2011年7月14日木曜日
23年7月14日(木)真夏の芸術鑑賞会
・ 堺市民会館から戻って昼食を済ませた。しかし今日は良かった。本当に嬉しい。つくづくとそのように思う。本日は「真夏の芸術鑑賞会の日」であったのだが、「大成功」と言える。
・ 普通は「文化の秋」とか言って季節の良い10月頃にするのが「通り相場」とされてきたが、本校では長い間9月の「秋の例祭」に合わせて実施されてきた。最近の9月は真夏に近い暑さで、これだったら別に7月、8月の真夏にしても良いではないかという考えもある。また大体芸術というものは1年を通してあるもので秋だけと言うわけでもあるまい。
・ しかし変更した本当の目的は会場の都合と「学校行事の平準化」である。やはり1年を通して学校行事が平均的になっていないと教科書の進捗や考査の範囲などに大きな影響が出てくる。授業に影響を与えては本末転倒だからそう言う意味からも行事はバランスの取れた設定が求められるのだ。
・ 例えば学校社会では「防災訓練」というものがどこの学校にもある。面白いことにそのタイミングは政府が定めた「防災の日」である9月1日としている学校は多い。本校もそうである。これは大正12年の今から約80年前の「関東大震災」に拠って設定されたものである。
・ しかし今回の「東日本大震災」はそれ以上の被害となった。恐らく今後3月11日を「防災の日」と定めるような動きが出てくるかも知れない。特に「津波からの避難訓練」については9月1日から3月11日に変えても良いのではないか。
・ まあそういうわけで真夏日の芸術鑑賞会となったわけである。今年は「伝統芸術芸能」分野に特化して3年目の節目の年であった。このテーマでは私は強く自分の意思を通した。初年度が「浪花節と言われた浪曲」2年目が「太棹三味線を使った津軽民謡と太鼓の世界」で今年は「文楽」である。
・ この大阪で生まれた伝統的な「人形劇」を是非生徒に見せてやりたいと思ったのである。当初は雅楽の演奏を担当が諮問してきたが私は文楽に拘った。神社神道の学校だから雅楽は伊勢修養学舎の雅楽殿でも鑑賞している。
・ 文楽は明治の終わりごろから文楽と呼称されるようになったが元々は「義太夫」とか「義太夫節」とか言われてきたが「人形浄瑠璃」である。文楽の良さは「複合芸術」となっていることである。
・ まず「語り」がある。語る人を「大夫」と言い木で出来た感情の無い人形に「命を吹き込む人」である。そして「三味線」がある。三味線は「感情」を表すものであり、「心を弾く」と言われている。その音色は幽玄であり激情でもあり語りを盛り上げていく。
・ 特に私はこの浄瑠璃三味線が大好きである。何とも言えないくらい心を揺さぶられる。人形を遣ったミュージカル、即ち音楽劇だと言っても過言ではない。人間、場面によってその節回しが語りも三味線の音色も変ってくる。そこが「絶妙」である。
・ そして文楽においてはやはり主役は「文楽人形」である。それを「三人遣い」と言われる3人の人形遣いが「生きている人間以上」に細やかな動きを見せるのである。顔、手、足を絶妙に操る3人の呼吸があっていないとあのような感情が溢れた人形とはならない。
・ 私は住んでいる場所が近いこともあって時々ぶらりと日本橋の国立文楽劇場に鑑賞に出かける。同じく近くにあるグランド花月で、吉本の漫才とか新喜劇を見るよりか文楽に脚が向く。文楽劇場では時々浪曲とか踊りもかかっている。
・ しかし文楽は必ずしも「隆盛を誇る」とは言いがたく、この素晴らしい古典芸能を未来に渡って伝承するために是非生徒達に何かを感じて欲しいと思って文楽にしたのである。
・ 生徒の数が多いので午前は中学生と高校1年生、午後の部が高校2年と3年だ。場所は堺市民会館である。文楽もこのような出張講演のシステムはあって立派な演者が来て下さる。有り難いことである。
・ 私はこの古典芸術芸能鑑賞会からは地元の方々と保護者の皆様にも希望があればご招待している。何と今回PTAからは60名以上の参加があった。保護者も文楽鑑賞など多くの経験は有しておられないのであろう。
・ まず演目は「二人三番叟」から始まった。この演目は二人の三番叟が天下泰平、五穀豊穣の祈り舞である。義太夫節の躍動感に加え三番叟が踊りくらべる様子のおかしみが大変面白かった。果たして生徒には良く分かったであろうか。
・ その後、太夫・三味線の解説が竹本相子大夫・鶴澤清丈からなされ、人形の解説と実践演奏がご両人から語られたのである。そして有り難いことに生徒を3名舞台に上げて頂いて実際に人形を扱うところまでして頂いた。感謝、感謝である。これでこその学校行事である。
・ そして本日のメインイベントである「傾城阿波の鳴門巡礼歌の段」が始まった。あらすじは十郎兵衛、主君の命により紛失した家宝を探すため、女房お弓を伴って徳島から大阪に出奔してきている。舞台は一幕でその大阪での住居に女房お弓が一人で留守番をしていると、門口へ巡礼姿の小さな女の子が報謝(仏事を行い、お布施を受け取ること)を受けに来る。その女の子に生まれを聞くと同郷の阿波の徳島だと言い、更に話しを聞くうちに、故郷に残してきた娘のおつるだとわかりお弓は驚く。おつるは幼いときに別れたきりの両親を尋ね歩き、はるばる旅をしてようやく実母に遭遇したのである。しかし、ここで親子の名乗りをあげればわが子に災難が降りかかると思ったお弓は涙をこらえ、どうしても父母に逢いたいと泣くおつるに、故郷に帰るように言って聞かせる。やっと逢えた親と子が、その真実を打ち明けることも許されず、すぐにまた別れなければならない・・・。
・ 親子の情愛、愛おしさを描いた極めて切ないストーリーである。最後が圧巻であったがここでは書くまい。文楽劇場の営業妨害になってしまう。当初文楽劇場からは二題提案されたが私はこの傾城阿波鳴門巡礼歌の段」にすぐ決めた。狙いは当たり生徒にも「浄瑠璃語り」は完全と行かなくとも理解できたみたいであった。良い一日であったと思う。