2011年3月10日木曜日

23年3月10日(木)就業規則の改定

・ 本学校法人は法人名称を4月1日から変えることにした。すでに監督官庁にも申請し受理されて一斉に過日挨拶状を関係先に出状した。「気分一新」と言うわけではない。大正12年に創立され戦後から昭和59年まで長い間使われてきた「浪速学院」に戻すだけのことである。

「謹啓 立春の候 ますますご清栄のこととお慶び申し上げます
日頃は 本校の教育活動に格段のご理解とご協力を賜り 厚く御礼を申し上げます さて本校は 平成23年4月1日より学校法人名を これまでの「大阪国学院」から「浪速学院」へ変更することといたしました
 変更の理由は 「浪速改革」5年目を迎えた今 その成果と大阪府が進める私立高校授業料無償化拡大施策を受けて 今一度本校は創立の原点(大正12年創立の後私立学校法制定の昭和26年から59年までは「浪速学院」であった)に立ち戻りアイデンティティーを明確にして 今後予想される私学を巡る厳しい環境に対応していきたい との思いからでございます
 本校は 引き続き「浪速改革」の継続を通じてより高いレベルでの教育目的の達成に努め もって地域社会の期待に応えていく所存でございますので なにとぞ今後とも格別のご指導とご支援を賜りますようお願い申し上げます
 まずは略儀ながら書中をもってご挨拶を申し上げます」

・ しかし名称の変更の持つ意味は大きい。神社庁庁長様をはじめ大阪府神社界の皆様のご支援でここまで来た学校である。現在の土地を寄贈してもらった時に現在の法人名である「大阪国学院」に変わった。
・ しかし世の中は激しく動いており大阪府の私立高校も公立高校を含め激しい「生徒獲得競争の時代」に入った。生徒獲得競争とはとどのつまり、デパートの売り上げ競争ではなくてあくまで「教育の質」を世に問い、認知されることしか方法はない。

・ テレビコマーシャルを流したり有名なタレントを使って学校の宣伝をするようになったらお仕舞いである。学校はあくまで「教育の中身で勝負」していかないといけない。私は考えたのである。

・ 「創業の原点」に立ち返って本校で働く全教職員が一致協力しこの難局を乗り切るための「覚悟と決意」を内外に示すために法人名の変更を決意した。実印やゴム印など変更しなければならないがコストなどは大した問題ではない。
・ すなわち4月1日から本校は「発展期」に入る考え方である。私が着任した平成19年から丸々4年が経った。これを「第二の創業」と位置づけている。この4年間は「改革期」である。学校を巡る状況は「様変わり」し、全く「昔の痕跡」はどこにも無いくらいにこの学校は変貌を遂げた。
・ 23年度からは「安定発展期」と位置づけたい。今後の4年間を中期経営計画として経営目標を「新校舎建設」におく。そして学校法人名を変えたのである。

・ そして丁度良いタイミングと考え、現在私は教職員の「就業規則」の改定作業中である。実は着任した時には就業規則らしきものはあったのだが誰も見たことがないというような始末で私は「急いで作成」したことを覚えている。あれから4年が経った。ボツボツ改定の時期だと考え現在進めているのである。

















 




・ 経緯を少し振り返ってみたい。 本法人は、平成16年4月、大阪南労働基準監督署長より、「就業規則」を改定し提出すること、時間外・休日労働に関する協定(36協定)を締結し届け出ること、の2点について「是正勧告」を受けていた。その後も数回にわたり勧告に対する「改善報告書」の提出を求められて来ており、最早一刻の猶予もできない状況にあった。
・ この問題はいわゆる「時間外労働時間の取り扱い」の問題であり、昭和40年代からの「教職調整手当」との関連があり、簡単に解決できるテーマでもなく、特に学校社会との特徴として公立との比較、他私学との比較などがまず前提であり、本校単独でのあり方について当時の理事会、管理職は取り扱いに苦悩していた。

・ 着任早々からこの問題について「どのように解決を図るか」考えていたが、ホームページ理事長校長公式メッセージ論考9「教員の勤務」に論述したように教員の勤務体系を全面的に見直すことと直結している問題であり、この問題単独で整理は出来なく、様々に考察したが、「現状の仕組みを作り変えない限り、論理的に整合性がとれない」ことも分かっていた。

・ 教員の勤務は「就業規則」そのものであり、これを全面的に変えて「時間外勤務の手当を支給する」ことにすれば、全ての問題は大きく解決に向かうのであるが、それでは「調整手当」との整合性が取れなくなる。

・ しかし状況は時間的猶予もなく、私学は一民間企業であるとの観点から「年間変形労働時間制を導入」し、教職員の過重勤務の軽減を図るため、比較的緩やかな時との調整を図ることは「教職員の労働負荷の軽減、疲労回復措置」の考えからすれば十分意義あることと最終判断し導入を決意した。時間外労働時間の減少にも繋がる期待もあったのである。

・ 当初は、19年度4月に入ってから提示し導入は20年度とする予定であったが、労働基準監督署からの指導もあり、時期を早め、19年4月から導入とした。1月9日着任だから3ヶ月で決断したものである。

・ 従って、「改定就業規則」は、19年度から、その全条にわたり全職員に一括して適用することとし、当然、時間外勤務をした者には、第1段階として「手当の概念」として支給することを決定した。運動部指導、受益者負担の特別講習など整理する項目は多岐に亘り論理的整理にはまだ時間を要するため、とりあえず「見切り発車」した。

・ 以上のように本制度はこれまで経験したことのない事柄が多いことから不明な点も多く、実施過程で不都合な点や矛盾する点が明らかになる場合があると考え、向こう1年間は「試行期間」と位置づけた。教職員にとっても全く未知の世界であり、理解する時間が必要と考えたのである。

・ 職員を代表する者の意見書を添付し、労働基準監督署に提出したのが平成19年3月29日で年度末ぎりぎりであったが、労基署は「受領してくれ、お褒めに近い言葉」まで頂いた。実施は4月1日としたがさすがに「年間労働日の設定(勤務カレンダー)と勤務時間」については高校、中学、事務、教職と様ざまな形があり、結局調整に手間取り、本格導入は6月1日となった。

・ その後大きな問題は発生せず4年が経過し今日に至る。そして現在就業規則の細部について見直しを進めているのである。就業規則は「従業員を守るためのもの」であり、教職員を罰するためのものではない。今回は前回に抜けていた「管理職の監督責任や幇助などの項目についても言及している。この「新しい就業規則で新生浪速丸は5年目に入る」のである。