2011年7月21日木曜日

23年7月21日(木)伊勢修養学舎初日




















・ 「電話がないな、これは負けたな」と思っていたら、夕方5時20分頃監督から電話があった。第一声は「本塁で2本も刺されました。・・・」であった。私は瞬間、負けを確認した。結果を言わないから「結局、何対何だ」と私は聞いたのである。
・ 「0-4で負けました」と監督はようやく答えてくれた。府立布施高校相手に0対4だから完全に負けだ。本塁で刺されようとなんだろうと「完封負け」である。下馬評から良いピッチャーが居るとは聞いていたがやはり打てなかったのか。
・ ところがヒット数は相手が7本、本校が6本というから、そうなると試合運びの差ではないのか。運不運もあろうがヒットを放ち、走者が本塁を突いてタッチアウトが2本だという。焦りもあったのか。監督は極めて上手い返球だったと言っていた。残念である。一回戦で公立に負けるようでは話にならない。
・ しかし「ぐっと堪えて」私は監督に言った。「来年を期して頑張れ、生徒には良くやった」と言ってやって欲しいと伝えたのである。監督は「私の責任です」と言ってはいたが戦力の彼我の差もある。来年に向かって何とか硬式野球部に具体的な支援してやらねばならない。この先生を顔の立つ監督にしてやらねばならない。

・ 私は当初学校車で自分が運転し、伊勢に来ようと思っていたが昨夜急遽電車に切り替えた。車があれば現地で動き易いと思ったのだがやはりリスクを避けたのである。大事な学校行事の前に自分が事故をやるわけにはいかない。
・ 理由は一足先に神宮会館に赴き会館側にご挨拶もしなければならないのと、第一班が来年回しになったので、会館から聞いている一部建替えについてトップの考えを直接確かめたかったのである。
・ 予定通り近鉄特急は10時40分に宇治山田駅に到着した。神宮会館から出迎えの車が来ており黒塗りの大型乗用車に乗って会館に到着した。たった一台の社用車で、重要顧客にはこのようなサービスをしてくれるらしい。
・ 私が偉いわけでは無くて、高校・中学と約800名の生徒が連泊で宿泊してくれる学校の校長だからサービスしてくれるのである。会館にとって最高の客であることは間違いない。しかしこちらも随分とお世話になっておりお互いが今や信頼関係で結びついている。それはこの学舎が58年も続いているからである。
・ 伊勢神宮崇敬会事務局長を兼ねている会館の館長さんは正式な神宮の神職の幹部であり、1年ぶりにお会いする。話が弾んだのであるが、やはり大震災の影響は大きく、来訪者は減少していると言われていた。自粛なのである。
・ 第一班の中止は正解でしたともいわれた。物凄い横殴りの雨で何処にも行けませんし、第一伊勢道が閉鎖でしたとも言われた。長い歴史で7月に伊勢を直撃する台風も初めてでしたとも言われていた。
・ 建設工事は既に工事車両用の道路作りが進められており、来年の本校の学舎は宿泊場所は問題ないが生徒が一同に集まることが出来る「講堂」が取り壊されるので、食堂を流用するとかの知恵と工夫が必要だということである。まあ何とか成るだろう。
・ しかしこの講堂は昭和39年に建てられたというから48年も経っている。東京オリンピックの年に建設されたが約半世紀の寿命となった。本校の伊勢学舎は58年間だから建設以来毎年お世話になってきた講堂で私は生徒にここを使う最後の学年だと言ってあげた。
・ しかし不思議なものだ。住吉の本校でも今「新校舎建設」を考えており、偶然とは言え、伊勢神宮と本校との縁を感じるのである。神宮会館に負けないように素晴らしい新校舎が出来るように私は後述する「猿田彦神社」に祈願した。この神社の神さまは「道開きの神さま、建設の神さま」として有名である。
・ 私の部屋は最も良い部屋をあてがわれている。テレビはデジタルに変わっていた。そこで一息つく間もなく生徒たちが到着した。生徒は講堂で持参の弁当をまず食する。教職員は会館から弁当が出た。最もただではない。しかし今日が土用の丑の日ということで「うなぎ丼」を用意してくれていた。こういうところにも神宮会館の心遣いを感じた。
・ 昼食後バスに乗ってまず「外宮参拝」である。正式な「手水の使い方」は学校の授業で教えてはいるがやはりこのような立派な現場での実践は身に付く。神道科の先生が教えたとおりに正式な手順で生徒は清めていたのである。これで生涯忘れることはないだろう。
・ 外宮の次は「猿田彦神社」への正式参拝である。その後会館に戻って「第58回伊勢修養学舎」の開講式であった。私が最初に挨拶をしてその後会館の事務局長から歓迎挨拶、そして明日からお世話になる祭式の指導の先生方のご紹介で式は終わる。時間は15時50分であった。
・ その後「校長講話」となる。いわば校長の授業であり、50分間貰っているからある程度のことはしゃべれるのである。私は「今を生きる」と題してプリントを用意して臨んだ。又最近読んでこれは生徒に聞かせたいと思った本も持参してぴったり50分間の授業を終えた。
・ 自分でも感じたが今日は「手ごたえ」を感じた。まあ何時ものことであるが、しゃべるときは一生懸命に話すから聞く生徒も真剣に聞いてくれたと思う。毎回毎回話す内容は変えられないがそれでも微妙に変化を持たせて話さないと「生徒の耳目」は集められない。
・ 話の下手な校長はいないと思うが生徒や保護者に聞いてもらい、何かを伝える才が無ければその学校の命運は尽きる。特に私立学校ではそうである。「誰がその学校の校長か」が今後ますます問われる時代になってくるし、既に成っているだろう。
・ 校長が「自分の言葉で説明する」ことが大切である。校長が教職員の最後列に引っ込んでいて、話と言えば「気候の挨拶と誰かの借り物のような話」ではパンチはない。教職員の先頭に立って「引っ張って行く覚悟」が無ければ校長は辞めた方が良い。
・ 16時40分講話が終わって生徒はようやく自室に入って順番に入浴となる。その後18時40分から夕食であった。私はこの光景が大好きである。見ていて壮観である。しかしそれで予定が終わりとはならない。明日の準備となる。男子生徒は「禊の事前勉強」、女生徒は「礼儀作法と着付け」の学習だ。22時過ぎが就寝である。