2011年4月8日金曜日

23年4月8日(金)春季例祭と始業式







・ 今日は「春季例祭」の日であった。朝二コマ使って全校生徒2056名と教職員139名が一同に揃って正式に「学院神社」への参拝をしたのである。昨夜の「合祀祭」とセットのものでその翌日に行われる。

・ しかし「2000名を超えるとすごい眺め」になる。まず全員で「黙祷」を行った。そして「始業式」では改めて「今回の大震災をどのように受けとめるか」、「被災にあわなかった我々が出来ることは何なのか」と言うことを私は生徒と教職員に伝えたのである。生徒だけではない、教職員にも伝えたかったのである。

・ 「春の祭」とは新入生を迎えて「本校守り神への奉告」と教職員も生徒も健康で明るくこの1年間を無事に学校生活が送られることを願い、そして本校のいやさかを祈念し、学院神社に「誓い」を込めて行われるものだ。

・ 大阪府神社庁長や顧問など幹部も参加される。お祭りの斎行は大阪腑神社庁から正式の神職が派遣された。雨模様で天気が心配であったが運よく例祭その後の始業式と全て終えることが出来た。

・ 例祭が終われば「直会」と言って神に供えられたものを頂く。これは「神の魂」の入ったものを神様と共に頂くという神道では意味ある行事であるが本校では生徒に「ノート」が配られる。教職員には例年の事ながらすし弁当であった。このように当然ながら教職員には手厚くしている。当たり前だと思う。

・ このようにして徐々に霧雨のように頭から体全身に「本校のアイデンティティ」を生徒は浴びながら「浪速世界の理解を深めていく」のである。そして本年度から本校で働いて頂く教職員の方々にも理解を深めて頂くのである。初めての方は恐らくびっくりされたのではないか。


・ 例祭に先立って登校中の教職員と生徒に対して自治会役員が「義援金の募金活動」をした。6日の入学式に引き続いた第2回目である。今日で一応完了しようと考えていた。私も正門に立って募金を呼びかけたが結果は芳しくなかった。

・ 教職員が募金をしている光景は殆どなかった。「教職員は勘違い」しているのではないか。これではいけない。当たり前だろう。社会一般の人々に比べ高給の教職員がこのような特別の活動に対して、それも「生徒からの呼びかけに応じない」とは一体どういうことか。

・ 大体こういうものは職域で行うものだ。心斎橋で街頭募金をしたから自分の職場ではしないというのは勘違いである。まして自分の学校の生徒が声を張り上げてお願いしているのである。いくばくかの小銭でも良い、入れるのが教育者というものではないのか。

・ 日頃は学校にいなくて、例祭に参加してくださった名誉理事長と理事長職務代理は生徒の募金箱にわざわざそれぞれが1万円を入れてくださり、受けた生徒は感激していた。今日は午前中殆ど集まらなかったから余程嬉しかったのだろうと思う。それ故に自治会の奉仕部長は両氏に対して自ら手を差し出し握手を求めていた。珍しい光景だった。

・ 金額の多少ではない。気持ちの問題だと思う。教員は「貰うものは大好きだが出すものは舌もイヤだ」では世の中は通らない。今の日本でこの義援金の動きを知らないはずはあるまい。何万円も出せといっているのではない。今日出された昼食用の弁当代程度出しても罰は当たるまいに。とにかく私は「吝嗇な人間」は大嫌いだ。出せば出したで何時かの機会にその分くらいは理事長として臨時賞与等で補填してやるのにと思う。

・それに私は久しぶりに門立ちをしたが、それにしても8時25分勤務始まりに対して8時10分過ぎに駆け込んで正門に入る生徒集団の中で「ノホホン」と一緒に登校する教員とは一体何なのか。前にも特定の教員には注意をしたが又元に戻っている。
・ 遅く門に入る教員は大体決まっている。教職員の場合は「登校時刻」ではなくて「通勤時刻」だろう。社会の一般常識を教えておこう。普通は始業の30分前に職場に入るものだ。遅くても20分前には入らないといけない。
・ それぞれ事情があるというならそれを説明して貰わないと処遇に対して不公平になる。私は教頭に対して誰が定常的に遅いのか調査するよう命じた。まず出勤して来たら当然ロッカールームに行って着替えるだろう。そして自分の机に付くのである。
・ そこで今日の授業こま数をチェックし、簡単な教材チェックも必要だろう。お茶の一杯も飲んで気を落ち着けるという行為もあって当然だ。左右前後の教員と情報交換も必要だ。偶には世間話もコミニュケーションでは必要なことである。
・ 担任は30分からのホームルームの準備もあるだろう。そのように考えたら正門をくぐって20分くらいはかかるのではないか。だから勤務開始時間の20分前には入るのが常識だと言っているのである。それが社会の勤労者の常識である。
・ ところが社会の常識は教員の非常識と言って自分は唯我独尊で生徒の手集団の中で共に正門をくぐるという神経が私にはどう考えても理解できないのである。少し前に来て生徒を正門で迎えるのが教師というものではないのか。
・ 私はこの問題は徹底的に調査し普通にしてくれている教員とそうでない教員との間には厳然とした処遇の差をつけることを決心したのである。

 ・ 本日の始業式を終えて学校は「ホッ」と一息できる。私も1月以来重要な行事と緊張する局面を潜り抜けて年度のスタートを迎えた。このように学校と言うのは「行事を主体」にしてバイオリズムの「時を刻んでいく」のである。

・ 今幾分心が安堵しているのは「想定外に」生徒数が多かったからである。(いやこの想定外という言葉を使うのは東京電力と同じでまずい。)これが少なかったら今日のような気持ちにはなれなかっただろう。その点を喜んでいるのである。プロの仕事である。だから「結果が全て」だ。
・ 理事長・校長が「残念だったが今年は生徒が少なかった。来年頑張ろうね」ではその組織はお仕舞いである。「飯の食い上げ」になってしまう。「結果責任」とはこういうことである。

・ 私立高校は毎日毎日が「真剣勝負」であって我々は「見えないライバル校」と勝負しているのだ。勤務開始時刻もそうだろう。「チンタラチンタラ」では困る。その意識から逸脱している人は私立高校ではやってはいけないのではないか。

2011年4月7日木曜日

23年4月7日(木)合祀蔡

・ 本日は本校の「祖霊社」の「合祀祭」の日であった。例年明日の「春季例祭」の前日に行われる。本校では祖霊社としているが「祖霊舎」の方が多いみたいだ。別に「霊舎」「霊屋(たまや)」霊棚(たまだな)、霊床(たまとこ)などという言い方もあるらしい。

・ 仏教における仏壇に相当するもので神社より小さく拝礼の作法はまず神社が先に来る。祖霊社は本校に関係された方々の「御霊(みたま)」を「ご祭神」として祀っているもので学院神社と共に「本校の守護神」である。

・ 昭和38年に創建され今日まで959柱が祀られているが本日6柱が合祀された。学校法人の役員、教職員、生徒、卒業者、PTA役員が対象でご連絡がありご遺族のご要望があってなされるものである。

・ 今日の2名の中には現職の職員だった人が2名含まれている。女性事務員さんと国語の男性教諭でそれぞれ50歳代と言う若さだった。二人のご葬儀に出席したが仏式であった。しかし例えお家の宗教が仏教でもこのように学院神社にも神道式で御霊をお祭りして欲しいと思われるのである。

・ 特に女性事務職員は「浪速大好き人間」であっただけに、私はお母さんがどのように判断されるかと思っていたら、「合祀」させて欲しいと連絡がった。ご本人も喜ばれているのではないか。「物故」が昨年の5月16日であったから月日の経つのは早いものだ。

・ 更に今日は昭和33年卒業の男性二人が合祀されるがこのお二人とは良く存じ上げていた。中でも一人は有力な卒業生でお寿司屋さんを4店舗も経営されていた。その関係で時々「ばってら寿司」を山のように学校に持参され教職員で頂いたものだった。

・ このようにリストを眺めていると私が直接知り話したことがある人は6名中4名でありこれは例年とは異なる。昨年までの合祀者は直接ご存じなかっただけに何か不思議な感じがしたのである。

・ 祭礼は完全に陽が落ちてから行われる。校長室は神社の真横であるから「夜の19時には校舎など全ての照明が消されて漆黒の中で執り行われるものである」。斎行は大阪府神社庁から正式の神職が派遣される。
・ 今朝の管理職朝会で出席者は管理職、事務室、それに神道科の教員としそれ以外の教員については希望者のみとすることとした。夜も遅くなるし、祖霊社の管理者で十分だと考えたのである。
・ この辺は明確にしておかないと「あの人は出席して、この人は出なかった」となったりしてはまだ着任して間もない常勤講師の先生などに混乱が生じてもいけないからと判断したのである。ただし出席したら「直会(なおらい)」として軽い「お弁当が」が出ることになっている。 しかし今年はまだお若い教員の数人が身近な人間が昨年亡くなったので「出来れば参列したい」と申し出てきたので私は応諾した。「立派な心がけ」と言える。

・ 明日は「春季例祭」である。こちらも「重要な学校行事」であり、これは全校生徒や全教職員が正式に安全健康祈願とこの1年間の努力を見守って欲しいとの「祈り」を込めて行われるものである。これらは宗教性の強いものではない。日本人として至極当たり前のことである。

・ このようにして「入学式」「合祀祭」「春季例祭」と来て本校の春は始まる、いや終わる、どちらでも良いが1年のスタートが始まるのである。学校教育にこのような幾分宗教性のある行事を入れることには特に公立学校において抵抗感があるのだろうが、私立学校においてはそのような事は言ってはいられない。

・ 人間は「何かを畏れる心」「祈りの心」「感謝のこころ」があることで苦難を和らげ困難を克服することが出来る。次の希望が持てるのである。私は未来の日本を背負う若者にこのような素直な感情の発露を有して欲しいのである。

・ 昨日入学した新1年生は「神前奉告」の義で早速神道科の教諭のにわか指導であったが、これを受けて見事に「2拝2拍手1拝」を作法どおりに行ってくれていた。保護者も然りである。素晴しい。下の写真は素晴しいものだ。
・ 神社神道の教えとは一言で言えば「敬神崇祖」の気持ちであり、「生かされていることへの感謝の気落ちと努力の宣誓を明らかにする」ということだと私は理解している。自然の中に生き、我国は特に稲作という米文化の中で五穀豊穣を願い、春祭り、秋祭りを「鎮守の杜」で祝うのである。このような形が現実に学校の中に残って現実に実践遂行している学校を私は我がことながら「誇らしい」ことだと思う。

・ 私は何時かはこの世におさらばするが、ここまで思いを入れて新たな学校作りを推進して来た学校である。私が亡くなった後にはここに合祀して欲しいと今から申し送りをしておく。南坊城理事長職務代理は「私が斎行すると」と言っておられるが、順番と言うものがあろう。まず先に私が職務代理を合祀させて頂く積りである。

2011年4月6日水曜日

23年4月6日(水)23年度入学式












・ 「日本は国難」とも言うべき厳しい時であるが本校には「晴れ渡る快晴」で、気温も上がって春本番と言う感じ・・・云々。これが私の口切の言葉であった。入学式は卒業式に比べて学校行事の格式と言うか重要性からすれば一段下がるという感じだが、私は入学式が好きである。

・ それは文句なしに「はちきれんばかりの希望に萌えた若者」を迎えると言う行為が元気をもたらすからだろうと思う。卒業式はやはり寂しくなる。入学式も私にとっては今日で9回目となった。思えば長く校長をやっている。しかし後数年はやる。

・ しかしそれにしても中学、高校合わせて796名の数はものすごい。保護者、教職員も入れると1600人を超えており私は正直体育館の床が抜けないか心配したほどである。事務室に指示して床の設計強度を確認したほどだった。

・ まず「神前奉告の儀」である。本校の「お宝」である中学、高校用の「お神輿」が神社前に並び、鳥居の左脇には「雅楽部」が正式装束で居並ぶ。開始を告げる「鼓報」の大太鼓の音は剣道部の部員が打ち鳴らすのである。

・ 大太鼓は「長く打ち鳴らす」ように言っていたのだが今年も非常に上手くやってくれた。私はこの大太鼓の音が好きである。腹に染み渡る。今日から始まる新1年の生徒と教員の安全と健康そしてこの学年団の教職員の頑張りを祈願した。

・ 体育館に移動する生徒は「ぴかぴかの制服」にとにかく「靴」は光っており、これだけで新入生と分かる。着物姿のお母さんも例年よりは多く、会場はその分「華やいだ」ものになっている。
・ 高校16クラス、中学4クラスの合計20クラスは「長蛇をなす」感じで見ていて嬉しくなる。生徒は多いほうが良い。入場に時間がかかったがそんなことはどうでも良いことである。しかし保護者の入場と生徒の入場のタイミングや方法は来年には工夫がいるだろう。

・ 演奏しながら迎える吹奏楽部は用意した譜面では足りなくて同じものを何回も演奏していた。昨日入荷した「チューバ」と言う高価な楽器も早速戦力になっている。スイスのウイルソン製と言っていたが高い楽器だ。これで二つになった。

・ 甲子園の入場みたいにクラス名を「プラカード」みたいにして男子生徒が持って待ち構えてくれており雰囲気は最高であった。このアイデアは面白い。保護者に自分の子どものクラス名を知らしめるのに効果がある。

・ しかし結局保護者はメイン会場には入りきれなくて新館1階に特設会場を設けて本会上から生でのビデオ上映を行うほどであった。この別会場に300席を用意して20程度余った程度だというから中高保護者で1000名前後と言う計算になる。

・ 生徒数は796名だから1.26倍である。確かにこれはうなづける。中学などはご夫婦で出席である。それにおじいちゃんやおばあちゃんを入れると26%オーバーはあって当然なのである。    


・ 式に先立ち大震災の被災された皆様に「黙祷」を捧げて式は始まった。9回目となると同じような式辞になるがそれでも私は力を入れてやる。一生懸命やるのである。最近では特に「浪速生としての心構え」について強調して話しをしている。

・ その中の一部は“本校は全般に「生徒生活指導」には厳しい学校として聞こえています。特に「いじめ」「喫煙」「化粧や服装」「通学途中の公共マナー」は厳しい指導があります。それも学校の教育だと思っているからです。生活規範が乱れていると学業成績にも影響があることを学校の教師は知っているからです。安易に流れてはいけません。「駄目なものは駄目」なのです”と声を張り上げたのである。

・ 式の終了後「担任紹介」を私の手で行い、生徒はクラス写真の撮影で会場を後にした。保護者にはお残り頂いて時間をとらず「教育トライアングル」の説明をした。私は「映像」を使って「多聞尚学館」「堺の校外グラウンド」「新武道館」の教育トライアングルの完成を「黄金の三角地帯」と称してPRを行なった。

・ そして「新校舎建設」を高らかに宣言し、経済的に厳しい時ではあるが出来うる範囲で「施設設備充実金」への任意のご寄付と高校教育後援会への参加をお願いした。その後早速行われた理数科とⅠ類の生徒保護者集会に参加して特別に「校長講話」があるのである。これは比較的生々しい大学進学の話となる。

・ そして本日最後の行事が「特待生制度に該当した生徒と保護者」への伝達式である。今まではなかったものであるが授業料免除などの特待生であるから「それなりの重み付け」と考え校長の言葉で特待生であることの伝達と激励を昨年度から実施している。

・ このようにして平成23年度の入学式は無事に終了したのである。しかし今年はこれだけでは終わらず特別に本校初めての東日本「義援金の募金活動」を行った。高校生自治会が中心となって部活のクラブ員、教職員、PTA役員総出で三々五々とお帰りになる保護者を対象に募金をお願いした。多くの保護者から多くの浄財を頂いた。

・ 次の募金活動は8日の始業式である。2回目の山場であろう。計画では11日(月)までの実施となっているが出来れば早く打ち切りたいと思っている。私は生徒を通りに立たせて募金活動をさせる気はない。あくまで本校に関係ある身近な人を対象にして行うべきと言うのが私の方針である。

・ 学校の中には目抜き通りや繁華街、駅前で生徒を立たせている(?)、立っているのを見かけるが余り感心しない。又しつこいのも良くない。「一回の義援金募金で如何に効率的に効果的にするかが知恵の見せ所」なのである。

・ PTAと同窓会などは保護者が集まったりする機会もないことから「予算措置してこれこれの金額を致します」と連絡を頂いているのである。場合によってはこの方がすっきりする。
・ しかし公益法人たる私立学校が学校として公費を義援金に回すというのは如何なものか。その点を今検討しているのである。あくまで義援金とは個人や私的団体がなすものではないのか。

・ 今日は多くの浄財を頂いた。中には封筒に3万円もはいっているようなケースもあった。以上を集計して最後は「浪速教職員の名の下に」義援金を集め、「浪速高校中学校グループとして」日本赤十字社にお届けしたいと思っているのである。

2011年4月5日火曜日

23年4月5日(火)浪速武道館の精神







 
ー施主として浪速武道館のコンセプトは何だったのでしょうかー

・ これはもうはっきりしていまして当然「教育目的の具現化」が最初にくるのですが、精神としては「神社神道の学校としてのアイデンティティを内外に示す」ことでした。日本には多くの私立学校があります。ミッション系、仏教系、私立大学系列など様々です。しかし神道系の学校は少ない。殆どありません。それだけに「神社神道系の学校の真髄」を現在本校で学んでいる生徒にもこれから浪速を目指している世代にも伝えたかったのです。

―具体的にもう少し詳しくお話くださいー


・ 本校の校訓というか校是は「浄明正直」といいまして、分かり易く我々の理解の範囲で言えば「清く明るく正しく素直に」と解しています。実はこの浄明正直とは神職のある方々の位階なのですが、この浄明正直の精神が霧雨の様に降りかかっているような雰囲気が醸し出されている建物にしたいと最初から強く思っていました。

・ もう一つは大正12年に旧制の浪速中学校が創立された時代の創業時代の雰囲気が感じられるようなものが欲しかったのです。現在の正門は平成19年に私が着任して直ぐに建て替えたのですが、これも設計のコンセプトは「大正ロマン」が感じられるものとしました。とにかく私は歴史を刻んだ古いものに惹かれます。

―学校法人名を大阪国学院から浪速学院に変更されるとかー

・ 変更ではありません。元に戻すだけです。23年4月1日から本校は「(学)浪速学院 浪速高等学校・関西大学連携浪速中学校」が正式な名称となりますが、これは私が着任以来考えていたものです。創立以来様々なことがあって法人名称も変化しましたが「時は今」と考え大阪府神社にお願いしてご了解を得ました。「創立の原点」に立ち戻ってこの厳しい時代を皆で乗り切って行こうとする「再出発の号砲」みたいなものです。

―要は新たな再出発の拠点がこの浪速武道館というわけですねー

・ そういうこと風にご理解頂けると嬉しいです。

―武道館と武道の関係について少し教えてくださいー

・ これは極めて密接な関係があります。元々日本の武道というのは古事記神話の時代からありますし、有名な「須佐之男命(すさのうのみこと)の八俣の大蛇(やまたのおろち)伝説」などもあります。弓道、剣道、柔道、空手道など仏教の教えよりは神道の教えに近いかも知れません。特に「神事」と結びついています。今残念ながら騒がれていますが相撲もそうですね。「武道を通じて邪悪を祓い人々の安寧幸福を祈るという精神がまさしく神社神道の教え」そのものです。

― それで複合武道館を建設されたというわけですねー

・ 少し補足させていただきますと我々の最終目標は「新校舎建設」です。新たな立地を求めることは出来ませんから、授業をしながら工事を進めていくことが必要です。その為には広くない校地を有効に活用しなければなりません。新校舎の「種地」を作るために剣道、弓道、空手道、柔道の「コンプレックス型武道館」としました。今流行の「シネマコンプレックス」みたいなものですね。

―ところで浪速高校の制服のエンブレムは特徴があるとか伺いましたー

・ そうです。デザインは「三種の神器」を使わせていただいています。「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」「八咫鏡(やたのかがみ)」「八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)」ですね。本校はそういう学校なのです。草薙の剣は別名「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」とも言われており須佐之男命が退治した大蛇から出たものとされています。悪を払う正義の象徴としてのものでしょうか。

―なるほど、これで昨年6月に完成された浪速ふくろうスタジアムとあわせて一連のインフラは完成ですかー

・ お蔭様でそういうことになります。この住吉の本校には第一グラウンド、それに平成20年に完成したテニスコート3面の第2グラウンド、そして既設の体育館、今回の武道館で住吉区本校の設備は完成しました。それにふくろうスタジアムですから全ての体育教育施設を持つことになりました。

―千早赤阪村に「多聞尚学館」がありますねー

・ ええ、これは運動スポーツではなくて学習合宿の施設なのですが、これを最初に完成させ、ふくろうスタジアム、そして今回の武道館となりました。これらを総じて我々は「教育改革の証:教育トライアングル」としています。本校はあくまで「文武両道」の学校作りを目指してバランスの取れた人材を育成していきたい。生徒の個性に合わせて様々な教育設備施設のインフラが整っていることが私立高校の拠って立つところだと考えています。

―さて武道館の話に戻して、入り口の基礎のある「定礎」に驚きました。「皇紀」と書いてありました。これにはびっくりです。(笑い)

・ そうですか(笑い)。私は国粋主義者でもないし右翼でもありません。ただ日本の歴史と文化いうものを大事にしていきたいと思っています。キリスト誕生に始まる西暦と同じく日本には皇紀という我が国独特の紀元年号があるということを生徒に伝えたかったから書きました。友人の勧めだったのですが大変良かったと思っています。

―私も良く分からないのですが、少し教えてくださいー

・ 簡単に言えば日本書紀編纂以来我が国の紀元を神武天皇のご即位にしたものです。ご即位の紀元はキリスト紀元よりは660年大きな数値になります。従って平成23年、西暦2011年は皇紀2671年となります。私は皇紀を使うことの善悪を今論じる気などありません。ただ神社神道の学校に学んだ本校の生徒にはこのことをさりげなく伝えておきたいのです。それ以上でもそれ以下でもありません。亡くなった私の両親などは皇紀という概念をしっかりと捉えていたように思います。しかし今の保護者の中にもご存じない方が多いのではないでしょうか。

―そして武道館の玄関に入って、もう一度強烈な感銘を受けました。あの真正面に飾ってある「武の一字」には「気」が迸っています。何時どのようにして書かれましたかー

・ そういって頂けると本当に嬉しいです。しかし木彫りをしてくれた大阪欄間の第一人者である山田伝統工芸士さんの力が大きいです。下手な字を見事に補っていただきました。あれは縁起を担いで2011年1月11日、11111と数字が五つ並んだ日に書きました。事務室の職員が用紙を3枚用意してくれ一挙に3枚書きましたが結局1枚目を選択しましたね。

―どうして「武の一字」になったのでしょうー

・ 実は正面玄関のしつらえには様々なアイデアがありました。神棚を持ってくるとか、優勝カップや優勝旗などを飾るボードをつくるとかです。しかし私は工事が進行するにつけここには「武の一字」、それも出来るだけ「大きいもの」と思い始めました。ここは「武道館」ですから精神としては「武士道精神」がきます。古事記の話を前述しましたが日本は古来「武の国」であり、最後まで武を行使しない「平和の武」です。そのような思いを込めて書きました。そう考えたら「武の一字」で十分でした。

― 各武道場にも武の字が入っていますー

・ あれも一種の木村流こだわりですね。徹底して「武の精神」を込めたのです。柔道・空手道には「練武館」、剣道場には「尚武館」、弓道場には「玄武館」と名づけました。悩んで悩んで、迷って迷って決めました。これらの字は武の字よりも前に書いたような気がします。決断したらすっきりしました。

―さて次は和室についてお聞きします。大広間とお茶室ですねー

・ 私は武道館といっても、大切なことは武の鍛錬だけをする場所だけではいけません。「文武両道」が必要です。武道館の和室は文を代表するところ、実は「本校の精神的な真髄の場所」という捕らえ方で発注の時も最重要場所としました。ある面、練武館、尚武館、玄武館よりは大切な場所かもしれません。「学院神社に継ぐ神聖な場所」と考えています。

―それにしても広くて大広間は何畳ありますかー

・ 40畳の大広間に12畳のお茶室です。この大広間は主体として「雅楽部」が練習する場所として使いますが、「修養室」の目的も兼ね備えています。本校には2年前まで修養室がありましたが今は仮の図書室になっています。生徒が増えて来たので今までの図書室を急遽教室へと衣替えをしたのです。

―ここでどのような教育を考えておられますかー

・ 家庭科の実習場所にもなりますし、女生徒の作法教室にも使えます。合宿の宿泊場所としても利用でき、これは使い道の多い部屋になるのではないでしょか。先般は理事会・評議員会をこの和室で行いました。大変評判が良かったです。

―全てを含めて「洗心亭」と名づけられたとー

・ これは本校名誉理事長で道明寺天満宮の南坊城宮司が「心を清め洗う場所」として洗心と名づけられました。それを表千家の千宗室お家元が亭の字を考えてくださり洗心亭となりました。大変名誉なことと喜んでいます。

―驚くのはあのお茶室の杉の板絵の古事記の世界です。これには感動でしたー

・ 既に申しましたように本校は神社神道を建学の精神に持つ学校です。それだけに私は「日本の歴史」を伝えていきたいとこの学校に赴任以来考えてきました。混迷の時代であるが故に今日本人は「日本人の原点」を忘れてはならないと思いました。


・ 日本という国柄は2600年以上に亘って原点は「古事記・日本書紀」の世界から国つくりがなされてきたのです。森羅万象すべてに神が宿り「五穀豊穣」を祝い自然の持つ力に感謝することが日本人の心でした。日本は「神々の国」なのです。

・ そのような観点から建設前から武道館には和室とお茶室を絶対に設けることは決めていました。それも最も良い場所にです。そしてこの茶室の襖に替えて杉の板目に古事記の世界を板戸絵として描いて貰うことを決めていました。

―お茶室と言ったら詫び寂びの世界ですよねー

・ そうですね。だから私がこのアイデアを出した時には当初関係者は驚いていました。しかし21世紀にあって新しい形のお茶室があっても良いのではと考えました。今から400年前の利休の詫び寂びを更に900年一段遡ったところに基点を置きたかったのです。古事記は712年に太安万侶が編纂した歴史的事実であり、天武天皇時代の古代史最大の内乱である壬申の乱から日本史は記録が残っています。

―それにしても迫力がありますねー

・ 苦労したのは描いて頂く画家の先生を探すことでした。担当と共に探しに探しようやく5人目で大阪芸大出の高山正宣さんという素晴しい日本画家と出会いました。さあ、古事記の本を何冊先生にお渡したでしょうか。数回に分けて15冊だったと思います。先生に古事記を読んで勉強して貰う為です。

―ストーリーはどのようなものでしょうかー

・ 日本誕生から、天照大神様の誕生とお隠れ、須佐之男命の八岐大蛇伝説、倭建命(日本武尊)の東征、神武天皇の即位と古事記の世界を絵にしたものです。私は大変良く出来た傑作であると評価して高山先生には大変感謝しています。

―お茶室の板戸には漢字が書かれています。あれは何でしょうかー

・ 「大祓詞(おおはらえのことば)」といいます。一般の人には馴染みが薄いと思いますが神社で神職が祭祀で用いる「祝詞(のりと)」の一つで極めて重要なものです。私自身も難しいものでよく理解できていません。自分の犯した「罪穢れ」を消滅するための祈りの言葉だと私は理解しています。知人の書道家に書いて貰いました。

―建物全体を通してこの武道館に私は「清冽」というものを感じましたー

・ そのように評価していただけると有難いと思います。私は「品格」ということを重んじています。品格ある生徒の教育に品格ある教職員、それに品格ある校舎群が必要です。徹頭徹尾明るくて品格ある建物を目指しました。神社神道の教えそのものが前に説明しましたように浄明正直です。これは言い換えれば品格ある人間を目指すということです。

―さて次の目標は遂に新校舎建設ですねー

・ その前に一工事があります。種地作りにクラブ活動用の部室、カフェテラス、予備教室のための工事が7月一杯までかかるでしょう。これは今あるものの代替です。これで全て新校舎の準備が整うことになります。しかし新校舎のイメージはまだ固まってはいません。

―どのような新校舎を考えておられますかー

・ 早速7名のセンスある教員で「新校舎建設チーム」がスタートしました。まず「耐震強度」が万全のものにすることは当然です。そして教職員にとって使い勝手の良い、生徒への教育効果が高まるような21世紀型のIT武装されたシティスクールを標榜しています。是非良いものを作りたいと思っています。

―具体的なスケジュールはー

・ 過日理事会で決議されただけの段階ですからまだ固まったものはありません。出来れば本校の創立90周年となる平成25年度中に完成できればと思っています。丁度この年は「伊勢神宮の式年遷宮の年」に当たっていますから、恐れ多いことですが本校にとっても未来永劫大きな記念になると思っています。

―最後になりましたが今のお気持ちはー

・ 東日本大震災にて被災された方々には申し訳ない思いですが、正直「幸せだ」としみじみ感じています。着任した4年前のことを思えば感無量です。これも教職員が頑張ってくれたからです。心から彼らに感謝し、私は浪速の教職員を誇りとしたいです。そして大阪府私学・大学課、大阪府神社界、PTA,同窓会はじめご関係の皆様のおかげです。心から御礼を申し上げたいと思っています。

・ 武道館完成で一つの節目は迎えました。今までのことは既に過去のこととして、これからは心を一新して次の目標である「新校舎建設に向かって努力」して参る決意と覚悟をしています。

2011年4月4日月曜日

23年4月4日(月)新採用常勤講師



・ 16名の新採用常勤講師の人々からブログ「校長の視点論点」について1月から3月までのもので印象深かったものを3点選びそれについて2000字以内に小論文として纏めたものが欲しいとの要望を副校長を通じて出しておいた。
・ そのうち14名の先生が提出してくれた。有り難いことだった。2名の先生は未提出であったがそれはそれで良い。強制ではないのだから自由に考えてくれればそれで良いのである。
・ 今朝になって御一人が提出してくれたそうだが私はそれは受け取れないと副校長に返却した。周囲を見て「慌てて提出」したものを受け取ったら期日までに出された人に対して公平ではなくなる。震災の被災者だったら別だが・・・。

・ 週末それらについて目を通した。大変に面白かった。私はこれらの新しい先生の物事の受け止め方や考え方に大変に関心がある。ひょっとすれば、この中から浪速丸の正式クルーになって欲しい人も現れるかも知れないからだ。4月以降給料を出すのだからこれらの人々の感性や考え方を私は知る権利があると思っている。知らねばならない義務もある。
・ 物を読ませて感想文を書かせたらその書く内容で「その人物の今まで生きてきた蓄積」が手に取るように分かる。今までの常勤講師の方々にもそのようにしてきた。だから私は知りたいのである。
・ やはり「ウーン」と唸るような物もあった。読解力に疑問符が付く論文もあった。検討違いや勘違いなど様々であった。しかしとにかくスタート台に立ったのだから頑張って欲しいと念願している。

・ 平成23年度の教員体制は専任教諭が養護教諭を含めて59名、常勤講師が39名それに嘱託教諭、非常勤講師が加わる。専任への門は決して狭くはない。しかし常勤講師と私とは専任に比べて距離があるから、少ないチャンスを活かさねばならないだろう。
・ 1年後浪速は自分の職場にあらずとなったら他を探して欲しいし、公立学校の試験はドンドン、チャレンジして欲しいと思う。世間は広い。広い世間を狭くしてはいけない。ただその場合でも浪速での経験を活かすものにして欲しい。

・ 彼らの感想文を少し整理してみよう。私は1月から3月末で総計75件のブログをアップした。丁度毎月25件である。これに対して14名の先生が選択した上位(価値の上下ではないが)3件の合計は44件であった。これ位「ばらけている」のである。
・ 当然複数回上がるブログもあるがそれは人気ブログ(?)と言うよりは多くの先生の関心を呼んだということであろう。まずトップは同列で5件を数えた「1月6日の浪速始動開始」と「3月8日の義理と人情」であった。
・ その次は4件の「2月18日の教員と生徒の距離」、そして3件には「1月19日このような教員は即刻退場すべき」であった。2件は「2月21日のわいせつ教員」「1月29日の国旗と国歌問題」「3月9日の新採用教員研修会」であった。それ以外は1件である

・ 「1月6日の浪速始動開始」ブログが数を得たには二つの理由があると私は踏んでいます。それは採用内定を得たから「ホームページでも見ておこうか」と開いた最初がこれだったから印象深かったのだということ。
・ 加えて感想文を出せと言われたら、それまで読んでいなかった人は慌てて最初と中間と最後付近から選択すると言うのが人間の癖でしょう。私でもそうしかねない。だから1番目のブログが印象深かったのだと思う。
・ 又この浪速始動には「木村語録」と称して教職員への期待の言葉を入れていたから、これが「強烈」だったというのもあったでしょう。その文章とは以下のようなものでした。

* 立派な教師とは立派な社会人から生まれます。社会人として駄目でも教員としては立派というのは120%有り得ない話である。まず学校の先生である前に立派な社会人であることが必要です。
* 社会人としてまず最低限必要な条件は「挨拶のできることと礼節が分かっている」ことである。これは業種を問わない。まず全てはここから出発する。人間の魅力はその人間の持つ品格からにじみ出るものであることは間違いありません。
* 教師であることとは肩書きでも資格でもなんでもない。特に今日では誰でもが教師足りうる時代です。自らに恥ずかしくない教師像を追い求めて欲しい。その為にはまず謙虚さが必要であるし、一生涯勉強し続けないといけない。案外と先生といわれる人の中には教養が深くないし知識経験が少ない人を見かける。これでは立派な教師とはなりえない。単なる教員すなわち教える人の員数でしかないと思います。
* 明るくあること。心の中ではそうではなくとも外見だけでも明るくすること。又生涯身だしなみには気をつけること。そして何事にも感謝を表さねばならない。感謝の表現があるところにはどんな境遇でも陽が射し機会が回ってくる。厳しくされたら期待されていると思った方が良い。期待していない人間には人は厳しくしないものです。まだ成長すると思えばこそ厳しい指導があるものだ。
* 何事も自分でやろうとしなければならない。特に教職員においては部下に仕事を回すということはその業務形態から考えて有り得ない話である。教師とは生涯自分自身を鍛え続け、自ら手を下してやらなければならない職業である。
* 出来ないと諦め自身を袋小路に追い込み、自滅することは結局大いなる損失であり、誰も評価しない。素直にギブアップのシグナルを親しい友人や管理職に伝えねばならない。人の能力にはそれぞれ特徴があり誰もが同じようなアウトプットとなることは無いのである。頑張った人間はそれなりに輝いているものである。
* 若い世代の教員には「自分の仕事があるという幸せ」が本当の意味で分かっていないと思うが人間にとって生涯を通じての仕事があることほど幸せはないのである。仕事があるという喜びは人間としての全ての存在意義の根底である。自分の仕事を大切にして欲しい。そして仕事を通じて自己実現を図って欲しい。仕事のストレスは仕事を通じて以外に解決の方法は無いと思う。

・ トップ2のもう一つに「義理と人情」が来たのは大変に嬉しかった。年齢など関係なく義理と人情の心が理解出来る若者がいると言うということが嬉しかった。しかしそれでも16人中5人である。
・ 概していえることは自分に直接跳ね返るようなテーマに関心をよせていることが分かる。「教員と生徒との距離」「わいせつ教員」「このような教員は即刻退場せよ」「新採用教員研修会」などである。
・ ここに一人の新採常勤講師の感想文を転記する。新卒である。ベストというのではないが新人の心構えを再確認した「素直さ」を良しとしたい。

“私が、平成23年1月から同年3月末までの「校長の論点・視点」において、特に印象が残ったのは以下のとおりである。
① 平成23年1月6日  浪速始動開始
② 平成23年3月13日 浪速武道館竣工式
③ 平成23年3月7日  中西制服店さんのこと
① についての所感などを述べていきたいと思う。

私が、なぜ平成23年1月6日の「浪速始動開始」を一番に選んだのかというと、教職員に送りたい木村語録に衝撃を受けたからである。その中でも、「立派な教師とは立派な社会人から生まれます。社会人として駄目でも教員としては立派というのは120%有り得ない話である。まず学校の先生である前に立派な社会人であることが必要です」という語録がある。よく聞くこと、当たり前のことと言われればそうかもしれませんが、今春、大学院を卒業し目標であった教師としての道を関西大学連携浪速中学・浪速高校で踏み出せることが決まった私にとって、社会人になるというよりも教師になるという気持ちが高く、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれる言葉になったからである。もともと教師になりたいという夢が幼いころからあったこと、これまで多くの素晴らしい先生方に出会ってきたこともあり、私はどういう先生になれるだろうか、こういう先生になりたい、など教師という言葉のイメージだけが先走っていた。

しかし、私はこの木村語録に出会うことで忘れかけていた大切なことを思い出すことができた。教師である前に、一人の社会人であれ、社会人である前に一人の人間であれ、人間の魅力はその人間の持つ品格からにじみ出るものである、ということを教えられ思い出さされ、心にこの言葉が突き刺さった。心に突き刺さると言うことは、心当たりがあるからである。私は、採用通知を頂いた時から、教師になれるということの喜びと教師になったらという、肩書きにとらわれそうになっていた。そんな時に出会ったのが、木村理事長・校長の「教師であることとは肩書きでも資格でもなんでもない。特に今日では誰でもが教師足りうる時代です。自らに恥ずかしくない教師像を追い求めて欲しい。その為にはまず謙虚さが必要であるし、一生涯勉強し続けないといけない。」という言葉である。確かにそうだと納得させられた。しかし、この言葉は私にとって文章以上に意味深い言葉になった。それは、先ほど述べた言葉が重複するが、先生である前によい社会人であれ、教師という肩書きに囚われるな、今日では誰でもが教師足りうる時代だ、という言葉から木村理事長・校長は多くの視点、角度から物事を見ていることに気づかされた。これは、もちろん経験や体験が豊富だから考え言えることかもしれませんが、前からだけ物事を見るのではなく、上下左右あらゆる角度から見るからこそ言えるのではないかと考えさせられ、私の足りない部分を知るよいきっかけになり、また一つ勉強になった。

話は変わるが、一昔前までは企業などのトップダウンの考え方が問題になり今日では改善されてきている。しかし、一つ視点を変えてみるとトップが正しい道を示し、引っ張ってくれること、また一方の意見や考えだけでなく、多種多様な視点(学校を運営するがわの目線、生徒目線、教師目線、地域目線など)から物事を見、考慮し、話をするなどのコミュニケーションをしっかりできれば、最終的に自分の意見が反映されなかったとしても、これはトップダウンではないのではないかと思い出した。なぜ、このような話を入れたかというと前に木村理事長・校長が浪速高校のネットで日記などを書いているのを目にし思い出したことと、先ほどいろいろな角度から物事を見てみるということを学んだので、さっそく自分なりに、これまでの視点とは少し違った角度から見てみた。

最後になるが、私がなぜこの3タイトルを挙げたのかだけ触れておきたい。この3タイトルを挙げた理由は、浪速高校というのは経営者、生徒、教師、地域の方々など、いろいろな繋がりが2次元的な縦横だけではなく、いろいろな角度から重なり3次元のように縦横無尽に綺麗に折り重なっており、今の浪速があるのではないかと思うようになった。なので、この3タイトルを選ばさして貰いました。“

2011年4月2日土曜日

23年4月2日(土)インタビューを受ける

・ 新年度も順調に始動した。今日で私はようやく「ホッ」とするのである。6日の入学式までが私の僅かな「至福の時」である。今まで生徒数が伸びる一方だったので「落ち込む」時はなかった。「いやいや、そういうことを言ってはいけない」。昨日のブログではないが「得意淡然・失意泰然」だ。

・ 今日は本校茶道部の顧問になる女性教諭に茶道のイロハを1年間ご指導していただいた道明寺天満宮の先生(宮司の母君)にレッスン終了の御礼に赴いた。お席で美味しい一服を戴いた。
・ 全く茶道のことなど何も知らなかった教員に対して手厚く「ご社中」あげて対応いただき、基本中の基本であろうが「基礎の教授」頂いたのである。今後は「武道館のお茶室」で本校生徒とともに茶道部の外部指導者から教わることになる。

・ この先生、幾分頑固なところがあるが、良いところも一杯あって私が昨年専任に格上げした私と同郷の国語の先生である。今年の冬休みは広島の実家に帰ってご両親に大型のデジタルハイビジョをプレゼントしたと聞き、私は嬉しくなった。そうでなくてはならない。「親孝行」でない者が学校の教師など務まるはずが無い。私はこういった話に弱い。

・ 「バスケットボール」が大好きで大好きであったが、しばらくクラブを休ませ茶道に集中させた。4月からは好きなバスケットも担当させるように配慮したが茶道部に手を抜いてはいけないと厳命している。やってくれるだろう。


・ 学校の方は教員総出で学年会議やら科・コース会議やら分掌会議などがなされている。昨日新任先生の着任、そして遅く職員室の移動や整理だった。そして今日が来週以降の為の意思結集の会合だから「如何にも合理的」である。そして「スピーディ」だ。
・ 管理職朝会で報告されたが、新任の数名の先生が昨日の「職員会議の感想」を副校長のところで述べたそうだ。「今まで見た事のない職員会議だった」と。校長の指導力と存在感、そして「凛とした職員会議」に驚愕し感動したというのである。
・ しかしあのようなもので驚いてはいけない。あれは挨拶程度のものであった。14日に予定されている実質的に中身のある職員会議での「理事長・校長のプレゼンテーション」に更に驚かれるのではないか。

・ 新採用の教員の「校長視点論点の感想文」も入手した。最初の数人分に目を通したが「中々力作で読み応え」のあるものもあるような気がする。週末に読むのが楽しみである。昨日のブログに書いたように「小論文」というか「書き物」を読むだけでその人間の「生きてきた蓄積」が直ぐに分かる。

・ 昨年の常勤講師で2名ほど提出されなかった教員が居たが恐らく「書けなかった」のだろうと思う。この二人は1年で本校から去った。再契約とはならなかったのである。教師が論文を書けないでは生徒に指導など出来ないだろう。
・ 「書くとは自分の考えをまとめること」である。そして読んでもらう人に「伝える」ことなのである。ここには「技」が要る。表現方法、語彙「起承転結」があってそれでいて「自分の匂い」が漂うものが良い。いい加減の思索では人生経験の長い老人域の私にはすぐ分かるのである。「底が知れる」のである。


・ 今日は前から予定していたインタビューを受けた。映像メディア会社の社長さんである。今日のインタビューに先駆けてじっくりと武道館を研究して本日に臨んで来たと言う。場所は武道館の来賓室を使った。


・ インタビュアーは最初に「この浪速武道館は清冽な感じがします」が第一声であった。この「清冽」という語彙に私は参ったのである。元々ここ4年間は新聞記者のインタビューなどマスコミからの取材なども一切お受けしていないが今日のインタビューは逃げるわけには行かなく受けたのだが最初の突っ込みが私を大いに喜ばせたのである。




・ 私は設計当初から「品格溢れる浪速武道館」を目指し、ゼネコンの南海辰村さんもお願いし、結果として素晴らしい設計をしてくれたと思う。特に建物の概観、正門、そして玄関、それに和室には特別に意を用いた。それを開口一番「清冽」という言葉を発してくれたのである。
・ 途端に機嫌よくなった私は持ち前のサービス精神がもりもりしてきて、15分のインタビューが1時間にもなったのである。「定礎」の「皇紀」という年号についても聞かれたので私はこの説明だけで15分はしゃべっただろうか。


・ 何故「皇紀」なのか。そしてお茶室洗心亭の「古事記神話の板絵」なのかである。「神社神道の学校」として歴史を紐解きながら私は延々と喋ったのである。上手いインタビュアーであった。ポイントをついてくるから受けるほうは何でも話してしまうのである。
 ・ そして最後が「武の一字」についてであった。見た瞬間「体が震えた」といわれるのである。この社長さん、「気」というものを勉強されているらしいのだが「気に溢れた字」だと言われるのである。「猿も褒めれば木に登る」ではないが、私は舞い上がって如何にしてこの武の字を書いたか又15分を使って説明したのである。
・ ふと廊下を見ると数名の保護者が「中二階」から空手道部の練習をご覧になっていた。生徒の中には何と小学6年生が混じって練習しているのである。その保護者であった。浪速中学に入れて貰って今井先生の指導を受けたいという。
・ 今や浪速武道館は市中の空手関係者には大変有名になっているとお聞きした。私は「にんまり」として練習中の部員の輪の中に入りその小学生に声をかけて激励したのである。両親はその光景を中二階から見ている。


・ 本当にこの中二階部分の設計は素晴しい。これはゼネコンの南海辰村さんが受注を決定した大きなポイントになった部分である。代々木体育館みたいな設計をプレゼントしてきた会社もあったが、私はこの武道館を大層気に入っている。この浪速武道館は清冽で品格溢れる建物として21世紀に輝くであろうことは間違いなしだ。
・ 落ち着いたら「浪速武道館への道のり」の銘版を入り口近くに掲げる。「多聞尚学館への道のり」「浪速ふくろうスタジアムへの道のり」もそのようにしてきた。銘版取り付けで「教育トライアングル」が完成する。

2011年4月1日金曜日

23年4月1日(金)新年度始動「得意淡然、失意泰然」

・ 今日は「新年度の始動」だ。昨日が大詰めで今日が始まりだから、本当に学校は忙しい。途切れることがない高気圧前線が動いていくだけである。しかし忙しいのは本校だけではない。いずれの学校も今日は新年度の準備で走り回っているだろう。しかし本校は入学者数も多く、「気分良く」新年度を迎えられる幸せを感じなければと思う。

・ 昨日の3月31日、私は年度末ということで上町台地にある某私立学校の理事長校長先生のところに夕方ご挨拶に伺った。このようにして節目節目にお目にかかってお話を伺うことは私自身大変勉強になるからである。
・ 「大歓迎」して頂いた。特にお会いするなり「よう生徒さんが来はったな。立派、立派、浪速は今大評判」とお褒めを頂いた。話題の中心は大震災のことでこの学校もその系列の南部にある学校も「新校舎建設」を早く進めると言うことだった。やはりどの私立高校も校舎の建て替えを検討していることを確信した。
・ 帰り際に一冊の書物を下さった。そして先生は「得意淡然、失意泰然」というところを開いて見せてくださった。「自分はここが気に入っている」と。しかしこれは私へ「読むように」との教えだと「ピンッ」と来た。





・ この理事長先生はどこに行っても誰に聞いても「今の浪速の元気さが評判」と何回も何回も誉めてくださったが「これからが重要、裾を払われないように気をつけなさい」という忠告なのである。有り難いことだった。
・ この世の中で男の嫉妬ほど怖いものはない。これに比べれば女の嫉妬など可愛いものだ。浪速が元気になるに付け私は前から「頭を低く、腰を折って」と思っていたがこの先生の言葉で私は尚のこと自戒したのである。

・ 本校の「新校舎建設宣言」は丁度良いタイミングであった。今朝8時に「新校舎建設チーム」を発足させた。口頭であったがメンバーにチームの動き方等について指示を与えた。「後で後悔しないような素晴らしい立派な校舎を作る目標」を得てメンバーの目の色は輝いていた。
・ 今日は新年度の始まりの日である。朝から忙しい一日となった。まず「専任教諭採用の辞令交付」である。一人の男性教諭が優秀に付き1年の常勤講師経験だけで専任として採用した。安心して見ておられる先生である。中学の新1年生の担任になってもらう。
・ 今日から本校の学校法人名称が大阪国学院から「浪速学院」に変わった。その法人名称の入った初めての辞令であった。前の法人名称も「格好良かった」と思うが今度の浪速学院と言うのも素晴らしい。
・ しかし事務的には大変で登記簿謄本やら銀行通帳やら変更が大変である。しかし前から周到に準備を進めてきていたからスムースな移行であった。今日から私が押す「実印」も新しいものに変わった。

・ 「年々歳々、歳歳年々」というが昨日本校を去っていく人も居れば新しく本日着任してくれる人も居る。本日20名の新しい常勤講師の先生と6名の非常勤講師の先生をお迎えした。「大歓迎」である。内9名が大学新卒である。
・ 朝9時からの職員会議で全員でお迎えし、その後所定の席に据わって貰い、新年度最初の職員会議である。本日は時間もないから私は短く挨拶だけを行い、詳細は14日に予定されている職員会議で22年度総括と23年度展望をお話することとした。


・ 引き続いて9時30分から「新採教員の着任研修会」において改めて「ウエルカムスピーチ」をした。皆さん中々の「面構え」で期待が持てそうで私は嬉しくなったのである。
・ 本校のサイトにアップしている「校長の視点論点」の1月から3月までの中で特に印象深かったものを3点選び、それについて思うところを2000字以内で述べよと宿題にしていたから、それを読むのが楽しみである。とにかく「小論文」を書かせてみたらその「人間の蓄積」がすべて分かる。

・ 以上が終わった後私は車に飛び乗って北区の大阪天満宮に移動である。今日は29日の理事会・評議員会に連続して「理事会・評議員会」があった。1日と言うのは神社関係者には「一日祭」などお祭りがあって最も忙しい予定のある日なのだがどうしてもこの日でなければならない事情があってやむを得ず設定したのである。
・ 内容は「新役員の選任」であり「今日から任期3年の理事、評議員が任命」された。今まで理事と評議員の任期がずれていたのが今日で揃ったことになる。委任状を頂いたりしているから会は成立し粛々と議題は進行し満場一致で決議された。
・ 今期から外部評議員も3名選出され又評議員総数も大幅に削減されたから機能的で中身の濃い理事会・評議員会が期待できる。私も理事長として3期目に入ったことになる。責任重大である。
・ トンボ帰りで学校に戻り今度は「拡大校務運営委員会」である。新年度最初の委員会である。実質的に「校長の最終意思決定」のための重要機関ともいうべきもので私はこの委員会の意見を尊重している。
・ 今年から一部メンバーが入れ替わった。頑張って欲しいと大いに期待していると申し上げた。本日は1名が修学旅行の下見でイタリアに出張しておりこの先生を除けば全員勢ぞろいであった。


・ 4年前に全員に手渡した個人用のノートパソコンが老朽化していると聞いてはいたが、どうも使い勝手が悪いと言うので全面更新について企画書を出すように広報情報委員長に指示した。
・ 生徒数も増えたことだし・・。かくの如く私は優しいのである。しかし120台くらいとして1台7万円として800万円は要る。まあお金は何とかなるのだが今あることも考えており優先順位だ。教員に良い仕事をして貰いたいからそのツールにお金を惜しんではいけないが後1年持てないかとも思う。

・ 委員会終了後職員室の机の大移動作業が始まった。本校は職員室が三つに分かれている。厳密に言えば体育の教官室を入れれば4つであるがそれを機能的に配置するために教頭が頭を絞ってレイアウトを考えてくれている。
・ 新校舎では全教職員が入る職員室が必要である。IT武装され、個人空間も確保された職員室である。大きな部屋になろうがこれだけは絶対にやる。私のこだわりである。その横に校長室を持って来る。生徒や保護者との面談室なども配置しなければならない。
・ 何が重要だと言っても学校で最も「大切な場所と空間は職員室」だ。理事長の部屋などどうでも良い。それよりも校長室と職員室である。各廊下が見えるモニターも必要だろう。色々考えると本当に楽しい。