・ 「学校行事」について最近様々に考える。校長職も9年目となってきたから、自信ではないが「見えてなかったものが見えてきた」ようにも感じる。学校行事についても様々な思いが去来する。
・ 結局学校行事一つとっても、言い方を変えれば「誰かが決めなければ何も変らない」ということである。誰かとはこの場合校長である。しかし思想的イデオロギー色の強い教員集団が勢力を有している学校や意思決定の方法を職員会議の議決にゆだねているところでは、校長が学校行事一つ変えるのも容易ではない。だから学校行事は変らなかった。
・ 最近私は「集団で行動する学校行事は大きな教育の手法」であると確信を持って言うことが出来るようになってきた。「何を今更言っている」と言われそうだが、それだけ私は深く考察しているのである。管総理ではないが思いつきで言っているのではない。
・ 見た目と違うと言われそうだが実は極めて「慎重居士」である。「小心者」である。常に「効果を最大にリスクを最小限」にすべく無い頭を絞って考えている積りだ。それだけに学校行事についても「やるなら教育の成果」を追い求める努力をすべきと考えるようになってきたのである。
・ その学校行事が意味を失いつつあっても「そのままに放置」することは投入する教職員と生徒のエネルギーを考えたら、間違いなく「無作為責任」になると考えるのが学校経営の真髄である。学校行事の教育効果を常に分析解析しなければならない。
・ 今まで私は「学校は単に行事消化型の社会」であると論破し非難してきたがそれでは本質的な解決にはならないと悟った。結論から言えば常に「校長は学校行事にメスを入れる」ことも重要な責務であるとの結論に達した。鋭いメスである。
・ 教職員の習性の一つに「去年と同じだったら」基本的に意見は出さない、出ないものだから最後の決め台詞である「去年と同じです」という言い方に捕らわれていく。このようにして「去年と同じ」という免罪符が代々伝承されていくのだ。
・ 志有る教員が「新しい提案」でもしようものなら「まずその資料を作る」「そして説明して回り」「職員会議を通す」など気の遠くなるような「手順」が待っているから、それを考えただけでもやりたくなくなるのは分かる。これが学校現場の実態であった。
・ 勇気を持って発言しても「それは誰がするのですか」「生徒に怪我でも出たらどうするのですか」「教職員はもう忙しくてクタクタです」などと言われれば「一発で終わり」だからやりたくないのである。だから学校行事は全く変らない。去年の資料を日付と教職員の名前を書き換えるだけで十分通用する社会など学校以外には有り得ない。
・ その反論の心の奥底に「本当に生徒のことを思っている」と思えば許せることもあろうが、大体その心理は「しんどいことはいやだ」「責任を取らされるのは嫌だ」などと「逃げの姿勢」が臭い立っているから私は腹が立つ。
・ 「向こう疵は責めない、むしろ評価する」と言っても教員の習性は「新しいことに臆病であり慎重」である。私に言わせれば「新しいことほど教育である」とも言いたい。
・ 学校の校長先生が大変良く使う言葉に「不易と流行」というのがある。これは芭蕉が言った言葉で「俳諧における永遠の本質は新しさを求めて常に変化する流行の中にこそあると言う思想哲学」なのだが、学校ではこれくらい現実が違うものはない。この言葉は単に校長先生の「願望」に過ぎないことが分かった。
・ 明日は終業式であるがようやく本校は「式だけで生徒を帰すような学校ではなくなった」。明日は土曜日であるが朝二こま授業をしてから終業式である。小さなことだが私は「素晴らしい進化を遂げた」と評価している。終業式は無くせない。これは不易である。しかしやり方は変えて良い。これが流行である。
・ 学校の教職員は大変忙しいのだが、これが「授業だけの時間」であればどれだけ学校の教師はゆとりが持てるだろうかと私は何時も考えてしまう。欧米の学校では学校と言うのは授業だけで行事などは基本的に何も無い。
・ 教科を教えるのが学校の教師であって水泳とか遠足とか修学旅行とか、部活指導とかそんなものは学校にはない。個人や家庭がそれぞれの事情に応じて各家庭で行うものと割り切っているのが欧米の学校である。
・ しかし日本の学校教育は生い立ちから異なってきている。最近私はこの日本の学校教育が日本人と日本と言う国を作ってきたとの確信を深めてきている。「日本人の相対的な人間としてのレベルの高さと高い平均値」は間違いなく日本の教育制度の成果に負うところが多い。
・ 従って私の当初の思考は「欧米流に授業中心で授業時数を増やし、行事は極力減らす」というものであったが年とともに「行事を取捨選択して意味を持たせる」と言う風に考え方が変ってきているのに気づく。特に重要な部分は「意義」である。
・ 結局単なる教室の授業だけでは「人格の陶冶を目指す教育の本来目的」に合致しないというとことが分かったのである。教室を離れて教師と生徒との人間的な触れあい、友人同士が袖触れ合うことによって学校と言う舞台で生徒は人間的な成長を遂げていく。
・ 昨日の真夏の芸術鑑賞会は「古典芸能分野に特化」して3年目であった。1年目は「浪曲」2年目は「津軽民謡と津軽三味線そして大太鼓演奏」だった。そして今年は「文楽の世界」に浸って貰った。
・ 全ては校長たる私の強い意思であった。年に一度の芸術鑑賞会は無くせないが出し物は変えて良い。私は出し物を変えたのである。教員に任せていたら決してこうはならなかっただろう。自信を持って断言する。まして生徒に任せるなどトンでもない話だ。それでは教育ではない。生徒の要望に合わせることは教育ではなかろう。
・ 校長が担当教諭と腹を割って話し合い、事前検討を担当が進める。そしてこの鑑賞会が成功するように全教職員が持ち場、持ち場で自分の責任を果たしていくと言う「一所懸命」の姿が本校で見えるようになった。学校は変ったのである。新しいものを生徒に提供するのである。
・ 「文楽へのいざない」は生徒の心に残った筈だ。本校は神社神道の学校であり、春の祭り、夏の祭り、秋の祭りと「日本古来の伝統文化」を尊重する学校である。確かにベートーベン交響楽も悪くはないし、若者集団による現代劇も悪くは無い。しかしだ。
・ しかしだ。学校のアイデンティティを指し示すような芸術芸能鑑賞会であって良いのでないか。年に一回きりの機会である。浪速の芸術芸能鑑賞会は古典芸能分野に暫く特化しても良いではないか。「伊勢修養学舎」みたいに本校の特色にしても良いではないかと昨日くらいから思うようになってきている自分に気づく。
・ 「卒業アルバム写真用」としてプロの写真館さんか担当教員の誰かが文楽鑑賞の写真を撮っているのだろうなとふと思った。まさかやっていないとは思わないが少し心配になってきた。多くの生徒はひょっとしたら一生文楽など観る機会はないかもしれない。それだけに“平成23年7月14日(木)真夏の芸術鑑賞会「文楽」”と学年史には入るはずだから「一枚ショット」は要るだろう。ここである。「本当のアルバム担当教員の仕事とは何か」である。