・ 勿論この修養学舎は生徒のためのものである。本校で最も重要な学校行事であり、成果と何より生徒の安全を期さねばならない。そのために校長として私は目を凝らしているのである。
・ 幸い今まで事故などは起きていない。当然体調不良の生徒を強制するようなことはしない。体調不良の者は陸上からの観察だけとする。今朝も一名だけで、後は全員が川に入った。必ず「看護士」が傍らに控えており、いざと言う体制は敷いているのである。
・ 一般的には裸になる禊など若者は嫌がるとお思いだろうが案外そうでもないというのが私の感想である。入学前の説明会や先輩から聞かされて「諦めている」のかも知れないが「ちゃんとやる時はやる」のが本校の生徒である。このことを私は誇りに思っている。
・ 為口をきいたり、不平不満の顔をしている生徒は一人もいない。とにかく昨晩からの「モード」が重要で徐々にその雰囲気に浸らせて行くのが肝要である。練習も徹底してやるから事故等がないのだと思っている。事前の「禊モード」が効果的である。
・ 「道彦」という神職の先生から指導していただくのであるが昨年から大阪の有名な禊指導者にわざわざ来て貰っている。道彦を補佐する神職を「助彦」といい、この先生も大阪から来て頂いた。それに本校の神道科の教諭と学年の先生方が付く。
・ 事前訓練は夜の9時30分まで続き、翌朝は5時50分支度をしてバスの駐車場に集合である。少し薄暗く、まだ霧雨のようなものが降っていた。昨日のうちに神道科の森川主坦教諭が五十鈴川の様子を見に行ってくれ、大丈夫と言うので私は「決行」とした。
・ 台風の影響で川の水かさと濁り、そして流れの速さをチェックしてくれたのである。今日終わった後で先生が言うには今までご自身が経験した中で2番目に水が冷たかったというくらいに確かに冷たかった。
・ しかし水の中に入れば逆に暖かくなってくるから不思議だ。「鳥船行事」という古式にのっとって準備体操をし、遂に水入りである。私は一番最初に入って生徒に号令をかける。「入れー」。
・ 10分程度の水の中で生徒は両手を合わせ何かを祈るか感謝していたに違いない。川のせせらぎの音だけで静寂そのものの瞬間がやってくる。道彦助彦先生の奉唱される「大祓詞」の小さなお声だけが耳に入ってくる。
・ 禊を終えた生徒の顔は何かをやり遂げた充実感に満たされていたような気がする。体を拭き、そして着衣である。全員が宇治橋の鳥居に揃って一拝を行って、修養学者の本命である「内宮」に参拝する。
・ 私を先頭に誰もしゃべらず粛々と内宮の境内を歩いてご本殿に向かう。私と生徒代表が普通は入れない「御垣内(みかきうち)」という本殿側まで神宮の神職の案内で行くのを許された。
・ 付き添ってくれている写真館の社長によれば「校長先生が中に入られたのは初めてです。」と言っていたが、私は神宮の評議員だから許されているのである。内宮参拝を終えて我々は又縦列を組んで神宮会館に戻る。そして朝食となる。
・ とにかく「禊」という厳かな形に入り、終われば、確かに清められたという気がする。これは「古事記」の世界から伝承されているもので日本の神話の時代から綿々と伝承されている神道の世界では極めて重要な儀式であり「人間としての研鑽の一つ」である。それを我々は「修養」という言葉を使っているのだ。」
・ 政治家は何かをやって暫く経つと「これで禊は済んだ」と言うがそんなものではない。禊とは深い意味がある。人間としての反省の儀式と私流に理解しているのである。神社にお参りする時に手と口をすすぐがこれも禊の一つである。また相撲でお塩を土俵に撒くのも一種の禊である。このように日本人の生活には禊が深く組み込まれている。
・ 生徒たちにとって初めての本格的な禊体験であった。将来家庭を持ち何時かこの地を訪れた時に浪高時代のことを思い出してくれるのではないか。それくらい伊勢神宮の禊体験は意味あるものだと思っている。絶対にこの行事を無くしてはならない。これを止める時は学校を閉鎖する時である。
・ 「祓詞(はらえことば)」は極めて重要なものであり、出来れば暗礁しておくとその知識の広がりに人は感心するに違いない。第一凡人にはこれほど便利な文言は無い。神社にお参りする時にもこの文言は有効である。
・ 神様は「祓戸の大神等(はらえどのおおかみたち)」である。とにかく「祓戸の大神たち,祓戸の大神たち」と口で唱えながら「もろもろの禍事(まがごと)、罪、穢れ 有むをば祓え給へ 清め給へ と曰すことを聞こしめせと 恐み恐みも曰す」である。簡単だ。
・ もう5年目になると他の詞(ことば)も大分覚えてくるようになった。後は「大祓詞(おおはらえのことば)」であるがこれは難しいし第一長い。しかし浪速を卒業するまでには覚えたいと思っている。
・ 生徒たちは明日朝2回目の禊である。一回だけというより何事も複数回やって初めてやったと言える。一回目が天候で出来なかったことも考えて連日としているが案外連日というのが「隠れ味」である。
・ 不思議なことに生徒達は2回目となると非常に準備も上手く上達し、本格的に見えてくるから若者の柔軟さは凄い。明日朝は今日よりは幾分水の温度も上がるのではないか。それを期待したい。
・ ところで一体女生徒はどうなっているのかとの声が聞こえて来そうだ。勿論女生徒に禊などさせられないから特別なプログラムが用意されている。明日のブログは女生徒の伊勢修養学舎について書いてみたい。