2011年3月13日日曜日

23年3月13日(日)浪速武道館竣工式

・ 「激甚災害」の指定を受けた未曾有の大災害で本当に胸が痛みます。被災され皆様に心からお見舞い申し上げます。私は様子を見ながら良いタイミングで被災された皆様に「学校として」十分でなくとも我々が武道館完成で得た喜びのおすそ分けとして「お見舞金」を贈らせて頂きたいと考えました。少しでも元気を出して頂きたいのです。

・ そのような状況下でありましたが、浪速武道館の竣工式は「生徒の完全祈願祭」をかねており、予定通り本日9時から始まりました。準備万全でしたがあちこちで私の思いからは少し離れた場面はありましたが仕方がありません。

・ しかし簡略版のⅢ部を含めて、終了した時間は11時45分でしたからこれは「ピッタシ」と的中しました。頭で想像して計画を練っても思うようには行きません。やはりキーパーソンにはトランシーバーが必要だったのでしょう。内覧会など模範演技のとき、生徒の声で館内放送など聞こえませんでした。

・ Ⅲ部の堺のリーガロイヤルホテルでの完成祝賀会は自粛させていただき、「直会」として「お弁当」を持って帰って頂く段取りに変えましたが元受のロイヤルホテルさんが頑張ってくれたのでしょう、私の目では一応面目の立つお弁当の内容だったので一安心しました。

・ 大阪府私学課からも幹部がご出席頂き、学校法人の役員、PTA,同窓会、高体連、各専門部の幹部、塾の先生方など多くの皆さんが顔を見せて頂きました。「光栄」そのものでした。勿論建設工事会社の社長様以下幹部が総出、本校出入りの会社関係の皆様などご関係の筋すべての人々で私は特にこの「勢ぞろい」が嬉しかったのです。


・ 多くの人々から当然「おめでとう御座います」とご挨拶をお受けするのですが、合わせて「良い天気」についても言及されました。皆さんは私が「天気男」だと思っておられるのです。浪速ふくろうスタジアウムの開所式の時も朝方の大雨が突然止んだことをご存知なのです。

・ それにしても「ポカポカ」陽気の中で、300人を超えるご来客を得てささやかながらも心も篭った式典と内覧会が挙行できたと思います。錬武館の天窓から差し込む光は浪速の将来を象徴しているような「旭日」で心が震えました。特に正面玄関「武の字」の序幕は思い出深いものになりました。

・ 圧巻は南側の正門の看板開きでした。本校は4月から大阪国学院を浪速学院に名称変更します初めての「浪速学院の表札」です。しかし管理職はじめ生徒も含め大勢の教職員が総出で対応してくれ問題なく順調に本日の行事全てを終えることが出来ました。私は感無量であり、この4年間の事を振り返りながら式の進行の中に身を置いていました。




・ すべて終わり、皆様がお帰りになった後、虚脱感というのではなくて何か「心地よい疲労感」を感じたのですが、既に私の頭には「次の仕事」が膨らんできています。帰宅前には事務室の設備担当に電話して明日の月曜日早く「次のプロジェクト」について打ち合わせをする旨連絡しました。
・ 次の計画とは「カフェテラス、生徒のクラブ活動部屋、予備教室」の5期工事のことです。これは急ぐ必要があるからです。というのは武道館のことでブログも一杯となり、書くスペースがなかったのですが、実は来年度の入学生について少し心配なことがあります。

・ 10日16時に府教委は府立高校後期入試の募集締め切りをしてそれをプレスにリリースされました。翌11日の朝刊各紙はそれを報じていましたが、これで大体90%の的中率で「併願戻り数が読める」のです。
・ これによれば浪速高校はここ20年間くらいでは最高となる入学者数を数えることが出来るかもしれないというシミュレーション結果が出ているのです。もっともあくまで、これは計算であって「取らぬ狸の皮算用」との言葉もあります。

・ しかし何かの前提をおいて準備をしないと間に合わないのです。まず「教室の数、教師の数」です。中でも空き教室が心配になるような感じなのです。従って「発展別」など分割授業を考えると極力早く予備教室が欲しいのです。
・ この件はすでに動いているのですが、先週この「新プロジェクトに応募」された建設会社さんから見積もりを頂き、担当から初めて詳細報告を受けましたが正直あれでは私の想定を超えており「何らかの手を打つ」必要性を感じています。それも至急に対応しなければなりません。

・ このプロジェクトは今回のような式典など全く考えていません。神事は神道科の教諭で十分対応可能であり、今日の浪速武道館でしばらくの間「正式な式典」などは考えていなく、次は新校舎建設までありません。そういう意味で今日は本校にとって大きな節目の日になりました。
 ・ 今日、教職員の中で光っていた教員はY教諭でした。彼は美術科の教諭で今回の武道館建設チーム長を見事に務めてくれました。パソコンには強いし、教務部の次の部長候補です。何よりその人間性が魅力的です。

・ 昔はそれでも「何か鬱屈した感じ」がしていましたが最近は「でしゃばらず、それで居てしっかりとものを言い、責任を果たす」仕事ぶりで、私はこの先生を「武道館建設チーム長」に当てはめた人事の成功を我ながら喜んでいるのです。

・ 私はこのY先生を引き続いて「新校舎建設チーム長」に格上げしました。そしてメンバーも大幅に拡充しました。今から何年先になるか、出来れば極力早く新校舎を建設したいのです。その「時期は3月29日の理事会で機関決定したい」と考えています。

・ このY先生には「もう一仕事」して欲しいのです。教員はすぐ「公平に平等に」と言いますがそのようなことをしたら組織は崩れます。人間の能力や識見、人間性は一人ひとり違うのです。「出来る人間には何回も何回も仕事が回ってくる」のです。

・ 特にこの世代には人材が揃っています。神道科のM教諭、中学のD教諭、I教諭も同じ世代です。彼らが将来の浪速のリーダーになる可能性は高いと考えています。だから私は彼らに次々と重要な仕事を与えて鍛えている積りです。完全に民間企業の人材育成の方法です。

・ 失敗しても私は諦めずに「教員にはチャンスを与え続けています。」「これでもか、これでもか」という具合に責任ある仕事を与えていますが、正直「疲れるような教員もいます」。しかしこれを諦めたらそういう教員はただ「サボる」だけの結果に終わります。

・ 先般ある機会があって一部の教員と飲食する機会があったのですがその席で言われました。「校長は忍耐強い。何回チャンスを与えたら気が済むのですか」と。「駄目なも者は駄目ですよ」と。

・ しかし私は絶対に駄目教師を「サボらせません」。「給料分の仕事だけはして欲しい」のです。若い世代の教員が頑張っているだけにベテランといわれる教員は「ベテランらしい味」を出して組織に貢献して欲しいのです。このことは社会では「当たり前」のことなのです。小さい所帯だけに簡単に諦めたら「人が居ない」のです。

・ しかし今日の竣工式で残念なことが一つありました。何と玉串奉奠で職員代表のY教諭は普段着の色物スーツでした。私は驚きました。理事長は黒羽二重の正装、主賓の私学課の幹部職員も式服、皆さん全てが式服なのにこれは一体どういうことなのか理解できませんでした。
・ 男は何時いかなる時でも対応できる服装をしておかねばなりません。式服は良いとしてもこう言う時には「ダークスーツ」を着ていないと世間から笑われます。「田舎者」だと言われかねません。

・ 元々職員代表の玉串奉奠は予定になかったのですが、わざわざ私は議員先生の玉串を取りやめて教職員に敬意を表して出番を作ったのです。そして高校教頭に二人の候補者を示し教頭に人選を任せました。一人は前述した武道館建設チーム長のY先生、そしてこの職員代表のY先生でした。

・ 本校では教職員の過半数を超える労働組合はありません。従って「職員代表」を投票で選び高い得票率でこのY先生が職員代表に就任されました。2,3日して私は教頭に聞きました。「どちらにした?」。

・ 教頭はすばやく答えました。結果は職員代表のY先生となりました。私は異存など全くありません。それは元々私が指名した二人の一人だからです。ところがあの服装でした。私は本当に恥ずかしい思いがしました。日頃沈着冷静で分別のある教員なのに「あれは一体どうしたのだろうか」と。

・ これは間違いなく「指名した教頭の責任」です。きつく指導しておかねばなりません。体型の似たような教員のダークスーツを借りてもあの服装は着替えさせなければなりませんでした。それが管理職の仕事です。

・ 口さがない連中は陰口を言っています。この二人はとても仲が良いと。仲が良いのは結構ですがTPOを心得ないような服装の教員には厳しく対応しなければ学校が恥をかきます。私はこのY教諭に対してというより教頭に対して頭に来ました。