが添付されていないのは「教員の怠慢」であると言われても仕方がなかろう。アルバムは業者さんが作るのではない。生徒が作るものでもない。校長が入学を許可し教育し3年後に卒業を認めたものに「記念に渡す記念品」がアルバムである。だから「卒業アルバムは校長即ち学校が作成」するものである。
・ だから保護者から「アルバム作成代」を学校が頂いているのである。そうでありながら今の教職員の役割は「撮影の日程調整」と「教職員の顔と名前のチェック」だけになっていないか。要は写真屋さんに「丸投げ」になっているのである。これではいけない。
・ 私は高校教頭とアルバム担当教員に「原点に帰れ」と言った。中学校にも校長指示を伝えるように言った。中身のある10年、20年、30年後に役に立つアルバムを作って欲しいとお願いしたのである。珍しく先生方もお顔には「同意」の様子が見て取れた。これは嬉しかった。
・ 教員の仕事は確かに忙しい。だから放っておくと外部に「丸投げ」の状態についついなるものだ。しかし「手作り」の感覚は「生きたもの」になり生徒にも喜ばれる筈だ。大体「3年間手塩にかけて育て送り出す教え子への記念品」だからそれくらいは手を入れても罰は当たるまいにと思う。
・ 生徒の個人写真も卒業前の「りりしい写真」一枚あれば良いと言う考えもある。「Vサインやピースサイン」の写真も多く写っている生徒とたまたま写っていない生徒との差も出てこよう。昔はこのような写真は一枚もない。60歳を超えてこのような写真を見て嬉しくなるだろうか。
・ 私はこの素晴らしい卒業アルバムを作って頂いた写真館についてアルバムの末尾を参照した。第1号昭和3年発行の一期生アルバムの作成は「山崎写真館さん」とあった。ところが昭和4年第2号のアルバムでは製作会社の名前が無かったのである。
・ そして昭和5年卒業生のための第3号からは「片山写真館さん」とあった。この会社が現在まで続く本校専属の写真館さんなのである。今となってはどうでも良いことであるが第2号の時点で写真館が変わった何らかの理由があったと想像することが出来る。
・ 現在の片山写真館のご当代の尊祖父は旧依羅村の有力者で本校誘致に大きな貢献が会ったお方とは聞いていた。その伝統を引き継ぎ「良い仕事」をしてくれている片山写真館さんとタイアップして「原点に立ち戻って」良いアルバムを作って行きたいのである。








