2011年9月8日木曜日

23年9月8日(木)「日本中枢の崩壊」



・ 三井住友銀行の営業統括部長が訪問してくれた。最近東京から転勤してきた人で、私が住友金属工業出身というのは先刻ご承知である。話はまず最近の東京の大手町住友村界隈の様相から始まった。懐かしい話であった。しかしもう10年も前の昔のことになった。学校界に転じて以来、あっという間の時の速さである。

・ 時々このようなバンカー(銀行家)と話をするのは勉強になる。今日も三井住友銀行企業調査部が纏めた「経済環境および中長期的な業界動向と戦略の方向性」と題した小冊子を戴いた。

・ 新聞記事は毎日舐めるように読んでいるがこのように纏めたレポートは大いに助かる。自分の読みと一致していた部分には嬉しくなるし不足していた視点などは大いに勉強となるわけだ。

・ 学校の校長なのだから経済指標など関係ないと言ってしまえば、そうかも知れないが私は違う考えを有している。大体学校の管理職を含め教師を生業とする人たちは「円対ドルの為替レートの動き」など基本的には全く関係ない指標である。

・ 大体教員で「日本経済新聞」を日常的に読んでいる人は多くは居ないのではないか。(「株」をやっている人は別だが。)聞いた話だが教員は朝日新聞しか読まないらしい。これでは考え方が偏るだろう。朝日は良い新聞で私も読者であるが書かれている内容には100%賛同と言うわけにはいかない。

・ 最近若手の独身教員に「新聞は何処のもの?」と聞いたら「取っていません」という答えが返ってきた。「ネットで十分です」と言うのだが、この意見にも賛同しかねる。余りにも薄っぺらだ。読まないで目で追うだけだから読解力も付かないし文章が上手くならない。

・ 話を戻してその部長さんとの話で出たのであるが、この11月27日に予想される大阪府知事、大阪市長のダブル選挙で橋下知事率いる大阪維新の会は現役「経済産業省官僚の古賀茂明氏に知事選への出馬を打診」していることが分かったとの朝刊記事である。

・ 今日の懇談ではまずこの選挙の話題の前に私のほうから最近読んだべストセラーとされている「日本中枢の崩壊」という本の話題を持ち出したのであるが、実はこの本の著者が前述の古賀氏なのである。

・ この部長もこの本を読んでいたらしく私が「話題の本だというが書かれている内容は当たり前の話で別に驚かないよ」と言ったら、身を乗り出して「ホンとですよね、組織としては当たり前ですよね」と語ってくれた。くしくも「読後感」が一致しているのである。一応大企業と言うところのサラリーマンは同じような感想を持つのではないか。

・ 古賀氏といえば最近はバラエティ番組や報道番組にも時々出演されて「官僚批判」を繰り返している人である。東大法学部を卒業して当時の通産省に入省した人だから「エリート中のエリート」であった。

・ 公務員の行政改革が主な業務で自民党の福田内閣の時には国家公務員制度改革本部事務局審議官という当に日の当たる場所で順調に業務をこなしていたが、自民等政権の末期からおかしくなって、民主党政権になってもずるずると後退する公務員改革に批判の火の手を挙げた男である。

・ 例の2010年10月参議院の予算委員会で答弁に立ち批判を繰り広げたら、時の官房長官であった仙石由人氏から「こういうやり方は彼の将来を傷つけると思います。優秀な人だけにはなはだ残念に思います」と述べたことから事件は始まった。

・ 古賀氏は2009年12月には審議官の職を解かれ経済産業省の大臣官房付きに回されている。これはポスト待命のポジションで言ってみれば「閑職」である。分かり易く言えば「干された」のである。座敷牢どころではない。これが1年半も続いているのである。

・ 普通の人間なら「うつ病の発症」だろう。恐らく覚悟を決めたのであろうが、古賀氏は今年の5月に一冊の本を上梓した。これが前述の「日本中枢の崩壊」なのである。現役官僚で有りながら徹底的に官僚批判を書いているが「まあ殊更驚く内容ではない」というのが私の感想であるとは既に書いた。

・ この古賀氏を大阪維新の会は橋下さんの後の大阪府知事に担ぎ出そうと言うのだが「エーッ、ちょっと待って」と言う気がする。古賀さんについて私は勿論知らないが本やテレビでの話される内容、伝わってくるお人柄など決して悪感情は持てない人である。

・ 頭は勿論良いがお顔立ちにも品があって口ぶりも良いのだがそれにしても大阪とは縁もゆかりもない人だ。朝刊記事に拠ればご本人も「仲間に入って共に戦いたいが大阪に土地勘がない」と固辞ではなくて「保留」したとある。

・ 維新の会は「公務員改革」の考え方が一致するとの理由だけで招聘するといっているが本当にあらゆる視点で考えたのと言わざるを得ない。私はあの太田房江前知事の二の舞になるような気がする。太田さんも東大出の通産省の役人だった。全く同じ経歴である。

・ 太田知事は基本的に大阪が好きではなかった。変な大阪弁を使って夕方には飲みに出るのが好きだったと聞いた。土地勘がないどころか週末になれば東京に帰っていた人だ。

・ 大阪の問題は公務員改革だけではないし、第一橋下知事は知事を辞めて市長選に出るの?と聞きたい。最近の様相を見ていると「ぶれていないか」。平松市長が反撃に出てきたが本当に「一騎打ち」になるのだろうか。

・ 知事と親しい知り合いの府内のある首長は「絶対出るよ。後釜は池田市の市長さんだ」と冗談ではなくて真顔で話してくれたがこれから様々な動きがあろう。もし古賀さんが知事にでもなったら自民党、民主党と中央官僚全てを敵に回すことにもなり兼ねない。第一に公務員改革が旗印の知事に対して大阪府の行政マンがどのように新しい知事を眺め迎えるであろうか。

・ 古賀氏の本には冷徹な自己分析がなされていない。自己弁護に偏っている部分も多い。組織の中に居て「自分の思うようにならないから」と言って「敵方に立ち、身内批判を公の場で繰り広げる」も結局は負けは負けである。決定的には橋下知事のようなパワーが感じられない。要は腕力が無いのだ。これは致命的ではないか。

・ 結局古賀氏が居なくなって公務員改革は民主党の体たらくもあって完全に後退した。今や誰も本気で公務員改革を考える中央官僚は居なくなったのではないか。ここのところが最大の問題である。歯を食いしばっても我慢して「捲土重来」を期すと言うのも「男の生きる道」であった。立派な人だけに残念でならない。

・ 貴方は大阪府知事には向いていない。大阪は中央省庁以上に難しいところだ。大阪府民は「華のある人物」が好きで貴方のような地味な方には難しいと思う。まあ最後は府民が選択するのだから好きにしたら良いが、それにしても最近の維新の会の動きは理解できないことが多い。大阪も溶け始めて来たのか。

・ そして本日の夕刊だ。経産省を辞めると記事が出た。又はっきりと固辞したとある。しかし橋下知事の例もある。あの人は200%出馬はないと言っていたが結局は出た。何か3年前に見たような光景だ。益々大阪が面白くなってきた。


2011年9月7日水曜日

23年9月7日(水)歴史23「神道の教育」







・ 私は本校の歴史において「神道教育」がどのように展開されてきたのか、大いに関心があり例によって40年史、50年史、60年史、70年史、80年史と周年史を目で追っていった。

・ 大正12年に神社神道の学校としてキリスト教の桃山学院、仏教浄土宗の上宮高校に続いて産声を上げた「惟神の道(かんながらの道)」を標榜する私立高校であっただけに「体系的な神道教育」が整備されていたはずと考えたが実態は私流の表現で言えば「神道の色彩を濃くせずおぼろげに展開」していたと言える。

・ 敗戦後3年経った昭和23年4月1日に学制改革で旧制浪速中学校は新制浪速高等学校として改称され新制浪速中学校を併設して新たに出発をした。そして昭和27年4月1日、正式に「神道科を教科課程に加える」としたのである。創立後30年も経ってようやく神道科の科目が設定されたのである。

・ 全学年に週一時間の必修科目だから3年間で3単位の履修である。勿論これは学校設定科目であり、学習指導要領に基づくものではないが、これで神社神道の学校としての骨格というか体面は保たれている。その神道科教育が今に続いているのである。

・ 神道科の授業が始まった翌年の昭和28年に今日、我々が日常目にしている神社の神殿が竣工し遷座祭が行われている。そしてその翌年の昭和29年にこれ又今に続く「伊勢修養学舎」が開始された。このように戦後暫く経って本校は「神社神道の学校としての有り様」を具体的に「バタバタ」と言っても良いくらいに実践し始めたのである。

・ これは私にとって不思議と思えることだった。神職養成と経済的に困難な家庭の子弟教育を目指して財団法人大阪国学院が創立した旧制浪速中学校であったがその創立の当初から第二次世界大戦終了まで「ゆるやかに、おおらかに、陰に陽に」の形で神道教育を実践していたのである。

・ 勿論「伊勢大廟」への参拝は年に一回はあり、前号のブログで書いたように遠足は「御陵参拝」を入れ、結構多い外部の方の講演会には神職の方をお呼びしてお話しを聞くなどはあったがそれは授業のこま数に入った教育課程のものではなかったのである。

・ 前述したような敗戦後の昭和27年から29年にかけての大きな動きの背景にあるものは戦後の統治システムの大幅な改編があり「民主的」「民主主義」の言葉の元に戦後の新しいスタイルの構築を求められて、困惑していた当時の理事者や教職員の「危機感」が背景にあったと私は想像する。

・ 戦争に負けたが故に今ここで日本の文化や伝統、そして大きな意味で「国体の保持」に意識が行っていたことは間違いないだろう。戦前を全て否定し「デモクラシー」を叫んで一体この国は何処に向かうのかと憤然と神道科教育を正式に授業に入れ学院神社を建て,伊勢修養学舎を始めた先人の「骨太さ」に私は大いに敬意を表する。素晴らしいことだ。

・ 40年史には戦後占領下の教育として一文が残っているがこれを読むと当時の学校現場の実態が読み取れる。「教育の民主化」が叫ばれGHQの軍政部が各校を「巡視検分」して様々に指摘をする。

・ 教職員は審査を受けて「適格判定書」を受けて、教員免許状の改正で再教育の講習会や高校、中学の1級免許状を得るために「認定講習会」も開催されている。公立では男女共学が求められ、頭髪は自由と規制されなくなり、生徒の服装は「自由か制服か」でホームルームの議題になったりした時代であった。

・ このような面は社会一般にも蔓延していき人々は規律節制を失い、秩序が乱れて他人に及ぼす妨害迷惑を顧みない様な生活態度が随所に見られたと40年史は書いている。ここまで学年史に書くと言うことは「本校ではちゃんと教育していく」という決意とその為の神道教育が始められたと私が考える由縁である。

・ 50年史の対談集において増田米蔵さんという卒業生は以下のように発言されている。“私は昭和21年の入学でした。そして27年から神道科の設置になり時は混乱時代でしたから、先生方も自信を失われ一番難しい時でした。幸い私は中学から高校まで6年間お世話になりました。・・・。」とある。

・ 又同じく石井康夫先生という国語の教師は次のように述べている。“私は着任して9年目になりますが他校から本校に来て神道の学校と聞いていたのに意外と思ったのは宗教らしい臭いがないことです。禊ぎ、一斉参拝などの行事のほかはこれといった特色が見られません。私は日本人の体臭にしみこんだ古いものが無ければならない。新しい神道教育を普及させて欲しい・・・」のようなコメントも残っている。

・ そして最後に50年史を編纂した当時の校長である浅田光男先生が対談を締めくくっておられる。“私の使命感は神道精神を生かし。現代激動する中で、生徒諸君に如何にこの精神を浸透させるかにあると思います。神仏を畏れ、純粋な精神を持つ機会は必要です。私は何らかの形で生徒に知らせたい。神道の研究は難しく「大らかさ」は分かりにくいけれどもそれを分からせるのは私の仕事です。”

・ まさしくこの浅田校長の言葉のとおりであり、それは50年史から更に40年経った今でも変わってはいない。私はその「たいまつ」を引き継いで神社神道の精神を生徒に伝えるべく頑張って参りたいと改めて決意をしたのである。


・ 神道科の授業の教科書であるがこれも変遷している。まず昭和34年に「神典抄」という冊子みたいなものが作られている。「はしがき」に書かれているように従来行われていた資料を集めたものの収録集と言える。

・ 古事記、日本書紀、万葉集等のエッセンスを収録したもので私も目を通したが用語も古語であったり旧仮名遣いで昔の高校生はかなりレベルが高かったとも言えるが、今風に考えれば教科書としては体を成していないと思える。副教材なのであろう。

・ 当時の管理職や教員もそのことを感じていたのか、「本格的な神道科の教科書の作成」に着手することになった。それが「神道への理解」である。第一冊目は昭和38年10月に岩本徳一國學院大學教授が監修をして作成された。

・ 続いて当時理事長であった寶來正信先生は創立40周年記念事業の一環として前述の「神道への理解」をわずか1年で改版出版された。これが長い間使用されてきた。表紙には岩本教授の監修の文字が入り発行者は浪速高等学校から「浪速学院」に改められた。昭和44年4月30日初版発行となっている。私が大学を卒業した年のことであった。

・ 60年史には当時の神道科の教諭である見村先生が「神道の授業」として一文を寄稿されているが、簡素にして的を得たものとなっている。是非お会いしてみたい気がする人物である。

・ しかしこの「神道への理解」は20年余の後に当時の理事長足立信治先生の時に「神道読本」として巻の1から巻の3まで3分冊にされて改められた。理由は「神道の理解」が高校生にはやや高度に過ぎると言うことであったと一文がある。

・ 昭和63年4月1日に初版が発行さ逐次平成3年には第5版まで増刷されている。この時の編集者には現在の中学校教頭の竹島秀二先生が名を連ねている。神道科の見村先生をリーダーとして再編されたものである。

・ しかしこの3分冊の教科書は使い勝手が悪かったと見えて結局3分冊は一体化され「神道読本」となった。平成17年4月1日に第一版が発行されている。中々上手く編集された神道の教科書であったと思うが、時代は「道徳教育」の問題が教育界で議論されるようになってきた。

・ 平成19年に着任した私は議論されていた「教育基本法」の改定とも連動し、道徳教育と神道教育の部分的な合体を目指して神道教育の改変を目指したのである。国や郷土を愛し公共心を高めていくことも神道教育の柱の一つにしたかったのである。

・ 大阪府神社界を巻き込み、チームを組んで編纂作業を行い2年と言う時を経て平成22年4月1日、第一版を発行した。改定に内容は別途の機会に譲るが大きさも従来のB5サイズからA4サイズに拡大し、表紙には正式に「神道科教科書」校是である「浄明正直」の文字を入れて正式タイトルである「今を生きる」とした。

・ この「今を生きる」が今や校長たる私の生徒に伝える根本儀になっており昨年の伊勢修養学舎から高校1年生対象の校長講話のタイトルも「今を生きる」として連動させている。

・ しかし改革のスピードが速いだけにこの1年だけで学校法人名が大阪国学院から浪速学院に変ったり、新しい「遊学の広場」には「さざれ石」も設置された。これらを補足改定しながら道徳教育も兼ね備えた神道教科書として今後継続的に質を高めて行きたいと強く念願している。

・ 教科書編集責任者として名前を連ねている神道科の森川主任教諭は「中々の出来る人物」だけに必ずや期待に応えてやってくれるだろう。たとえ半ページであっても「いじめ」「虐待」などの記述も欲しい。浪速の神道教育の教科書が評判を呼ぶようなものにしていきたい。


2011年9月6日火曜日

23年9月6日(火)社会科教科書の採択




・ およそ「公教育を提供する学校」において何が大切かと言えば「教科書」ほど重要なものはない。1年間場合によっては3年間授業で使用する教科書の選択は教育委員会あるいは私学で言えば理事会の最重要なミッションである。

・ ところが一般の人はあまりご存知ないだろうがこの「教科書の採択」が時に大混乱に陥るのである。余談だが教科書の採択と言って選択と言う言葉を使わない。選択と言う言葉で良いだろうと思うがそれを遣ったら「門外漢」と言われるから日本は難しい。

・ 我国には「教科書の検定」という法律の縛りがあって学校教育法で「文部科学大臣の検定を経た教育用図書」を使用しなければならないとされている。検定制度も紆余曲折があったが、1963年、「教科書無償制度」の実現以降は「採択権限は教育委員会が有する」ようになった。

・ ところがこの教育委員会が「しみじみ」しないのだ。審議会の名の下に教師が「一次選考」する絞込みなどすれば審議などに回されなくなって実質教育委員会の権限を縛ったりしているのではないかという批判の声は何時も耳にする。

・ 最近では教師が教科書の「順位付け」するとの報道もある。これも違法だ。とにかく「子どもを戦場に送るな」「戦争賛美の教科書を採択するな」「教師の意見の排除はファッショだ」などとお決まりのスローガンで採択に大きな影響を与えてきたのも歴史的事実だろう。

・ 義務教育は以上のように明確であるが私立高等学校は行政上の解釈で学校長に採択権限があるとされている。とにかく学校教科書については時に検定や採択で大きな問題が起きている。特に記述の中味が諸外国を巻き込んで時に大きな騒動になることもある。

・ 例えば昔は「従軍慰安婦」の記述や「南京大虐殺」などは中国と大きな問題を引き起こした。最近では韓国との間で「竹島領有権」問題ですぐにギシギシする。先に尖閣列島での中国漁船の体当たり事件の起きた日本固有の領土である尖閣列島も自国の領土と書けないほど外交上の配慮をせざるを得ないのが実態である。

・ ところが今この教科書のうち平成24年度から使われる「歴史と公民の教科書」に「大きな動き」が出ているのである。ところがこれは産経新聞のみほぼ連続して記事にされているが他紙は完全に無視と思えるくらいに記事がない。一体その大きな動きとは何か?

・ 歴史と公民の検定図書は順不同で東京書籍、日本文教出版、教育出版、清水書院、帝国書院、自由社、育鵬社の7社であり、中でも最後発の「育鵬社」のものが採択数を大きく伸ばしているのである。

・ 特に特徴なことは全国「公立中学で409校」が採択を決めるなど私に言わせれば正直「驚天動地」とは言わないが「信じられない思い」がするのである。「感慨無量」と言っても良い。

・ 私は今から3年前浪速中学校で使用する教科書を育鵬社のものにした。理由は「中味が他のものに比べて大変良かった」からである。又神社神道の学校として「本校のアイデンティティに合致」していると判断したからである。

・ 私がワンマンで選んだのではない。社会科の教師が研究してくれて私に「答申」してくれた。「中学校教科書には育鵬社が断然良い」との結論を出してくれたのである。私はこの時ほど嬉しかったことはなかった。

・ 「採択の根拠となる理論」付けは簡明である。平成18年12月に我国は60年ぶりに「教育基本法の全面改正」を行った。特に教育の目的である第二条には「豊かな情操と道徳心」「公共の精神」「伝統と文化を尊重し(中略)、我国と郷土を愛する(中略)、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度」が明確に記述された。

・ この観点から教科書を選んでいくと必然的に育鵬社のものなる。歴史では「連続性」があって「日本に誇りを持ち日本が好きになると言う思想」、公民では「公の精神と日本の良さに気づく視点」が育鵬社の教科書は明確であった。

・ 当たり前の話で良き国際人になるには良き日本人であることが先だ。それを地球市民などと無国籍なことを言っても始まらない。要は自分の立っている場所が確認できる内容になっていた。まさしく「改正教育基本法に最も適った」ものであったから私は教員の答申を受けて採択したのである。

・ ところがそれからが大変だった。このことが新聞などで報道されると関係団体から執拗な採択阻止の活動が始まった。脅しに近い圧力まで受けて私は住吉警察署にも通報した。一歩も引かず、結果的には先方も諦めて今の関西大学連携校となった初年度の平成22年度から使用している。

・ このように教科書の採択は「タッチな問題」として教育委員会も校長も教員も地域住民も関係団体も「構える」のである。悲しい日本の現状である。ところで本校以外で採択している大阪の私立中学では清風中学があるが、たった2校である。

・ 広い大阪府でたったの私立2校だから、寂しいとは思わないが「ウーン」と思っていたら何と東大阪市が公立中学26校で来春から育鵬社の公民教科書を採択することが決まったとの報道に接した。私は仲間が増えたと心強く思ったのである。

・ その後次々と公立中学は育鵬社のものが採択され「全国の公立で409校」に達したのである。我々が採択した時のシェアは1%程度であったが公立私立合わせて4%を突破する勢いだと言う。素晴らしいことだ。世の中の流れが先の尖閣列島の中国漁船体当たり事件や東日本大震災で流れが少し変りつつあるのかも知れない。

・ しかし陰に隠れているが激しい妨害活動も起きており沖縄県では一旦採択したものが改めて不採択になるなど今でも大混乱に陥っている。石垣市と与那国町、竹富町からなる地区協議会は今や育鵬社の採択問題でばらばらとなって県教委を巻き込み先行きどうなるか分からない事態である。

・ こういったニュースは殆どの人が知らないと言うか知らされていない。それは前述したように各社が記事にしないからである。学校の教科書採択という極めて重要なものであるが日本のメディアは無視するのである。育鵬社がフジサンケイグループだからとしたらそれは「XXの穴の小さい」話だ。

・ とにかく育鵬社の教科書は「分かり易くてエピソードが多く載っている」「偉人に関する記述が多い」「自国と文化を愛する」等の姿勢が一貫している。「日本教育再生機構」顧問の岡崎久彦先生ではないが少なくとも「残骸の歴史」になっていないところである。

・ 残骸とは「左翼史観」「マルクス史観」「反体制史観」の呪縛に囚われていることだと岡崎氏は解析していたがまさしくそのとおりだ。明日を担う子どもたちに自分の国の歴史と文化を正しく教えることがまず持って重要であるとの信念に揺らぎはない。

・ 一部の勢力を張る教職員団体に属する教員は「自虐史観」にとりつかれ殊更教科書採択に圧力をかけてきたが少しずつ「変化の兆候」が見えるのが嬉しい。未だに自衛隊を違憲などと言っているが今回の大震災で自衛隊の評価も大きく変ってきた。

・ しかしそれにしてもまだまだ日本の社会科教育は遅れていると私は実感している。世界でこのような国はない。大人も子どもも正しい歴史認識を持つことが日本再建に必要である。そのためには正しい歴史教育を施すことが重要だ。「急がば回れ」ではないが最早教育の力で日本を変えるしかない。教師と教科書の責任は益々高まっている。


2011年9月5日月曜日

23年9月5日(月)高3の受験指導



多聞尚学館高3受験生を激励

・ 木村は建物ばかり建てて「学校改革」などと言っているのではないかと言われたことは無いが、言われる前に先んじて反論しておこう。私が業務執行している学校運営の中で「教育環境の整備」はほんの一部である。まさにごく一部である。

・ 私の仕事の大部分は「教育の中味にくさび」を打ち込んでいることだ。これだけは間違いない。しかしこれが私にとって最も消耗する仕事であることも間違いない。建物の建設にはお金がありさいすれば業者に発注するだけの話であるが、実際の教育の中身となると簡単ではない。相手は教員である。ここが大変である。

・ 学校教育法は第28条に「教育は教員が司る」と明確に書いているがこれが実は「曲者」で教員の一部勢力はこの文言を金科玉条の如く振りかざして「教育委員会や校長などの現場管理職の介入」を強く警戒する。最も本校には今やこのような教員は居ないが。

・ しかしこの姿勢に負けたら管理職ではない。教員は基本的に幅が狭い。決して悪い人間ではないが考え方の幅が狭い。高校などになってくると専門性がより高まるだけに益々そのような傾向になってくる。要は自分の事しか基本的に考えないのだ。

・ そこをしっかりと観察し「くさびを打ち込まないと」教育の中味は低下するか変質する。基本的に教員は自分の世界(ワールド)に閉じこもろうとするからそこを観察して「タイムリーに是正することが校長の仕事」だ。

・ 教員は時々勘違いしているのではないかと思うことがある。「教えることが目的化」してしまって生徒に教えた後の成果や結果について無頓着な面がある。教員は「やった」という満足だけで喜んでいるが、生徒の方は結果が出なくて悲しんでいるという構図である。実はここが学校現場の最大の問題である。

・ 学校教育法は「校長は教職員を監督し,校務を司る」としているのはこの為である。私に言わせればこの条文だけで「校長のリーダーシップ」による学校改革は十分前に進めることが出来ると思っているが実態はそうなっていないから問題なのである。

・ その原因は様々に考えられるが一言で言えば校長自身にその自覚が無いか薄いのだと思う。長い間教員をやってきてその教員の延長線上の校長では「むべなるかな」と思う。新しい発想が出来ないし改革の意義・目的が掴めないのだと思う。

・ 卒業式の国旗国歌問題だって、自分が教員時代は先頭切って「反対,断固反対」と叫んでいたのだから教員に言ってもパンチはない。教員から「貴方から昔、反対を教えて貰いました」などと言われたらそれで先には進めないないだろう。

・ もう一つは予算請求権や人事権など教育委員会が握っており、空手では戦争できないと言って鼻から校長も諦めているふしがある。だから橋下知事は予算請求権や人事権も教育基本条例に入れようと言っている。別に教員を辞めさせるだけの条例ではない。

・ 教育委員会の姿勢も最近は幾分変ってきているが、今までの立場は一方では校長に学校改革を急かすが一方では「現場の混乱」を極端に嫌う。マッチとポンプを両方の手に持っているのだ。これではやる方の校長からすれば「何時、はしごを外されるか」と思って「平穏無事」な毎日を過ごすだけとなる。

・ くさびを打ち込む意義は「土壌を締める」ことである。基礎の固めでもある。ある一面では「鉄槌」の意味も有るが「ぐずぐずしてきた台地」を締める目的である。大体放っておけば風土や文化は「液状化現象でぐずぐず」になり腐敗してくるものだ。元来組織とはそういうものである。

・ 私立学校には教育委員会が無い。学校管理規則がないのだから余計に理事会がしっかりしないと校長以下の流れに押し流されてしまう。校長と教員が一緒になって既得権益の主張でもしようものなら改革など進む筈がない。大体問題を起こしている私立高校は理事会が機能していないと言うのが私の観察だ。

・ しっかりした私立は理事会の目が厳しいところであるか、あるいは理事長か専務理事が校長兼務で「2足のわらじ」を履いているところだ。大体理事長が「ワイン通」だったり、宴会ばかりしている理事会の学校が危ない。


・ 最近私が実施した教育の中味についてのくさびは二つある。一つは「高校の音楽教育」だ。本校の芸術教科は美術だけで書道も音楽も無い恥ずかしいような学校であった。だから今年から音楽教育を導入した。書道は新校舎が完成してから導入する。

・ 「歌声のこだまする学校は良い学校」である。音楽教育は生徒生活指導でも効果が大きい。ところが音楽の先生は「器楽演奏」も必要だと言う。私は優先順位があるだろうと言って器楽演奏の導入を当初は逡巡した。

・ しかし教育は教員が司るのだからここは「受けとめよう」と考えを改め、「クラッシクギター」を一クラス分購入した。結構高いものであったが教員の言い分を聞いたのである。

・ 一向に歌声がこだましないのはまず風土からということで「クラス対抗のコーラス大会」を年度末に実施してくれると教員が考えてくれた。私はそれで了としたのである。特に男子が恥ずかしかって歌わないと聞いたが、音楽教育が軌道に乗るにはもう少し時間がかかろう。しかし徐々に進みつつある。これも私が前に進めた。

・ もう一つは「多聞尚学館の使い方」である。先週末多聞合宿中の3年生の受験生の様子を見に行ったがまだこの期に及んで数学の単元講習を90人を3クラスの分けて行っていた。これなど典型的な「教員の習性」である。自分の教科だけしか関心がないのだ。

・ 今朝報告に来た数学の教員に厳しく私は考えを述べた。進路指導部長にも厳しく指導した。又校務運営委員会でも総括した。後3ヵ月半でセンター試験にも関らず未だに数学単元でそれ以外の国語、英語、社会、理科などの科目をどうするのか?数学だけで大学に入れるのならそれで良いが国公立は8科目、場合によっては9科目である。

・ 集めた90名全てがすべて国公立に行けるのか。ごく一部のトップクラスで合格可能性の高い生徒へ君たちは「酷なこと」をしていると言うことが分からないのか。この週末、これらの一部のトップクラスは英語も古文も化学も物理も日本史も世界史も何も勉強させず君たちは貴重な彼らの残り少ない時間を数学を教えることだけで奪った。」これは本校のトップクラスへの犯罪行為であるとまで私は言ったのである。

・ 主担当の教員は理数科とⅠ類長であるにも関わらず数学の教員だから数学だけやっておれば満足で手当ても入ってくるのだ。11月頃に又数学単元で2拍3日の合宿をやるというからそれは蹴飛ばした。多聞講習指導に尋常ではない手当てを支払っているが「多聞手当て稼ぎ」と言われないようにせよとまで私は言った。

・ 校務運営委員の教員と言うのは「全体最適」を考えることが仕事である。平教諭ではないのだから自分の教科や自分のことばかり考えているのは絶対にいけない。そのための運営委員だ。

・ 私はごく上層の一群を選んで徹底した「各教科ローラー作戦を展開」するよう進路指導部長に指示した。本校は「予備校へ行かなくとも学校が責任を持つ」と言ってきている。それが「売り」の学校である。

・ 多聞は高3の受験生にとっては予備校である。中学と高校1年、2年には学校の補助機関である。高校3年で国公立を狙っているトップ層が卒業まで後4ヶ月の段階であるにも関らず「貴重な週末」を未だに数学単元で他に何も教えないと言うことではどうしようもない。私は頭に来ているのである。


2011年9月3日土曜日

23年9月3日(土)自分の言葉で語る






・ 午前9時の段階で大阪は「暴風警報が発令」されていた。本校の内規に従って本日は臨時休校とした。全教職員は通常通り出勤してくれていた。当たり前であるが立派なことである。生徒の休校日であって教職員は出勤して貰わねばならない。
・ ただ9時から教職員は手分けして学校内を見回り戸締り等を確認したら私は「有給取得をして早期の帰宅」を奨励した。午前10時の段階でも風も雨も無く落ち着いた天気で台風が来ているとは考えられないような天気であった。

・ 生徒は誰1人居ないから学校は静かなものだ。こういうのを見ていると「学校と言うのは生徒が居てなんぼの世界」と言う気がする。やはり学校は生徒でにぎわっているのが良い。私など特に大きく、多くて、にぎやかな方が好きだから特別にそのように感じる。
・ 昨日から「多聞尚学館」で学習合宿をしている高校3年生の数学特訓を激励すべく私は学校車を運転して向かった。金剛山もまったく普通の状態でなんていうことは無かった。生徒には「学校は休校とした。君らはじっくりここで勉強せよ」と話した。大分3年生の目の色が変ってきたが私に言わせれば「その気になるのが遅い!」と言いたい。


・ 昨日夕方私が学校を出た後、某テレビ局から私宛のインタビュー申し込みがあったそうだ。今朝副校長から報告を受けた。「夕方のニュースで放映予定。校長先生の学校での様子、大阪維新の会、教職員条例案などについてインタビューしたい」との内容であったと言う。

・ 申し訳けないことであるがお断りするよう言った。私は私立高校に来て以来、あらゆる取材申し込みをお断りしている。多いのは新聞社であるが今回のテレビは珍しい。公立高校の時代はそれは「メディアへの露出」は多かった。大阪府最初の民間人校長というものもの珍しさもあって取材申し込みが多かったのである。

・ 又講演会や論文寄稿なども多く、大体全てを受け入れてきた。それは企業人から教育界に転じた「私の責任」と考えていたからである。一般の社会人が教育界の中身について素直に感じ考えたことを報告するのは税金で俸給を頂く教育公務員になった私の義務だと考えたのである。

・ しかし私立高校は民間企業である。確かに補助金を戴き、公益法人ではあるが自主独立の私立学校である。又私立学校連合会の役員でもない。そのような私がしゃしゃり出る必要は無い。

・ ただ公立、私立激しい生徒獲得競争と言えば大げさであるが学校の特色を競っている時代である。一私立学校といえどもトップが奥に引っ込んでいては本校をめざしている生徒や保護者の信頼は得られないと考え本校ホームページで理事長・校長の言葉で「本校の教育の目的」や「思い・考え方」などをブログと言う形で発信している。

・ 学校を開放し正直に全てを明らかにして「透明性」を高めて居るつもりだ。友人から「お前のブログは長いわ」と良く言われるが長いのは「誤解を避けるため」である。私は5行や10行程度のブログ文章などで済ます気にはならない。

・ この学校を率いている理事長・校長の考えであるから、頻度についても1週間に一回などでは「お茶を濁す」ことと思っているからほぼ毎日アップしている。それくらい言いたいことがあると言うことである。

・ ブログは他人の言葉で書いてはいけない。自分の選んだ言葉、言い回しで書けばこそ書いたことに責任が持てるし相手に伝わるものだ。日本は「言霊の国」といわれ言葉は命を有する。その人の発する言葉を聴くだけでその人が分かるものだ。即ち理解できるのである。

・ 私は現在約130名もの教職員と共に働いているが一人ひとり使う言葉が異なる。遣い語彙も違う。見ていて面白いくらいに差がある。これが人間なのである。例えば2000字の小論文を書いてもらうと全人間性がそこには現れる。それくらい言葉と言うのは大切なものである。

・ 当然 生徒向け、保護者向け、教職員向け、管理職向け,理事者や評議員向け選択する語彙や言い回しは異なる。当然である。ブログも書くときに頭にあるのは「これは誰向けか」を意識して書いている。そうでなければ文章の意味はない。

・ 今朝の新聞で産経と大阪日日だけが記事にしていたが民主党の野田新内閣について石原都知事がコメントを出している。私は昨日のブログで野田新総理について次のように書いた。“野田新政権は「日米同盟が基軸」と明確に述べている。私は彼の「どじょう」発言などから些かの保守性を感じる。案外「したたか」である。最近の総理に比べて「放つ言葉」が面白い。前に進むかも知れない期待を抱かせる。”
・ 鳩山さんや菅さんに比べて野田さんの選択する言葉が面白いのである。この二人は全く言葉と言うものに無神経であり無頓着であった。当に「坊ちゃんと市民活動家」を感じさせる程度の言葉の選択と打ち出しタイミングであった。どうしようもなかった。

・ 石原慎太郎都知事は見事にこのことを言っているのである。好きな都知事だけに私は嬉しくなった。石原さんはどのように野田さんを言っているか。「野田君は自分の言葉を持っている。これは大事なことだ。松下政経塾出身の政治家は話に内容が無くて嫌い」。
・ この嫌いと端的にいうところが私は好きだ。橋下知事も”クソ教育委員会“などと自分の言葉を持っている。石原さんも橋下さんも言葉の勢いと大切さを知っておられる。この二人のリーダーに共通した部分である。

・ 石原知事は続けて「最近の作家も自分の言葉で書かず薄っぺらだが、野田君は身も心もこもった言葉を使う。後はやってみないと分からない。運動選手と同じで走ると思った人間が走れなかったりするから」と述べたという。政治家は運動選手だという。面白い表現だ。

・ 余談になるが管前総理が辞める前日に朝鮮学校の高校無償化適用の審査手続き再開を文部科学大臣に指示した問題に触れて以下のように言い放ったという。「絶対に許せない。北朝鮮は質的に何も変っていない。管というのはどこの人間かと思う。あんな怪しい政治家が総理大臣になったことは驚きで言語道断だ。」と非難したとの記事であった。

・ 私が本や新聞を「舐めるように読む」のは言葉と表現方法について大いなる興味・関心が背景にあるのかも知れない。読むことで私の「滋養」になっているのだろう。読むことは他人を知ることでもある。

・ そして身に付いた言葉や言い回しは私の分身となる。素直に正直に全てをブログに書いている。もう隠しようがないところまで書いている。メディアの方々も是非私のブログを読んで頂ければ最早取材の必要は無いと思う。


2011年9月2日金曜日

23年9月2日(金)野田新政権船出


・ 幾分「玄人受け」する新代表が決まり、今日午後野田佳彦氏が内閣総理大臣に就任した。ここは素直に新総理に大いに期待したい。しかし2年前の「政権交代」から3人目の首班だから民主党もどうしようもない。安部晋三元総理からすれば6年連続の日本のトップ交代である。
・ 日本の中央政界は異常である。今や日本は世界から笑い者にされており、アメリカの新聞記事には「回転木馬」と表される始末である。しかし自分の国だから諦めるわけにはいかない。
・ ここまで政治のレベルが低くなると「政治は国民のレベルを現す」などと嘯いているわけにも行かない。日本国民は第一級の民族であるのに選んだ「選良」がこの体たらくだから政治のシステムが機能しなくなっている現状を改革しないと又この繰り返しになる。いや、もう既になっているのである。

・ 今度の総理は前二人に比べて「何か期待出来そう」であるが果たして国会がねじれている中でどうなのだろうか。民主党は二代の総理にわたって、役人を使いこなせず「政治主導」と言いながら政治は漂流し、全く訳の分からない政党になってしまった。私が民主党の政策で感謝しているのは「高校授業料無償化」だけである。

・ しかしこれも自民、公明との3党合意で見直すと言うのだから安心は出来ない。民主党が行った政策で唯一光っている政策だ。これを見直したら大変なことになろう。自民も公明も現場の実態を真面目に考えないといけない。

・ 刑事被告人として裁判中でありながら、あまつさえ党員資格停止処分中の小沢元代表が担ぐ候補者の選挙事務所を出たり入ったりして求心力を行使している状況にもマスコミも含めて声高に誰も何も言わない。

・ しかしこの人の「存在感」には驚くばかりである。この方20年間政界はこの小沢現象で動いていったと思えばすごいことである。この人の力の源泉と人間性とは一体どのようなものだろうか。大変に興味関心がある。

・ 新聞紙上では「小沢神話にかげり」「指導力低下」と書くが、並外れた力即ち「指導力」はあるのだろう。そう考えなければあれほど人は寄るまい。その指導力の源は「数の力」が大きなウエートを占めるだろうが数だけで「寄らば大樹の陰」で人は寄っていくだろうか。数の全く足らない野田さんが代表即ち総理大臣に就任したのが今回の特徴である。
・ 民主党の問題は何であったか?同志社大学教授の浜先生は時々新聞紙上において政治評論などをされているのだが面白いと言うか大変に分かり易い表現をされる。時に辛辣であるが的を射抜いているから私は感心する。
・ 過日も大阪日日新聞紙上で「野田新政権を問う」として他の二人の教授と対談されているのだがその中に「次第に民主党の本質が見えてきた。要するに近藤勇も土方歳三もいない新選組で、烏合の衆を結集させる理念や鉄のルールを全面に押し出す力のない新選組みである。この状態を脱することが出来るかどうかがこれから問われていくと思う。」
・ この「烏合の衆を結集させる理念や鉄のルール」という言葉が面白い。およそ組織に理念、目的、目標、そして「組織目標達成のためのルール」がないとこのように組織は「フアフア」と漂流する。従って何も出来ないのである。

・ 烏合の衆とは手厳しいが、国会議員だから中には横峰議員みたいな人も居るにしても、大半の議員は大学を出て教養もあれば責任感もある個人なのに、いざ集団となると理解が出来ない行動を取る人間が居るものだ。この点の真底の要因分析と対策が重要である。

・ 要するに「リーダーが居ない」のである。「リーダーが育たなくなっている」のである。言い換えれば「トップの指導力の欠如」というより「指導力を発揮できない」ような状況にあるのである。言ってみれば「どんぐりの背比べ」みたいなものである。

・ 首相の発言が全く権威の無いものになって、次から次へと総理は思いつきで発言する。トップの発言が軽くて浮遊している状態である。加えて補佐すべき政権内部の閣僚や政権与党も勝って気ままに好きなことを言うばかりだから迷走するばかりである。

・ 「政治主導と言う真に青臭い理念」だけで知識も経験も数値の裏づけもない状態でマニフェストなる目標を掲げて調整なしで打ち出すものだから官僚もどう動いて良いのか分からない。にっちもさっちもいかなくなった。

・ トップが補佐役や主だった周辺の人材に意見を答申させ事務局があらゆる面で体系的に整理して最後は決断するというスタイルをすれば役人も従わざるを得ない。優秀な役人を政策決定のプロセスに組み込ませねば生きたものにはならない。

・ 私はこの中央政治のこれらの状況を観察しながら、同時に大阪府のこの4年間の橋下政治を比較した場合にあるべき姿が見えてくるような気がするのである。一国一城の主たる誇り高い国会議員や府会議員を束ねる派閥やリーダーの指導力とは一体何だというテーマの格好の教材たる劇場ドラマを大阪府民は見てきた。

・ 指導力とは一体どういうものか。定義するのが難しい。判断力、決断力、説明能力、発信力、突破力、破壊力、胆力、知性、教養、人間的魅力様々なものが関係してくるだろう。しかも有る程度のグループ化は必須であることも分かった。天上天下ただ1人ではそもそも機会にありつけないからだ。

・ しかし当然前述した新選組ではないが「ご法度」と呼ばれる「鉄のルール」も必要である。民主党の如く「民主的」と言う言葉の影に「反米、親アジア、政治主導、全員野球、何でもあり」などとの理念だけでは政治を前に進めることが出来なった。
・ 西欧から始まった「政治の民主化」は結果として「民主化の失敗」と言う形で我々日本人も知ることになった。高い授業料であったが一度は通る世界史の道だと考えて諦めるしかないのか。

・ 野田新政権は「日米同盟が基軸」と明確に述べている。私は彼の「どじょう」発言などから些かの保守性を感じる。案外「したたか」である。最近の総理に比べて「放つ言葉」が面白い。前に進むかも知れない期待を抱かせる。

・ しかし「民主的手続き」と言うのは難しい。世界史では明らかに失敗したと言えるのではないか。上記のことは政治の世界だけではなくてあらゆる分野に当てはまることで特に教育の世界もその通りである。

・ 元々教員は一国一城の主で、人生経験、教師経験も浅い若手や1年契約の常勤講師にも一票を与えて、まさしく民主党の名前と同じく「民主的」に「教員の賛成多数」で物事を決めてきた世界である。リーダーなるものを排除した世界であった。

・ しかしそれでは間尺が合わなくなって教育の結果を厳しく社会から指弾されるようになってきた。「不当な権力の介入を許さない」「忙しいことは嫌だ」「公平均等配分」「子どもの自主性」「ゆとり教育」などと言っている間に教育の現場は荒廃した。

・ 校長も自らが有している権限権威を行使する勇気に欠けていた。「校長は鍋蓋のつまみ」と揶揄されても何も出来なかった。学校のリーダーではなかった。学校が遅れていたと思っていたが、何ともっと遅れた世界が政治の世界だったのである。

・ 最後の縛りとして、橋下知事は「教育基本条例」で骨を入れ「鉄のルール」を導入しようと思っているのだ。これが「抑止力」であり、導入しようとする知事の思いと力、発信力などが「知事の指導力」に繋がっているのである。


2011年9月1日木曜日

23年9月1日(木)遂に9月!

この女生徒の参拝の美しさを見よ

教室の生徒に語りかける

満員盛況のカフェテリア


室外のテーブルにも


1人孤独な男子生徒を激励

部室も大人気

開明、新校舎建設を発表
・ 台風の影響ではっきりしない天気での9月スタートとなった。今日は「一斉参拝」の日であった。又今日から「浪速スクールサマータイム」で始業が20分早くなっている。生徒はちゃんと登校して来た。
・ 小雨のため今日は教室での一斉参拝で、私について参拝するのは高校の自治会長と中学の生徒会長である。ここに一枚の写真を添付するが写真の女生徒を見て欲しい。何と参拝のスタイルの美しいことか。中学2年生ですぞ。このように立派になってくるのが教育の素晴らしいところだ。

・ 「女子力」はすごい。もう中学生の時分から男子を圧倒している。男の子は恥ずかしいのか照れるのか、しみじみしないのだ。こういうのを見ても女生徒の多い学校は活性化することが分かる。

・ 参拝の後、私は校内放送でしっかりと学びそして「9月23日の浪速祭」を皆で盛り上げようと話したのである。武道館も学びの広場もカフェテリアも開放して多くの保護者や外部の方々にお越し頂いて「お祭りを楽しむ」ように伝えたのである。

・ ところで昨日の始業式でクラブハウスのキーの授与を行ったことは昨日のブログに書いた。生徒の反響であるが、早速昼食時には生徒が殺到し、大混雑となる如くこのカフェテリアとクラブ部室は生徒に受け入れられた。これらの光景を見ていて我々関係者は大変喜んだのである。

・ 常に生徒のことを考え、新しい環境の提供が必要だ。新しい教育環境の出現は生徒に大きな刺激を与える。「誇り」を感じ頑張らねばと思ってくれる。それが私立高校の私立高校たる所以である。


・ 新校舎建設チームのメンバーが建設通信新聞と言う業界専門紙の切抜きを持ってきてくれた。大阪貿易学院開明中・高が校舎建て替えを発表したという。創立100周年記念事業として全面的に新校舎を建設するという内容である。

・ 別に驚くことではない。今大阪の私立学校がおかれている現状を考えれば「今後この流れは加速するだろう」と思う。今や「本校の新校舎建設宣言」も私のブログの影響で反響は大きい。「新校舎建設ラッシュ」となるのではないか。

・ 今月だけで大手の銀行のトップがこのような小さな学校の理事長に挨拶に来られるのは「融資」の話だろう。開明さんは自己資金が潤沢かも知れないが我々は工夫が要る。財布にはお金はあるがよくよく計算しながらというのが正直なところだ。銀行もそのへんの事情をご存知なのだろう。

・ この間大阪府の進めてきた教育改革で「心底心、の休まる時はなかった」というのが正直な思いだ。何とかここまで来れたのは「改革の風をフォロー」にしたからである。生徒が来てくれる学校になったからであるが、これが何時までとなったら心配性の私は気になって仕方がない。

・ 公立も私立も校舎建設には府の助成で同一条件だと言ってくれれば心配は何も無い。知事は今心の中で私立公立授業料同一論なるものを考えておられるかも知れないがそうなら大きな設備投資については考えて貰わねばなるまい。

・ 私が1年新校舎建設を前倒したのはこれから先様々な不安定要素があるからである。それは「国と地方の政治の混乱」である。私が元気で学校に勢いのある間に「決着をつけて」置くべきだと判断したのである。


・ 開明中・高は来春4月に解体に入り14年春の完成、新校舎の規模は18000へーべでゼネコンは大林組とあった。全く良く似ている。本校は設計エンジニアリング会社からスタートするが開明は一挙にゼネコンさんと組むとの記事であった。

・ この方式も考えたが本校の敷地は狭いし生徒数も開明さんよりは500人多い。じっくりと将来を睨んだ設計が必要である。又私は120%ゼネコンさんに「丸投げ」はしない。施主が熱情を入れれば入れるほど良い建物は立つ。

・ 発注した設計会社さんはくしくも私が今は入っている北館の設計をしてくれた会社で過日社長さんにお会いした時に「神のお導き」ですねと話したところだ。歴史に残る学校建物にしようとがっちりと握手を交わした。期待に応えてくれるだろう。

・ 今新校舎を考えている私立学校は開明さん以外にも耳に入っているが、各校とも差別化、更なる教育環境の改善に素晴らしい設計で建てるだろう。デザイン競争にもなる。「ああー、こんあ学校で学びたい」と生徒が叫ぶような学校を作ろう。

・ 今回の東日本大震災を見ても分かるように多くの学校は「避難場所」に指定されている。本校も大阪市の指定避難場所であり、「毛布や水」など保管をしている。新校舎は「免震構造」を採用しなければならないのは当然である。

・ 又私は小規模の煮炊き用電源、電灯や水洗トイレなど生活電源の為に「自家発電設備」も必要になるだろうと考えている。浪速武道館でも試験的に導入した「太陽光パネル」も絶対だ。全館冷暖房は当たり前だがラウンジなども必要だろう。
・ 開明さんは地下一階、地上8階の高層ビルとなっているがこれも酷似している。本校は4階建てと8階建ての複合高層建物で高層部分の8階からは「大阪城」が眺望でき、南は「泉州平野」が一望できる。
 ・ このブログで何回も書いてきたが「建設の槌音」の聞こえる学校は「良い学校」であることは間違いない。私立学校は今後益々進化していくと私は想像している。夜間は高齢化社会を迎えて「生涯学習」の場所にも提供可能である。

・ 私立学校が「昼だけオープン」というのはもったいない話である。素晴らしい教室があるのだから、「夜間学校」を開設しても良いし、又外国人専門に「日本語学校」などのアイデアも広がる。少子化でそのうち市内は外国人がウヨウヨの時代が来る。

・ とにかく何としても素晴らしい新校舎を作らねばならない。まず現在は基本レイアウトの検討中だ。何案も浮かんでくる。「あれもこれも」となるが今の段階はそれで良い。後で後悔しないように教職員の様々な考えを入れて絵にすれば良い。そして最後は私が結論を出す。

・ 早速私は最初の結論を出した。「靴は一足制」とした。スペースの問題もあるのだが、これから先の時代、生徒が学校に来て「スリッパやスニーカー」などの履き替える時代ではない。登校から下校まで靴は一足だ。これに耐えうる床材の選定と掃除などのことを設計に織り込むことが必要だ。