中学1年生伊勢HR合宿始まる |
中学生お母さん手作りの愛情弁当 |
・ 第3班の最終日であった。私は禊に参加して連続4回の新記録としたかったが、それを諦め,「女生徒の内宮参拝を先導」することにした。初めての経験であった。今まで学校の管理職が女生徒の参拝に付き合うことはなかったように思う。
・ 何時も外部指導者である女性神職の方にお任せしていたが一回くらいはと思って先導することを決めたのである。一昨日の2班の皇學館大學での祭式講習も後で講評すると生徒は喜んでくれていた。生徒もやりがいがあるだろう。・ 素晴らしい内宮参拝であった。神宮会館を出発して帰ってくるまで誰一人口をあけない。黙々と粛々と進めるのである。男子とえらい違いだ。人数の少なさもあろうが女生徒の方が覚悟が出来ていると思った。宇治橋から遠く男子の禊の風景がかすかに見えたが誰も見ようとはしない。
・ 早朝の内宮参拝を終え、神宮会館に戻ってきて女生徒は約1時間「大祓詞」の奉唱と書写である。これを大切にして欲しいと思う。昔ある方が神社で若い人が大祓詞を知っていたので「何処で覚えたのですか」と聞いたそうだ。その子は「浪速高校で学びました」と答え、その人は感心したと私に言ってくれた。
・ 仏教の「般若心経」に相当するものかも知れない。まだ深い意味は分からなくとも高校生のときに伊勢神宮の側で「拝詞」を書写した思い出だけでも素晴らしい。奉唱も大変良かった。声に出して読んでいくことは頭に残る。何回も何回も読んでいくとおぼろげながら意味は分かってくる。
・ 23年度浪速高校1年生対象の「第58回伊勢修養学舎」が終了した。丁度今日の0時でアナログ電波が終了したという。アナログ放送は58年の歴史で終わったというが、この数値は伊勢修養学舎の58回目と一致する。
・ 58年前、伊勢修養学舎が始まった年にテレビアナログ放送が始まった。アナログ放送は終わったが学舎は終わるわけには行かない。前にも書いたが伊勢修養学舎が終わる時は本校が終わる時だ。その覚悟で本校の教職員は更に立派なものにして欲しい。
・ 台風6号の影響で第一班は中止となったが2,3班はトラブルなく予定通り無事に終了した。私は初めて4連泊で神宮会館に宿泊して学舎に対応した。3連続で禊に参加したのは私にとって新記録であった。初めて女生徒の内宮参拝も先導した。
・ しかし来年は大変だ。今年の一班分が追加になる。今年と同じくらいに入学生となると高校だけで900名の高校生を4班に分けて連れてくることになる。これに中学生が120名加わるから10日間程度に1000名の生徒だから来年が何か怖い感じである。
・ 2班で間に休みを入れるか連続でやるか検討を早め早く神宮会館を相談して宿泊を予約せねばならない。本当に恨めしい台風だった。しかし今年も無事に終わることが出来て「ほっと」一息である。・ 3班と入れ替わりに浪速中学校の1年生が神宮会館に到着した。彼らの場合は「伊勢修養学舎」とは言わない。「中学1年生伊勢HR合宿」という。従って禊とか祭式講習とかはない。基本的に「学習合宿」である。
・ 本当は止めてもという考えもあったが「旧制中学以来続いている伊勢参拝」である。私の時代に止めるわけにもいかないし、何より早い段階での神社神道の学校の生徒としての心構えなど教育効果もある。
・ 中学一年生だから余り厳しいスケジュールは無理である。従って変化に富んだプランを入れている。例えば「映画鑑賞」をして「感想文」を書かせる。又2日目には「鳥羽水族館」の見学を入れているのだ。
・ 伊勢でやる意味はやはり「内宮参拝」をさせたいからであり、2日目に7時起床で「早朝参拝」だ。中学生なりに何かを感じてくれる。そして浪速高校に進学すれば本格的な「伊勢修養学舎」が」待っていると言う寸法である。
・ 後の時間は勉強に次ぐ勉強で2泊3日の予定を消化し最終日の夕方5時頃に学校に到着する。このような面倒見の良いところが私立中学の良いところだと思うが、本校は中でも徹底していると自負している。付き添い教員は団長が中学の教頭で他に7名の教諭に看護士が一名付く。
・ 私は3班の高校生を見送って、たった一人神宮会館に居残りになった。誰も周辺に居なくなったのである。しかしすぐに騒がしい中学生が到着だ。早速開講式での挨拶となる。何時も接している中学教頭に任せば良いと言う考えもあるがやはり開講式は校長でと思うのである。
・ 生徒から見れば校長だろうと教頭だろうと余り関係ないのではないかと思う。彼らにとって注目すべきはやはり担任の先生なのである。高校と違って中学と成るとそのようである。まして理事長など何の事か全く知らない。
・ 挨拶が済めば持参した昼食をとって、すぐに授業の開始となる。私は何時も感じるのだが「お母さん手作りの愛情弁当」を見るとこの子たちを預かっている責任を感じる。昼食後は早速授業開始である。
・ 4クラスだから英国数理社を上手く回転して講義を進めていく。大きな特徴は学校と違って一こま50分を60分としていることである。これは生徒にはしんどいだろうが、これも訓練である。
・ 生徒が弁当を食べ始めたら私は神宮会館差し回しの車で宇治山田駅に急行し大阪難波行きの特急電車に飛び乗った。夕方大阪で用事があるから今日も忙しい。しかし充実した4泊5日であった。帰るときに神宮会館に「さざれ石」があることに気付いた。
・ 来年のことをいうと鬼が笑うと言うが私は来年も元気で参加したいものだ。よく頑張ってくれた高校教頭、学年主任、そして神道科の先生方に感謝いたしたい。又付き添ってくれた教職員にも無事に終わったお礼を言いたい。さて問題は来年度の学年主任をどなたにお願いするかである。帰りの電車の中で色々と考えたのである。
・ 今回分かったことは今日的子どもにとってある面必要なことは、言い方を変えれば学校として生徒に与えるべきものは教育のみではなくて「鍛錬の機会」であるとの結論に達した。
・ 学校として教育は当たり前であるが、今不足しているものは「訓練、鍛錬」であり、「我慢する、耐える」という場面である。そういう意味で本校の伊勢修養学舎これ以上ない機会であると私は自信を持っていうことが出来る。