2011年7月23日土曜日

23年7月23日(土)伊勢、3日目「女生徒の伊勢」





後ろの川に大きな鯉がゆったりと泳いでいjます。







 

・ 「伊勢に行くことは日本の原点を感じる」ことであると私は思っている。ここには日本の歴史がある。見た目は大きなご本殿と森閑とした大きな境内があるだけではあるが此処には「日本の精神」が感じられるのだ。
・ 玉砂利の音が「じゃりじゃり」と小さく響く中で宇治橋からご本殿までの道のりをただ歩くだけで心が落ち着く。「天照大御神」のところに行くと言うことは日本の原点に近づくということである。
・ 私はやはり古事記や日本書紀を生徒に教えていかねばならないと思う。たとえそれが神話の世界だと言っても其処から日本と言う国は出発し今日がある。本校だからこそ堂々とこのことが出来る。
・ 一時期は神社神道の学校であるということ、神道の学校としてのアイデンティティを戦後一時期隠そうとした動きがあったに聞いているがそれは大きな間違いであり、失敗であった。逆である。
・ 5年前に私は着任した。改革の最大の主眼は「神道の学校であることを前面に押し出す」ことであった。組合色の強い学校だっただけにこのアイデンティティの再確認には少なからず抵抗があるかと思っていたが、結果的にこの点に関してはまったくなかった。これは私にとって大変嬉しいことであった。予想外というのは嬉しいものだ。
・ 過去も今年も新人の先生方も裸になって禊に参加してくれる。まことにもって心強いことである。私立学校ゆえに「創立の原点を見失う」ことがあってはならない。市内の私学御三家と言われている桃山学院高校はミッション系の学校であり、上宮高校は浄土宗の精神を有する学校である。本校は神道の学校である。
・ その他、大谷学園は東本願寺であり、清風学園は真言宗である。私立学校に勤務するということは「創立の精神を尊重する」という覚悟が必要である。改宗する必要は無い。尊重である。そうしないと第一生徒に対応できないではないか。

・ 伊勢も三日目となった。2班の最終日であり入れ替わりに3班が到着する。私は二班の生徒に連れ添って今朝も禊に参加した。年は取ってもまだ若い教職員には負けない積りだ。生徒も2回目となると落ち着いたもので順調に済ますことが出来た。
・ 何と驚くことに私が禊に入る前に五十鈴川に体長80センチはあろうかとう大きな鯉がゆったりと4匹、5匹と泳いでいるのだ。「鯉は吉兆」である。私は「鯉だ、鯉だ!」と叫んだのである。
・ ところで生徒の水泳パンツスタイルであるが、まさか生徒に神宮会館から水泳パンツで外を歩かせるわけには行かないから五十鈴川のほとりで着替える。問題はその場所であるがそれは一般の駐車場である。全く何もない、ただのアスファルトの駐車場である。
・ 生徒も教員もそこで洋服を着替え、岸辺に降り立つのである。脱いだものは駐車場にただ置いておく。奇妙な光景がそこに広がる。脱いだズボンや白シャツそして下着が入ったビニール袋みたいなものが横たわっているだけである。
・ 禊が終われば又駐車場に戻って濡れた体をちょこちょこと拭いて又制服を着る。そして内宮の参拝となるのだが脱いだものを持って境内を歩くわけには行かないから何時も宇治橋の手前の場所をお借りして仮置きしておく。濡れた高校生の水泳パンツが入ったビニール袋など誰も盗むものはいない。
・ 男子生徒が五十鈴川に浸っている間に女生徒は静々と内宮の参拝を女性神職の先生の引率で行う。今朝は我々が禊をしている丁度その時に宇治橋を渡っていた。向こうから私たちが見えた筈である。
・ 一時期私は女生徒にも禊をさせたいと本気で思ったが前述したように着替えの場所が大問題で解決する術はまったくなかったのである。それに男子、女子別々に時間を取るタイミングも難しかった。
・ 駐車場だから朝早い段階で周辺のお店などがまだ開いていない時しか使えないからである。「おかげ横丁」の側だから尚更人のいない早朝しか機会はないのである。そういうわけで女生徒の禊は止めたのである。又そのようなことをしたら女生徒が誰も入学しないと入試広報室が猛反対をしたように思い出す。

・ 「女生徒の伊勢修養学舎」は基本的に「礼儀作法・着付け・祭式講習」としている。それに「大祓詞」の「書写」である。これを心を込めて行えば霊験あらたかだと思う。仏教でいう「般若心経の書写」と同じことである。
・ 本校の女生徒には極端にスカートの丈の短い生徒はいない。又髪染めをしている生徒もいない。真っ黒な黒髪である。最近では余り都会の女子高校生は「チョッキンチョッキン」と隠語でいうスカートを短くする生徒は流行遅れになるらしいことも今回知った。
・ 大きな特徴は「皇学館大学の祭式教室」をお借りしての「本格的な神楽舞の講習」もある。これは皇学館大学卒の本校の神道科の教諭のつながりからお借りできているもので大変に有り難いことである。
・ 私は女生徒用に巫女の着物と袴を一式揃えた。男子にはお金は要らないが女生徒にはお金がかかる。しかしこれは仕方がない。又指導をお願いしている先生は府内の現役の神職の方々である。今回も7名も出張頂いたのである。
・ 礼儀作法と着物の着方を学ぶだけでも修養の意味はある。特に昨日の「祭式講習は礼儀作法の集大成」であり生徒も真剣そのもので取り組んでいた。私は久しぶりに女生徒に付き添って皇学館大学に赴いたのである。
・ 大変立派な祭式教室で、ここで生徒は昨夜学んだ着物の着付けを一人で行う。そして舞の練習に入る。しかし美しいものだ。全くの素人が2時間の練習で見事な舞の名手のなっていく様は見ていて驚く。
・ 私は晴やかな女生徒の舞を見ながら「ようやく共学校になってきたな」と思うのである。もっともっとPRして女生徒に来て貰わないと行けないと思った。このブログにある女生徒の舞の姿を入試説明会の説明資料に入れるよう早速指示することを思ったのである。
・ 舞は「豊栄の舞」というお目出度いもので是非来年の新春拝賀式で複数の高1の女生徒に舞って貰う事を思った。こういう場所で披露して初めて講習の効果がある。女生徒も喜んでくれるのではないか。


















2011年7月22日金曜日

23年7月22日(金)伊勢二日目「禊」




















・ 私にとって5回目の「禊」である。私自身が「罪・穢れ」を洗い流さねばならない。「曲事(まがごと)」を避けねばならない。一年に一回この「伊勢修養学舎」を契機として1年の自己の反省をする。そして新たな決意をするのだ。それくらいこの「五十鈴川の禊」は私にとっても大きな意味がある。
・ 勿論この修養学舎は生徒のためのものである。本校で最も重要な学校行事であり、成果と何より生徒の安全を期さねばならない。そのために校長として私は目を凝らしているのである。
・ 幸い今まで事故などは起きていない。当然体調不良の生徒を強制するようなことはしない。体調不良の者は陸上からの観察だけとする。今朝も一名だけで、後は全員が川に入った。必ず「看護士」が傍らに控えており、いざと言う体制は敷いているのである。
・ 一般的には裸になる禊など若者は嫌がるとお思いだろうが案外そうでもないというのが私の感想である。入学前の説明会や先輩から聞かされて「諦めている」のかも知れないが「ちゃんとやる時はやる」のが本校の生徒である。このことを私は誇りに思っている。
・ 為口をきいたり、不平不満の顔をしている生徒は一人もいない。とにかく昨晩からの「モード」が重要で徐々にその雰囲気に浸らせて行くのが肝要である。練習も徹底してやるから事故等がないのだと思っている。事前の「禊モード」が効果的である。
・ 「道彦」という神職の先生から指導していただくのであるが昨年から大阪の有名な禊指導者にわざわざ来て貰っている。道彦を補佐する神職を「助彦」といい、この先生も大阪から来て頂いた。それに本校の神道科の教諭と学年の先生方が付く。
・ 事前訓練は夜の9時30分まで続き、翌朝は5時50分支度をしてバスの駐車場に集合である。少し薄暗く、まだ霧雨のようなものが降っていた。昨日のうちに神道科の森川主坦教諭が五十鈴川の様子を見に行ってくれ、大丈夫と言うので私は「決行」とした。
・ 台風の影響で川の水かさと濁り、そして流れの速さをチェックしてくれたのである。今日終わった後で先生が言うには今までご自身が経験した中で2番目に水が冷たかったというくらいに確かに冷たかった。
・ しかし水の中に入れば逆に暖かくなってくるから不思議だ。「鳥船行事」という古式にのっとって準備体操をし、遂に水入りである。私は一番最初に入って生徒に号令をかける。「入れー」。
・ 10分程度の水の中で生徒は両手を合わせ何かを祈るか感謝していたに違いない。川のせせらぎの音だけで静寂そのものの瞬間がやってくる。道彦助彦先生の奉唱される「大祓詞」の小さなお声だけが耳に入ってくる。
・ 禊を終えた生徒の顔は何かをやり遂げた充実感に満たされていたような気がする。体を拭き、そして着衣である。全員が宇治橋の鳥居に揃って一拝を行って、修養学者の本命である「内宮」に参拝する。
・ 私を先頭に誰もしゃべらず粛々と内宮の境内を歩いてご本殿に向かう。私と生徒代表が普通は入れない「御垣内(みかきうち)」という本殿側まで神宮の神職の案内で行くのを許された。
・ 付き添ってくれている写真館の社長によれば「校長先生が中に入られたのは初めてです。」と言っていたが、私は神宮の評議員だから許されているのである。内宮参拝を終えて我々は又縦列を組んで神宮会館に戻る。そして朝食となる。

・ とにかく「禊」という厳かな形に入り、終われば、確かに清められたという気がする。これは「古事記」の世界から伝承されているもので日本の神話の時代から綿々と伝承されている神道の世界では極めて重要な儀式であり「人間としての研鑽の一つ」である。それを我々は「修養」という言葉を使っているのだ。」
・ 政治家は何かをやって暫く経つと「これで禊は済んだ」と言うがそんなものではない。禊とは深い意味がある。人間としての反省の儀式と私流に理解しているのである。神社にお参りする時に手と口をすすぐがこれも禊の一つである。また相撲でお塩を土俵に撒くのも一種の禊である。このように日本人の生活には禊が深く組み込まれている。
・ 生徒たちにとって初めての本格的な禊体験であった。将来家庭を持ち何時かこの地を訪れた時に浪高時代のことを思い出してくれるのではないか。それくらい伊勢神宮の禊体験は意味あるものだと思っている。絶対にこの行事を無くしてはならない。これを止める時は学校を閉鎖する時である。

・ 「祓詞(はらえことば)」は極めて重要なものであり、出来れば暗礁しておくとその知識の広がりに人は感心するに違いない。第一凡人にはこれほど便利な文言は無い。神社にお参りする時にもこの文言は有効である。
・ 神様は「祓戸の大神等(はらえどのおおかみたち)」である。とにかく「祓戸の大神たち,祓戸の大神たち」と口で唱えながら「もろもろの禍事(まがごと)、罪、穢れ 有むをば祓え給へ 清め給へ と曰すことを聞こしめせと 恐み恐みも曰す」である。簡単だ。
・ もう5年目になると他の詞(ことば)も大分覚えてくるようになった。後は「大祓詞(おおはらえのことば)」であるがこれは難しいし第一長い。しかし浪速を卒業するまでには覚えたいと思っている。
・ 生徒たちは明日朝2回目の禊である。一回だけというより何事も複数回やって初めてやったと言える。一回目が天候で出来なかったことも考えて連日としているが案外連日というのが「隠れ味」である。
・ 不思議なことに生徒達は2回目となると非常に準備も上手く上達し、本格的に見えてくるから若者の柔軟さは凄い。明日朝は今日よりは幾分水の温度も上がるのではないか。それを期待したい。
・ ところで一体女生徒はどうなっているのかとの声が聞こえて来そうだ。勿論女生徒に禊などさせられないから特別なプログラムが用意されている。明日のブログは女生徒の伊勢修養学舎について書いてみたい。
























2011年7月21日木曜日

23年7月21日(木)伊勢修養学舎初日




















・ 「電話がないな、これは負けたな」と思っていたら、夕方5時20分頃監督から電話があった。第一声は「本塁で2本も刺されました。・・・」であった。私は瞬間、負けを確認した。結果を言わないから「結局、何対何だ」と私は聞いたのである。
・ 「0-4で負けました」と監督はようやく答えてくれた。府立布施高校相手に0対4だから完全に負けだ。本塁で刺されようとなんだろうと「完封負け」である。下馬評から良いピッチャーが居るとは聞いていたがやはり打てなかったのか。
・ ところがヒット数は相手が7本、本校が6本というから、そうなると試合運びの差ではないのか。運不運もあろうがヒットを放ち、走者が本塁を突いてタッチアウトが2本だという。焦りもあったのか。監督は極めて上手い返球だったと言っていた。残念である。一回戦で公立に負けるようでは話にならない。
・ しかし「ぐっと堪えて」私は監督に言った。「来年を期して頑張れ、生徒には良くやった」と言ってやって欲しいと伝えたのである。監督は「私の責任です」と言ってはいたが戦力の彼我の差もある。来年に向かって何とか硬式野球部に具体的な支援してやらねばならない。この先生を顔の立つ監督にしてやらねばならない。

・ 私は当初学校車で自分が運転し、伊勢に来ようと思っていたが昨夜急遽電車に切り替えた。車があれば現地で動き易いと思ったのだがやはりリスクを避けたのである。大事な学校行事の前に自分が事故をやるわけにはいかない。
・ 理由は一足先に神宮会館に赴き会館側にご挨拶もしなければならないのと、第一班が来年回しになったので、会館から聞いている一部建替えについてトップの考えを直接確かめたかったのである。
・ 予定通り近鉄特急は10時40分に宇治山田駅に到着した。神宮会館から出迎えの車が来ており黒塗りの大型乗用車に乗って会館に到着した。たった一台の社用車で、重要顧客にはこのようなサービスをしてくれるらしい。
・ 私が偉いわけでは無くて、高校・中学と約800名の生徒が連泊で宿泊してくれる学校の校長だからサービスしてくれるのである。会館にとって最高の客であることは間違いない。しかしこちらも随分とお世話になっておりお互いが今や信頼関係で結びついている。それはこの学舎が58年も続いているからである。
・ 伊勢神宮崇敬会事務局長を兼ねている会館の館長さんは正式な神宮の神職の幹部であり、1年ぶりにお会いする。話が弾んだのであるが、やはり大震災の影響は大きく、来訪者は減少していると言われていた。自粛なのである。
・ 第一班の中止は正解でしたともいわれた。物凄い横殴りの雨で何処にも行けませんし、第一伊勢道が閉鎖でしたとも言われた。長い歴史で7月に伊勢を直撃する台風も初めてでしたとも言われていた。
・ 建設工事は既に工事車両用の道路作りが進められており、来年の本校の学舎は宿泊場所は問題ないが生徒が一同に集まることが出来る「講堂」が取り壊されるので、食堂を流用するとかの知恵と工夫が必要だということである。まあ何とか成るだろう。
・ しかしこの講堂は昭和39年に建てられたというから48年も経っている。東京オリンピックの年に建設されたが約半世紀の寿命となった。本校の伊勢学舎は58年間だから建設以来毎年お世話になってきた講堂で私は生徒にここを使う最後の学年だと言ってあげた。
・ しかし不思議なものだ。住吉の本校でも今「新校舎建設」を考えており、偶然とは言え、伊勢神宮と本校との縁を感じるのである。神宮会館に負けないように素晴らしい新校舎が出来るように私は後述する「猿田彦神社」に祈願した。この神社の神さまは「道開きの神さま、建設の神さま」として有名である。
・ 私の部屋は最も良い部屋をあてがわれている。テレビはデジタルに変わっていた。そこで一息つく間もなく生徒たちが到着した。生徒は講堂で持参の弁当をまず食する。教職員は会館から弁当が出た。最もただではない。しかし今日が土用の丑の日ということで「うなぎ丼」を用意してくれていた。こういうところにも神宮会館の心遣いを感じた。
・ 昼食後バスに乗ってまず「外宮参拝」である。正式な「手水の使い方」は学校の授業で教えてはいるがやはりこのような立派な現場での実践は身に付く。神道科の先生が教えたとおりに正式な手順で生徒は清めていたのである。これで生涯忘れることはないだろう。
・ 外宮の次は「猿田彦神社」への正式参拝である。その後会館に戻って「第58回伊勢修養学舎」の開講式であった。私が最初に挨拶をしてその後会館の事務局長から歓迎挨拶、そして明日からお世話になる祭式の指導の先生方のご紹介で式は終わる。時間は15時50分であった。
・ その後「校長講話」となる。いわば校長の授業であり、50分間貰っているからある程度のことはしゃべれるのである。私は「今を生きる」と題してプリントを用意して臨んだ。又最近読んでこれは生徒に聞かせたいと思った本も持参してぴったり50分間の授業を終えた。
・ 自分でも感じたが今日は「手ごたえ」を感じた。まあ何時ものことであるが、しゃべるときは一生懸命に話すから聞く生徒も真剣に聞いてくれたと思う。毎回毎回話す内容は変えられないがそれでも微妙に変化を持たせて話さないと「生徒の耳目」は集められない。
・ 話の下手な校長はいないと思うが生徒や保護者に聞いてもらい、何かを伝える才が無ければその学校の命運は尽きる。特に私立学校ではそうである。「誰がその学校の校長か」が今後ますます問われる時代になってくるし、既に成っているだろう。
・ 校長が「自分の言葉で説明する」ことが大切である。校長が教職員の最後列に引っ込んでいて、話と言えば「気候の挨拶と誰かの借り物のような話」ではパンチはない。教職員の先頭に立って「引っ張って行く覚悟」が無ければ校長は辞めた方が良い。
・ 16時40分講話が終わって生徒はようやく自室に入って順番に入浴となる。その後18時40分から夕食であった。私はこの光景が大好きである。見ていて壮観である。しかしそれで予定が終わりとはならない。明日の準備となる。男子生徒は「禊の事前勉強」、女生徒は「礼儀作法と着付け」の学習だ。22時過ぎが就寝である。
























2011年7月20日水曜日

23年7月20日(水)多聞特訓と大学数

引退を発表した大関魁皇





・ 「なでしこジャパン」の澤しゅしょう(主将)は「諦めない」と菅しゅしょう(首相)に伝授したら菅総理も「私も諦めない」と強く言い放ったという。一方は勝負を諦めないといい一方は総理の職を諦めないということだ。同じ“しゅしょう”でも大きな違いである。

・ 菅首相は澤主将に「リーダーシップの秘訣は何ですか」と聞いたそうだ。一国の総理大臣がこのような質問を投げかけるところに日本に悲劇がある。一方今朝の新聞は大関魁皇関の引退表明を記事にしていた。引き際が「潔い」との論調が目立った。

・ これに対して菅総理は「引き際」が話題になっているが、魁皇に比べて潔いはずが無い。一旦権力を手にした人間は絶対に手放そうとはしないのが人間の常だというが、総理のこの粘りだけには感心してしまう。

・ さすがのなでしこジャパンもこの粘りには負けるのではないか。澤主将も菅首相に「この粘りは何処からくるのですか」と教えて貰ったら更に強くなるのではないか。さて私は基本的に「粘る方ではない」。粘るのは余り好きではないからだ。「引き際こそ男の美学」だと思っている。

・ 「拍子抜け」とはこういうことか。期待したわけではないが朝から午後にかけて大阪市内は暴風雨圏内と予報されていたがまったく雨など無く、何時も以上に良い天気であった。

・ 午後が危ないと思って私は午前中に「多聞尚学館」に行って昨日から4泊5日で頑張ってくれている高校3年生の「センター対策」特別講習の様子見に出かけた。行きも帰りも良い天気で風も雨も一切無かった。

・ 今回は「英・数・国」の3科目で、4人の先生が付き添いに来てくれている。私は2クラス展開のそれぞれの教室で講習の様子を観察し、3分程度時間をもらって「校長講話」を入れた。この講話はずっとやってきているもので、この3年生の90名の集団は高一から3年間、多聞で育ててきた学年である。

・ この「8月を如何に過ごすかが勝負」であり、受験生らしく日常から決別せよ、徹底的に自分で自分を追い込め、目標は下げるな、センターのテクニックを身に付けよ、過去問を解け、この努力は必ず報われるなど様々に話すのである。

・ 誰もが真剣な顔つきであったが、まだまだである。要は子どもっぽい、自分に甘い、他を知らない、多聞にきたら出来るようになっているという錯覚など言葉を静かにして話した。もう檄を飛ばす段階は過ぎたのである。

・ 3年生になると逆に静かな声の方が生徒の心に染みとおって行っている気がした。後5ヶ月でセンター試験である。ラストスパートの時期である。1学期が終わって彼らもお尻に火が付いてきたことを感じているのであろう。この姿勢がせめて高二の半ばからあれば今の力は相当なものなっていたのにと思うが今更言っても仕方が無い。

・ 全国120万人の高校3年生の約半分が約600ほどの大学に向かって頑張っているのだから合格も簡単な話ではないが本校のように素直で伸びきっていない生徒は急激に実力が進展する。それだけに地道な多聞の講座が重要なのである。

・ これが公立で言えば学区のトップ校などであれば「ここまで学校で教えることはしない」のが普通である。しかし私学とてもご家庭には経済問題を抱えておられる保護者もいる。高い予備校の夏季セミナーなどとても手が出せないというケースもある。

・ 私学の良さは「面倒を見る」ということであって毎日生徒に接している現役の教師が面倒を見るのだからこれほど効果の高いものは無い。テレビでは某予備校のカリスマ講師が盛んに夏季セミナーの宣伝をしたりしているが私の考えは「学校の教師が時に予備校講師に変身する」のが最も効果的だと思っている。

・ しかしどうして予備校の有名な講師といわれる先生方はひげを伸ばしたりレンズ色つきのめがねをかけたりしている人が多いのであろうか。本校では口ひげ、鼻ひげ、顎ひげ、すべて厳禁とは言わないが私は大嫌いである。理事長・校長がひげなど無いのだからそれ以上に偉そうにする必要もあるまい。
・ 少し前になるが6月13日の日経夕刊に面白い記事があった。文部科学省の学校基本調査と総務省の「都道府県別人口に占める大学生の比率を見ると京都府が東京都を押しのけて一位」である。

・ 以外にも滋賀県が大阪府を凌駕している。「人口10万人当たりの大学整数で言えば、京都府、東京都、滋賀県、大阪府、愛知県、宮城県、石川県、福岡県、神奈川県、兵庫県までがトップ10」である。

・ 京都市だけで見ると人口の10%に近い134076人が大学生で大学の街として面目躍如たるものがある。地方の小さな町だったらそこの住民全てが大学生と言う具合である。3位に入った滋賀県は京都の大学のキャンパス誘致の影響と記事にはあった。

・ 大学数そのもので言えば東京がダントツで136もの大学がある。2位は大阪であるが数は半分以下の55校である。ついで神奈川、愛知、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山がトップ9である。

・ 言いたいのは「京阪神地区を合わせれば日本一の大学数を誇る」訳だから私は生徒に「選択する大学は山ほどある」と言っているのである。「行ける大学から行きたい大学へ」がキーワードである。

・ 又余談ではあるが、ここに視点をおいて新しい「関西州」の特色作りに生かしたらどうかと言っている。関西州では東京の136大学を軽く2倍は上回る。「知の拠点」としての位置づけは明確になる筈だ。京阪神の大学で単位の互換性とか新しいシステムを考えれば今以上に大学生を抱える街になることは間違いない。

・ 京阪神の失敗は都心から大学を校外に追いやったことではないか。だから街全体に「知の雰囲気」が薄くなったことである。ただ最近は「都心回帰」の現象も見られ、大いに歓迎するが今必要なことは大学間の連携であろう。ぼやぼやしていたら府内の高校生はアジアの大学とか国外にも出ていくだろう。

・ 街づくりの基本に大学を据え、大学と高校の接続システムが新しい形で完成されたら当に新しい国づくりに直結できると思う。高校サイドから見ても現在の大学受験のシステムについて大きな改革が必要だと痛感している。それについては別途に。


2011年7月19日火曜日

23年7月19日(火)「キムラ君、始めました」






・ 午前6時50分高校教頭、神道科の教諭と話し合い、第一班の伊勢修養学舎は中止と最終判断を下した。残念だが仕方が無い。天候には勝てない。無理して出発しても伊勢で閉じ込められては意味が無い。

・ この第一班は「来年度回し」ということになるが若し来年度も今年と同じように多くの入学生を迎えたとしたら中学校を入れて総計5班になるからそれは大変なことになる。管理職の朝会でこの辺を少し議論したが中学生の伊勢学習合宿を多聞尚学館に回すとか工夫が要るだろう。

・ まず1班当たり220名程度の宿泊場所の確保や禊ぎや祭式の先生方のご予定もあり、「それでは来週に延ばします」と簡単には行かないから苦労している。ホテルで言えばそれも二泊三日だからほぼ「全館貸切」となると、夏休み期間でもあって簡単に確保できるホテルや旅館は伊勢にはない。やはり幾分融通が利く神宮会館を使わざるを得ない。天候が恨めしくなる。

・ 午前9時15分、高校3年生の特別学習合宿がバス2台で正門をスタートした。4泊5日の長丁場であるが最後の「英数国のセンター対応の特訓」である。こちらは自前の宿泊場所だから何ら問題はなく、台風が来ようが何が来ようが外に出歩かなければ何ら問題はないから安心である。

・ バス手配の営業マンが来ていたので「伊勢分のバス代のキャンセル料」について聞くと「キャンセル料は例え台風であっても欲しい」と言ったようなお顔付きであった。マアそうだろうが其処を何とかしてと私は言った。少し勉強してくれるかも知れない。

・ 学校では「夏季講習」も行われており、殆ど全ての教職員が出勤している。昔はいい加減な教員も居たみたいだが今はそういう人間もいなくなった。講習や部活指導に頑張ってくれている。私は1学期分の資料など廃棄したりして2学期の戦略を練っている。

・ 弓道部の顧問が私学大会の戦績を持って報告に来てくれた。男子団体で優勝と三位、個人では一位から六位まで浪速が独占したとのことであった。女子は好文学園さんが団体、個人とも強く浪速は団体で四位、個人で三位に入っている。

・ 中学男女では1位が浪中の女子、三位が浪中の男子生徒でこれも良い成績である。浪速武道館の弓道場「玄武館」の成果であると顧問の先生は言っていた。特に天井吹き抜けにしている関係からか良い風が通って暑くないというのが嬉しい話だ。
・ 硬式野球の順延された試合は21日の舞州球場で13時30分から行われると顧問が言ってきた。残念だが伊勢とダブっており私は伊勢だ。仕方が無い。健闘を祈るとしか言い様がない。相手は府立布施高校である。左腕で良いピッチャーがいると監督は言っていた。

・ 昨日は雨で中止になった関係で近くにナンバパークスに昼食に出かけたのだがそこで「とんでもない看板」を見つけたのである。「キムラ君始めました」と書かれた張り紙がお店の入り口に貼ってあるではないか。

・ そういえば最近そのような新聞記事を見たことを思い出してそれを探し出して読んだ。どうもキタ、ミナミ辺りでは今「キムラ君」というのが流行っているらしい。「イケ麺!キムラ君」という具合だ。「大阪発ピリッと拡大中」「キムラさん」「キムラはん」も続々登場という。最初この記事を見たときに「ドキッ」としたがどうも木村という姓のことではなかった。

・ 掲げているのは「うどん店」「ラーメン店」「お好み焼き店」「居酒屋店」などである。何のことは無い。「キムラ君」のキムラとは「キムチ」のキムと「ラー油」のラから取った造語である。正体はキムチとラー油がキムラ君なのである。

・ 今や「手作りラー油」が大流行でそういえばタクシーの運転手さんも昔中華料理のお店を経営していたとかでラー油を自分で作ると言っていた。それにキムチを合わせれば極めて相性が良く美味になるそうだ。

・ 讃岐うどんのキムラ君、キムラ君おろしぶっかけ、キムラ君ニューハーフ等々今や全国に飛び火していると言う。キムチとラー油は様々な食材に会わせやすいから、最近ではサンドイッチに入れれば「キムラサン」になるという具合である。

・ ご飯なら「キムラ飯」となりたくあん入りは「キムタク」である。最近ではもやしナルムの「木村モナ」がダントツの人気らしい。しかし人騒がせな記事だった。余り嬉しくはない。

・ 木村と言う姓であるが好きでもなければ嫌いでもない。先祖伝来受け継いできた姓だから変えられるものでもないしそういう気もない。木村で結構である。陳腐であるがその分一々説明しなくても済むから大いに助かる。全国に分散しているからまさに一般的な名前である。

・ 理事長職務代理の姓は「南坊城」と言われて摂関家の藤原氏に繋がる名家であるが、誰もが気になる姓である。更に難しくなってくると大変である。日本には名前の姓が7000個くらいあるのか?

・ 良く言われるようにトップは「佐藤」続いて「鈴木」「高橋」「田中」「渡辺」「伊藤」「山本」「中村」「齋藤」「加藤」「吉田」「山田」「山口」「松本」「井上」と来る。そして「栄えある18番目に木村」だ。続いて「林」「清水」がトップ20となる。

・ 以上のトップ20において今の本校の勤務している教職員の中にはやはりいらっしゃるのである。今居ないのは佐藤、鈴木、田中、齋藤、山田、林、だから来年の採用では意識してこの姓の先生に来てもらえばトップ20の全員が揃うことになる。






2011年7月18日月曜日

23年7月18日(月)なでしこジャパン





 ・ 朝9時06分硬式野球部の監督から電話があって今日の試合は朝から全面中止となったとの知らせがあった。 そういう訳で私は本日午後から舞州球場で行われた夏の甲子園大阪大会の応援に出かける予定がキャンセルされて予定が空いた。

・ 台風6号は大きな勢力で日本列島に近づいており、大阪では朝から雨も降っており今日は静養日とした。しかし気になるのは明日から始まる「伊勢修養学舎」である。今のところ厳しい情勢である。

・ ひょっとしたら第一班は中止になるかも知れない。もしそうなれば一班の生徒は来年となる。来年の一年生と合同で参加することになるのだ。本校では必ず卒業までに参加させることになっているからだ。それくらいこの行事は重要なものである。

・ 高等学校の校長として甲子園出場をかけた府の予選大会は特別なものがある。応援者がスタンドに入るには有料であるが学校長は身分を示すリボンが高野連から渡され無料である。そういうものだろうと思う。

・ 対戦相手は府立の布施高校であった。伝統校であり野球は強い。果たしてこの順延は吉と出るかどうか。しかし何時も思うのであるが野球人気は根強い。最近でこそサッカーやラグビーが人気を得てきているが歴史を言っても野球人気が底堅い。私立、公立硬式野球をやっている「高校球児はとにかく多い」のである。

・ ベンチ入りできる人数は限られているがレギュラーになれなくとも野球部に籍をおいて3年間を過ごす。立派だしこの3年間で球児は鍛えられる。だから根性の据わった良い男子が多い。

・ 私はスポーツをする高校生をいとおしく思う。彼らのために何かをしてやりたいと何時も思う。「浪速ふくろうスタジアム」の建設もその目的であった。野球部と双璧のサッカー部も今朝の「なでしこジャパン」の活躍をテレビで観戦したことだろう。

・ 誰が名づけたのか私は調べたが日本サッカー協会が2005年に公募した中から命名し「登録商標」も取っているそうだ。「なでしこジャパン」のことである。山野に自生し高さ50センチ程度の多年草で種類は色々とある。まあ言ってみれば雑種なのだろうが色はピンク他多くあって日本女性を昔から表現してきた言葉である。

・ 例えば「大和撫子(やまとなげしこ)」と言い、「日本女性の凛として清楚な美しさ」を表現する言葉だがイメージ的には「強さ」みたいなものはこの“なげしこ”からは感じられない。しかしなでしこジャパンは強く粘り強かった。

・ 明け方からテレビに釘付けになった。サッカー女子ワールドカップ決勝戦で相手は世界トップのアメリカである。今まで勝ったことのない強豪中の強豪である。試合は白熱した良い展開でまさに「死闘」というに相応しい名勝負だったと思う。

・ 15分ハーフの延長戦でも決着が出来ずに遂にPK戦に突入した。テレビでその様子を見ていた私は「この勝負、これは日本の勝ち」だと予感した。それはアメリカチームから気迫が伝わって来なかったからである。
・ まさかこの「小柄な日本チーム」が0:1で1:1に追いつかれ,延長戦で2:1にしたら又ぎりぎりで2:2に追いつかれたのだ。そしてPK戦である。まったくアメリカはこのような展開を想像もしていなかったに違いない。どのスポーツでもそうだがこのように「ひたひた」と追いつかれてくるのは本当にイヤなものだ。

・ 延長戦終了時点で勝負は既に終わっていたのだ。まず最初のアメリカのキックの選手を日本のキーパーが脚で防御した。このプレーは印象に残った。私はサッカーは知らないがPK戦でも野球でも先に点を取る効果は大きい。
・ この瞬間勝利の女神は日本に完全に傾いたのである。何と2本目のアメリカはネット上に蹴るなど明らかに動揺していた。もうメロメロという具合で完全に日本側に風は吹いたのである。

・ しかしあの「澤という選手」は素晴しい。キャプテンだと言うが求心力のあるまとめ役で今大会も5得点というから人柄だけではなくて実力も群を抜いているのだ。このように時代の変わり目にはこのような「天才肌の選手が歴史の一頁を塗り替えていく」のだろう。

・ 「ハイ、澤選手には最低でも3000万円」くらいの報奨金を出すべきだ。その他の選手には最低でも1000万円だ。それくらい出してやれと言いたい。東北大震災で国難に陥っている「日本の力、日本人の粘り強さ」を全世界に見せ付けたのである。大きな価値ある優勝であった。

・ 管総理は応援に行きたかったらしく側近がアレンジしたが結局取りやめた。私はどうして行かなかったのだろうと不思議でならない。優勝した瞬間「ピッチ」に降り立ってなでしこジャパンの選手の背中でも抱けば又管バッシングも風向きが変わったかも知れないのに。

・ 福島原発を放りだして何をサッカーの応援だと文句を言われるのを敬遠したのだろうが逆だ。世界は日本の総理が直々応援に来たとなれば原発も落ち着いてきたのだと安心するのではないか。現実原発の状態は落ち着きつつある。今問題になっているのは牛の内部被爆の問題でこれは所管の大臣に任せておけば良いではないか。

・ ただ今までの「人気取り政策」が世の批判を受けてきただけに又「パーフォーマンス」と全くの逆効果を生んだかも知れないが、もうどうでも良いではないか。今が底だろう。これ以上は落ちないのだから勝負に出るべきだったと私は思う。

・ 早速今回のなでしこの活躍をたたえて各局は「なでしこ特集番組」である。暫くはこれ一色だろう。「澤選手の秘めたる生い立ち」「佐々木監督夫妻のなれそめ」とどうでも良いような番組が続くだろう。

・ そして選手諸君は一躍大スターとなってテレビ出演の梯子となる。そのうち選手を辞めてテレビタレントに転進する人も出てくるのではないか。そして戴いた賞金で整形手術などされるとのではないか。それも良いが問題は次の世界戦である。本当にサッカー大国になるためには今からが重要で次の試合が大切だ。

・ しかし「女子力」はすごい。男は駄目だ。女には勝てない。今日本は女性の力で持っている。私はこれからの日本は女性の力でリードされるべきだとも感じる。「天照大神」様も「卑弥呼」も女性だった。古来日本は女性がリードしてきた歴史がある。原点にもどろう。「力のない口先だけの男は女の蔭にすっこんでおれ」と言いたい気がする。

2011年7月16日土曜日

23年7月16日(土)1学期終業式







・ 遂に「1学期の終業式」となった。4月以来4ヶ月弱だが私立学校では1月からカウントした方が感覚があう。入試、卒業、入学と例年と同じサイクルであるが公立と違って私立は生徒数が運命を制するくらいの重要数値だから「1年入学生は何名?」などと余計に神経を使う半年間であった。

・ 今年の高校1年生は「一体全体どのようなタイプか」が教員の関心事であり、1学期の4ヶ月間はその見極めと早く高校生として着陸して欲しいと思う1学期なのである。要は「中学生気分は早く捨てよ」ということだ。

・ だから1学期の終業式を向かえると、「ホッと、一息」というのが偽らざる気持ちである。元も先生方の忙しさは今後も続くがやはり正規の授業が終了したとなれば幾分神経の張り詰めも違ってくるからお顔には何か余裕みたいなものも感じられる。

・ 7月一杯は「多聞尚学館」「学校での夏季講習」「部活動合宿」など予定は目白押しである。逆に夏休みの方が忙しいという教員もいる。夏休みについて世間には良く誤解されている方が居られる。

・ 「学校の先生は良いですね。夏休みが長くあって・・・」と言われるがトンでもない話で「夏休みは生徒の夏休み」で教員は勤務が通常通り続くのだ。確かに昔は生徒に合わせて長い休みを取っていた無茶苦茶な教員も居たが今やそういう人も居なくなった。

・ 教員には様々な特権が与えられており「自宅研修」というのがある。要は勤務場所を離れて研修することなのだが、名目上は研修であるが、ただの休みだったり、酷いのになると旅行に行ったりすることが一時期府内でも大きな問題となった。

・ オンブズマンなどが見張り、「あの教師は研修と言いながら自宅で車を洗っていた」とか「コーナンに買い物に行っていた」とか言われたものだから最近では公立でも「宅研」を申請する教員は少なくなったのではないか。


・ 本校は8月3日から10日間の「夏季リフレッシュ休暇」を制度化しているのでこの間は学校は基本的に閉鎖である。これは教職員にとって「つかの間の休息期間」であり、皆さんこれを楽しみに7月一杯頑張ってくれる。

・ 昨日の1学期最後の職員会議で私は教職員に1学期の頑張りに感謝と慰労の言葉を述べた。特段大きな問題はなく粛々と進んだが検討を進めてきた9月の「スクールサマータイム」を実施する最後の確認を教務部長の資料で行った。

・ 学校は9月1日から15日まで8時20分登校、8時25分1限目の授業開始と40分授業で6限までとする。8時10分始まりとか1日5限とか様々な意見が出たが、生徒や保護者の様々な意見を集約した案とした。

・ これで短縮した授業時間は8月盆明けの22日からの授業を4限から5限にすることや12月の授業日数を増やすなどで対応する。今回のサマータイムでエアコン使用時間から計算すると1教室あたり最大22%の節電になり自習教室の開設など入れても学校全体で約10%程度の節電となるはずである。

・ 政府からの正式要請を受けて関西電力さんも正式に節電依頼が来た。何と夏季(7,8,9月月の最大需用電力が前年同月の最大需要電力を下回るとそれに相当する電気料金をその翌月に割り引いて頂けるらしい。

・ 本校の電気使用量はこの6月の例で言うと住吉区の本校で44429KWH,多聞尚学館で2410KWH,ふくろうスタジアムで1400KWH,浪速武道館で4278KWHとなっている。月間支払い料金は1438275円にもなっている。

・ 昨日の職員会議で私は以上の数値を明らかにして特に「部活動におけるエアコンの使用に制限」を加えた。特に問題となったのが武道館である。代わりに「大型扇風機」を用意することも示した。

・ 私は費用の問題ではなくて「エネルギーへの視点」は教育に直結していると思うからである。電力は無尽蔵ではなく限界があるということを今日的若者に教えなければならないと思うからである。


・ 朝一番に高校3学年の学年主任を呼び卒業アルバムについて指導を加えた。3年生のアルバム担当は昨日の私のブログを読んで顔色が変わったと言う。一枚も芸術鑑賞会の写真を撮っていないと言う。私は担当にも厳しくチェックを入れた。


・ ついで19日からの高校1年生の「伊勢修養学舎」の対応方針を管理職で確認した。台風が近づいてきており特に第一班について様々なケースを想定して作戦を練り、本日1年生には周知徹底することとしたのである。


・ 1限、2限と授業をして3限目は本校の伝統行事である「神前奉告の義」があった。必ずし終業式には祈願と感謝の言葉を述べるのである。その後普通は校長の話があるのだが「熱中症対策」として生徒は再度教室に戻させた。

・ そして私は校長室から校内放送で生徒に話をするのである。まずスクールサマータイムの件、そして高校1年生には台風6号によっては伊勢修養学舎行きの予定が変更になるのでその辺の段取りを知らせた。詳細はプリント持ち帰らせる。

・ その後夏休み中の注意事項などを話して終業式は終了した。その後はホームルームとなり担任から更にこまごまとした資料や「1学期の成績表」が配られたりする。生徒にとっては有りがたくない成績表であるがこればかりは仕方がない。必ず親に見せて印鑑を押してもらい2学期の初めに学校に提出である。赤点を取った生徒は憂鬱に違いない。


・ この間高校3年生を中庭に集めて「卒業アルバム写真の撮影」である。高校3年生にとっては受験勉強で厳しい夏休みとなるが頑張って欲しい。何時も感じるのであるが、もう卒業アルバム用の撮影だから生徒の心中察するに余りあるものがある。顔は笑っていてもどこか寂びしそうに見えた。