・ ここ最近のブログで私の家の被災を心配してくださり、朝早くから「お見舞金」を持参してこられる人が多く、大いに反省だ。受け取る訳にはいかないから丁重にお気持ちだけお受けした。そういうものがあればどうか日赤を通じた東北地方への義援金に回して欲しいともお願いした。
・ それにしても郵便でお見舞金を送って下さった人は「北陸地震」と書いてあったのには驚いた。確かに大阪の人の中には大阪以外は北陸も東北も東関東もまったく同じなのだろうと思う。確かに北陸には関西電力の原発があるから先回りして言っておられるとしたらこれは問題である。
・ 日経の夕刊に「義援金、1週間で223億円」と出ていた。日本赤十字社に寄せられた義援金が14日から20日の1週間で223億円を超え、2週間で164億円集まった阪神淡路大震災を大幅に上回る過去最高ペースという。日赤の場合、件数は57万件でイチローなどの1億円の寄付などが寄与しているとの解析であった。日本人は素晴しい。こういうところが日本人の日本人たる所以である。
・ 本日は終了式であった。年度末だから終了式で本校の場合は終業式とは言わない。まず全校生徒で今回の東北・関東大震災で亡くなられた人々と被災を受けられた方々への哀悼とお見舞いの気持ちを表すべく「黙祷を捧げた」のである。
・ その後「神前奉告」を行い、1年の感謝の気持ちを学院神社に表した。その後1年間の成績、スポーツ優秀者に対して表彰伝達を行い通常であればここで「校長講話」となるのだが本日は時間を取るために生徒は教室に戻した。
・ 年度末であり又今回の震災のことを詳しく生徒に伝えたかったのである。又外部に漏れたくない話もあり教室を使った「校内放送の校長講話」としたのである。中庭では私が話していることは外部に筒抜けになっており「他聞をはばかる」話もあるのである。
・ 何時もは2こま授業としていたのだがそういうわけで本日は授業をカットして「伝えなければならないことを色々と伝えた」のである。大変良かったと思う。今後とも1年の終わりの終了式は授業は外して1年の総括の場としたいと思った。
・ 被災地への義援金についてはまず私からその意味を説明した。生徒自治会はすでに準備に入ってくれており、4月以降行動に起こすことを説明した。PTAと浪速同窓会と合同で行うことも決定したのである。後の職員会議で教職員にも依頼をした。頑張りたいと思う。・ 第Ⅴ期工事であるカフェテラス、予備教室、クラブの部室工事を受注したゼネコンの南海辰村建設の社長さんが受注のご挨拶に見えられた。朝の早いことをご存知で8時過ぎに見えられたのである。私は「是非良い仕事をお願いします」と申し上げた。しっかりと対応して頂けると確信している。
・ 終了式が終わって法人朝会と管理職朝会を済ませご来客をお迎えした。北部にある女子高の理事長・校長先生であり「二つの人事の話」であった。上手く話がまとまり、丁度昼時になったので「うなぎ弁当」をとって共に昼食をとった。しかしこの弁当は何時も思うのだがいまひとつだ。一体どういうことか。今度からお店を代えよう。お客様にお出しできない。
・ この女子高も今回大幅な生徒増となり「一安心」と言われていたが、確かな経営手腕を有しておられる先生であり私は高く評価している。今後とも人的にも情報的にも助け合って行きたいと思っている姉妹校である。
・ 某府立高校の校長先生からお電話を頂きこれも人事の話で「体育科の教師」の紹介の話であったが、29日にこの先生と実際会ってみることにした。相当なキャリアを持たれた先生であり今年は間に合わなくとも私個人としては大変興味がある。
・ 午後一番に設備担当を呼んで第5期工事の発注先と予算について29日に理事会に提出する資料の準備を指示した。カフェテラスの机や椅子は現在のものを極力流用すること、その他黒板や教室の机など用意すべきものも予算化を指示したのである。
・ 同時に私は再来年度もその次も仮に16クラスとなった時には教室がお幅に不足するのでこの対策についても早急に対応策を考える必要があると言ったのである。明日早朝ミーティングをして確認することとした。このように本校は早朝ミーティングが多い。
・ 早朝ミーティングは大変便利である。事情を良く知っている専門が集まれば短時間で物事は分かる。教員はとにかく全員で皆で議論というが、何も基礎知識のない門外漢が入っても議論にはならない。このように少数のプロが大筋を決めてそれを職員会議で皆の共通情報にすれば良いだけの話である。
・ 13時30分年度末の職員会議であった。私は先の「武道館の竣工式の総括」を行い、寄付金などを全員に報告した。同時にあれほど全員で祝いたい、頼むから出るようにと言っていたのに教職員のうち参加しなかった者に対して名指しこそ避けたが厳しくその不実をなじったのである。許せないと思った。逆鱗に触れたのである。
・ その後年度末最後の職員会議であり、多くのことを状況と背景と「私が望む方向」について説明したのである。そして退職される先生方に対して深甚なる感謝の意を捧げた。そして希望に満ち溢れて赴任されてくる新しく採用される先生方の温かい迎え方について注意を喚起したのである。
・ 「理事長が最も忌み嫌う無神経、気遣い、心配りの無い対応」は決してしないように万全の体制で新採用教員を迎えて欲しいと改めて念押しをしたのである。机の中、支給するパソコンや内規集など整理してお渡しするようにと具体的に指示をした。
・ 職員会議が終わっても今日は次から次へと用事があり、1年間成績が極めて優秀だった生徒の場合はその保護者を呼んで「宝来賞という特別表彰」をするのである。これには賞状と金一封がついている。本校の表彰規定で決まっており初代理事長の宝来先生からの顕彰奨学金制度である。生徒も保護者も大変喜んでいた。
・ 職員会議が終わり今年で終わりとなる先生方がお別れのご挨拶に来てくれる。皆さん、「浪速で大変勉強になった」と言ってくださり、特に「理事長先生の物事の考え方」が大変勉強になったと言ってくれたのは嬉しかった。
・ 中には堺市の公立中学校に採用が決まっている先生は「浪速高校に又お世話になるかもし知れません」と言ってくれた。確かにそうであり本校から公立の教員に巣立っていく先生は浪速の味方であり「なるほど」と思ったのである。
・ 24日の公立高校合格発表日の夕方に「併願戻り数」がはっきりするが困った情報が入ってきた。すでに事前に手配している専願合格者の制服は十分間に合うが併願合格者については制服が間に合わないというのである。
・ 被災地となった東北方面に縫製工場があって壊滅的被害を受けており今から手配しても間に合わないというのである。私は最後までぎりぎりの努力をして、それでも間に合わない場合は中学校の制服のままで当面は仕方が無いと新一年の学年主任に伝えた。こういうところにも震災の影響はあることを知った。
