2011年7月12日火曜日
23年7月12日(火)「浪人生」
・ 前に勤務していた府立高等学校は伝統ある進学校であった。ここの校長に就任したのが平成14年の4月である。随分と昔のような気がする。しかしこの学校で体験した忘れられない思い出は多い。着任して間もなくだったと思うがある癖のある教員から言われたことがあった。
・ 「この学校では進路指導は基本的にしません。生徒の自由意志に基本的には任せています」と言われた。「生徒はクラブを楽しんで一浪して大体良い大学に進学していきます」と言い、学校はさも一浪を認めているような口ぶりであった。
・ またある時は、これは生徒からだったと思うが「ご予算は丸々一ろう」と言われた。これはその学校の住所番号が「543-0016」だったからこれをもじって言ったのである。恐らく上級生にでも教わったのだろが、浪人すると言うことを何とも思わないような雰囲気の学校だった。
・ トンでもない話であると私は憤慨した。まず民間人校長だったからゆえ、私は企業社会にとって「一浪の意味」を徹底的にあらゆる機会で話をした。一浪、二浪したからと言って「初任給は変らない」、そして「退職年齢は一浪しても61歳とはならない。60歳定年である」と述べたりしてである。
・ こういう言い方は「木村流の骨頂」であり、生徒も保護者も静かに聞いてくれる。現代に生きている生徒はやはりお金の話に敏感であり、トップは人に説得力ある言い回しをしなければならない。「皆さん、浪人はいけません」ではパンチは無い。
・ 4年間の勤務で「現役進学決定率」が大幅に伸びた。これもあの学校に残したささやかな私の貢献だと思っている。現役で行けるものは行かないといけない。さぼって浪人することは、個人もさりながら、「大きな国の損失」である。
・ (大学)浪人と言う言い方は歴史学上はっきりしていて明治時代の中期頃から使われ始めた。ちょっと前にNHKテレビでのドラマ「坂の上の雲」で秋山真之や正岡子規が第一高等学校に受験する時に「わしは白線浪人にはなりとうないぞね」と言っていた。
・ 旧制高校の制帽に白線が2本入っていたことにちなんで白線浪人と言っていたらという。第二次世界大戦後でも白線浪人が大量に発生し社会問題となった。まさに「言葉というのは生き物」である。この浪人と言う言葉は今や高校教育界では尋常の普段の言葉である。
・ 浪人生は正確には「過年度生」という表現が正しい。公式文書ではこう言わねばならない。「既卒者」とも言うがやはり「浪人生、浪人」が分かり易いしぴったりとする。最近では「仮面浪人」とか「潜在浪人」というものもある。
・ これらは一度大学に入ったが「その大学は自分のイメージしたところと違う」とか言って何時でも退学することを考えている学生のことを言うらしいが、そのうちそのような甘い連中は居なくいなってくるだろう。
・ 浪人する生徒の問題ははっきりしていて要は「何が分からないのか分からない」のである。「学力不足」「志望校の選定」「無計画」「志望校への対策」「意識の問題」など様々である。
・ 以上が高校生の抱える課題である。もうはっきりしている。要は実力と志望校の過去問を解いてみて解ければ合格できるのであってそれが全く歯が立たないようであれば絶対に合格などしない。3年分くらいやってみれば直ぐ分かる。その問題を知っていた、知っていなかったなどは余り関係ない。
・ 然らば浪人したからと言って実力が「グンッと上がるか」となるとそうは簡単には行かない。浪人生には一種独特のムードがあって私は何時も感じるのであるが「さわやかな」感じの生徒は少ない。口数少なく暗い。まあ当然と言えば当然なのだが本当に可哀想である。
・ 学資等親への負担、そして実力の伸び、周囲への思い込み、「浪人したのだから来年は間違いないね」と言われることのプレッシャーなどあるものだから、今年の京大で仙台の浪人生が携帯電話でカンニングした事件などに発展するのだ。
・ 大体浪人して実力が跳ね上がったというのを私は余り知らない。浪人生は模擬試験を余り受けない、生活リズム・生活ペースが規則的ではない、人と接することを好まない傾向、ゲームは意外と好きなどと居ている人はいるが分かるような気がする。
・ どうしてもその大学のその学部に行きたいと言うのなら分かるが、学部であれば世の中に大学は多くある。学部をまず決めるべきでそれから大学の選択である。この順番を間違えてはならないだろう。
・ 浪人なんかしない方が良いに決まっている。できれば現役で進学した方が良い。そして今はそのチャンス到来である。7月7日進路指導部はベネッセのご担当に来て貰って生徒向けの講演会を実施した。タイトルは「現役合格を目指して」である。
・ 最近の入試事情で言えば浪人生の数は2003年に比べて半分以下になっている。5万人余りであり、現役生の64万人からすれば10%を切った。従って「国公立大学への入学チャンスは拡大」しているのである。特に「地方の国公立は狙い目」である。
・ 大学が都会の中心地にある必要はなくなった。確かに一時期中心部から離れて校外に出て、この反動から市内中心部への回帰現象があった。しかしそれは一部のブランド私学である。国公立は状況が異なる。私は何時も言っているのだが「地方の国公立を狙え」と。
・ 国公立を目指すなら地方大学である。伝統ある立派な大学は多い。施設も教授陣も揃っている。7日の講演会は「センター試験」について詳細説明したのであるが生徒はしっかりと準備してセンターにチャレンジしなければならない。
・ ベネッセの先生は大変良いことを本校の生徒に話して頂いた。“現役生のパワーは3年生の秋頃からでもまだまだ伸びる。とにかく過去問をやりまくれ。夏休みが勝負の時である。過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる。”素晴しい言葉だ。