・ 私はかなりかなり「中江藤樹」先生の思想に影響を受けている。中江藤樹先生は1608年から1648年の短い人生ではあったが日本の「陽明学の祖」として有名である。江戸初期の儒学者で伊予の大洲藩に仕えた。活躍したのは徳川家光の時代である。
・ 先生の教えは一言で言えば「孝の徳目は徳の要」として「親孝行は全ての徳の基本で宇宙生命の原理である」という思想哲学に至った。ここでいう孝養とは単に親孝行ということだけではない。
・ このブログは陽明学を論じようとしているのではないから省くが、藤樹の論理は「全孝説」と言われ大塩平八郎や吉田松陰に大きな影響を与えた。私も安岡先生の書物などで随分と勉強した。「知行一致」だ。
・ 戦前はこの藤樹先生と母親のとのエピーソードが修身の教科書に載っているほど大変有名な先生である。西郷隆盛、上杉鷹山、二ノ宮尊徳、日蓮などと偉人として子どもたちに教えられた。戦後偉人の話をしなくなっていることは日本人として可哀想であると最近つくづく思う。
・ 本日言いたかったのはこの「親への孝養」である。以前のブログにおいて紹介したが本校のある女性教諭は広島県のご出身であり、昨年の年末年始に帰省した時に実家の両親にデジタルテレビをプレゼントした。
・ 今年の7月24日、後わずかでアナログ放送が打ち切られるから、可愛がって育ててくれた両親に暮れのボーナスを使ってデジタルテレビを買ってあげたのだ。この話しを聞いて私は感激した。この先生を大いに見直したのである。
・ ご両親もご自分でテレビくらい買えるだろうが、可愛い一人娘が大阪の私立高校で専任教諭に採用され初めてのボーナスでテレビを買ってくれたわけだ。如何ばかりにご両親はお喜びになったであろうか。立派である。教師たる者、かくあるべしである。
・ 明日の5日には夏のボーナスが支給される。どうか夏休みに帰られた時に又何かをしてあげて欲しい。「親孝行をしようとすれども親はなし」となってはならない。生きておられる時に孝養を尽くせと申し上げたい。
・ 昨日はそういうわけで西国33箇所観音霊場3番札所の「粉河寺」に参拝した。ご詠歌は「父母(ちちはは)の恵みも深き 粉河寺 仏の誓い たのもしの身や」である。和歌山県紀ノ川市粉河にある。
・ 今回この粉河寺を選んだのは経緯があってのことである。今から約15年前くらい前だったと思う。当時住友金属和歌山製鉄所に勤務していた私は両親を白浜温泉に招待し、神社仏閣巡りが趣味だった両親をこの粉河寺に案内したことがあった。
・ かねてより何時か機会があれば昔、両親と共に歩いたこのお寺さんに来て今は亡き両親をしのびたかったのである。当時私は最も働き盛りの50台であった。和歌山の街の雰囲気にも久しぶりに浸りたかった。
・ それで朝起床してすぐ決行することを決断したのである。足は学校車を借りた。担当が1年点検をするついでに学校車のテレビをアナログからデジタルに切り替えてくれていた。チューナーと言うものを付けてくれたのである。説明を聞いていないので最初は操作が分からなかったが停車中にテレビを見ると、それは「映像が美しい」ものであった。
・ しかしナビはハードディスクをメーカーに送って最新版に上書きするとかで外されていたが何とかナビなしで目的地に迷うことなく到着した。阪和道を和歌山ICで降りて24号線を奈良方面に向かえば左側に見えてくる。
・ 「大門」の前に小さな社があり、傍らに巨大なクスノキがあった。見れば「霊験あらたかですから触りなさい」とあった。流行の「パワースポットの樹」にあやかって入るのかも知れないが、当然私も巨木の根元付近を撫でて学校の平穏無事と新校舎建設を祈願した。
・ しかし粉河寺は本当に広い境内である。清少納言が「寺は石山、粉河・・・」と記した名刹中の名刹であるが、寺勢が発展したのは鎌倉から室町までで戦国時代には秀吉の紀州攻めで建物はほぼ全焼した。
・ その後江戸時代になって紀州出身の8代将軍吉宗の加護で持ち直してきている。従って今ある建築物は殆どが1700年代の始めに建てられたものである。徳川の初期だろう。しかし「豪壮」なものである。
・ 「大門」「中門」「本堂」など一見の価値がある。国の重要文化財に指定されている。不思議なことだが私は一つ一つ建物を見て歩いていると、遠い昔両親と境内を歩いたことが浮かび上がってくるのである。
・ ご本尊は「千手千眼観世音菩薩」であり、創建は770年と書かかれてあった。桃山風と言われる庭園も素晴らしい。日曜日の午前中と言うことも有り、人出は少なく、茶店なども閑散としていた。私は時間を掛けてゆっくりと境内を散策した。
・ 芭蕉の句碑や若山牧水の歌碑などが点在し、ゆったりとした気分が流れている。まさに「粉河寺縁起絵巻」の世界である。山門にはお店などもなくて昼食を摂る場所も無い。私は車で泉佐野を抜けて阪和道に入る道をある歩いている地元の人に聞いて選択した。最高のドライブコースであった。
・ 11時30分頃に山門前の駐車場を出発し市内の長居陸上競技場の近くのファミリーレストランに入ったのが1時前だったから大変に効率が良かった。このようにちょっと時間が取れれば直ぐ動くのは昔からである。
・ 今日は校務運営委員会の日であった。特段大きな問題となる議題も無く「編転入」の話題になった。今年の特徴は編転入の数が若干例年に比べて多いことである。私は委員会の後、アルバム製作会社の方に来て貰って担当の先生を交え大筋の方向確認を行った。良い卒業アルバムが出来そうである。楽しみである。