・ 第二班が予定を順調に終えて大阪に帰り、第3班の到着だ。閉講式は教頭先生の締めくくりとして貰った。生徒に教頭の顔と肉声を覚えて貰わないといけない。教頭、1学年主任、神道科の二人の先生はずっと引き続いて伊勢滞在である。
・ 1年に一回のことゆえ諦めてくれているのだろうがそれにしても大変だと思う。よくやってくれており私は感謝し、評価している。私の初めての伊勢での連続滞在だ。大阪での急ぐ仕事が無かったから、助かった。行ったり来たりでは疲れる。・ 第三班は二班に比べ幾分生徒数は少ない。とは言っても211名だから大部隊であることは間違いない。女生徒は最も少なく44名である。従って神職女性講師の先生は2名大阪に戻られ5名で対応して頂く。
・ 付き添いの教員は12名であるが内一人の女性教諭は居残りって対応して頂ける。まだ本校ではそれほど経験深い女性教諭ではないが、それでも生徒指導が出来る先生は少ないからどうしても貴重な存在である。
・ 長い間男子校だったからまだ女生徒指導のノウハウと言うかコツなど正直自信がないところがある。だからどうしても男性教諭は女性教諭に頼るところがあるのだ。その上女性の専任教諭が少ないから出来る女の先生にはますます負担がかかる。
・ この先生には男子生徒も怖がっており、先生というのはこうでなければならない。生徒になめられるようでは駄目だ。生徒に媚を売って教員をやっても長続きはしまい。先生は先生だから時には大声で怒鳴って言うことを聞かさねばならない。それが教師だ。
・ しかし神宮会館も久しぶりに忙しいのだろう。全館満室だから「笑いが止まらない」のではないか。部屋数は44室、和室がそのうち40部屋というから一部屋に4名から6名泊めて満員だ。2泊3日で7月19日から27日まで都合800名近いから推して知るべきである。
・ 神宮会館の料理は「まあ、こんなものだろう」というところだ。朝はおかずが箱入りになっておりこれに味噌汁が付く。夜は品数は増えて、一昨日は「伊勢ウドン」が小丼で出ていた。しかし三食200人分だから作る準備も大変だと思う。贅沢は言ってはおれない。
・ 今回の大震災でお客さんは減少したと事務局長さんは言っておられた。しかし昨日の土曜日や日曜日の今朝などは多くの参拝客を見かける。ここ数年の特徴とかで昨年だけで880万人の参拝客があったというからこれは一種のブームである。
・ 「お伊勢参り」は江戸時代にも盛んであったがこのような混迷の時代だけに多くの人々は心の癒しなどを求めて参拝に来られるのであろうか。目立つのは若い女性で「パワースポット」だという。
・ 私は今回内宮さんの社務所横で一本の「掛け軸」を購入した。「天照大神」と書かれた絹本のお軸である。これを浪速武道館のお茶室「洗心亭」の床の間に飾る。武道館の完成した年の伊勢修養学舎で求めた掛け軸だ。長い間の記念になるだろう。
・ 今朝も私は3班に同行して「禊」をした。しかし驚くのは昨夜以来この三班は素晴らしい。先生の言うことを良く聞き、行動もすばやい。昨夜の禊の練習でも大きな声で取り組んでいた。道彦の先生が驚いていたくらいだった。
・ 今朝の禊本番も立派であった。だから時間が余るくらいであった。粛々と境内を歩くと多くの参拝客が「まぶしそう」に我々を観察している。珍しいことは珍しい光景に違いない。多くの人がカメラでパチリだ。禊の時も写真を撮られているが、もう気にも留めない。・ 本校専属の写真館の社長さんは何と51回目の禊だという。51年連続ですぞ。父君に連れられて学生服を着ていた時代から禊の写真を撮ってこられた人だ。これだけでも他の人は何も言えないだろう。
・ 今は跡取りの息子さんと一緒に別格扱いで本校は面倒を見て貰ってくれている。有り難いことだ。今新しい卒業アルバムを設計中であるが何とか学年と相談して良いものをs作って欲しい。しかしこの社長さん、カメラを構えてからの時間が長い。プロだから慎重を期しているのだろうが、もう少し早くシャッターを押して欲しい。
・ 又神宮会館に戻って小休憩後昼食だ。そして午後の部は男子は別宮「伊雑宮」、女子は例の皇學館大學での祭式教室である。男子は帰ってから「大祓詞」の言葉を書写である。真剣に書写しこれを大切に保管しておきなさいと言うのだが果たして。
・ 夕食は18時20分から19時20分で、16時30分からが入浴休憩だから本当に忙しい。遠足とかではないのだ。まさに「修養学舎」なのである。夕食後も修養は続く。夕食が済んだ後20分後には講堂に集めクラスホームルームと学年ホームルームがある。
・ そしてようやく21時30分でその日の予定は完了だ。22時就寝で教員が各部屋を巡回して電気を消しているか。おしゃべりしたり騒いでいないかなどチェックが入る。このように本校の伊勢修養学舎は徹底している。
・ 昔は名をなした先輩などをお呼びして「先輩は語る」などのプログラムもあったが私は取りやめた。現代を生きる若者に「昔の思い出話」を聞かせても、効果はない。それよりも「知らないこと、体験していないこと」をさせ、「駄目なことは駄目」と徹底的にきつく指導する事のほうが教育的効果は高いと考えているからだ。
・ 2泊3日の予定も着任時1泊2日に短縮するような考えもあったがそれも止めた。本校のアイデンティティを知らしめるこの学舎を自ら薄めるようなことはしないと私は平成19年初めての修養学舎に参加して強く決意したのだ。
・ 伊勢修養学舎を終えた生徒は「一皮むけた」状態になって、「顔つき」が少し変わってくる。「中学生気分とおさらば」である。「よし、これで浪高生になったね」と私は生徒に言ってあげる。しかし日曜日となると凄い人出である。おかげ横丁は歩くにも困難なくらいの人ごみであった。
・ 神宮会館に戻って朝食、そして9時出発して「神楽殿」に赴く。神宮に神楽を奉納するのだ。まさにこれ以上はないという「本格的神楽の鑑賞」とも言える。問題は絶対的に正座が必要でこれだけは私も生徒も大変であった。
・ 神楽の後は代表的な「別宮」を参拝する。別宮というのは内宮外空に続く重要なお宮であり別格という意味である。神宮には125もの神社がある。それをすべて参拝するのは無理なので中でも有名な別宮を選んで参拝する。・ 「風日祈宮」「荒祭宮」を巡拝する。そして神道科の教諭が途中の建物の特徴などを説明していく。皇学館大学卒だし、家が神社だから「お手のもの」なのである。外部の参拝者が足を止めて説明を聞いていることもある。
・ その後は「宇治橋を背にクラス単位での記念撮影」である。この写真は卒業アルバムの載せることになる。旧制浪速中学校以来継続している無くてはならない一枚の写真である。要は高校1年生時の一枚のクラス写真となるのだ。ちなみに高2は修学旅行時の写真とし高校3年では卒業前に最後の一枚をクラスで撮る。・ 又神宮会館に戻って小休憩後昼食だ。そして午後の部は男子は別宮「伊雑宮」、女子は例の皇學館大學での祭式教室である。男子は帰ってから「大祓詞」の言葉を書写である。真剣に書写しこれを大切に保管しておきなさいと言うのだが果たして。
・ 夕食は18時20分から19時20分で、16時30分からが入浴休憩だから本当に忙しい。遠足とかではないのだ。まさに「修養学舎」なのである。夕食後も修養は続く。夕食が済んだ後20分後には講堂に集めクラスホームルームと学年ホームルームがある。
・ そしてようやく21時30分でその日の予定は完了だ。22時就寝で教員が各部屋を巡回して電気を消しているか。おしゃべりしたり騒いでいないかなどチェックが入る。このように本校の伊勢修養学舎は徹底している。
・ 昔は名をなした先輩などをお呼びして「先輩は語る」などのプログラムもあったが私は取りやめた。現代を生きる若者に「昔の思い出話」を聞かせても、効果はない。それよりも「知らないこと、体験していないこと」をさせ、「駄目なことは駄目」と徹底的にきつく指導する事のほうが教育的効果は高いと考えているからだ。
・ 2泊3日の予定も着任時1泊2日に短縮するような考えもあったがそれも止めた。本校のアイデンティティを知らしめるこの学舎を自ら薄めるようなことはしないと私は平成19年初めての修養学舎に参加して強く決意したのだ。
・ 伊勢修養学舎を終えた生徒は「一皮むけた」状態になって、「顔つき」が少し変わってくる。「中学生気分とおさらば」である。「よし、これで浪高生になったね」と私は生徒に言ってあげる。しかし日曜日となると凄い人出である。おかげ横丁は歩くにも困難なくらいの人ごみであった。