・ 「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」とは平安末期の僧、西行が伊勢神宮のたたずまいを詠んだ歌である。とにかくここは「日本の心のふるさと」と言う気がしてならない。私は時々ここに来て内宮に参拝する。心がとても落ち着くのである。
・ 有難いことに私は「伊勢神宮崇敬会の評議員」を委嘱されており、名誉ある菊のマークのバッジを頂いており、これをスーツにつけて行けば「御垣内参拝」が許されるのである。御垣内とは垣根の中に入ってご本殿近くで参拝を許されることである。
・ 今年の高校1年生はまだ最終人数は定まっていないが7月19日(火)から一応3班に分けて「伊勢修養学舎」に生徒を引率しなければならない。後は今年の終わりに参拝と決めているから年に3回が私の標準参拝回数である。本当はもう少し増やしたいのだが今の状況ではこれが限界である。
・ しかし13日が日曜日だったとはいえ、「あの人の多さ」は一体どうしたのかと私は思った。宇治橋も「おかげ横丁」も人人人で歩くのもしんどいくらいであった。内宮前の石段は入り込む隙間も無いくらいの混雑ぶりであった。
・ 昨年の伊勢神宮の参拝者が860万人を突破し、記録が残る1895年以降で最多になっているという事実は20年に一度の「式年遷宮」の時以外では異常に高い数値でこの現象は一体どこから来ているのかと考えてしまう。
・ これに対して神社本庁の田中恒清総長は次のように分析されている。“戦後混乱の中で汗みどろになって働き経済大国になった。行きたいところへ行けて食べたいものが食べれる。欲しいものも手に入る。”
・ “しかし心の中にぽっかり穴が開いてきている。そこに人々は気づき始めました。置き去りにしてきたものは精神的な何かでしょう。それは目に見えぬものに対する「恐れ」。それが「惟神の道」(かんながらの道)だ”と言われている。
・ なるほどと思った。しかしどうもそれだけでは説明がつかないと私は思っている。参拝者の中には若い人々が目立っているのである。確かにマスコミなどは神社仏閣が「パワースポット」「霊験スポット」「癒しのスポット」として脚光浴びているように報道されているが伊勢神宮はとにかく人出が多く、「お伊勢参り」は一種のブームである。
・ 私は時代の転換期の今、「この神社の持つ香りが日本人のDNAに働きかけて人々を呼び寄せている」のかなとも思う。日本人として「母の胎内」を感じているのではないかと思うのである。
・ 生きていくのに非常に厳しい、難しい世の中になってきた。そういう時代だからこそ日本人はその原点とも言うべき日本と言う国の「神話世界と現実世界の境目に物的、精神的に存在する伊勢神宮」に老若男女すべて引き寄せされると言うのが私の勝手な解釈である。
・ 時々仏教と神道をごちゃ混ぜにして宗教と断じる人が居るが個人的には神社神道は宗教とは言えないのではないかとも素人ながら思っている。これも私の独断と偏見である。しかし私は言いたいのである。まず初詣、秋祭り、合格祈願、七五三、神前結婚、家を建てる時の地鎮祭などなど人々は宗教とは思っていないと思う。
・ 岸和田のだんじり祭りは秋祭りの一つでこれが宗教行事だと、あの祭りに全精力を傾ける人々は考えていないのではないか。神道には教祖様とか教義など存在せず、神様は姿を現さない。ここが他の宗教と根本的に違う。
・ 「万物自然の中に神が宿っている」のが神道であって、いわゆる「八百万の神々」と言い「絶対神」でないところが他の宗教と根本的に異なる。これが日本人の有史以来の歴史2600年間にDNAとしてインプットされているのである。文化文明なのである。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教と神道は全く性格が異なるのである。
・ そして神道は「布教をしない」ということも大きな特徴である。ここも他の宗教と異なる点である。参拝者が神社の森、すなわち鎮守の森に身を沈め心癒される感覚こそ神道の精神だと前述した田中総長は言われている。
・ 日本の宗教は仏教を抜きにしては語れないが日本は神の世界に仏を柔軟に受け入れて融合し共存してきた歴史がある。言ってみれば神道と仏教は兄弟姉妹の関係で作り上げてきたのである。時々私が使うフレーズ「神も仏も有難きかな」なのである。明治政府の神仏分離政策で神と仏は分かたれたが「神仏習合」は我々日本人の心に生きているのである。家に神棚があり仏壇があるのが日本人の家なのである。
・ 昨日大阪府神社庁で平成22年度神宮大麻暦頒布奉告祭があって私は来賓として出席した。今や馬齢を重ねてきたから来賓代表で玉串奉奠を依頼させられるようになったが、何時も私は「天照大御神」祀る神殿に向かう時に日本人であることを自覚するのである。


・ 日本でも数少ない神社神道の学校として許される範囲で私は生徒達に「日本と言う国の成り立ち」「日本人の心DNA」「日本の歴史」「伊勢神宮」「天皇家」などについて伝えて行きたいのである。彼らが成人した時にしっかりと判断できるように「伝えるべきものは伝えたい」と思っているのである。
・ もっともっと神道科のカリキュラムを充実させ、学校行事と施設設備を充実させていきたいと夢は膨らむのである。学校行事で言えば夏の「伊勢修養学者」、そして冬の「山の辺の道」、精神世界としては今建設中の「浪速武道館」になる。
・ そして最終目標である新校舎建設のコンセプトとしてまず「学院神社」をどこに、どのような形で持ってくるかが最大かつ最重要なテーマになってくる。この「学院神社があればこその浪速高校」であり、これだけは誰にも譲ることの出来ないテーマなのである。神社の大きさももう一回り大きくしたいと考えているのである。