2011年7月9日土曜日
23年7月9日(土)「礼節を知る」
・ まあしかし中央政界には次から次と事件と言うか騒動と言うか出てくるものだ。マスコミはさすがにうまく端的に表現してその問題の本質をあぶりだす。今の話題は「ストレステスト」である。今日本中がその話題で持ちきりである。
・ 休止中の原発の再稼動の条件にストレステスト(負荷試験)を課すというものである。私も原発にストレステストというものがあることを新聞で初めて知った。総理と所管の大臣がばらばらだから問題になっているがストレステスト自体は別に悪いことではない。要はタイミングと打ち出し方の問題だった。
・ このストレステストの前は「上から目線」であった。もう随分前のような気がするがついこの前のことである。松本龍復興担当大臣が被災地の知事に対して言った言葉が「放言」「暴言」などと大騒ぎされてたった9日間で大臣を辞任した。
・ 「知恵を出さない奴は助けないぞ」「県でコンセンサスを取れよ。そうしないと我々は何もしないぞ」との発言が「上から目線」だと「ゴーゴーたる非難」を受けてしまった。しかし本質的にこの発言のどこか問題なのか。いささか乱暴なだけだろう。
・ 一国の大臣と地方の首長だ。権限も違えば責任の大きさも全然違う。基本的に同一目線とか下から目線とかは有り得ない。思考の幅や視点が異なるのだから目線は違ってこそ意味があるのであってそれが同じと言うのであれば大臣は不要だ。
・ 一時期教師にも「子ども目線」とか言うのが流行って私は困ったものだと思ったものだった。教師が子ども目線で教育など出来るか。トンでもない話だ。教師は教師の目線で子どもを引っ張っていかなくてはならない。
・ 国と地方の役割分担は明確に決まっておりそれを松本大臣は彼独特の「バサラ流」で言ってしまったから波紋を呼んだ。「どのように復興の絵を描いていくか、政府も考えるから県も知恵を出してね」「県の方で地域の様々な要望意見を集約して、それを政府に示してね」と丁寧に言ったらまったく何も問題はなかった。
・ 結局「助けないぞ」「何もしないぞ」のワードが被災地の人々に突き刺さっていったのである。この大臣と知事はかねてからの知人の間柄であったという。それもかなり親しい関係だ。上記会話のニュアンスから私はこの二人はそのような関係にあると察した。それは間違いがない事実であった。
・ 実は上記やり取りには「伏線」があって大臣が会談の部屋に入って数分経ってから知事は部屋に入ってきた。会談場所に遅れて入ってきたのだ。私はテレビニュースの繰り返された場面ではっきりと大臣の不満そうな顔を見ている。
・ 知事が入室する前に大臣は付き添いの周辺に「遅いじゃないか。先に部屋で客を待つものだろう」とはっきりと不満を述べていた。間違いなく腹の中は「知事の無礼」に怒りがこみ上げて来たに違いない。
・ 大臣は知事に「客は先に入って待つものだろう。自衛隊隊員だったんだから分かっているだろうが」と言い放った。そして上記のやや乱暴な発言と繋がっていくのである。もしこれが知事が玄関先まで迎えに出ていたなら全く違った光景であったろう。
・ 車から出てきた大臣は知事の肩に手を回し、談笑しながら2階の部屋に入って行っただろう。そして大臣の発言も優しいものになっていたに違いない。マスコミはこの辺の分析をまったくせずにただ大臣の発言を問題視しただけである。
・ 確かにこの程度のこと、ちょっと待たされただけで態度を豹変するとは人物が小さい奴だと非難されるか知らないが今の日本の根本的な問題はこの「礼節」の問題である。ここが全てではないか。
・ 知事は大臣に比べて20歳も年が離れている。大臣は次の様にも発言している。「もうちょっと長幼の序をわきまえろよな」と。当たり前の話だ。知事は大臣のこの発言の意味が分かっているのかと思う。
・ 知事は宮城県民の生命財産を守るためにまず車寄せまで大臣を出迎えるべきであった。政府が法律を策定して初めて出来た「復興大臣」である。その大臣が真っ先に「就任の挨拶に県庁に出向いた」のである。
・ 私が知事なら大臣を篭絡して1円でも多く県民の為に予算を取ってくる算段を考える。要はこの知事はまだ子どもなのである。世の中の仕組みが分かっていないのである。そういう教育を受けて来ていないのではないか。
・ 「人間は感情の動物」である。それは「卑弥呼の世界」の時代から変ってはいない。大化の改新の時代も織田信長の時代もそうだった。秀吉になっても変らなかった。日本人の濃いDNAは「礼節の血」である。この礼節を踏み外したから諍いになるのである。そこを踏み外してはその先には行けない。論理もクソもないのだ。
・ 外国の元首の例など見れば良く分かる。オバマ大統領は車寄せまで賓客を出迎える。それは「スタイル」なのである。現に閣議前の閣僚懇談の席では閣僚は起立して総理を出迎えている。麻生総理時代に据わったままで迎えてマスコミにコテンパンにやられて閣僚が矯正したのはついこの前のことである。
・ 戦後我々は日本人の最大の美徳である「礼節即ち礼儀と節度」を失いつつある。これも教育の抱える大きな問題であると私は感じている。特に節度だ。節度とは「わきまえ」である。わきまえることである。
・ 上記の大臣と知事の間にはお互いが知り合いであったとしても「親しき仲にも礼儀あり」の格言を知事が忘れていたか、知らなかったから、余計な騒動に発展した。恐らく知事は心の中で大臣に申し訳なく感じているのではないか。
・ 私もこの点では厳しい。校務運営委員会では全員が揃ってから進行役の副校長が私に合図をしてくれる。それから私は入室する。職員会議でも全員が揃ってから進行役の教頭先生が連絡をくれる。
・ 私はこの学校で最も年長者である。最も若い先生からすれば40歳もの年の開きがあるのである。加えて私は「雇用者」である。加えて私は校務運営の責任者である校長だ。学校教育法は「校長は校務を運営し教職員を監督する」とあるから、私個人ではなくて理事長・校長の職位にあるものに対してそれなりの対応があろう。それは礼節である。
・ 生徒達にも礼節と言うことを教えていかねばならない。戦後「個人の価値観に立ち入ってはならない」と腰を引いてきた結果が現在の日本の姿になっていると言う人も多い。「礼儀と節度」こそが「これからの日本人の復興に必要な事」だと私は考えるのである。
・ 礼儀と節度をわきまえた人間は本当に美しい。「キンキラキン」ではないのだ。「ジワーッ」とした人間の香りがして傍に居ただけで嬉しく幸せな気持ちになる。自分自身の反省を込めて常に礼儀と節度を忘れてはならないと自戒している。