2011年7月29日金曜日

7月29日(金)50歳代の教員





・ 写真は今朝の朝刊に出ている記事である。「教員3人に一人が50歳以上」「ベテランの経験伝承課題」「いびつな構成、どう対応」とかの見出しだ。これは2010年の文科省の「学校教員統計調査」で判明したものである。
・ 要は学校の教員の3人に1人が50歳代ということで「危機感みたいな」論調の記事なのである。平均年齢も過去最高とかで「中学校が44,2歳、高校は45,8歳、小学校は44,4歳」だという。

・ しかし私に言わせれば「それがどうした!」と言いたい気もする。60歳定年の教育公務員で50歳台といえば「働き盛り」である。知識も経験もあり、定年までの最後の10年間をお世話になった教育界に「最後の恩返し」と頑張って貰わねばならない年齢だ。

・ それが記事に拠れば「今までは30代―40代が中心だった仕事を50代もやらざるを得ない」とか「部活動や生徒指導が特にきつい」とか「50代は生徒の父親より年上になってしまう」とか言っているがトンでもない話だ。

・ 「授業研究、新人教育をリードする中堅が少なく苦労している学校が多い」とか書いているがこの50代と言うのは授業研究とか新人教育など全くせずに好き勝手に生きてきた連中だという声もある。

・ 大体別の会議室では定年延長などを叫ぶなら50代はまだ発展途上だと何でも率先して校務分掌や生徒指導などせよと言いたい。しんどかろうともそれを口に出して言うなって。それを言っちゃ、おしまいよ。

・ 都合が悪くなると「50にもなれば体力が持たない」とか言うが体力がないなら辞表を出して毎日庭の草むしりでもしたらどうだ。ゴルフとかパチンコとか遊ぶことは大事にするくせに学校の業務はしんどいとは何事か。

・ 又ベテランの経験伝承が課題と言うがまったく見当違いだ。50代の経験が学校を悪くしたという声もある。そのような経験を伝承したら大問題である。そういうものはビニールに包んで淀川に沈めて欲しい。

・ 職員会議の合意を隠れ蓑にして「しんどいことは嫌だ」と学校の進化を阻害してきたのも50代の連中だ。彼らが「抵抗勢力」であったし「守旧派」だった。若い先生の意欲を阻害し成長の芽を潰したのもベテランと言われる連中だ。
・ 良く伝承、伝承というが大体何を伝承しようというのか。ムードに流されずじっくりと考えてみよ。ベテランが新人に伝承する物って一体何なの?という疑問が出てくる筈だ。教育は製造業(メーカー)ではないのだから「熟練した秘蔵の腕」などは無い。

・ 校長の指示を受けて「学習指導要領」に準じて適切な「指導計画」が出来ていれば基本的に務まる筈である。そのために「国家試験の資格」を有しているのであろう。教え方が上手いとか上手くないとか言うけれどもそれは聞きたくない話だ。

・ 教え方が上手いと言う前提で我々は雇用しているのだし、それは当に「自己研修」「自己努力」「自己開発」の範疇であって人知れず努力して貰わねばならない。ペーパードライバーだろうが、運転は下手ですと言って開き直られて、そして運転して事故をしたらその人の責任だ。当たり前の話である。教員も全く同じことだ。

・ とにかく教科を教えるという線までは新人だろうが50歳代だろうが「給料の範囲内」だからやって貰わないとそれは給料泥棒となる。課題はこの最低基準線から「後どれだけ上積みできるか」かどうかが「評価のポイント」だ。

・ 上積みとは、分かり易く言えば「生徒の為にどれだけ自分の時間を犠牲にしているか」だと私は思っている。良い悪いを言っているのではない。生徒の現状と希望に応じてどれほど「生徒との関りの時間」を使っているかということだ。

・ 若い教員は私生活がないほど学習指導や部活指導にのめりこんでいる。これも時にいささか「やり過ぎ」と思うときもあるが生徒一緒に汗を流して頑張ってくれている姿を映画のワンシーンみたいに遠くから眺めてみると「教師の真骨頂、ここにあり」という気がしてくる。私はそういう教員がいとおしくなってくる。

・ ところが50歳代の教員の中には「腰が痛い」「しんどい」とか言って休日、日曜日は「静養の日」と言って学校に出てきた験しはない。自宅で静養でもしているのかと思えば案外、これが外で好きなことをやっているのである。

・ 要は教師と言う仕事に「倦んできている」のだと思う。飽きてきており情熱が湧いて来ないのだと思う。従ってまず「時間休」を容易に取得する。どうも見ていたら学校には居たくないと言わんばかりである。

・ 私は公立教員にも50歳代の何処かの分岐点で「教員生活の複線化」を用意すべきだと考える。例えば55歳で道が分かれるのだ。「フルタイム教員とハーフタイム教員」だ。名前などはどうでも良いが要は55歳で分掌や部活指導などから解放してあげる職位を用意してあげるのである。

・ フルタイムは若い者に負けず全てをこなす、こなしたい教員の道として処遇を今以上に改善しなければならない。その財源の原資はハーフタイム教員のものを持ってくれば良い。ハーフタイム教員は基本的に「授業のみ」だから非常勤講師的扱いとなるが身分は公務員でも良い。朝遅く来ようが授業が終わればすぐ帰って「パチンコ」に行っても良いではないか。

・ 実は本校では既にこの考えを取り入れて3年が経った。大きな効果を生み教員の「新陳代謝」が大幅に進んだ。65歳定年であるが60歳で「選択定年制度」を制度設計した。フルタイムとハーフタイムの分岐点である。

・ 又「理事長審議事項」として55歳からも「準ハーフタイム」制度を運用している。これはお体の無理が利かなくなった先生への温かい処遇であり、一旦退職はして貰うがすぐ「嘱託教員」として再雇用するのである。

・ 年間給与は下がるが時間は自由であり、また特別措置として「職員会議への参加」「部活指導」「遠征等の出張手当支給」など様々な特典を用意している。今年の4月からはベテラン50歳代の教員が二人もこの道を選択し、今まで以上に明るいお顔で頑張ってくれている。

・ 50やそこらでしんどいとか言うならそれは肉体ではなくて精神ではないのか。私立も公立も学校改革が進み、自分の座っている席の「すわり心地が良くない」のである。今まで自分が好きなようにしてきた職場環境が様変わりしつつある動きについていけないのである。

・ 今日私は高校1年生の英数国の特別講習の激励に行って来た。3人の講師と1人の付き添い教員は「元気一杯、充実感に溢れて」生徒の為に頑張ってくれていた。朝は7時から夜は24時まで二泊三日の学習合宿である。生易しい仕事ではない。

・ 多聞はそれなりの技量と人格を有した教員を私は当てはめている。年齢ではない。やる気と努力だ。これは生徒も教師も同じことである。本校は専任教諭60名の内50歳代は8名であるから公立とは違って3人に1人ではなくて7人に1人だ。

・ 平均年齢にしても高校の平均年齢は37歳だから公立に比べて9歳も若い。こういう職場だからベテランが何を言おうと簡単には意見など通らないだろう。若者の目がベテランの動きを凝視しているからである。

・ 今年は入ってきた18名の常勤講師の先生は「本当に働き易い職場」だと言ってくれている。それは同世代の意欲に燃えた若い教員集団が刺激を与えていることは間違いない。人は年齢ではない、精神の持ちようと誰かの詩人が詠ったがその通りである。